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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第24話 オレがきれいな『神風』吹かせてやるぜ

「で、オレはおまえの言うとこの『未練の力(リグレット)』を使って、あの槍を遠くへ飛ばしてやれば早いと思うがね」


 マリアが胸をはって提案してきた。こういう時のマリアの目は実に生き生きしているし、やたらと頭がまわる。

「マリア様。平然とイカサマを持ちかけて来るのですね」

 スピロが嫌悪感が入り交じったような口調で、マリアを非難する。

「なにがわるい」

「マリアさんは、スポーツマン・シップにもとるとは思わないのかい?」

 ゾーイも姉の肩をもつようにマリアの意見に異を唱えた。

「は、オレが選手宣誓したわけじゃねぇ。要するにどういう形でも、あいつを勝たせればいいんだからな。だろ、セイ」

「あぁ、マリアのアイディアが一番てっとり早い。要引揚者を助けるには、タルディスさんを優勝させるのが絶対条件なんだからね」

 セイのことばに納得いかないのか、スピロもゾーイも不機嫌そうな表情を緩めない。それを見かねてエヴァも口添えをする。

「スピロさん、ゾーイさん。ちょっと強めの風が吹いたと考えればいいじゃないかしら。ほかの人より槍をちょっぴり遠くまで飛ばしてくれる風が吹いたって……」

「まさに神風だがな」

 マリアがいたずらっぽい顔で言った。三人がかりでの説得に、スピロは降参とばかりにため息をついた。それを見てゾーイも諦めたようで軽く頷いたまま押し黙った。

 セイは全員のコンセンサスがとれたことでホッとして、見るとはなしにソクラテスの方に目をむけた。


 ソクラテスもプラトンも苦悶とも思えるような表情に顔をゆがめていた。おそらくその目にはなにも映っておらず、その耳にはなにも聞こえていないはずだ。

 だが、その頭のなかではどれほど引きも切らず、思考の波が寄せては返していることだろう。


 我思うゆえに我あり——


 これより2000年後の哲学者デカルトのことば。

 このひと言がスピロの口からはなたれた瞬間の、ソクラテスとプラトンの表情といったらなかった。

 セイたち五人しか目撃者がいないというのが残念でならないほどだ。


 プラトンはまず目を見開き、なかば愕然(がくぜん)とした表情でそのことばが発せられたスピロの口元をまじまじと見つめていた。追いうちをかける言霊(ことだま)が次に発せられるのを恐れているような、それでいて期待もしているようなそんな目つきをしていた。すこしして先ほどのことばをじっくりと噛みしめるように、口元を引き結ぶと、自分の両方の手のひらをじっと見つめた。まるでそこに、先ほどの言葉が実体化し、形となって乗っかっているかのようだった。

 だが、手の上に乗ったそのひと言の重みを、どうやって受けとめていいのか途方にくれている……。


 だがソクラテスの反応はもっと重篤(じゅうとく)だった。

 彼は言葉を耳にしても何の反応も示さなかった。それどころか遠くかなたに目をむけたまま微動だにせずにいた。

 まるでそのことばが持つ先鋭な(やいば)居合斬(いあいぎ)りされたようだった。しかもその太刀筋が(あざ)やかすぎて、斬られた本人、ソクラテス本人がまったく気づいていない。

 ソクラテスがあまりに無反応だったので、セイは立ったまま絶命してしまったのかと一瞬思った。だが、そのひろい額から顎にむかって幾筋もの汗が、つぅーっと伝い落ちていくのを見て、死んでいるわけではないと理解した。

 ものすごい量の汗。だがそれはこの暑さのせいだけではない——。

 どんな感情かは見当もつかないが、それを原因とした内分泌的なものが(したた)り落ちているに違いなかった。

 二人がすぐれた哲学者だからこそ、この一言に衝撃を受けて、感情が鈍磨(どんま)し、思考がループし続けていたのだろう。


 ただ、おかげでしばらくの間このふたりが、こちらに構うことがないのを担保されたのは間違いない。セイはそれを確信した。


 セイはスピロの横顔に目をむけた。ともすると正面から見つめていると勘違いされないほど近すぎる距離なので、さりげない視線移動にとどめた。

 女性のようにしか見えない整った顔立ち。これだけ間近で見ると、その美貌に圧倒されそうになる。だが、その下に隠された明晰な頭脳のほうには、セイはすでに魅了されてしまっていた。


「そろそろタルディスの四投目だ。誰がやる?」

 マリアが高見からみんなを睥睨(へいげい)して言った。

「あら、わたくしはてっきりマリア様で決まっているものとおもいましたわ。言いだしっぺですし、そのようなことはお得意のようですから」

 スピロが当てこするように、マリアに言った。

「あぁ、スピロ。その通りだな。エヴァもチートは得意だが、ここは……」

「ちょっと、マリアさん。なにげに私を巻き込まないでくださいな。この手のことはあなたの専売特許じゃないですか」

「おう、エヴァ。専売特許とはずいぶん気前がいいことを言ってくれるじゃねえか。んじゃあ、この手の手口は全部オレがやるでいいな」

「どうぞ、どうぞ。前向きにとらえてくれてありがとうございます」

 実行者がマリアに決まったところで、マリアがセイのほうを向いて言った。

「セイ。どれくらい飛ばしゃあいい?」

「いっそのこと、誰も勝てねぇくれぇ、遠くに飛ばしちゃあどうだい」

 ゾーイが若干投げやりな口調で進言してきた。

「いいねぇ。ここにいる4万人の観衆を唖然とさせるっていうのはソソるぜ」

「マリア、ダメだよ。一発でイカサマがばれちゃうだろ」

 セイが図に乗ってきたマリアを(たしな)めると、スピロもそれに追従した。

「そうですよ、マリア様。タルディスさんはただ勝てばいいわけではありません。自分の力で勝ったと思わなければなりません」

「たしかに神懸(かみが)かった飛距離はまずいですわねぇ」

 エヴァが言ったが、すこし未練がましい口ぶりだった。もしかしたら、とんでもない飛距離という案に興味をしめしていたのかもしれない。

「わかったよ。んじゃあ、今ンところの最高記録をちょこっと抜くように調整するよ」

「マリア様、今一番飛ばしてるのは、スパルタのヒッポステネスですわ」


「ああ、わかってるスピロ。オレがきれいな『神風』吹かせてやるぜ」


 タルディスが投擲場(とうてきじょう)で、槍を構えるのが見えた。

 シャフトの中央の革の紐(アンキュロス)に指をかけ、数歩の助走ののちタルディスは力をこめて槍を投げた。が、最後の指のリリースの瞬間に、すこしからだがぶれた。力を完全に槍に伝えきれるフォームになっていない。そのせいで放たれた槍の角度が、すこし上をむきすぎている。途中で失速するのは、誰の目にもあきらかだった。

 会場から早々と、あーっという失望の声があがった。

 が、槍の軌跡の放物線がピークに達して、下降線を描こうとした時、ふいに槍にむかって追い風が吹いた。それはささやかな『風』だった。

 マリアの投じたひとつまみの『未練の力(リグレット)』が、槍の推進力をほんのすこしだけ加勢した。だがそれで充分だった。タルディスの槍は先ほどのヒッポステネスの記録よりも、ほんの数十cmほど先の地面に突き刺さった。


『160キュービット(約80メートル)!』


 うなるような歓声が巻き上がる。優勝候補筆頭のヒッポステネスに一回でも競り勝つ者がいるなどと、誰も想像していなかったのだ。

 タルディスも雄叫びをあげた。

 本人的には手応えがなかった一投だったかもしれないが、結果が満足のいくものだったのなら喜ばずにはおれない。

「いい感じだったろ、セイ」

 マリアが勝ちほこったような芸をつきでセイを見おろしていった。あまりに自信たっぷりだったので、思わず気圧されて「あぁ」と返すだけだった。ふだん見おろされてばかりなのが、プラトンの肩車で、今はみんなを見おろしているものだから、気分もおおきくなっているのかもしれない。


「さぁ、これでまずは最初の一種目はいただきだな」


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