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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第23話 知の怪物に『知』を食らわせてやるだけです

 最初の競技は槍投げ(アコン)——。


 この競技は唯一戦争に直結する競技であり、ギリシア人にとってもっともなじみがある競技だった。ギリシアの少年はギムナシオンで軍事訓練を受けており、一生に一度はこの槍を手にしたことがあったし、実際に狩りなどでも使われていたからだ。

 競技用の槍は実戦用より軽く、2メートルに満たないニワトコの木で作られているが、基本的に今日(こんにち)のものとさほど変わらない。だが、投擲(とうてき)の方法はおおきく違った。槍のシャフトの中央にアンキュロスという革の紐を巻き付け、そこにできたループに右手の中指と人さし指をひっかけて投げた点だ。

 革紐は遠心力で槍に勢いをつけるとともに、ほどけながら回転を与えるので、ジャイロの原理によって槍が回転し横ぶれを抑え込むことができた。そのことで槍の軸は安定し、まっすぐ遠くに飛んだ。ただ投げるより、これはおおきなアドバンテージになる。

挿絵(By みてみん)


 セイは槍投げ(アコン)という競技がどれほどのものかわからなかったので、そのまましばらく見続けることにした。最初の競技ということもあってか、選手たちが投擲(とうてき)をはじめると、その(たび)ごとに大仰な歓声があがった。

 全員が二投目を終え、三投目の試技に突入しはじめたところで、セイはおもわず「まいったな」とひとこと呟いた。そのひと言をマリアが聞き逃すわけがなかった。

「あんまり遠くまで飛ぶンで驚いたってか、セイ」

「マリア、いや、その逆だよ」

「どういうことだ?」

「あの投げ方をすれば、そのまま投げるよりてこの原理で絶対有利なはずなのに、それほど飛んでない気がする」

「そうかぁ?」

 マリアが興味なさそうに相づちをうつと、スピロが口添えしてきた。

「セイさん、よく気づかれましたね。近代での槍投げの世界記録は100メートルほどです。いまのところ一番飛んだのは、ぱっと見、70メートルってとこです」

「やっぱり。槍の長さも重さもあまりちがわないように見えるのになぜだ?」

「そりゃ、当たり前じゃないかい。あたいらはここより2400年も進化した人類なんだよ。技術やらなんやらが格段に進歩してるってわけでしょう」

 ゾーイが腕組みをしたまま、したり顔で言った。

「たぶん、そうなのでしょうね。わたくしは槍投げの仕方は存じませんが、もし知っててそれを教えられたとしても、タルディスさんが勝てるようになるとは思えません」

「でも、ここで応援しているだけでも勝てません」

 エヴァがすこし投げやりに言うと、マリアが当てこすりのように提案してきた。


「だったら、それ以上の『応援』をすりゃいいじゃねぇか」


「それ以上の『応援』……ですか」

 エヴァは含みのあるマリアのことばをなんとなく察したようだった。

「なんだ。エヴァ、そのため息まじりの感想わぁ」

「どうせ、『チート』を使われるのでしょう?」

「は、ここの銀貨を『チート』してのけたオマエに言われたくねぇな」

「ちょっとお待ちください。その『チート』とはなんですか?」

 肩車をしていたプラトンがふいに会話に入ってきた。

「プラトン、わりぃな。今、悪巧(わるだく)みのさいちゅうだ。賢人は黙っててくれ」

「いや、しかし、わたしたちはあなた方の知識や世界に興味津々で……」

「マリアさんよ。あんまり賢人をないがしろにしちゃあ、いけねぇんじゃないのかい。こっちも一緒させていただいて、ずいぶん助かってるンだ」

 ゾーイの人情味あふれる物言いが、マリアの神経を逆なでしたのは確かだった。セイにはすぐにわかった。マリアはそういう『きれいごと』が一番嫌いだからだ。

「おい、ゾーイ。おめぇがそういうなら、今からオレたちがやろうとしている『ダーティーワーク』を事細かに説明してくれや」

「あ、いや、それは……」

「だったら黙ってろ。オレたちは……、いや、すくなくとも、オレは今から未練の力(リグレット)を使って、いかさまでタルディスを勝たせようとしている」

「その未練の力(リグレット)とはなんでしょうか?」

 下からプラトンがふたたび訊いてきた。今度はその隣にいるソクラテスも興味を惹かれたようで、どんな答えが聞けるのかマリアのほうを見あげていた。

 セイは乗り気満々のマリアのやる気を潰すのももったいないと思い、助け船を出すことにした

「ぼくらがこの世界で授かっている神がかったパワーです」

「それは『ダイモニオン』のようなものなのかね?」

 ソクラテスが真顔で尋ねてきた。

「ダイモニオン……。ソクラテスさん、昨日も言っていましたね。それはあなたが神から受けるという予言のようなものでしたよね」

 セイはおぼろげな記憶から、その意味を確認しようとした。

「神ではないダイモーン(神霊)からもたらされる予言が『ダイモニオン』だ。ダイモーンは人間と神の間にある中間者で、両者の間の事柄を解釈し伝達する者だ。たとえば、人間から神へは、嘆願と生贄(いけにえ)を……」 

「ソクラテス様、あなたがいう『ダイモニオン』は『デルフォイの神託』で巫女(みこ)が得られるようなお告げとはちがうのですか?」

 セイがソクラテスの意味がわからずに困っているのを察したのか、スピロが横から尋ねてきた。

「ちがうとも。『ダイモニオン』は神託のように、正しいことや真理を教えてくれるものではない。逆に間違いを犯さないように『声』の形で警告してくるものなのだ」

「ソクラテス様は若かりし頃に、デルフォイのアポロン神殿で『ソクラテスより知恵のあるものはいない』という神託を受けたのですよ。それだけすぐれた方ですから、常人の我々には聞くことがかなわない『ダイモニオン』を聞くことができるのです」

 プラトンがソクラテスのことばを補足すると、マリアが口を挟んできた。

「は、オレたちの世界では、誰でも呼びかけるだけで、たちどころに『神託』をくだしてくれるがな。どんなクソつまらない質問をしてもだ」

「本当ですか?。マリアさん。それは『叡智(えいち)』と『思慮』の女神メティス ですか、『知恵』と『芸術』の女神アテナ、それとも全知全能の神ゼウスなのですか?」

 プラトンは自分の肩の上のマリアを見上げて訊いた。

「まぁ、こっちもいろいろいるけど……。どいつも気軽に呼びかければ、なんでも教えてくれるし、いろんなことを代わりにやってくれる」

「なんと呼びかければ、そんなことが?」


「『ヘイ!、シリ』かな」


「シリ……、それはどのような神なのですか?」

「あ、いや、そいつは神じゃねぇ。人工知能(AI)と呼ばれる機械だ」

「AI?。それはどのような形をした機械(マキナー)ですなのですか?」

「いや、それは……」

 あとからあとから質問責めしてくるプラトンが(わずら)わしくなってきたようだった。マリアがスピロにむかって叫んだ。

「おい、スピロ。なんとかしてくれ。これじゃあ、作戦もへったくれもねぇ」

「マリア様、あなたが調子にのって、『知の怪物』に余計なことを言うからです」

「いや、たしかにそうなんだが……。こんなに面倒くさいとは……」

「わかりました。わたくしがなんとかします」

「スピロさん、なにをされるつもりですか?」

 エヴァが心配そうに尋ねると、スピロは余裕たっぷりの笑みで言った。


「礼には礼を。毒には毒を……。そして、哲学者には哲学者を……です」


「それはどういうこと?」

 セイが怪訝そうな顔をして尋ねた。セイだけでなくマリア、エヴァ、ゾーイまでがおなじ表情をこちらにむけている。


「その『知の怪物』に『知』を食らわせてやるだけですわ。たらふくね……」


 スピロはプラトンとソクラテスに笑顔をむけて言った。

「ソクラテス様、プラトン様、教えていただきたいことがあります——」

 スピロのあらたまった姿勢に、ふたりが目をむけた。

「わたくしたちの世界にも哲学者がいます。それもとびっきり優秀な哲学者です。その人のことばは、我々の世界の者なら誰もが知っている簡単なことばなんですが、正直、みんな意味がわからないんです」

 プラトンがまず興味をそそられたようだった。

「ほう、スピロさん。それは興味深いですね。教えていただけませんか」

「あなたたちのようなすぐれた哲学者(フィロソフォス)なら、そのひと言をどう読み解きますか」

「ひと言……、たったのひと言かね?」

 ソクラテスがすこし不満げに鼻を鳴らした。

「先生。たったひと言でもそこに『真理』があることがありますよ」

 プラトンが機嫌を損ねたソクラテスを取りなすが、ソクラテスは上から目線でスピロに命令する。

「は、スピロよ。そなたの国の哲学者の言うことなど、このソクラテスの思慮には及びやせんよ。たちどころに解き明かしてみせる」

「えぇ、ソクラテス様もちろんです。だれがなんと言おうと老師に敵うものなどおりませんよ」

 スピロが余裕めいた笑みを浮かべた。そのときセイはスピロがまるで舌なめずりしているように感じられた。

 これから決定的な一撃を加えようとしている……。

 スピロが口を開いた。

「たった一言だけです。短いワンフレーズ……」



「我思う、故に我あり」

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