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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第21話 いざ、スタディオンへ!

 昼になると聖なる森の方からペンタスロン(五種競技)のはじまりを告げるラッパが鳴り響いた。

 待ちかねていた人々はメイン会場である『スタディオン』に急ぐ。

 神話によればこの『スタディオン』は聖域であるオリュンピアでも、神々が競い合った一番の聖なる地でもあった。

 そこは、アポロンが徒競走でヘルメスを破り、軍神アレスがボクシングで勝った場所であり、そのトラックはヘラクレスがみずからの足で長さをはかった場所でもあった。またスタディオンのすぐ北にある『クロノスの丘』は、神々の王ゼウスが父クロノスを倒して覇権を手に入れた伝説の残る古跡だった。


挿絵(By みてみん)


 セイたち一行がソクラテス・プラトンと合流して、スタディオンの土手に到着したときには、入り口に看板が掲げられ、すでにスタディオンの芝の土手は超満員になっていた。

「おい、ソクラテス、プラトン。てめえたちが酔いをさましているせいで、出遅れちまったじゃないか」

 マリアがふたりにむかって悪態をついた。


 スタディオンの全長は200メートルほどしかない。その南側の土手を埋め立てて数メートル高くしたり、長辺の左右に盛り土をして見やすくしていたが、それでも四万人以上もつめかけては、とてもまともな状態で観戦できるものではなかった。当然、だれもが立ち見だった。

挿絵(By みてみん)


 荒れた芝の上は、隣の人と頬がくっつきそうなくらい混雑していた。

「まるで、ラッシュの満員電車だよ」

 セイが思わず、マリアとエヴァたちに愚痴ると、愚痴の連鎖がはじまった。

「バカ言え。日本の満員電車は、こんなに臭くねぇよ」

「しかも、日差しが強すぎます。なのに、ひさしもなにもないんですから……」

 スピロとゾーイはすでにもう慣れっこになっているのか、その連鎖に乗ろうともせず、群衆をかき分けていくソクラテスとプラトンのあとに続いていく。

 うしろから分け入っていくのは顰蹙(ひんしゅく)を買う行為だったが、観衆たちもふたりの高名な哲学者には一目を置いているらしく、「ソクラテス様だ」「プラトン様もいるぞ」と口々にしながら、前のほうへの道をあけるのに協力を惜しまなかった。

 おかげで一行は、前のほうの見やすい場所へと移動することができたが、まったく身動きがきかないほど窮屈なのは変わらない。マリアの口からつい文句がついてでる。

「おい、ソクラテスのじじい。この場所なのか!」

「ずいぶん見やすい場所まで通してもらえたじゃろ」

「オレはそれでも見えねぇぞ。それにここに着くまで、いろんなヤツにずいぶん触られた」

「わたしもです。おしりやら胸やら触られました」

 エヴァが痴漢被害を申告したのを受けて、ゾーイが口を開いた。

「マリアさん、エヴァさん。あんたらそんな目立つ格好をしてくるからじゃないかい。あたしや姉さんのように『ペプロス』を着てりゃぁ、そんなてぇへんな目にゃ、あわねぇもんだよぉ」

「は、ゾーイ。てめぇが触られなかったのは、男だか女だかわからないむきむきのからだをしてるからだろ」

「あら、ゾーイ。わたくしは、卑劣な殿方たちにお触りされましたことよ。ひとりには、握られもしましたわ」

「握られって……」

 エヴァが思わず口に手を当てて顔を赤らめたが、マリアは楽しそうに揶揄(やゆ)した。

「触ったやつはさぞや驚いただろうな……」

「でしょうね」

 マリアのことばにスピロはけろっとして言った。


「暑い、臭い、痴漢だらけ。オリンピックって最低です」

 エヴァがたまらず悲鳴めいた非難の声をあげた。


 セイは女性陣の周りの人々を見回した。見える範囲内ではあったが、そこにギリシアのあらゆる階層の人々がいるのがわかった。

 髪を結った貴族と、指にたこのある漁師が肩をぶつけ、数学者と読み書きのできないパン焼き職人が押し合いへし合いしていた、観客のほとんどは男性だったが、若い女性と少女の姿はちらほらと見えた。プラトンが言ったように女性でも、『(けが)れ』のない若い女性は、観戦を許されているのは間違いないようだった。

 だが、隣がだれでも関係ない。老若男女、金持ちも貧乏人も、みな、白く輝く砂で覆われた、直線のトラック、スタディオンを今か今かと見つめていた。

 すでに競技場全体が熱気に包まれていると言ってもよかった。


「おい、スピロ。まさか、このままずっと立ったままなのか?」

 スピロはマリアの文句などまともに相手にするのに能わずとばかり、マリアのほうを見もせずに答えた。

「マリア様。もちろん、立ったままに決まってるじゃないですか。なにせここはスタディオン。『立つ』という意味ですよ」

「もう、うんざりです。『スタジアム』の語源が『スタディオン』というのは聞いたことありましたが、本当に立ちっぱなしだからそう呼ぶなんて、知りませんでした」

 エヴァが質問したマリアの代わりに、スピロに文句を言った。

 

 場所が決まったとはいえ、あまりに身動きできない状態で、セイは触られているのはマリアやエヴァだけではないことに気づいた。いつの間にか、だれかの手が自分の股間をまさぐっている。スピロたちとちがって現在進行形だ。

 セイはからだの向きを変えて逃れようと、右側のエヴァに心持ちからだを寄せた。その拍子に右腕にあたっていたエヴァの豊満な胸が、セイの胸にぎゅっと押しつけられる。セイの心臓がドキッとときめいた。が、あわててその気持ちを押さえ込む。アクシデントとはいえ、ここで思わず興奮を覚えてしまっては、自分の股間に伸びようとしている手の主を喜ばせるだけだ。

 セイはたどたどしい英語で訴えた。周りの人に気づかれたくない一心だった。

『誰か助けてくれないか。ぼくは今『痴漢』にあってる』

『ほう、おまえも痴漢にあったか』

 マリアが下のほうから英語で聞き返してきた。わざわざ英語を使ってきたセイの意図をすぐに察したらしい。

『マリア、ちがう。『た』じゃなくて『る』だ』

『本当ですの?』

 エヴァはセイの目を覗き込みながら英語で答えてきた。からだが密着するほどの位置で、まじまじと見つめられ、思わずセイが顔を背ける。と、下のほうからマリアの意地悪げな声が聞こえてきた。

『あぁ、間違いない。そいつは確信犯で『握ろう』としてるな。オレの位置からは丸見えだからな』

『マ、マリア。誰だ。それは?』

『セイ、わかってるはずだ。プラトンだよ』

『だって、プラトンさんはそんなことしないって誓ってくれたじゃないか』

 セイは顔だけを下にむけて、短躯のため人垣に埋もれているマリアに目をむけた。マリアはなんとも嬉しそうな、それでいてたくらみを感じさせる笑みを浮かべて、セイを見あげていた。

『セイ、仕方がねぇ、社会的義務だからな。ここ(古代ギリシア)じゃあ、成人男性が若い青年を恋人にすることは崇高な行為だ』

『嘘なのかぁ?』

『当たり前でしょう。相手は口先だけの哲学者、嘘をつくのが仕事みたいなものですよ』

 スピロがあきれたように言ったが、ゾーイは男気を出して、腕まくりするような勢いで進言してきた。

『セイさん、ちょっと待ってくれるかい。こんな破廉恥感、今すぐ摘み出してやるよ』

『ちょ、ちょっと、ゾーイ、なにをするつもりだ、こんな狭い場所で』

 あわててセイがゾーイを諌めたが、下の方からマリアの物騒な提案が聞こえてきた。

『ゾーイ。ちょいと観衆を叩き切って場所を切り開いてやる。だったらつまみ出せンだろ』

 あきらかにこの状況をおもしろがっているのがわかる口調だ。

『マリア、そんなことをしたら、オリンピック自体が中止になっちゃうだろ』

『それは避けてください、マリアさん。すでに相応の着手金をいただいているのですから』とエヴァもセイを加勢する。

 マリアはため息をつくと、下から指さしながらセイに釘をさした。


『セイ、助けてやる。これは貸しだぞ』


 マリアがプラトンを見あげて、か細い幼女の声をあげた。

「プラトンさん。ねぇ、あたし、背が小さいからナンにもみえないの」

 プラトンが声が漏れ聞こえてきた方向に、首を突っ込むようにして見おろした。マリアはプラトンにむかって、両手をあげておねだりした。


「ねぇ、プラトンさん。あたしを肩車してよ」




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