第11話 青年が一糸まとわぬ姿のまま絡み合っている
セイたちがプラトンに導かれて、ギムナシオンの建物内に入ると、大理石の廊下の手前に飾られている何体かの塑像が目に入ってきた。その先の廊下にはところ狭しと道具類が置かれたり、つり下げられたりしている。
中庭に面したアポデュリオンの前の石のベンチには紐に通した円盤や幅跳び用の重り(ハルテレ)が、さらに先に進むとレスリングの革の帽子、先の丸い練習用の槍などがうずたかく積み上げられていた。
プラトンはそこを通り過ぎると、細長い部屋の扉の前で足をとめた。中からは人々がはやし立てるような叫び声が聞こえくる。
扉のむこうでは何人もの若い男たちが、取っ組み合いをしていた。だれもがからだに油を塗っていて、てらてらと皮膚が光ってみえる。黒光りした肌やレンガのように茶色くなった肌の筋骨隆々の裸のおとこたち。
そんな青年たちが一糸まとわぬ姿のまま、そこここで絡み合っている。
ひと目見ただけでエヴァとマリアと目を覆い顔を赤らめた。
「オリンピックでは、なにも身につけないのですよ。ほとんどすべての競技でね」
居心地悪そうになった二人を見ながらプラトンが言った。だが、スピロは当然として、女性であるゾーイはとくに顔色ひとつ変えることなく、練習風景を見つめている。セイがゾーイに耳打ちする。
「ゾーイ。きみは平気なのか?」
「あたりまえさぁ。あんなの何度も見ているうちに、馴れちまうもんだよ……」
すこしだけ面目なさそうにゾーイが弁解したのを聞いて、マリアが「オレたちとおなじティーンエージャーのことばじゃねぇな」とひそめた声で非難の声をあげた。
セイは闘っている選手の横で、声を荒げてアドバイスをしている中年男性たちがいることに気づいた。彼らもまたなにも身につけていない。
「プラトンさん。彼らは?」
「あぁ、彼らはプロの専属コーチ『パイドトゥリバイ』です。元競技者だった者がほとんどで、なかには解剖学、栄養学、医学、物理療法に長けた者もいますが、だいたいが教育を受けていない、ただの荒くれ者です」
言われてみれば、どのコーチもかなり恫喝気味に選手にアドバイスを与えている印象がある。だがその表情には選手以上の真剣さが見て取れた。
「ずいぶん熱心……、いや必死ですね」
「まぁ、彼らも栄光がかかっていますからね。もし選手が優勝したら、その選手と同等の栄誉が与えられるのですよ。選手とともに記念碑に名が刻まれ、凱旋でもおなじように称賛を浴び、大金で有力者のコーチに請われるのですから」
一行は部屋を移動することにしたが、マリアとエヴァはまだこの場所に馴染めなかった。ふたりはセイの服の裾を握りしめて、顔を伏せたままついてきた。
次の部屋に行くと、そこには見物人が群がっていた。見物用のベンチはすでに満席で、そのうしろや前から顔を出して、みな、じっと中央を見つめていた。
そこでは全裸の若い選手たちが準備運動をしていた。雌鹿の頚骨で造った笛の伴奏にあわせて、紐のついた重りを前後にふっていたり、早足で行進したり、その場で軽くジャンプをしたりしている。
ただそれだけだった。
だが、ただそうやって身体をほぐしているだけの選手たちに、みな熱い視線を注いでいた。セイには見物人が選手たちに見とれているとしか見えなかった。
「プラトンさん。なぜ、みんなあんなに熱心なんです?」
セイがプラトンに素朴な疑問をぶつけると、プラトンはセイに顔を近づけて吐息交じりに答えた。
「男あさりに来てるからですよ……」
セイはビクッとからだを震わせると、とっさにプラトンのそばから跳ねのいた。その拍子にうしろにいたマリアとエヴァにぶつかる。
「おい、セイ、なんだ?。どうした?」
「あ、イヤ……。プラトンさんが……」
たじろぐセイの前にスピロがすっくと立ちはだかった。これ幸いとばかりに、セイは本能的にスピロのうしろに回り込んだ。
「やれやれ、やはり、プラトン様。あなたはご自分の性癖を抑えられないようですね」
上顎をこころもちあげて上目づかいのその態度は、プラトンに対して少々、挑戦的な姿勢ともとれる。
「わたくしはあなたがセイ様に声をかけてきたと聞いて、不安に思っておりましたのよ」
「だって、プラトン様。あなた、有名な女嫌いで、少年愛の賛美者ですものね」