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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第4話 第94回 オリンピックへようこそ

 「第94回 オリンピックへようこそ!!」

 大声をあげて、ことさら人々を歓迎していたのは、商人たちだった。


挿絵(By みてみん)



 テント村の周辺には、あらゆる地方から、あらゆる職種の者たちが、あらゆるものを持ち寄り、だれかれ構わず売り込もうと躍起になっていた。

 行商人は折り畳み式の台をひろげて、さまざまなものを売っていた。

 有名な彫像の模型、神殿をかたどったガラスの小瓶、ちいさな金属の戦車のオブジェのような土産(みやげ)から、サメの歯、石化した木、象牙の笛など、貧相なもの、競技に関係のないものまでなんでもあった。

 また、いたるところで、競技の予想屋が屋台をだして、各競技の優勝者をあれやこれやと予想していた。

 とくに星占い師や手相占い師、数占い師たちの露店がひしめく一角では、客の奪いあいが発生して一悶着(ひともんちゃく)起きているようだった。だが、その横では、テッサリアの商人が馬の汗にトカゲの肉を刻んでまぜたものを『媚薬(びやく)』と称して、その(いさか)いには我関せずという様子で販売にいそしんでいる。


 あちこちに点在する広場ではエーゲ海一帯から集まってきた旅芸人が、祭りの雰囲気を盛り上げていた。曲芸師が自分の技を披露すれば、踊り子たちは(なま)めかしな踊りで人々に(こび)を売り、剣を飲み込む男、炎を食べる奇術師が自慢の技を競って、道行く人々を立ち止まらせる。 


『銅貨一枚いただければ、金貨のように光輝く物語をお聞かせしましょう』

 講談師が威勢のいい口上で、ひとびとを呼び込もうとしていた。

 だがそれに負けじとその横では、法律家が声高に熱弁を振るっていた。その内容は少々正義を逸脱しているものもあったが、お構いなしに持論を人々へ押しつけている。それを聞いたライバルの法律家にいたっては、その弁論の内容がいかなる処罰にあたるかを指摘して、こちらもおおくの人々の耳目を集めていた。


 神殿近くの階段では、有名な作家たちが自身の新作を声をあげて宣伝し、その一部を朗々と朗読している者もいた。

 詩人たちは純白のチュニカをまとい、竪琴をつま弾きながら叙事詩を吟じている。そのむこうからは即席に造った舞台の上で、俳優たちが熱演をくりひろげる声が聞こえてきた。

 すこし喧騒から離れた場所では画家たちが作品を並べて、身なりの良い人物を取り囲んで、自分の作品を売り込むのに躍起になっていた。だが、多くの金持ちは、絵画より彫刻家たちの塑像や彫像のほうに関心があるようで、そでを引っぱる画家たちを振り払うように、そちらの一角に吸い寄せられていく。


 ふだんは賢者と(あが)められる哲学者ですら、この場所では世俗に(まみ)れている。用意された演台の上に立って、道行く人々にむけて誰彼かまわず説法を説いていた。

 ある場所では、美を競う人気投票があり、ホメロスの朗読コンテストや大食い競争などが開催され、容姿や教養や体力を競いあって盛り上がっていた。


 だが、一番人気はマッサージだった。くたくたになったからだを腕利きのマッサージ師にほぐしてもらうために、簡易テントのしたに、みな並んだ。


 テントに埋もれた街では、食事や酒にも事欠かなかった。 


 料理の屋台を物色するだけで、食べたいもののほとんどは口にできた。

 多くの食材が遠方から運ばれてきており、ふだんは口にできないほかの地方の料理も食べることができた。オリーブ、ハチミツケーキ、卵、ナッツ類などのよく食べ慣れたものから、八十種類にも及ぶパン、地方色豊かなフェタチーズなど珍しいものまで。真夏の暑さの下でも保存がきく魚の塩漬け(タリコス)、カタクチイワシの薫製、豚肉の塩漬けなどに、地元の猟師が捕まえた野うさぎやガゼル(カモシカ)、野ブタ等、新鮮な食材も供された。

 ワインの行商人の屋台も数多く、夕方だというのに、すでに酔っぱらっている人々であふれていた。この場所では多くの人は真夜中であってもたいまつを灯して、夜通し予想を語り合いながらワインを傾けた。

 とくに咽に刺激のあるギリシア本土のワインが人気で、それにあう、ヒヨコマメやビーツ、腸詰めのスライス、生イチジクなどの、少々高価なつまみが好まれた。 

 

 だが、それらにありつけない人々たちは、安い屋台で供される得体のしれない腸詰めや岩のように硬いパン、チーズと称する(かたまり)を、葡萄(ぶどう)のかすが浮いたワインを咽に流し込みながら、夕方からすでにどんちゃん騒ぎをしていた。


「カオスすぎる……。まるで『ニコニコ超会議』をスケールアップしたみたいだ」

 セイが嘆息してそう言うと、マリアもエヴァもそれぞれの感想で同調してきた。

「なにが『超会議』だ。そんなのと一緒にできねぇぞ、この規模は」

「本当に。『カオス』っていうことばの語源が古代ギリシア語だっていうのが、わかるような気がします」


 三人がとまどいをあらわにして、その場できょろきょろしていると、ふいに近くの演台から大きな声が聞こえてきた。


「わが名は、トゥキディデス。ペロポネソス戦争に将軍として参加し、敵国のスパルタにも逗留(とうりゅう)した。その経験を『戦史』として書いた。今回その最新巻をここで披露したい。ぜひとも、みな耳をかたむけて欲しい」

「トゥキディデス?」

 セイが思わず、そちらを振り向くと、日に焼けた老人が歩行者の注意をひこうと大きな声を張りあげようとしていた。

「トゥキディデスって、あのトゥキディデスか?」

「『戦史』を書いたと言ってましたから、あのトゥキディデスご本人なのでしょうね」

 世界史で習う歴史上の人物が、こんなところで露天商のような真似をしていることに、マリアもエヴァも戸惑った。

 セイはトゥキディデス(59歳)に声をかけた。

「あのぅ。なぜ、こんな場所で著作の宣伝をされてるんです?」

「こんな場所で?。わかっておらんな、この場所だからやっているのだ。このオリンピュアは、今までギリシア全土やイタリア、小アジアを回っておこなっていた宣伝とおなじだけの効果を、たった一晩でおこなえる場所なのだ」

「まぁ、これだけ人がいれば……」

「わたしは若かりし時、この場所ですばらしい歴史書の朗読を聞いて感激し、自分もそのような書を書き記すことを誓った。だから当然、わたしもこの場所で今回『新作』をお披露目しているというわけなのだよ」

「は、そいつは、売り込むのが、巧いだけだったんだろ。たぶんペテン師だよ」

 マリアは鼻でわらうようにしてトゥキディデスにむかって言った。

「お嬢さん、見くびってもらっては困る。その方のおかげで、あらゆる職業の人々が、このオリンピックが、名声への近道と知ることになったのだよ——。

 ここにいる人々を見なさい。曲芸師や踊り子から、詩人や哲学者までもが、自分を売り込もうと躍起だ。そのお方が一晩でギリシア中に名を売ったことで、みなその可能性に気づいたのだ」

「いや、だから、それがうさん臭いンだがな」

「トゥキディデスさん、ところで、その方はなにをされた方なんです?」

 マリアの失礼な態度を詫びるように、エヴァが真摯(しんし)な表情で質問した。

「まぁ、きみらのような若い人は知らないかもしれない……」


「『歴史ヒストリア』を書いたヘロドトスというお人だ」

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