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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第68話 ありがとう……、マリア

 ウェルキエルを斬首してのけたマリアは、剣をふるったそのままの姿勢で、床の上に降りたった。床に足が触れた瞬間、足首がゆらいでふらついた。そのまま膝をつく。

 最後の最後でふらつくなんて……。

 マリアはこころの中で自戒したが、周辺の様子がまともに見えてないのだから、それも仕方がなかった。

 

 マリアは泣いていた——。


 みずからの手で、黄道十二宮の一人を(ほうむ)ることができたのだ。

 幾度、諦めかけたかわからない。いや、心の声を(あわ)せるなら、何千回だ。セイの強力な援護があっても、勝てないと心底観念していた。


 だが、絶体絶命を逃げおうせた。


 マリアの数メートル前に横たわる大きな体躯(たいく)と、その脇に驚いた表情を顔に貼りつかせたまま転がっているウェルキエルの頭が、それを証明してくれている。

 

 ふいにうしろから何かを掛けられて、マリアははっとした。セイが脱いだ自分の学生服をマリアの背中から掛けてくれていた。

「勝利の女神がいつまでも裸じゃ格好つかない」

 セイがうしろから(ささや)くように言った。マリアは自分が全裸なのが急に恥ずかしくなって、あわてて、掛けられた学生服の前身ごろをかき合わせた。

「セイ、こんなもの着せてもらわんでも、すぐに自分で元通りにできる」

「ああ、わかってる。それまでの間だけ……」


 マリアには背後にいるセイの顔は見ることができなかった。涙に濡れた自分の顔を見られたくなかったし、こんなとき、どんな表情をして男の子の顔を見ればいいか、マリアにはわからなかった。


 マリアは学生服のボタンを留めると、立ちあがってセイの方を向いた。セイの学生服はマリアには大きすぎて、マリアの膝の下まで隠れるほどだった。

「セイ。ちょっとデカイがこの服、もうすこしだけ借りといてやる」

「あぁ、構わないさ」

 セイがなんの問題もないという顔で返事をしてきた。


「それと……」

 マリアは顔を伏せて、小さな口を開いた。

「あり……」


「ありがとう……、マリア」

 マリアはハッとして顔をあげて目の前のセイを見た。目が赤い。セイは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「あの悪魔……を倒してくれて……、本当に……、ありがとう……」


 マリアはとまどいを隠せなかった。

 礼を言うのは、こちらなのだ……。

 

「きみが、ぼくの(かたき)を取ってくれた……」

 セイは涙をこらえるように、顔を上にむけた。顔は見えなかったが、横一文字に引き結んだくちびるが、震えているのがわかる。


 あれほどまでに冷静に、戦略的に、戦いを進めていると思ったのに……。

 7年間、ずっと捜し続けていた妹を目の前にしながら……、ことばを交わしていながら、この世界から引き戻すことが叶わなかった——。


 どんなに苦しかっただろう——。

 どんなに腹立たしかっただろう——。

 どんなに悲しかっただろう——。


 そんな気持ちに押し潰されそうになりながら、セイは強大な敵を倒してのけたのだ。 

 なんという男なのだろう……。


 マリアはセイのその思いに気持ちをとられて、つい涙しそうになった。あわてて、うしろをむく。


「あぁ………。いや、オレはただ、おまえに言われた通りやっただけだ」

「ううん。きみはそれ以上のことをしてくれた……」


 マリアはセイのそのことばにまた心を動かされそうになった。あわてて話をそらした。

「お、あぁ、そうだ。エヴァんとこへ急ごうぜ。スポルスが心配だからな」

「そうだね。はやく帰って、かがりにこのことを知らせなきゃいけない」

 セイははればれとした口調でそう言った。

 だが、そのひと言になぜかマリアはドキッとした。そしてほんのすこしだけ、胸にチクリと痛みを感じた。


 マリアは歩きはじめたセイの背中をまじまじと見つめた。

 なんていう男なのだろうか——。

 マリアはわかっていた。

 ウェルキエルを討てたのは、セイのお陰だと言うことを——。



 あの刀のトンネル内を駆け出す前に、セイはマリアに耳打ちした。

「ぼくが突進して(おとり)になる。その間、きみは力を温存しておいてくれ。ぼくはヤツの動きをかならず止めてみせる。だけど一瞬だ。その一瞬の隙を狙って、マリア、きみがヤツの首を斬り落としてくれ」

「そんな隙どうやって作れる?」

「ヤツには弱点がある。ヤツはすぐちかくのものが見えない」

「なぜ、わかる?」

「マリア、きみが切り落としたヤツの腕だ。あの時が一番ヤツのからだに近づいた一瞬だった。ヤツは至近距離でいとも簡単に腕を切り落とされた」

「だが、あいつはわざとだと言ったぞ」


「そうだ。わざとやられたと、わざわざ申告してきたんだ。悪魔が……」


「ーってことは……」


「そう、つまり、あの位置からのきみの剣は、ヤツには見えなかったんだよ」


 だからあの作戦がうまくいった。

 だから勝てた——。



 なんという男なのだろう……。

 あのとき……、深い哀しみと自分への憤り、相手に対する怒りが止められない、感情がぐちゃぐちゃになっているなかで、この男は冷静な分析をしていたのだ。

 見事な戦術を構築してみせたのだ。

 そして失敗をおそれずにそれを完遂してのけたのだ。

 

 マリアの視線に気づいたのか、ふいにセイが背中越しに言った。


「マリア、次は絶対に助けてみせるから……」

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