表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
100/932

第60話 わたし、お兄ちゃんと一緒にもどれる?

 セイがしたてあげた『刃の要塞』は強固で、なかに閉じこめたサエに傷一つつけることはできなかったが、ウェルキエルはそれを崩そうと『指先の刀』を連撃してきた。なかばムキになっているように感じたが、それでも直撃を受けると刀身が折れ、そこに穴が空いて、ほころびができる。すぐさま別の刀身をあてがって、その隙間をふさいだが、これが続けば、いつかは気力が尽きるのは火を見るよりあきらかだった。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんなの?」

 ふいになかから声が漏れ聞こえた。

 セイは剣の構えを崩さないまま、背後に声をなげかけた。

「あぁ。サエ、ぼくだ。兄のセイだ」

 そう声をかけただけで、涙がにじんで涙にむせびそうになる。

「お兄ちゃん。ずいぶん大きくなってる。どうして……?」


「サエ、ごめん。お兄ちゃんだけ、歳……取っちゃった……」


「そう……」

 サエはそれだけ言って押し黙った。刀と刀の隙間から、こちらの姿が垣間見えているのだろう。自分とはあまりにも隔たりができてしまった、兄の姿にショックを受けているのは仕方がない。

 サエがためらいがちにことばを紡ぎはじめた。

「なんで……、なんでそうなったかわからないけど……」


「お兄ちゃん、カッコいいよ」


 たったひと言が、セイの胸を熱くした。

 セイにとって、いままでの人生で最高のことばだった。むせび泣きそうになる。セイはあわてて目頭を拭うと、マリアにむかって大声を張った。


「マリア、いっときでいい。ここへ来て、ぼくらの……、ぼくらの盾になれるか!」


 マリアはなにも問い返さなかった。その行動はことばを返すより速かった。

 どんと床を蹴り出すと、大剣を身の前で掲げて盾にしながら、こちらへ突進してきた。ウェルキエルの攻撃を二、三発、はじき返すと、そのまま床を滑り込むようにして、セイの目の前に陣取った。

「最初に言っておく。長くは持たん。はやくしろ」

「すまない」

 セイはそれだけ言うと、『刃の要塞』の刀の一角を、観音開きのようにして開け放った。光がさっと差し込み、刃で覆い隠されていた内部を照らし出す。


 すぐ目の前にサエがいた。


「サエ!」

 セイはサエのからだを抱きしめた。まだ十歳のときのままの、背が低く、幼ない体つきをしたサエの体温が、肌を通して伝わってきた。いっさいの成長をとめられたまま、月日だけを消費させられた、残酷な仕打ちに、この七年間の思いがせき上げる。

 セイがぐっと口元を引き結んだ。

 今は感涙にむせんだり、歓喜に破顔してよい場面ではない。

 カッコいい、兄なら……なおさらだ……。


「サエ、寂しかったろう」

「ううん。ちっとも。ずっと眠っていたから……」

「眠ってた?」

「うん。今さっき、ひさしぶりに目がさめたの。ここはどこなの?」

「まだ、別世界にいる。時代や場所はちがっているけど……。まだ戻れたわけじゃない」


 その時、背後でマリアのうめくような声がした

「セイ、急げ。ちょっと防ぎきれなくなってきた」

 セイがあわてて振り向くと、大剣をおおきく振り回しながらウェルキエルの攻撃を受けている、マリアの姿が目に入ってきた。マリアは汗びっしょりで、背中で息をしていて、いまにもへたり込みそうだった。

 セイがサエとのほんのささやかな会話の時間を生み出すための、大変な労力がそこに見て取れた。

 これ以上マリアに甘えられない——。


 セイはサエの目を見つめて言った。

「ごめん、サエ。ちょっと待ってて。お兄ちゃん、あそこにいる悪いヤツを倒さなくちゃいけないんだ」

「倒したら、わたし、お兄ちゃんと一緒にもどれる?」


 セイは心引き裂かれるような思いを内に秘めて、思い切り口角をひきあげて言った。


「もちろんに決まっているじゃないか!」


--------------------------------------------------------------------------------------------------------------


「かがり。急いで病棟のほうへ来てくれ!」


 館内放送で、父、輝雄の切羽詰まったような呼び出しを聞いた瞬間、広瀬かがりの心臓は飛び上がりそうになった。

 瞬間的に、セイのヴァイタル・モニタに目をやる。

 セイのヴァイタルはすこし上昇カーブを指し示していたが、生命や精神への危機の兆候はまったく見られなかった。

 当然だ——。

 さっきから何度も見るとはなしに確認しているのだ。急変したとしたら、気づかないはずがない。

 あのとき——。

 聖が心肺停止になりかけた『ジャンヌ・ダルク』のときのダイブ——。


 その時の反省から、かがりはセイがダイブするときは、かならずすぐ近くに待機し、どんな些細(ささい)な異変も見逃さないようにしてきた。 

 かがりは、すぐにマリアとエヴァのモニタのほうへ視線を移した。

 こちらもなにも問題ない。

 申し訳程度に眺めていた彼女たちのモニタは、さきほどすこしだけ心拍や脳波の乱れ、緊張させられたが、緊急を要するほどまでは変化しなかった。


 なら、なに?。


 かがりはダイブ中の聖のそばから、すこしの間だけでも離席することに一抹の不安を覚えたが、父の呼び出しは喫緊(きっきん)の事態を感じさせる声色(こわいろ)を帯びていた。



 病棟へ駆け込むと、父、輝雄は夢見・冴のベッドサイドにいた。

「お父さん。冴ちゃんが、どうしたの?」

 輝雄はなにも言わずに、冴のヴァイタル・モニタを指さした。かがりはその指先を追いかけるように視線を移した。

 そこに信じられないものがあった——。


 植物状態となっていたはずの夢見・冴の脳波が動いていた。


 脳波だけはずっとフラットのままで、これまでほんの一瞬でも変化らしい変化などなかったはずだ。それを何年間も、毎日、絶望的な思いで見続けてきたのだ。

 だが、あり得ないことに今、その脳波計はまるで覚醒しているかのような、乱高下するグラフを刻んでいる。

「お父さん。これ……」

「あぁ、冴ちゃんの脳波がなぜか動き出した。いや、脳波がふいに現れた、と表現したほうがしっくりくるかもしれない」

「現れた?」

「もしかしたら……。聖たちが潜っているその先でなにかが起きているのかもしれない」

「聖ちゃんたちが……?」

「あぁ。もしそうだとしたら『昏睡病』で戻ってこれなくなった人でも、なにかしら『引揚げ(サルベージ)』する方法があるのかもしれない」

 かがりはそのことばを聞きながら、眠っている冴の顔をまじまじと見つめた。

 まったく身動きしない、この七年間見続けた。見知った姿のままだった。


 これで脳が『覚醒』していると言われるほうが、不自然なことのように感じた——。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ