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百花繚乱

百花繚乱~完~

作者: 綿飴ふたば

「リオン~!ギルドの支部、どこに出そう~」

「アイクちゃん。そうですね……」


ドリーム・イリュージョンはすっかり大きなギルドとなり、そこそこ立派なギルドホームも買うことができた。もちろん一人一人に個人部屋までついている。

ということで、そろそろウィンセント以外に支部を出そう、という話になっているのだ。

私個人としては、ライトと交際を始めることになり、私生活もまあそれなりに充実していた。


「ロンバル……なんてどうですか?自然も豊かです」

「ロンバルかあ~。ロンバルはスカーレット・エンジェル一強ってイメージがあるけど」

「そこに立ち向かっていくのです!」

「おおお、珍しくリオンが燃えている……」

ギルド経営は楽しい。本当に楽しい。新しい土地では、またどんな人に出会えるのだろう。


「見てください!アイクちゃん!ここ、古い洋館ですけど安く借りられそうです!中にも改装工事を入れれば!」

「ん〜!今回は押され負け!リオンの勝ちです!ロンバルにしましょう」


ということで、私は速攻でロンバルの物件を借り、視察をして、改装工事を入れた。


それにしてものどかで、いい街だな。ロンバル。

ここでまた上手くやっていけますように……。


一週間後、改装工事が終了した。そして何を思ったか、私は妹のリノに手紙を送っていた。

リノからはすぐに返事が返ってきた。「姉さんは凄いです!いつかは私も修行を積んで、また姉さんに会いたいな。エリオットくんにも伝えておきますね。気が向いたら、サンドルアンダーにも遊びに来てください」そう。リノにとっての姉はただ一人私だけ。リノはリミ姉さんのことを覚えていない。ただの幸せな、女の子。エリオットというのは彼女の恋人のことだ。何回か会いに行ったことがある。リミ姉さんが黒魔術で作り上げたサンドルアンダーは、気持ちが悪いほど白唖に対する迫害が無くなっていて、むしろリノの姉として歓迎されて寒気がした。


私はロンバルの街の掲示板に、「ドリーム・イリュージョン~ロンバル支部~ギルドメンバー募集」というポスターを貼った。


そこで黒い伝書鳩が私の元へ届いた。黒い伝書鳩は、普通の伝書鳩よりも飛ぶのが早い。緊急のメッセージによく使われる。いったい私に緊急のメッセージって……


手紙を開いて絶句する。──リノが黒魔術を……?!?!


差出人はリノの恋人、エリオットからだった。

二人でロンバルへ向かっているから、話をさせて欲しいとの内容だった。



休憩宿で私と二人は対面になる。

リノは顔を青ざめさせてガタガタ震え、エリオットは手を返り血で真っ赤に染めて俯いていた。


「今ここで私が、あなたたちを通報することもできます。あなたたちがしたことは、明らかな犯罪行為です。分かりますね? 」

リノは更に顔を青ざめさせ震え、エリオットはキツく唇を噛んだ。

「エリオット、まずはあなたからです。あなたは複数人の人間を虐殺し、そしてサンドルアンダー村の領主様を殺しました。その罪をしっかりと受け止めなさい」

「でも……」

「言い訳することなど何一つ無いのです。あなたは人を殺しました。人を殺したのです。人の尊い命を奪ったのです。分かりますか? エリオット」

「……はい」

「牢獄に入るべき立場なのです。分かりますね? ですが何故あなたは今ここにいるのですか?」

エリオットは決死の表情のままうつむき、押し黙っている。

「エリオット。あなたはあなた自身の罪を認め、それまでの自分を捨て、これから新しい自分へと生まれ変わって生きる覚悟はありますか? その覚悟があるならば、私が経営しているギルドへの入団を認めます。つまりはあなたを匿うということです」

「はい……! はい! ……あります! 僕はその為にここに逃げてきました! 」


「ではリノとは別れなさい。いいですね? 」


「え……そんな……」

エリオットは動揺したようにリノを見た。

「リノとは別れなさいと言っています。理解できますか? これは命令です。呑めないというのなら、ギルドへの入団を認めません」

「エリオットくん、命令を呑んで。お願いだから。それしか、君の道は無いよ」

「リノ……」


「饒舌に喋りますね、リノ。あなたにはもう道というものは無くなったに等しいというのに」

何もかも忘れて、リミ姉さんが自分で作った道を捨てるようなことをするなんて。私は許せなかった。

「リノ。あなたは黒魔術を使ったのですね? これは大きな犯罪です。そして実際に、村には大きな被害が出ていると聞きました。これは重罪です。理解していますね?」

「……はい。理解しています。理解した上で、使いました」

「そうですか。ではリノ、あなたはもう純粋な魔術師ではありません。醜い黒魔術師として、世間から身を潜めて生きるしか無いのです。分かりますね?」

「分かります」

「では、先ほども言いましたが、エリオットとは縁を切ってください。そして、家族である私とも。天涯孤独に生きる覚悟をしなさい。分かりましたね? 」


目の前で今にも泣きそうなリノに、つい手を差し伸べたくなってしまう。ダメだ。そんなことをしたらいけない。

「分かりました」

「では、リノ。あなたはアーバンシェンドの名を捨てなさい。あなたにはもう、アーバンシェンドを名乗って生きる資格はありません」

「え……」

アーバンシェンドという姓は、リミ姉さんが養子に入っていた家のものだと言うことをこの子は知らない。いや、リミ姉さんの魔法で忘れている。

「いいですか? リノ? 」

「は……い」

「おい! リノ! いいのかよ! 」

「……エリオットくんは黙って。もうあなたには、関係の無いことだから」

「でも僕は……リノを助けて……」

「まだそのようなことを言っているのですか?エリオット。ギルドへの入団を取り消しにした方がよろしいでしょうか?」

「ほら、駄目だよエリオット。そんなこと言わないで。もうあなたと私は他人同士」

「そんな……」

「行きますよ。エリオット」

私は絶望の表情をしたリノを一人残し、エリオットを連れて、改装工事が終わったばかりのギルドホームに入れた。まったく一人目が、人殺しだなんて……。


まあ、私も人を殺したことはあるけれど、あのときのことはよく覚えていない。リミ姉さんのおかげなの?


「まずシャワーを浴びてきてください。新しい服は、ここに置いておきます」

「はい」

エメラルドソード・エリオット。サンドルアンダー村一の弓使い。ふむふむ。なるほど。余所者なのね。弓の技術だけで、村に受け入れてもらえた感じ……。そしてお兄さんが、ウィンセントにいるのね。

エリオットがシャワーを浴びている間、私はざっとエリオットの経歴に目を通した。

「シャワー、ありがとうございます……」

「はい。少しは綺麗になりましたね」

「あの……俺……どうすれば……」

私は地下室の鍵をじゃらりとエリオットに見せた。

「謹慎です。新しいギルドメンバーが入るまで、ここで大人しくしていてもらいます。食事は三食持ってきます。では」

エリオットは大人しく地下室に入り、一言も言葉を発さなかった。


エリオットを監禁したあとの私はというと、ギルドメンバー勧誘に出かけた。掲示板に貼り紙をしたとはいえ、やはり直接声をかけるのが一番であろう。


──そのとき、目の前にいた少女の栗色のロングヘアがふわりとなびいて、私の目を釘付けにした。


「突然、申し訳ありません」

私は思わず、話しかけていた。

うぐいす色の、なんて綺麗な瞳……。

彼女は気まずそうにして、目を合わせてくれない。

「現在ギルドに、加入されていらっしゃいますか?」

「え?い、いいえ……入ってないです」

「もし他に入る予定などが無ければ、どうです?うちに来ませんか?」

少女の表情はみるみる晴れていった。

その後少し悩んだようにも見えたが、「ぜ、是非!私で良かったら!」と快諾してくれた。

「ありがとうございます。では、加入前に簡単に説明だけさせていただきますね」

「はい!」

「基本的なルールは、ギルドメンバーとの挨拶のみです。一人でできなさそうな狩りをするときは、いつでも手伝うので言ってください」

少女は少しぽかんとした表情をしていたが、すぐに笑顔を取り戻して「は、はい!」と言った。


「ではこの書類にサインをお願いします」

「はい!」

「まだ名乗っていませんでしたね。大変失礼しました。私はドリーム・イリュージョンのサブマスター、アーバンシェンド・リオンです。銃士をしています。以後、お見知り置きを」

「よ、よろしくお願いします!エレベス・ドロシーです!機械術士です!」

ドロシーかあ。かわいい名前。

そして幼い頃のリノに少し似ている。


「あと、言っていなかったのですが、このギルドには拠点が二つあります。メインの拠点となっているのは、中央都市ウィンセントです。そして第二の拠点がここ、ロンバルなんです」

ドロシーは少し不安げな顔をしたけれどすぐに向き直って笑顔で頷いた。

「ロンバルで活動しているギルドメンバーはごくわずか(エリオットのみ)ですが、たまにウィンセントから出張でやってくるメンバーもいるので、心配はいらないです。最も、これからはロンバル勢力の方も増していきたいと思っていますけどね 」

私が笑ったのが意外だったのか、ドロシーは少したじろいでいた。

「みんな個性があって、楽しいメンバーですよ。ようこそ、ドリーム・イリュージョンへ」


……でも明日は、ウィンセントで狩りの約束があるから戻らなくちゃいけない。

私は悩んでいた。果たして、エリオットに任せてもいいものなのか……。

「エリオット」

「は、はい……!」

「反省はできましたか」

「は、はい……」

「ではここから出ましょうか」

「え?でもこんなに早く……」

「私も人を殺したことくらいあります。人を殺したからって、そのまま犯罪者の道に堕ちていかなければ、正統な人生を歩めます」

エリオットは押し黙っていた。

私はエリオットの鎖を外すと、地下室から出してやった。


「でもリオン、どうして……」

「明日、新しいギルドメンバーがいらっしゃいます。名をエレベス・ドロシーさん。十三時半にグリッタ公園と、指定はしてあります」

「まさか、俺に迎えに行けと?!」

「私はウィンセントで仕事があるので残念ながら行けないのです。くれぐれも、殺さないようにしてくださいね?」

「ブラックジョークが過ぎるぜ……」

_______________


ドロシーは、少しずつエリオットにも私にも心を開いてきているようだった。安心した。妹を見ているかのようだったから心配だったんだ。


そろそろギルドの全体交流会をやろうという話が出てきていた。場所はマチリアンカという街で、中央都市ウィンセントに比べれば落ちるが、そこそこ賑わっている街だ。そして、ウィンセントとロンバルのちょうど中間地点でもある。


エリオットとドロシーを誘ったところ、二人とも快く承諾してくれた。


──そしてギルド全体交流会当日。


「どうです?最近。ロンバルの方は。順調ですか?」

「ぼちぼち。メンバーがいないからどうにもならないね」

「だからドロシーさんを勧誘したのですが」

「足りないよ」

「まだまだ必要、ということですか……」

ホテルロビーのテーブルで、私たちは雑談していた。

「こんにちわぁっす!!」

この声はアイクちゃん。間違いなくアイクちゃんである。

「あ、私がギルドマスターのアイクです!どうぞ、よっろしくー!」

アイクちゃんはそう言って、エリオットの手とドロシーの手をぎゅっと握った。

「アイクちゃん。暑苦しいですよ。」

現にエリオットとドロシーは少し引いている。

「いやいや、リオンは分かってないなあ。こういうのは、最初が肝心なんだよ!」

「だから最初から暑苦しいんだってば」

すぐ隣にいたモモも挨拶を済ませ、五人で談笑をしていた。


「おい、もう少し静かにしろよ。ここはホテルのロビーなんだから」

「トモさん……ユーリさん……申し訳ありません」

トモナリもユーリさんも簡単に挨拶を済ませ、私たちはホテルの食事部屋へ移動することとなった。


……まあ、まだ全員揃ってはいないのだが。


私達は、松の間、というところに案内された。真ん中の大きな丸いテーブルには白いクロスがかけられ、その上には豪華なシャンデリアがあった。椅子は一つ一つが違う色のサテン生地で出来ていて、こちらも高級感を感じる。


その時、バァン!と扉が開かれた。最近ユーリさんの紹介で入った魔術師、アミーだ。

「アミーちゃん、もうちょっと静かに入って来なさい!」

トモナリが思わず声を上げる。アミーは涙目だ。

「すみません……。もう皆ロビーにいなかったので焦ってしまい……」

「安心して。アミー。まだ皆揃ってないぞ」

ユーリさんが優しく言った。アミーは安心したのか、ふーっと息を吐くと扉を丁寧に閉め、ドロシーとエリオットに挨拶をした。


集合時刻の五分前になった。


「あと一人……ですね。ライト……あいつ……」

集合時間はあれだけきちんと守れと言ったはずなのに!まったく、どこまでも自由人だわ!ありえない!

そして、集合時刻、十二時になった瞬間だった。扉がゆっくりと開いた。

「ふーっ。ぎりっぎりセーフ。……あ、皆さんども」

ギルドメンバーの皆から冷たい視線を浴びていることを物ともせず、ライトはヘラヘラと笑ってみせた。

「あ、ロンバルの……ドロ……なんとかさんと、エリ……なんとかさん?」

「まったく失礼なんですから!ライトは!ドロシーさんとエリオットさんです!」

会場は笑いの渦で包まれた。それからは会食が始まる。


「まず最初に、このたびうちのギルドに新しくメンバーが増えました。拍手!」

「エレベス・ドロシーです。機械術士です。よろしくお願いします」

「エメラルドソード・エリオットです。弓術士で、主に弓を扱っています。よろしくお願いします」

二人の自己紹介が終わると、何やらユーリさんとトモナリがドロシーに話しかけていた。


そしてその話が終わると、アイクちゃんと私、ユーリさんとトモナリで話し合いだ。

「……ウィンセント本部のギルドを任せたい?!」

「しっ。トモさん。まだ内密に」

「私とリオンは、ロンバル支部の発展に専念したいんだ。だから、二人にウィンセント本部を任せようと思う」

「あら、私はいいぞ~」

にこにこ微笑むユーリさんとは裏腹に、冷や汗だらだらのトモナリ。見ていて面白かった。

「その代わり、ドロシーはウィンセントで修行させることにしたんだ。師範免許を取るための。いいよな?」

「え……ど、ドロシーは承諾したのですか?」

「ああ。承諾済みだ。俺とユーリで面倒を見る」

「それならいいのですが……」

私はドロシーがロンバルからいなくなってしまうことに、少し寂しさを感じていた。

_______________


ドロシー、そして何故かエリオットもウィンセントへ行ってしまい。しばらく経つ。

ウィンセントのギルドは相変わらず順調だとトモナリから便りを度々もらっていた。

ロンバルでも私とアイクちゃんは少しずつギルドメンバーを集め、順調といったら順調なところである。

そんなとき、私の元へ黒い伝書鳩が届いた。


──悪い予感がする。


悪い予感というのは的中した。トモナリ、ユーリ、エリオットが、フェニックス討伐戦のメンバーに選抜されたのである。しかもエリオットは最も危険なメインアタッカー。前回の討伐戦では、メインアタッカーのカンザキ・ユイは一命を取り留めたものの、植物状態となり、その後すぐに死亡している。それにトモナリ、ユーリはフェニックス討伐戦経験者だが、エリオットは初めてだ。ドロシーだって、心中穏やかではないだろう。とても心配だ。ウィンセントへ行こう。


「アイクちゃん、私は……」

「ウィンセントでしょう?行ってきな。ついでにモモの様子も見てきて」

「アイクちゃん……」

「ロンバルは私に任せて。まったくリオンは、そんなに無表情なのにとっても情に厚いのね」

そんなことを言われたのは初めてだった。

私が、情に厚い……??

行くと決めたら私の行動は早い。その日のうちに電車へ乗り込んだ。


ウィンセントのギルドホームへ着くと、そこにはいつもと変わらない光景が広がって……いなかった。

トモナリとユーリさんとエリオットがいない。

アミーに聞くと、「フェニックス討伐戦の予行練習」だそうだ。そしてドロシーもいない。

「ドロシーはどこに行かれたのですか?」

「あ……教会だと思います。もうすぐ戻ってくるかと」

「教会?」

「お祈りをしているみたいなんです……」

ガチャリとドアが開くと、ぼんやりとしたドロシーが帰ってきていた。

「ドロシー!」

私は思わず駆け寄って、抱き締めていた。私がまさかこんなことをするなんて……自分でも驚いていた。

「リオン……さん……わたし……」

「つらいでしょう!ドロシー、今日からエリオットと同じ部屋で寝てもいいから。少しでも一緒に居れる時間を長くしてほしいの!」

_______________


驚くべきことが起きた。なんと、今回のフェニックス討伐戦は、メインアタッカーエリオットの活躍により、完全討伐という形で終結したのだ。


──エリオット一人を犠牲にして。


エリオットの葬儀は、それは盛大なものだった。

何十年と人類が戦ってきたフェニックスを討伐した、メインアタッカーエリオットは英雄だった。


エリオットの墓石にはこう記されていた。


──諸悪の根源、フェニックスを討伐した英雄、エメラルドソード・エリオット、ここに眠る。


「エリオット……死んじゃって……馬鹿じゃないの」


涙は出なかった。葬儀場に戻るとそこには多くの人々が参列していて、雑然とした雰囲気であった。


ドリームイリュージョンのメンバー、ドロシーは勿論のこと、リノも参列していた。リノは黒魔術師にならずにファントムメイジになったのね……。よかった。ファントムメイジとは大鎌に魔力を封印し、その魔力で戦う正式な職業。ギルドにも入っているようだった。


──しかし二人が接触した。何やら言い合いをしている。


リノの元恋人で、ドロシーの現恋人であるエリオットが死んだ。二人の接触は避けなければ……とおもったが、私は何もできなかった。二人とも泣いている。

ドロシーは言い合いの後、走ってどこかへ行ってしまった。きっとエリオットの墓石だ。リノは追いかけた。そして私もこっそりと後を付けた。


「何が……英雄よ……死なないって約束したじゃない……」

ドロシーはエリオットの墓石の前で泣き崩れていた。

それを後ろからリノが……待って!駄目!


──リノはドロシーを抱き締めた。


そして恐ろしい言葉を発した。

「エリオットくんが……死んだのは、誰のせいでも無い。神様のせい。だから私は……神様を……いいえ、神を呪う」


──神を呪う……?


「私はそう、元々堕落した魔術師ファントムメイジ……神に見捨てられた反逆者」

「待って……リノさん……!! 」


もしかして、リノはファントムメイジの力を解放して、黒魔術師になろうとしているのかもしれない。それは……それだけは、止めなきゃ。リミ姉さんが身を呈して守ったリノの人生……でも私はどうすれば……。姉さん。リミ姉さんなら……。


私はすぐにリミ姉さんをウィンセントに呼び出して、事情を説明した。リミ姉さんはリノの名前を出したらすぐに呼び出しに応じてくれた。


「分かったわ。リオン。私に任せて」


久々に会ったリミ姉さんは長く伸びた髪をお団子にしていて、清潔感もあった。ユリオプス山の隠れ小屋に引きこもっている時とはぜんぜん違う。でも目の奥は濁っていて、リノとは違う、完全に黒魔術師であった。


「姉さん、まさかまた危険な手段を……」

「大丈夫よ。リオンは安心してギルドの仕事に専念して」

「でも……」

「ほら、姉さんの言う通りにしなさい」

「……はい」

_______________


言う通りにしなさいなんて言われたって、私はギルドの仕事に専念することなんてできなかった。

私はユリオプス山に潜んで、リミ姉さんの動きをひっそりと観察することにした。


リノが飛んでこちらへやってくる。リミ姉さんは、リノを後ろから羽交い絞めにした。


「来たわね。リノ」

リノは声が出せないのかぱくぱくしている。そしてそのままリミ姉さんはリノをユリオプス山に連れ込んだ。


「ここ、ユリオプス山っていうのよリノ。いい山でしょう?」

「ライラックさん……あなたは一体誰なの……? 」

「誰でも無いわよ」

ライラックさん……?そうか、リミ姉さんは正体を隠してリノと会っていたのね。

「嘘!! 私はあなたのことを知っているはず……!! 誰!? 一体誰なの!? 」

……リノは、薄々勘づいている……?いやリミ姉さんの黒魔術ならそんなことは無いはず。やっぱり完全には封印していなかったのかもしれない。


リミ姉さんは軽い黒魔術を放った。リミはすんでのところで避ける。……え?! そんなに本気なの?!

「あなたは私の敵なの!? 違うわよね!? どうして!! 」

リノが感情に任せて叫ぶ。ぼろぼろと大粒の涙も零していた。

「私はあなたの敵よ。リノ。私を殺してみなさい。あなたならできるはずだわ」

「そ、そんな……!! 」

「攻撃しないなら私から行くわよ」

や、やめて……!

リノは大鎌でリミ姉さんの攻撃を防ぐ。


「私は本気で行くから、リノ、あなたも本気で私を殺しに来てね」

もしかして、リミ姉さんは……リノに……。

リノは黒魔術を帯びた、かなり強い魔法を使った。大鎌による魔法攻撃だ。

リミ姉さんは避けなかった。嘘でしょう……? 避けようと思えば避けれたはず……。やっぱり、リミ姉さんはリノに殺されたがっているんだ。

リミ姉さんは動けない。リノは次の攻撃を仕掛けた。大鎌による物理攻撃だ。

リミ姉さんはその場に倒れた。しかし、また黒魔術の術式を展開する。


リミ姉さんが出したのは召喚獣をだった。三匹。私にはこの意味が最初分からなかった。

「召喚獣……まさか、サンドルアンダーでのあの出来事は、あなたが……」

「その通りよ」

「許さない……!! 私が、エリオットくんがどれだけ傷ついて苦労したか……!! 」

サンドルアンダーでのあの出来事……?まさか、リノが黒魔術を使ってエリオットが大量殺人をした……?


「やっとスイッチが入ったようね、リノ」

「当り前よ!! 全部!! 全部……!! あなたが悪いんだ……!! ライラックさん……!! あなたは本当は誰なの!? 」

「私はただの黒魔術師よ。ドロシーの家を燃やしたのも私よ」

私は驚愕した。が、リノも同じく驚愕していた。ドロシーに親がいないことは知っていたが、まさかそんな……。

「嘘……嘘でしょう? 」

私もリノと同じく、ぶつぶつと呟いてしまっていた。


「本当よ。私は害悪な黒魔術師。それだけ」


「あり得ない!! あり得ない!! 私が!! 私が殺してやる……!! 」

待ってリノ!! 感情的にならないで!! その人は……

リノはファントムメイジの最終奥義を発動させた。リミ姉さんは、これでおそらく死ぬ。

リミ姉さんは、倒れる直前、本当に小さな声で「……ありがとう」と言っていた。


リノは放心状態のまま、リミ姉さんが暮らしていた小屋に入る。私も気配を消して近づいた。


「嘘……嘘でしょう? 姉さん……リミ……姉さん? どうして……どうして今まで忘れていたの? 」

リノは私たちが三人で写った写真を見て唖然としていた。リミ姉さん、こんなもの……ずっと持っていたのね。


「それはリミ姉さんの黒魔術によるものよ。リノ」


私は我慢できなくなってリノに話しかけた。気配を消していたため、当然リノは驚いている。


「どうして……。リミ姉さんは最期まで何も言わなかったの……? 」

「リミ姉さんはあなたに黒魔術を使わせてしまったことを酷く後悔していた。リノ、あのね」

「うん」

「リミ姉さんはリノ、あなたに殺して欲しかったのよ。黒魔術師となった自分を悔やんで」

「そんな……そんなの悲しすぎるよ……」

「……さ、あなたはスカーレット・エンジェルに戻りなさい。黒魔術師になるなんて馬鹿なことは考えないの」

「姉さ……リオンさん……」

「姉さん、でいいわよ」

恥ずかしくて目が合わせられなかった。

「え……」

「私があなたについていないと、また勝手なことをされたら困るわ」

それは半分本音で、半分は私がまだリノと姉妹でいたいという私の気持ち……。

「り、リオン姉さん……」

リノはぼろぼろと泣いて私に縋りついてきた。

「居場所を見つけたんでしょう?偉いじゃない。送っていくから、帰りましょう」

私はリノを抱き締めて宥めた。まったく、いつからこんな性格になってしまったんだろう。アイクちゃんに、情に厚いと言われたのも今では納得せざるを得ない。

「姉さんっ!私、わたし……とってもつらくて……」

「はいはい。ゆっくり話は聞かせてもらうから、帰りましょう」

私はリノを連れて、支えながらユリオプス山をくだっていった。


「でもリオン姉さん、どうしてここが分かったの?どうしてリミ姉さんが住んでいた場所が分かったの?教えてもらったの?」

「そうですね……。教えて貰ってはいませんよ。銃士ゆえ、獲物を見つけるのは得意なんです」


おわり

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