ある日の仕事
以前書いた短編の連載版、「これって、続きあるんですか?」「続きあるなら読みたいです!」などのコメントが全く無いにも関わらず(笑)思いついたので書きました。
毎日更新で4話ほどで終わります。よろしかったらどうぞ。
コーヒーにミルクを垂らし、クルクル回すと薄茶色になる。
コーヒーは優しい色に変わるのに、それでもコーヒーは苦いまま。
初めて飲んだ時は、なんだか騙された気持ちになった。
朝、目を覚ます。
——たまに、何もかも面倒になる時がある。
起き上がって服を着替えること、テレビを見ること、電車に乗ること、仕事に行くこと。
そして朝、目を覚ますこと。
「……うう」
のそりと起き上がると、変な呻き声が出た。
俺の体は腹筋すら働くのが嫌なようで、起き上がったはいいが力が入らず、そのまま横にパタリと倒れる。
「ああ〜面倒くさい」
思わず声が漏れる。
食事をすること、トイレに行くこと、時計を見ることすら嫌になって、たまに息をするのさえも面倒だと思う。
あらゆる行動を止めたい。
しかし、死にたいわけではない。
いっそ死んだ方が楽なんじゃないかと思うが、それすら面倒だと思う。
死ぬのは意外にエネルギーがいる。道具を準備したり都合のいい場所を探したりは大変だし、最近は睡眠薬を手に入れるさえ一苦労だ。そもそも痛かったり苦しいのは嫌だし。
そんなことを考えていると、だんだん考えること自体面倒になってくる。
「……起きよう、仕事に行かないと」
なんとか体をおこし、ベッドから降りると、ダラダラと服を着がえ始める。
何かを着るのが面倒くさい。そもそもなんでこんなに何種類も服があることが疑問だ。
スーツだって大して違いはないし、違いなんて誰も見ていないのに。なんであんなに色んな色があるのか。
毎朝これが面倒臭くて、いっそのこと誰か制服を決めてくれないかと思う、それを毎日着ろと言って欲しい。
「……」
気がつくと手が止まってぼんやり突っ立ていた、眠いのかだるいのかもわからないくらい、頭が重く感じる。
ノロノロと動きを再開させる。
テレビをつけて適当に流し見ながら、朝食を作って食べる。
作ると言っても、朝は食パンとコーヒーだけ。食パンは焼いてマーガリンと砂糖をふりかけ、コーヒーはインスタントにお湯を注ぐ。
もそもそと食べながら、テレビを見るともなしに見る。
「今日も変わりばえしないな……」
テレビには朝の情報番組が映し出され、ニュースが流れはじめた。
政治家の汚職事件、どこかの街で通り魔、巨額の詐欺事件、動物園でレッサーパンダの赤ちゃんが生まれた、また芸能人が不倫をして炎上している。
他の国では難民問題、テロリストの自爆、乱射事件。
そんな風にぼんやり見てると、星座占いが始まった。
しかし、ぼんやりしすぎて、自分の星座を見逃した。占なんか見たところで参考にしないのに、見逃すとなんだか悔しい気持ちになる。
食べ終わると、仕事に行く準備をして部屋を出る。
スマホにイヤホンを繋げ耳に押し込み、音楽アプリを起動させ再生させる。
入っている曲は三年前からラインナップが変わっていない、それをいつも通りランダムで流す。そろそろ新しい曲を入れたいと思うが、それも面倒で放置している。ポケットに手を突っ込み、最寄りの駅に向かう。
「眩し……」
今日は空が真っ青で、太陽が痛いくらいに照っている。
しかも耳からはアップテンポで爽やかな曲が流れ込んできて、逆に気分は最高潮に沈んできた。
他の曲に変えようかと思ったが……面倒なのでやめた。
ぼんやり歩いていると、前に朝帰りと思しきカップルがイチャイチャしながら歩いている。
なんていうか。今すぐ、めちゃくちゃ凄い科学の進んだ宇宙人が地球に来て、地球丸ごと、凄い感じで爆発させてくれないだろうかと思う。
一瞬ならきっと死ぬのも楽だし、目の前のカップルも一緒にいなくなる、いいことずくめだ。
そんな無駄な想像をしていたら、その途中、野良猫と遭遇した。その猫はよく見かける野良猫だ。野良なのに珍しくおとなしい猫で、たまに撫でさせてくれるのだ。今日は日向ぼっこをしているようなので、少し近いてみる。
猫は薄目を開けて俺を見たが、どうやら逃げそうにないので、俺はしゃがんでそっと手を出して撫でる。
ふわふわで暖かい毛皮に少し癒された。
「そろそろ行かないと……」
一通り撫でると立ち上がり、また駅に向かう。
駅に着くと、いつも通りの人混みで、更にうんざりしした気持ちが込み上げる。
今日が休みならなと思いつつダラダラと足を進め、改札を通る。
電車に乗り込むといつも通り周りは人でぎゅうぎゅうだ、持っていたバックを前に抱えスマホでゲームをしながら苦痛を紛らわす。
俺の仕事は、残業がやたら多いのに危険手当も出ないような仕事内容だ。
割と長いことやってきたから、仕事はそれなりにこなせるようになったが、最近はその分仕事に対するモチベーションが上がらなくなってきた。
特別嫌な仕事ではないのだが楽しくもないのだ。仕事に行く意味を問いたくなったが、また面倒くさくなってゲームに戻る。
駅を降りてしばらく歩くと、いつのまにか職場に着く。
仕事はまずミーティングから始まる。
連絡事項と今日のスケジュールの確認が終わると、上司が俺の名前を呼んだ。
「あの件はカタがつきそうか?」
「そうですね、今日か明日にはどうにかなりそうです」
そう言うと、上司は頷き言った。
「じゃあ、いつも通り下に二人付けるから、終わったら連絡しろ」
ミーティングが終わると、後輩を連れて外に出る。
俺の仕事は、基本的には社外で行うことが多い。仕事の大半は外だから、いまだにディスクワークが苦手だ。
しかも外だからと言って営業とか華やかな内容ではない、むしろとても地味だ。
地道にコツコツと積み重ねなければならず、しかも根気がいる作業が大半を占めるのだ。
この仕事をする前は、こんなに大変な仕事だとは思わなかった。
社会に出ないとわからないことだらけで驚く。
「先輩、見てください。このキャラやっとゲットしたんすよ」
そう言って、後輩がスマホを見せてきた。
そこには、俺もやってるゲームの新キャラが映しだされている。
「おお、もう手に入れたのか。っていうかそれかなり課金しないと手に入らないキャラじゃなかったか?」
そう言うと後輩は「七万つぎこみました」と笑いながら言う。
俺は呆れる。
「よくゲームにそんなに金かけられるな。いや、お前の金だし好きにすればいいけどさ。何かあった時のこと考えたら、ある程度貯めといた方がいいぞ」
「なに言ってんすか何かあった時を考えて、あえて今好きなことしてんじゃないですか」
後輩は口を尖らせ主張する、いや、お前がやっても可愛くないから。
「あぁ、まあな。でも、それで暴走して俺たちを巻き込んだりするなよ」
「わかってますって。って言うかそこまで金は使ってないですよ。そもそも使う時間がないっすもん……こんなに、この仕事が忙しいとは思わなかったっす」
それを聞いて俺は苦笑する。さっき似たようなことを考えていたから余計におかしかった。
「先輩、ターゲットが来たみたいです」
そう言ったのは、もう一人の後輩だ。
「お、そうか。どんな感じだ?」
「見た感じ、いってもいいと思いますけど。どうですかね?」
「どれどれ」
俺も隣に並び、チラリと確認する。
目線の先には恰幅のいい白髪混じりの男がいた。男はうつむき加減に座り、バスに乗って揺られているのが遠目に見える。
「……うん、よさそうだな。じゃあ、お前ら所定の位置につけ。終わったらいつものコインロッカー前で集合な」
そう言って、俺は歩き出した。
後輩二人もそれにならうように頷き、それぞれバラバラの方向に向かいあらかじめ決めておいた位置に歩き出す。
不思議なのは、朝あんなにだるくても仕事を始めれば、いつの間にか仕事のスイッチが入っていることだ。慣れてもうすでにルーティンになりつつあるのかもしれない。
そんなことを考えながら俺は、バスから降りる男を目の端に捉えながら進む。
スマホに目を落とし、さりげなく急いでいる風を装い、足早に歩く。
ポケットに手を突っ込み準備。手にプラスチックのつるりとした感触を感じる。
俺は男がバスのステップから降りた瞬間を狙い、さりげなくぶつかった。
その瞬間に、刺しても痛みのない細い針を刺し、薬を注入する。
すぐに体を離し驚いた演技をしつつ「すいません」と言って、そのまま通り過ぎた。
相手も驚いたようだが、謝ると不満そうな顔をしたが急いでいるのか、そのまま足を進めていった。
俺は急いでいるという演技を続け、そのまま早足で歩き角を曲がる。
その時、ちらりと男の方向に目を向ける。ちょうどその時、男が不意に苦しそうに手で胸を抑え倒れこんだ。
周りの人間がそれで男に注目する。
すぐ近くに何気なく装って立っていた、後輩が驚いた表情をして近づき「大丈夫ですか」と声をかける。
俺はそれを横目に、そのまま角を曲がり切った。
しばらくそのまま歩き続けると、後輩から電話が入った。
『成功です、目的は遂行しました』
「ご苦労さん」
俺はそう言って電話を切る。そしてその足で打ち合わせしておいた場所に向かう。
「次の仕事はなんだったけ……」
そう言いながら、次のスケジュールの段取りをもう一度確認する。
俺の仕事は殺し屋だ。
さっきの男はターゲット、後輩はもし失敗していた時のサポート役だ。死に切れなかった場合ににとどめを刺す役目だった。もう一人は見張りのようなものをしていて、どこからか別の場所であれを見ていた。
「じゃあ俺は報告はしとくから。例の場所で集合な」
そう言って俺はスマホを切り、歩きながら上司にメールで報告を入れる。
殺し屋という仕事は、本当に地味だ。
仕事はターゲットの身辺調査が大半。
勤め先、家、実家、家族を調べ。学歴や経歴、趣味や性癖など、浮気相手や恋人がいたらそいつのことも徹底的に。
そして一番重要なのは日常生活。
何時に起きていつ仕事に行って帰ってくるか、そして何時に帰るかまで詳細に調べる。
俺たちはそのデータを元に、ターゲットをどう殺すか計画を立てる。
まあ、それはそうだ。誰にも見られず、殺されたことも知られないようにしないといけないのだ。そうでなくては仕事として成り立たない。
俺はこの仕事をするまで殺し屋という仕事は、もっと派手に銃やナイフを使って殺しを行うのかと思っていた。
映画や漫画に出てくる殺し屋は大抵そうだった。
黒い服に身を包み、暗闇から暗闇を渡ってターゲットの背後に立ち。カッコイイセリフを吐いてバン!
……自分で言ってて恥ずかしくなってきた、厨二か。
まあ、なんというか。とりあえず、もっと血湧き肉躍るアクションが繰り広げられてるものだと、当然のように思っていた。
ちなみに今回のターゲットは心臓の持病を持っていた。だからそれを利用した。
俺たちは発作が起きやすそうな時間帯を狙い、体調が悪そうなのを見極め、とどめに発作を誘発する薬を打ち、殺した。
薬は微量なものだし、針はごく細いもので。刺された本人も気がついてないだろう、詳細に検死でもされない限り見つからないし、おそらく持病のあるターゲットは病死と判断されて解剖もされない。
この国では解剖率が極端に低い、解剖できる人間が少ないのだ、だから解剖されなければこちらのものだ。
しかし、果てしなく地味だ。
後輩と落ち合う場所に到着すると、あらかじめ準備してあった服をコインロッカーから出して着替える。
ちなみにそこは大きな駅。服は次のターゲットを身辺調査するために用意されたものだ。
用意されているのは、その地域に馴染むような服。ちなみに一番多いのはスーツだ、昼間は特に営業とかでスーツの人間が多いから、怪しまれない。
着替えていると後輩に関心したように言った。
「先輩やっぱり、すげーっスね」
「あ?なんだよ」
「一瞬で人混みに馴染むその地味な雰囲気、なかなか出せるもんじゃないっすよ」
「……それ、全然嬉しくないから」
殺し屋には必要なスキルと言うのがある。
一つは容姿が地味だという事。これに関しては上司にもお墨付きをもらっている。
上司は俺の顔を初めて見たときこう言った。
『じっと見ていてもすぐに忘れる特徴のないその顔。三歩歩いたら存在すら忘れる存在感のなさ。素晴らしい!お前には殺し屋かスパイ以外に、これ以上向いている仕事はないぞ』
当時、それを言われて単純に喜んだ頭の悪い俺は、インテリジェンス能力のいるスパイじゃなくて殺し屋になったのも納得だ。
後で気がついた、全然褒めてない。
……まあいい、これのおかげで仕事に支障はないのだ。
この地味顔のおかげで、どこにいても疑われないし不審に思われない。
職質もいままで一度もされたことがないのだ、警察官にも存在を気付かれないからな。……別に泣いてなんかいないぞ!
「え~、でも俺は羨ましいですけどね。俺なんかどんな格好しても微妙に目立っちゃって困るんすもん」
「自慢か?、自分がイケメンだからって自慢してんのか?」
「え~?そんなことないっすよ?本当に困ってるんですから。この間も仕事中に逆ナンされて、まわりからも注目されて大変だったんですから」
「よし、殺す」
微妙にドヤ顔で言ってきたので、後輩にヘッドロックをかけつつ本気で計画を立てる、後輩だからって俺は容赦しない。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。先輩が言うとシャレにならないですって」
そんなことを言っていると準備が終わる。早速次のターゲットのがいる場所に向かう。
「そうだ。先輩、次の殺しは俺にやらせてくれませんかね」
歩いていると、後輩が様子を伺いつつ言った。
「はぁ?駄目に決まってるだろ」
「えーまだ駄目っすか?」
「お前、この間やったこと、忘れたのか?」
俺は呆れつつそう言う。実はこの後輩、少し前の仕事でナイフを使って人を殺したのだ。
その仕事は自殺を装って電車に轢かせて殺す予定だった。隙を見てホームから突き落とすだけ。
しかしこの後輩はターゲットを突き飛ばす時に、こっそりナイフを使ったのだ。
死体に明らかな刺殺の跡があったらやばいのにだ。
幸いなことに死体がグチャグチャになったから、刺されたことはばれなかったが。
しかし、もし大幅に体が跳ねて胴体が残って刺された跡が見つかったら、殺しだとバレる可能性もあったのだ。
「言っておくけど下手したらお前クビだったんだぞ、わかってんのか?当分殺しはさせない」
「えーーー」
「えーって言っても全然可愛くないから。ちょっとは反省しろ」
わざとらしく頬を膨らませる後輩にそう言う。
ため息をつく、頭が痛い。
俺にはもう一つ殺し屋に向いている能力がある。
それは人を殺してもなんとも思わないという性質だ。不思議なことに、哀憫も同情も良心の呵責も自責の念も感じない。
最初は驚いたし、いいのか?とも思ったが、実際殺しても何にも思わないし思えない。花を摘む感覚で人を殺せる。多分、脳の機能にどこか欠陥があるんだろう。
今では、仕事を続けていくうちにそんな事も考えなくなってきた。
実は、殺し屋にはこれが一番重要だったりする。
人を殺す時は、技術よりも殺す時に躊躇しないことの方が大切なのだ。迷いが出ると仕事は遂行出来ない。
だから俺はナイフや銃の特別な技術は持っていない。むしろ運動は嫌いだ。
運動神経も普通、一応ナイフや銃の使い方は教わったが、ほとんど忘れた。
多分、今銃なんか使っても自分の足を撃つはめになるだけになると思う。
しかし人間を殺すにはある程度の力があれば大丈夫だ、究極を言えば首をひねるだけで死ぬ。問題はそれが出来るか出来ないかなのだ。赤子の手をひねるなんて言葉があるが、実際可愛い赤ちゃんの手をひねるなんて普通の人間には無理だ。
ちなみに後輩も人を殺すことはなんとも思っていないのだが、俺とはまたタイプが違う。
俺は人を殺すのになんとも思わないが、別に人殺しを楽しいとも思っていない。
しかし、後輩はいわゆる殺しに快楽を覚える人間、快楽殺人者と言うやつだ。
快楽殺人者は殺し屋に向いている、殺して欲しいと願う人間と、人間を殺したいと思っている人間がいるのだ、需要と供給が一致しているとはそのことだ。
「仕事に趣味を持ち込むなよ。やる気があるのはいいことだけど、下手すりゃ一生できなくなるんだぞ」
「わかってますって」
後輩はヘラヘラ笑いながらそう答える。
俺はそれを見て、またため息をつく。
快楽殺人者は殺し屋には向いている。しかし、実はそう簡単にことは運ばない。
後輩はまだましな方なのだ。しかし、得てして快楽殺人者と言うのはそれぞれに強いこだわりを持っている。
俺がまだ会社に入りたての時、同期にも快楽殺人者がいた。
映画や漫画でたまに殺し屋が俺は女子供は殺さない、とか言ったりするが。うちの会社は基本、男でも女でも子供でも老人でも殺しの依頼を受ける方針だ。
上司曰く、男だけだとかなり依頼の範囲が狭くなる。そんな狭い範囲では商売にならない。それに今は男女平等が叫ばれて久しい現在、男とか女とかで差別はよくないだろうと。
善人だろうが悪人だろうが女子供も殺します。それが我が社の方針と教えられた。
あらゆるニーズに応える、それは不景気な今の世の中ではどの業種の会社でもやっていることだ。
しかし、その同期は殺しの研修時にその説明を聞いて。俺は女以外は殺したくねえ!若くて髪の長い女しか殺したくないと喚き出した。
上司がいくらそんなことは出来ないと言っても聞く耳を持たず、最後には収集がつかないぐらい暴れ出した。
そのうち切れた上司がそいつをぶん殴ぐり、そのまま研修のための実験台にしてしまった。
上司は何百のも拷問と殺しの方法をそいつで実践し、俺たちにレクチャーしてくれた。
最終的にそいつは動くことも出来ないぐらい、体の部位が無くなってしまった。喋ることもできなくなっているのに、それでもまだ意識があったんだから恐ろしい。
そのことがあって、俺はこの上司には絶対逆らわないでおこうと思ったものだ。
ちなみにとどめにを刺したのは俺だ、記念すべき最初の殺人だった。
まあ、何が言いたいかと言うと、よく好きなことをして仕事に生かしたいなんて言うが、それはそれで苦労があるってことだ。
好きである以上、それぞれに強いこだわりとか、譲れないものがあったりする。しかしそれを仕事にした場合、全てのことにそう言ってられない。
気に入らない相手でも、気の乗らない手段でも、全て飲み込んで仕事として割り切らないといけないこともある。
だけど、好きな分だけそれは辛くなる。
ちなみに後輩はナイフでメッタ刺しにするのが好みらしい、女の子の方が好みだそうだが、男でも女でもそれは関係ないらしい。
本人曰く、ナイフで刺して殺すことが重要なんだとか。
とはいえ、この後輩はまともに仕事ができるほうだ。仕事は仕事として割り切れるし、手際もいいし、自分の欲はある程度は抑えてる。何より人を殺すことにためらいはない。
しかし、それでもたまに我慢できないようで、こうやってこっそり実行しようとするのだ。
ちなみに、もう一人の寡黙な後輩は、元自衛官だ。色々あって自衛隊を辞めて色々あってこの会社に入ったらしい。詳しいことはよく知らない。
「同僚を殺すのは色々面倒だから。本当にやめろよ」
この仕事でクビになるということは、すなわち実際に首をちょん切られるということだ。
まあ、殺したあとは死体も跡形も無く消すから、首がどうとかは関係なくなるが……
同僚だと工作が楽だからいいが、いかせんこっちの手の内を知っているから抵抗されると、時間がかかったりして大変なのだ。
しかもこいつが失敗したら、俺が手を下さないといけない。
面倒な上に、殺したとしてもこいつが任された仕事が全部俺に回ってくるだけだから、いいことが何もない。
そう言って睨むと。
「……ういっス。わかってますって。マジで先輩気配なく動いて、殺気なく殺すから怖んっスよね。逃げられる気がしないっす」
後輩は大げさに首をすくめる。本当にわかってんのかなと俺は呆れながらまたため息をついた。
今日の仕事は始まったばかりだというのに、もうすでに疲れてきた。
そうでなくても、毎日毎日同じことの繰り返しだ。
この仕事を始めた頃は多少は緊張していたこともあった。失敗したらどうしようとか間違ったらと考えていたものだ。
でも最近は慣れすぎてもはやただの作業ゲー。ただただ刺激のない毎日が、流れていくだけになった。
だからと言って、何か新たな趣味や目標を見つける気力も気分にもなれない。
そう思うと少し後輩のことが羨ましくなる。好きなことや、やりたいことがあるというのはたとえ嫌なことや困難があったとしても、やり甲斐はあるだろうから。
とはいえ仕事は後から後からやってくる、下手に手間取ると残業になるだけだ。
俺は、気を取り直して次の目的地に足を進める。
いつも通り仕事を片ずけているといつのまにか、夕方になった。
今日は、多少のトラブルがあり、時間をとられたおかげでスケジュールが押された。おかげで、それをカバーするのに昼食が犠牲になってしまった。
コンビニで買ったパンをかじりながら、つかの間の休憩を取る。
「あ」
ぼんやりと見るともなしに、道を眺めていた時思わず声が出た。
「ん、どうしたんですか?」
「いや、知り合いがいたから」
知った顔があったなと思ったら元カノだった。道の向こうを歩いていた。
そう言うと後輩に「え?はぁ!?」と盛大に驚かれた。
「え?何だ?」
何をそんなに驚くことがあるのかわからなくて、聞き返す。
「いや、先輩って女の人が好きなんだな……と思って……」
「え?はぁ?ちょ、ちょっと待て。なんでそうなるんだ。俺は生まれてからずっと女の子が好きだぞ!」
「いや、先輩あんまり女っ気ないし、草食系っぽいから。他の先輩もあいつは怪しいって言ってたからそうなのかと……」
「な、なんでそうなるんだよ!勘違いも甚だしいぞ。もしかしてみんな俺のことホモだと思ってんのか?」
確かに最近はずっと彼女もいなくて独り身だし、風俗とか行く趣味もないしそんな話もしないけど、だからってなんでそんな結論になるんだ。
「……なあ、おまえは俺のことそんな事思ってないよな?」
そう言っておそるおそる大人しい方の後輩に話を振ると、さっと目線を逸らされた。
「おい!」
「いや、俺も先輩たちに聞いて……でも俺は偏見とかないですから……自衛隊時代にもそれっぽい先輩はいましたし。俺は先輩がそういうことしたいなら頑張りますんで……」
「いや、いや、いや。ないから!そんなこと頑張るな!俺は女の子大好きだから。おっぱい万歳!」
必死に否定していると、周りの人に変な目で見られた。
「え~そうなんですか?」
「は?なんで微妙に残念そうなんだよ」
「いや、もし殺されそうになったら。なんとか体を使ってでも逃げようかと思ってたんで……」
「ねーよ!ってかそういえばお前、たまに俺に変にあざとい態度とってくるなって思ってたけど、まさか俺のこと体で籠絡させようとしてたのか?」
「あ、バレた。可愛くなかったですか?」
そう言って、またあざとい感じで舌をペロリと出して首をすくめる。
「可愛いわけあるか!そしてキモい!今すぐ殺したくなったわ!」
「ちぇーいい考えだと思ったんすけどね」
「っていうか殺される前提で話すな。まず、殺されないように気をつけろよ」
「いや、そうなんですけどね。万が一ってこともあるじゃないですか。それに俺、プライベートでいつか殺しをしちゃいそうなんで……」
「我慢しろ!それか死ぬ気で隠せ!」
うちの会社は原則として犯罪行為は禁止されている。
殺人という最大の犯罪を犯していて何を言ってるんだと思うかもしれないが要は警察の人のお世話になるようなことをしたらダメってことだ。
まあ、どの会社でもダメなことではあるが……それがかなり厳しい。
痴漢でも万引きでも前科がついたら首になる。
ちょっとでもダメ、警察のデータベースに載った時点でアウト。
逆にいえばプライベートで人を殺したりしても、バレなければオッケーなのだ。
正直プライベートでも仕事なんかする気もないし、するつもりもないし、むしろするやつの気が知れない。
「えー、やっぱり?」
後輩はそういう癖があるから、いつかやりそうってことなんだと思う。
だからってなんでそれで体を差し出すになるんだ。
「最近の若いやつは何考えてるのか、よくわからん」
ため息をついてコーヒーを飲み干す。
しかし、こういう事を考え出すと、俺も年取ったなと思う。
実際すぐ疲れるようになったし下っ腹も出てきた気がする、言動もだんだん昔嫌だった大人になっててる気がする。
そして、今になってわかる、大人の大変さ。
「じゃ、そろそろ次の現場に行くぞ~」
そう言うと次の予定を確認する。書類を取り出しチェックする。
「じゃ、次はターゲットの活動調査だな」
「ういっす。次のターゲットは、少し面倒なんでしたよね……遅くならなきゃいいっすけどね……」
後輩はそう言って渋い顔をした。
俺も聞いて顔が渋くなる。次のターゲットは顔が広く、仕事の後も頻繁に出歩き行動が不規則で、行動が読みにくい人物なので面倒なのだ。
「まあ、最近は大人しいし今日は大丈夫だろ」
俺は言い聞かせるようにそう言った。
——しかし、それは完全に外れた。
「ああー先輩が変なフラグ立てたからっすよー」
ターゲットが会社から出て来るのをつけていたら。そのテーゲットは誰かと待ち合わせをしているようで、時間を気にしながらいつもとは違う駅に向かってしまったのだ。
後輩がそれを見てがっくりと肩を落とす。
「うるさい……うわーマジか……」
これは残業確定だ。
「しょうがない……とりあえず準備しないと。おい、とりあえず夜食買ってきといてくれ。それからお前は上司に連絡。俺はとりあえずこのままつけるから、後よろしく」
「ういーっす」
「はい、わかりました」
後輩それぞれに指示を出して、自分はそのまま追跡を続ける。
今日、何回目になるのかわからないため息をついて、俺は歩き出す。
ターゲットの待ち合わせ相手は女だった。
高価そうなレストランに行き食事をした後、ホテルのバーに行き何杯か飲んだあとそのまま部屋に入っていくターゲット。
後輩はそれを見てうんざりした表情になる、まあ俺もきっと同じ顔になってるだろう。
「先輩、今すぐあいつを殺してきていいですかね?」
「まてまて、まだ早い」
コンビニのおにぎりが、今夜の食事だった後輩がぼそりと言った。気持ちは痛いほどわかるからちょっと待て。
俺たちは今はビルの屋上から双眼鏡でターゲットを見張っている。
向こうは豪華なホテルで女とセックスで、こっちは風吹きすさぶ屋外で男を見張りだ、しかも男ばっかりの状況。
できれば俺もターゲットをサクッと殺して今すぐ帰りたい。
「こういう時はどうやって殺すか考えるのは楽しいですね」
「あー、そうかもな。ちなみにお前はどういう手段がいいと思う?」
「ナイフで滅多刺し」
「考えてねーじゃねーか。それはお前がしたい手段だろ」
俺はがっくりとうなだれる。
「もっと現実的な方法で考えろ」
俺は呆れながらも頭の中で、殺害手段を考える。
ターゲットは結婚している、そしてホテルにいる女は妻ではない。だからまあ、やり方は色々ある。一番ベターなのは不倫相手の女も巻き込むことだ。一人死体が増えるが不倫関係を苦にして心中とかが無難かな。しかし、ターゲットの性格を考えるとそれは苦しいし、もうちょっと考えた方がいいかもしれない。そんなことを考えながら双眼鏡で見張りを続ける。
「あ!しまった……見たかったドラマの録画予約忘れてきた……」
後輩が頭を抱えて言った。がっくりとうなだれる。
見張りの途中だと言うのに呆れながら、仕事中だぞと一応注意する。
「つーかお前ドラマとか見るんだな。てっきりゲームばっかりしてるイメージだったから見てないのかと思った」
俺もゲーム好きだ、そこだけはこの後輩と話が合っていた。
しかし、こういう話しかしたことがなかった。
「好きな女優が出てるんすよ。めっちゃ好みで、ナイフでどうやって殺そうか考えてたらすげぇ興奮するんすよね」
めちゃくちゃ爽やかな顔でそう言われて「お、おう……」と俺は返す。やっぱり快楽殺人者の考えることはよくわからない。
「あーマジであいつは俺に殺させて欲しいっす、殺し方はなんでもいいんでマジであいつを殺りたいっす!」
後輩はとうとう頭をかきむしって悔しがり出した。
俺は「はいはい」と受け流しながら双眼鏡に目を戻す。ふと見ると大人しい方の後輩が、何か本を読んでいた。
ちなみに見張りは交代制で、この後輩は休憩中だ。
「何読んでんだ?」
そう聞くと、後輩は黙って表紙を見せる。
そこには、やたら小難しそうな漢字が並んだ本のタイトルが書かれていた。
よくわからなくて首をかしげると、大人しい後輩が珍しく少し興奮気味に説明してくれる。
後輩曰く、今の国家のあり方や政治家の思想と、国民の平和ボケした風潮に警鐘を鳴らしたとても有意義な内容なのだとか。
その上で、今の政治家に足りないものは危機感であり、自分たちはもっと国の平和と尊厳のために行動するべきだと思うといった感じの主張をし始める。
なんか小難しいし、その主張はかなりの正義感に伴ったもののようだが。
そもそも、俺たちの仕事の趣旨と相反する気がするのだが、いいのだろうか。
聞いてみると問題ないらしい……よくわからん……
そうして話している間も、右だの左だのの話になって後輩の目がイっちゃててちょっと怖くなってくる。
こう言ったら怒られそうだが、これがゆとり世代ってやつか……うん……違うか。
何があったかは知らんが、この後輩は元自衛隊だけあって、とても真面目で体力もある、しかも仕事は黙々と正確にこなしてくれる。
縦社会にずっといたせいか、たいした人間でもない俺にも、先輩ということで敬意を払ってくれる、いい後輩だ。
何より専門的な訓練をきちんと受けただけあって、殺しも上手いし器用になんでもこなしてくれて頼りになる。
ただ今の話しを聞いていると、そのうち国会議事堂にでも特攻をかけそうでちょっと怖くなってきた。
俺はそれを聞きつつ、顔を引きつらせながら時計を見る。
そろそろいい時間だ、ターゲットもこれ以上動きはないだろう。
「お前ら先に戻ってていいぞ」
俺はそう言って後輩達の方を向いた。
「え?帰っていいんすか?」
「うん、会社に帰って、報告書書いたら帰っていいよ」
「報告書……」
後輩はそれを聞いて、またがっくりと肩を落とす。これから帰って書くとなるとそこそこの時間はかかる。確実にドラマには間に合わない。
「ほら、早く書いたらそれだけ早く帰れるぞ。俺の机に置いといってくれたら、残りを書いてチェックして俺が出しとくから」
「はーい。おつかれさまっしたー」
「お疲れ様です。お先、失礼いたします」
ぶーたれていた後輩はダラダラした感じで立ち上がり、真面目な方の後輩はさすがとしか言いようのないピシッとしたお辞儀でそう言うと屋上から立ち去った。
俺はため息を一つついて、ターゲットがいるホテルに目線を戻す。
双眼鏡の中では、ターゲットと女は本格的のにベッドでイチャつき始めていて、さっきより深いため息が出た。
その夜、見張りに切りがついて会社に戻れたのは、あれから一時間以上経ったころだった。
「お疲れ様で~す」
「おう、お疲れ」
会社には何人かの人間が残っていた、おそらく俺と同じように調査が長引いた連中だろう。
まあ、よくあることだから慣れたものだ。
俺は手早く後輩が置いておいてくれた報告書に目を通して、足りない部分を書き込んでいく。
二人とも個性的だが、仕事は割ときちんとしてくれるので助かる。
後は長く続いてくれることを願うだけだ。
この仕事は万年人手不足だ、理由は死亡率がかなり高いからだ。
仕事に失敗したり警察に捕まったら殺される。そのくせ、この仕事は誰にでも出来るってわけでもないから減っていく一方なのだ。
「よく考えたらこの会社って結構ブラックじゃね?」
……まあ、わかったところで辞められないからどうもできない。
辞めたいって言ったらすぐさまその場で殺されるしな。
俺は人を殺すことは何も感じないせいか、自分が死ぬこと自体もなにも感じない。とはいえ痛かったり苦しいことは嫌なのだ。
そして、困ったことに周りには結構サディスト志向の殺し屋とか、快楽殺人者が多いので、下手に辞めたいなんて言ったらここぞとばかりに仕事のストレスをぶつけられそうで嫌なのだ。
余談だが、そう言う意味で俺は同僚を殺すことが多い。
俺は特に殺し方にこだわりがないしサクッと殺すことが多いから、せめて楽に殺してくれと言ってご指名が入るのだ。
「お疲れ様っす」
「あれ?まだ帰ってなかったのか?」
流石に帰っていると思っていた後輩が部屋に戻ってきた。よく見ると机に荷物が残っている。
「ついさっきやっと終わったんで、どうせならここでドラマをここで見て帰ろうと思って。コンビニでコーヒー買いに行ってたんです。あ、先輩もコーヒーどうですか?」
「おお、サンキュー」
後輩はコーヒーを俺に渡すと、そのままスマホでドラマを見始めた。
「もう一人は帰ったのか?」
「あいつは真面目なので。ささっと終わらせて、これからジムに行って体鍛えて来るって言ってたっす」
「うゎ、元気だな……」
これから運動とか、聞いただけでげんなりしてくる。
「俺も、もうちょっと鍛えた方がいいんだろうけどな……」
そう言ってお腹をさする、最近ちょっとお腹が出てきた。
日に日におっさんになっていく。しかし、わかってはいるが面倒臭いというか現状でどうにかなっているからやる気になれない。
もらったコーヒーを飲みながら残りの仕事を片付けてしまう。
書類をまとめ終わると、俺は伸びをする、後はこれを上司に提出するだけ。
今日の仕事はこれで終わりだ。
「あ、先輩。聞きたいことがあるんすけど」
ドラマが終わったらしい後輩が聞いてきた。
「うん?なんだ」
「今の仕事のやり方なんですけど、もっと情報収集を他の人間に任せられないですかね?」
「どう言うことだ?」
「いや、なんていうか細かい情報収集をする人間と、実行する人間をはっきり分けたらもっと効率がいいと思うんすよね」
「ああ、そういうことね……」
基本的な情報、例えば名前とか住所などの探偵が調べれば分かりそうなことは委託で他業者に発注して得ている。
そしてそこから俺たちは細かい情報を探り、計画を立てて実行に移すのだ。
後輩はその俺たちがしている情報収集を、さらに他に委託できないかと言っているのだ。
「情報収集する人間には目的を何かを知らなければもっと人も増やせるし、俺が殺せる人間の数も増やせるから一石二鳥じゃんって」
「結局それか」
俺は呆れて苦笑いになる。
「後々その中でうちに雇えるような人間も見つかるかもですし」
「まあ、お前のその案は悪くないんだけどな……結構難しいぞ」
俺はそう言た後、後輩にその方法によって起こりうるリスクを説明する。
情報収集者を雇って使うのにはそれなりの出費がいるし確実にそれを回収出来るかどうかの保証もない。
何をするのか教えない、といってもどこかで気がつかれる可能性もある、そうなったら始末しないといけないわけだが、いきなり人を一人殺すのはそれなりにリスクが伴う。そもそもそれを管理するのが大変だ。
件数が増えるとそれだけミスも増える。この仕事は一度のミスで全てが台無しになる。正直それはかなり難しいのだ。
それに情報収集を他人に任せると多少の齟齬が出てくる、特に人は一人一人感覚が違う、そのわずかな違いが後々致命的な失敗につながる可能性がある。
例えば今日の殺しのターゲットは毎日観察していたからこそ丁度いいタイミングが計れて実行しても成功したのだ。
「ああ~やっぱり無理っすかね」
後輩はシュンとしてしまう。
「いや、これはかなり使う側の人間の素質に頼る方法だからだ。管理出来ればかなりの成果が期待出来る。今のやり方は割合誰でもできるから採用されてるんだ。だからお前がもっと信用できる人間を集めて、失敗した時の責任も自分で片付けられる段取りもあって、実際にそれを実行できる地盤を作ってこれば上司に掛け合ってお前だけ違う方法を取るってこともできるぞ。まあ、一人前に一人で仕事できるようになってからの話だけどな」
そういったやり方をしていた社員は今までにもいた、それでもこのやり方が今採用されていないのは、今のやり方が確実だからだ。
やってみたらわかるが、結局地道に積み上げた方が失敗は少ないしフォローもしやすいのだ。
「それはそれで面倒臭いっすね……」
結局のところ最初にかなりの下準備が必要になる、時間がかかる地味な作業をどこでやるかが問題なだけ
後輩はがっくりして落ち込んでしまう。
まあ、最初の頃は誰もが通る道だ、俺も最初はそんな風に感じて同じように思ったこともあった
でもやっぱり何人もの先人が通り、出来上がったやり方というのはそれなりの理由と経緯があるのだ。
「いや、やってみたかったらやってみてもいいと思うぞ。本当に個人の資質だし、お前なら上手くいくかもしれん」
俺は本格的に落ち込んでしまった後輩を慰める。
「もっと細部を詰めてリスクを最大限に減らさないといけないと思うけど。それができたらもっと人を殺せるぞ」
そう言うと後輩は難しい顔をしていたが「うう~ん、もうちょっと考えてみるっすわ……」
それにしてもいつも適当な態度で仕事をしているからこんな風に真剣に仕事の事を考えてると思っていなかった、少し感心する。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「あ、俺も帰ります」
後輩もそう言って立ち上がる。俺も、PCを切ったあと荷物をまとめ、コーヒーを飲み干すとゴミ箱に捨て出口に向かう。
「あ、そうだ。気になってたんですけど、うちの会社のあのマークってなんか意味があるんすか?」
後輩が扉についてる会社のロゴマークを指差して言った。
それは何か紐状のものがぐねぐね絡まったような絵柄のロゴだ。
「蛇っすかね?」
「まあ、近いかな。あれはウミヘビらしい」
「ウミヘビ?何でウミヘビなんですか?」
「……あーなんか、カッコいいかららしい……」
後輩は訝しげな顔になる。
「え?なんっすかその厨二っぽい理由」
「あ、やっぱりお前もそう思う?」
俺は苦笑しながらそう言う。俺も聞いた話しなのだが、聞いた時は同じことを思った。
これを決めたのは創始者らしいが、聞いた話では結構ノリと勢いで作ったらしい。
「なんか恥ずかしいっす……」
「それは創始者に言ってくれ。多分、徹夜した時にでもにつくちゃったんだろ。まあ、言わなきゃわからないから、できるだけ黙っとけ」
「ういっす」
そんな会話をしながら会社を出る、俺たちは別れてそれぞれの帰路についた。
幸いなことにまだ電車はあった。
車内は空いている、適当に座ると真っ暗な窓の外に反射する自分の疲れた顔が写った。それを見てさらに疲れを感じる。
駅からの道すがら、コンビニに寄って軽く食べられる物を買って帰った。
コンビニに寄るのはほぼ毎日なので何曜日にどのアルバイトがいるのか覚えてしまった、多分向こうも覚えてると思う……多分。
悲しい気持ちになりながら、帰宅。
シャワーを浴びてからテレビを見ながら買ってきた物を食べる、いつも通りの味だ。
弁当ばかりだと体に悪いだろうなと思いつつ、ジムの話を聞いた時と同じく面倒臭いなと思って何もする気が起きない。
テレビからはニュースが流れる、お年寄りがひき逃げに遭い死亡して、登山で三人が行方不明、政治家の失言で国会が紛糾してその政治家は辞めるらしい、コンビニで連続強盗が発生して、火事で三人が死に放火の疑いでその家の父親が逮捕された。外国では密入国者を乗せた船が沈んだらしい。
ふと視界の端に埃を被ったゲーム機が目に入る。
その横には、買ったはいいが数回やっただけで止まっているソフトが積まれている。
昔からゲームは好きなのだが、最近は最後までクリアするだけの気力がない。
まあ、積んでいるのは長いことやっているシリーズ物で半場惰性でやり続けているものが多いからいいのだが。これじゃ課金しまくっている後輩の事を笑えない。
最近はゲーム実況動画を見るのが趣味だ。それでできないゲームの欲を満たせてしまっていて余計にゲームをしなくなった。
俺は、酒もあんまり飲まないしタバコや賭け事も興味がない。
唯一の趣味のゲームもこんなありさまだ、自分でも何が楽しくて生きてるのかよくわからない。
ぼんやりと動画を見つつ食事を終える。あんまり十分とはいえない食事に一人寂しい部屋、最近掃除もサボっているので散らかっている
「彼女、欲しいな……」
思わずそう呟いてしまう。
疲れている時は余計にそう思う。
まあ、それだけのために彼女を作るっていうのもそれはそれで相手に失礼だ。それに俺のことだから、できたらできたでデートとか面倒くさいとか言いそうだし。
そんなことを考えていると、さらに疲れてきた。
流石に眠くなってきたので歯を磨いてベッドに入る。
電気を消しながら、仕事の事を考える。今日のターゲットはやっぱり不倫相手と無理心中にして相手に殺されたとかの方がいいかもと思う。なんならドライブしている時にでも崖から落としてもいい。ありそうな話だ。
目をつぶり、明日はその方向で進めようと決める。
さあ、寝ようと思ったが、さっきまで眠かったのにベッドに入るとなかなか眠れなくなってきた。
ベッドの上でゴロゴロと体勢を変える、頭はぼんやりしているのに体は覚醒したままで辛い。横を向いてスマホでSNSを開く、タイムラインには顔もよく知らない誰かが、絶えず何かを囀っている。
「みんな元気だな……」
しかし、しばらくとりとめもないそれを見ていると、少し眠気が戻ってきた。
俺は何となく「お休み」と、鍵をかけている上にフォロワーがゼロのアカウントに、投稿して今度こそ目をつぶった。
「お休み……」