幕間 Side:Y
遡ることおよそ9か月前。
日本某所。
『研究室:理々井結凛』と書かれたプレートの張られた扉をくぐり、奥の本棚を動かすとそこにはマップには書かれていないエレベーターが出現する。
大学地下に設置されたユリの研究室。レヴァンテインシステムの根幹であるレイバックルやエーテルディスクの開発が行われる白い科学の園。
その白い空間に一筋の紅い雷光が奔った。
バイヤードに狙われる謎の少女リカをこの部屋に匿ってから一か月、ユリ博士はリカがレイバックルの設計図を盗み出す瞬間を目撃した。
浩太が駆けつけた時には既にユリは人質に取られており、バチバチと火花を散らす右手をユリの頭に近づけていた。
優位な状況に油断しきっているリカはツインテールの人間態のまま浩太に交渉を持ち掛ける。
「動くなレヴァンテイン。ベルトとディスクを床に置きなさい。さもなくばユリ博士を殺すわ」
「なんでだよ、リカ……! なんでお前がバイヤードなんだよ! 俺は、お前のことを本当に守りたいと思って……ッ!」
「早くしなさいッ! 私はリカじゃない。バイヤード最強の四天王、リカルメだ!」
正体を暴かれて焦るリカと、あまりの衝撃に悲しむ浩太。
そんな中で、命の危機が迫っているユリ本人は驚くほどに冷静だった。
(戌亥君はショックで戦意喪失か……。無理もない。まるで妹のように可愛がっていたからな。ここは私が自力で抜け出すしかないか)
幼子のように抱きかかえられたユリはその小さな右手でリカの脇腹を掴んだ。
「あひゃぅんッ!?」
こそばゆさに身悶えるリカを他所にユリは右手に意識を集中させる。
右手だけを幽体離脱させ、リカの臍下、丹田を掴むようなイメージで。
(……あまり使いたくなかったのだが、仕方ない)
「うっ……! 何!? 身体が……」
リカは突然頭を抑えて苦しみだした。浩太にもリカにも何が起こっているのかわからない。
だが、張本人のユリだけは事態をしっかり把握していた。
(幹部バイヤードというだけあって、凄まじい量と質のエーテルだ。だけど、これだけ吸い取ればゲネシスフォームでも倒せるくらいに弱体化できたはずだ)
ユリは自身の体内に流れる黒い奔流を知覚した。
リカルメ・バイヤードの力の源であるエーテルそのほぼ全てを体内に取り込んだのだ。
自分が内側からどんどん化け物に変わっていく事を実感する。だけど、ユリにとってこれは初めての経験じゃない。
「ユリ博士!」
リカの手から離れたユリを保護しようと浩太が駆ける。
「大丈夫かユリ博士!? いま一体何を……?」
「ドクターリリィだ、バカ者。こんなこともあろうかと、研究室の至る所にバイヤードのみに効く超音波発生装置を仕掛けておいたんだよ」
無論嘘である。
研究室内に侵入者用のトラップが仕掛けてあるのは事実だが、それを操作するにはリモコンかオペレーションルームの操作パネルをしようする必要がある。今のように人質に取られてから使えるような手段ではない。
「クソッ……! 取りあえず外へ……!」
「ま、待て! リカ!」
リカと浩太が構内へと走っていく。
ユリも追うべきなのだろうが、二人の姿が消えた途端、彼女は膝から崩れ落ちた。
「ッ……! ハァ、ハァ! 絶対に融合させちゃいけない……! せっかくここまで人間に戻れたんだ……! 私はZ-LEADにはならない! ぐ、うぁあああああああああああああ!」
体内の黒いエーテルを身体に馴染ませないようユリは必死に抵抗する。
地下深くに響くユリの悲鳴は誰にも聞こえることはなかった。
◇
その昔、海外の遺跡で発見された奇妙なミイラが話題になった。
そのミイラは死体であるにも関わず常に熱を発しており、内部をスキャンしたところ、原子力に匹敵するほどの膨大なエネルギーが内包されていることがわかった。
このミイラは日本の工学の権威であるDr.理々井こと理々井結凛とその助手である瀬戸倫次が研究にあたった。
ミイラから放出される謎のエネルギーはエーテルと命名され、いずれは医療や航空、電気工学と様々な分野での活躍が期待された。
しかし、研究から3年ほど経ったある日、研究所は謎の爆発事故を起こしたことで研究はそこで中断された。
事故現場には白い怪人が2体いた、という奇妙な目撃証言も出ている。
◇
「……抽出できるのはこれが限度か」
リカルメ・バイヤードとの戦闘から8か月後。
誰もいない研究室でユリは体中に管を刺した状態でそう呟いた。
管の先に繋がっているのは洗濯機ほどの大きさのエーテル抽出機。人体に融合したエーテルを分離し、結晶化する装置である。
この機械の存在は浩太にも告げていない。これを言えば、彼女が人間ではないことが知られてしまうから。
「エーテルディスクは私の身体から取り出したもの、なんて言ったら戌亥君に引かれてしまうだろうか……?」
この1年で浩太とユリは、ヒーローとオペレーターという役割を超えた強固な関係を築き上げた。
彼女の愛する浩太に自分の醜い正体は知られたくない。
彼が倒そうとしているゼドリーとユリが同じ存在であるなどと思われたくない。
抽出機の活躍により、ユリの体内にもうほとんどエーテルは残っていないが、それでもその身体は人間とは呼べないような構造をしていることだろう。
ユリは抽出機の中から今しがた取り出したエーテルを確認する。
それは光すら飲み込むような終焉の色、黒だ。
もしあの時リカルメからエーテルを奪っていなかったらと思うとゾッとする。
こんなものと適合しているバイヤードを相手にしたらレヴァンテインじゃ太刀打ちできない。
「だが、これほどの力を秘めたエーテルなら作れるかもしれないな。最強のレヴァンテイン、ラグナロクフォームが」
そしてそれからひと月もしないうちに、浩太は『黒』の力に飲み込まれ、地球から姿を消すことになる。
◇
そして現在。
大学地下の研究室にあるオペレーションルーム。
モニターに映るのは2体のバイヤードと槍と盾を装備したエルフの姿。すなわちレヴァンテインの視界である。
《----OVER DRIVE----》
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!』
背面のブースターを起動し、レヴァンテインはリゼルに跳び蹴りを放つ。
だが、その時、無慈悲にもバッテリー切れを告げる電子音声が流れた。
《----Low battery. The remaing 0%----》
《----Form Release----》
それと同時にモニターには砂嵐が吹き荒れる。
表示される文面は《----No Signal----》
「戌亥君!」
ユリの額に汗が噴き出る。
あの状況で変身が解除されればリゼルに殺されてしまうのは間違いない。
覚悟はしていたが、いざその時が来てしまうと平静を保つのは難しい。
「嫌だ、死ぬな! 戌亥君! 今すぐ逃げるんだ!」
聞こえてないのはわかっていてもユリはマイクに向かって叫び続ける。
レイバックルの方が切れているなら、と今度は回線をレーヴァフォンに繋ぐが、緊急事態にスマホを開く余裕などあるわけもなく、呼出音が虚しく響く。
「……何をやってるんだ私は。こんな事になるなら、私がZ-LEADになって一人で戦えばよかった……! そうすれば、彼が死ぬことはなかった!」
人間に戻れず、化け物にもなれなかった存在の嘆きが地下に響く。
そんな中、ユリは右腕がわずかに発光している事に気が付いた。
「ひっ!?」
爆発事故のトラウマがユリの脳内に蘇るが、どうやらユリの身体には大した変化は起こっておらず、彼女が恐れている怪人化は起こらないだろう。
だが、ユリの発光は収まらない。
見れば、右腕だけでなく全身が淡く発光しては収まってを繰り返している。まるで何かに共鳴しているかのように。
「まさか、戌亥君……?」
ユリは人間ならざる知覚を以て異世界で起こった出来事を察した。
ユリの頬を一筋の涙が濡らした。それは、自分が化け物になることよりも恐れていたことだった。
ここまででようやく第三章は終了です。
次回から第四章に移ります。お楽しみに!





