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幕間 Side:Z

 紅い太陽が地を血肉のように照らす闇の世界、魔界(ヘルヘイム)

 肌を濡らす不快な湿気が大気に充満し、放置された魔物や魔人の死体から腐敗臭が立ち込める。


 そんな地獄のような大地を男は平然と歩いていた。

 長身痩躯の男は白衣に眼鏡というまるで医者のような恰好をしている。


 バイヤード首領Z-LEAD(ゼドリー)。その人間態である瀬戸(せと)倫次(りんじ)である。



「ここが君の故郷ですか。なかなか興味深いですよ。地球には存在しない未知の生命体がわんさかいる」



 倫次の他には誰もいない。しかし、構わず倫次は虚空に向かってしゃべり続ける。



「ええっと、こっちでしたっけ? なにぶん僕方向音痴でして……」



 しきりに襲い掛かってくる魔物たちを片手で細切れにしながら倫次が進んでいくと、そこには崖の上にそびえたつ立派な洋館があった。


 否、見立ての大きさこそ立派ではあるが、外装も内装も酷い有様である。

 壁にはいくつか穴が空いており、柱も老朽化が進んでおりいつ瓦礫の山と化すかわからない。



「これが本物の魔王城ってやつなんですねぇ。ゲームでしか見たことないんですが、思っていたよりも普通の建物だ」



 かつてアテナたち4人の勇者がここまで攻め入り、魔王ヴィドヴニルを天界神器(アーティファクト)の力で封印した。

 当時の戦いの痕跡はいまだ城内に残っている。刀傷や血が乾いた際に出来たシミ、そういった模様が壁紙のように城内を装飾している。


 倫次は地下に通じる階段を降り、封印の間へと進む。

 扉を開けた瞬間、視界いっぱいの青いエーテル光が倫次を包んだ。

 眩しさに耐えたながら目を開くと、部屋の中央には2mほどの青いクリスタルが置かれていた。

 クリスタルの中には死んだように眠っている一人の魔人が封印されている。

 彼こそが魔王ヴィドヴニル。人間界(ミズガルド)を手中に収めるべく魔人の頂点に君臨し、人類を滅ぼしかけた魔族のカリスマ。



「威霊招来」



 倫次の肉体が白く染まり筋肉が肥大化していく。

 身長2mを超える白い怪人ゼドリーへと変異した。



「さあ、目覚めの時だ。ヴィドヴニル」



 ゼドリーが左手をクリスタルの上に置く。

 クリスタルからは常に生命にとって有害なエーテルの波動が漏れており、並みの魔物や魔人であれば近づくだけで絶命は免れない。

 しかし、ゼドリーはそれを意にも介さず、クリスタルの破壊を試みる。

 自身のエーテルを変質させ封印の鍵の形を模索する。まるでコンピュータのクラッキングだ、と倫次は思った。


 ファイヤーウォール、すなわちエーテル結晶による結界は何十層にも折り重なっており、たとえエーテルを扱えるバイヤードや神器使いであってもこれを突破するには1000年以上の時間がかかる。だが、ゼドリーはクラッキングを開始してからおよそ1時間で8割がたの結界を突破していた。


 ここまでくればゼドリーでなくても封印を解くのは容易い。時間をかければヴィドヴニル本人が内側から結界を破ることもできるだろう。

 だが、ゼドリーは左手をクリスタルから離すことなく結界の破壊を続けた。


 そんなゼドリーの耳に一つの足音が聞こえてきた。

 誰だ。大方の結界は破壊したとはいえ、漏れ出る殺人エーテル光はいまだ致死量を超えている。肉体にエーテルが循環しているバイヤードや肉体そのものがエーテルで構成されている天神族でなければこの部屋に近づくことは出来ないはずだ。


 ここで警戒したゼドリーは左手をクリスタルから離し扉の方向を注視する。

 その男は躊躇うことなく封印の間へと足を踏み入れた。


 橙色の衣服を身に纏う白髪の男。髪の色に対して外見は若くおよそ20代後半といったものだ。

 しかし、その男の放つ威光は若輩者のそれではない。ゼドリーをも超える何かを秘めているようなプレッシャーを放ちながら男はゼドリーに近づいていく。



「……誰ですか貴方? 悪いけどいま(わたし)は取り込み中で

――待て、リンジ。彼はわたしの旧知だ。少しの間下がっていろ。

――そうですか。じゃあ僕は少し休憩させてもらいますよ。長い間歩き続けてもうくたくたです」



 そういうとゼドリーの肌が死人のような白色から健康的な薄橙色へと染まっていく。怪人態から人間態、瀬戸倫次になると思われたがその顔つきは倫次とは似ても似つかないものへと変わっていく。


 金髪を煌めかせるゼドリーのもう一つの人間態。否、人間というにはあまりにもその姿は神々しすぎる。

 今のゼドリーが放つ威光は白髪の乱入者と同じものだ。


 怪人態、Z-LEAD(ゼドリー)。人間態、瀬戸倫次。その2つに続くもう一つの形態、天神態、その名は、



「やあ、100万年ぶりだね。ロキフェル」



 Z-LEAD(ゼドリー)天神態、ロキフェル。

 白髪の男はまるで友人を相手にするかのようにゼドリーへと挨拶を交わした。



「ああ、こうしてまたお前に会えるなんて思ってもいなかったよ、エイル」



 ロキフェルもまた少し緊張の緩んだ顔で、白髪の男の名を口にした。


 ロキフェルの意識の奥で倫次はその光景を興味が無さそうに見ていた。

 だけど、もしもこの会話がこの世界の人間に知れたら大きな混乱を招くことになるだろう。



 何故ならエイルというのは天界(アースガルド)を治める九大主神の一角。神々の統治者である。

 対してロキフェルというのは、100万年前人間界(ミズガルド)を火の海に変え、人類を滅亡寸前まで追い込んだ伝説の邪神である。



 その対称的な神同士が手が届く範囲にまで接近しているのだ。

 一歩間違えば、世界が二つ崩壊するほどの争いが起こってもおかしくはない。



「君がヴィドヴニルの封印を解こうって時なのに、審問会が動くのを渋っていたから見に来たんだけど……、なるほど。その人間に憑依することで天神族というカテゴリーから外れたんだね。今の君はあくまで神の力をふるう人間でしかない。分類上は勇者や神器使いと同じ人間。そうなれば天界規定によりボクたち天神族は君を取り押さえることは出来ないってわけだ。なかなか考えたね」



「偶然だ。この男、セトリンジとリリイユリって人間に回復中のわたしはたたき起こされた。存在を維持するために、その二人の人間の身体を新しい寝場所にした。そしたら成り行きで予定よりも早くこの世界に来ることが出来たんだ」


「ハハハ、ボクはてっきりもう死んでるものだと思ってたよ。いくら同じ天神族とはいえ生命も空気も無い極寒の黒い異世界に追放されたんだもの。放り出された先に都合よく人間っぽい生命がいてよかったね」



 2人は立場を忘れて友人同士のように雑談を交わした。

 だがあくまでも彼らは主神と邪神。互いの目的は忘れていない。



「なあ、エイル。この場は見逃してもらえないか? いずれ天界(アースガルド)にも侵攻を進める予定だが、お前には傷一つ付ける気はない。約束するよ」


「旧友の頼みだし、呑んであげたいのは山々だけどそれは駄目だぜ。お前の友はボクだけかもしれないが、ボクの友はお前以外にもたくさんいる。友を傷つけようとするお前をみすみす逃すわけにはいかないな」


「酷い事を言うじゃないか。ならどうする? どうやってわたし達を止める? 『人間』に手を出せばお前もタダじゃ済まないぞ」


「そう。今の君は神の力を行使できる『人間』に過ぎない。『天神族』には逆立ちしたって勝てやしない」


「お前……、邪神堕ちしてでもわたしを止める気か?」


「せっかく主神まで昇りつめたんだ。ボクとしても穏便に済ませたい」



 一触触発の空気が場を支配する。

 結界の破壊を続行すればエイルは主神の力すべてを以ってロキフェルを殺す。そうすればエイルは天界規定違反で邪神認定をされてしまう。良くて異世界への追放、最悪の場合死罪も有り得る。


 その結末は失うものが大きすぎる。

 ロキフェルにとっても、エイルにとっても。



「……仕方ない。今日のところは一旦退こう。わたしの武器はなにもヴィドヴニルだけじゃない」


「もしかして、バイヤードって奴かい? 確かに人間界(ミズガルド)にとっては充分な脅威だけど、あんなものじゃ天界(アースガルド)に入る事すらできないよ」


「まあ見てろ。そのうち白銀の雲上を紅に染めてやる。天神の血と、雷光でな」


 ロキフェルの髪色が金から黒に変わる。

 天神態ロキフェルから人間態瀬戸倫次に変貌したゼドリーはエイルに背を向けて階段を昇る。


 そしてゼドリーは王都を目指した。彼の最高傑作、Re:karma(リカルメ)が待つ王都へ。

邪神ロキフェル+瀬戸倫次=怪人Z-LEAD(ゼドリー)

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、リカだからリカルメかと思ったらコードネームだったのですね 業の再来と言う名前の理由が死ななければならない理由ですかね もしかして他のバイヤードの名前も重役はそんな感じなんでしょうか…
感想一覧
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