第4話 意外な事実
行商人から買い物を終えた俺は、いったん剣を置きに空き家に戻ることにした。
後はアテナの誕生日がいつなのかを誰かに教えてもらうだけなんだが、考えてみれば俺はこの世界にアテナとリカルメ以外の知り合いがいなかった。
まさかアテナ本人から聞くわけにもいくまいし、リカルメに教えを乞うのも論外だ。
どうしたものかと悩んでいるうちに、とうとう家に着いてしまった。
「あ、イヌイコータさん、おはようございます!」
そ、その名で俺を呼ぶのはまさか!
扉を開けようとしたまさにその時に声が聞こえた。
反射的に振り返るとやはりそこにはアテナがいた。
「イヌイコータさん、リカ見ませんでした? 朝ごはんの後すぐどっか行っちゃって探してるんですよ」
「ああ、行商人の露店で見かけたよ。ちょっと前のことだから今もいるのかはわからないけど」
「そうでしたか。もー、リカったらまた無駄遣いするつもりじゃないでしょうね」
「ハハッ、まるで夫婦みたいだな」
って何言ってるんだ俺は。アテナはともかくリカルメはバイヤードだぞ。
アテナはアテナでまんざらでもないといった感じをだしながら少し赤くなった。
え、なにその反応。二人はそういう関係なの? マジで?
「もう、イヌイコータさんまでからかわないでください! ……ってあれ? その黒い剣はなんですか?」
「あっ」
しまった、当日までこの家に隠しておこうと思ったんだが……どうやら失敗らしい。
まあもとよりその当日がいつなのかわからないんだ。むしろちょうどいいだろう。
「これは君に渡すために買ってきたんだ。誕生日が近いんだって? おめでとうアテナ」
俺は観念したように黒い剣をアテナに差し出した。
アテナは恐る恐る両手で受け取る。
「え、い、いいんですか? こんな立派なものもらって? 回復魔法しか使えない私にはもったいないですよ」
「この辺りじゃ武器を家に飾ってお守りにする風習があるんだろ? ぜひそれで自分の安全を守ってほしい」
そう、この剣で守るのはアテナだけでいい。
どうか、リカルメには加護が及ばないことを切に願う。
「ありがとうございます。最近なにかと物騒ですけど、これで私もリカも安心して暮らせます」
そんな俺の心を知ってか知らずか、アテナは無邪気にそう言うのだった。
どうやったら気づいてもらえるだろうか。リカルメ・バイヤードが危険な存在であるということを。
無理やりにでも引き剥がしてやりたいが、それでは開き直ったリカルメがどんな行動に出るかわからない。やけになって村人を殺してしまうかもしれない。
実際、大学で奴の正体がバレた時も同級生たちに被害が及んだ。『一人でも多く、ゼドリー様の崇高な目的の礎とする!』そんな言葉を吐きながら、あいつは何人もの学生の命に手をかけた。
思い出しただけで腸が煮えくり返りそうだ。
「なあ、アテナ。一つ質問があるんだ。正直に答えてほしい」
「……? はい、なんでしょう?」
「リカル……じゃなくてリカのこと、正直どう思ってる? なにか気になることとかないか?」
今までの様子を見る限り、アテナがリカルメを強く信頼しているのは明らかだ。しかし、どこか不審に思っているところがあれば、そこから警戒してくれるようになるかもしれない。
アテナは困ったような仕草を見せながらやがて口を開いてくれた。
「どうって言われても……リカはいい子ですよ。いつも私のこと気にかけてくれるし、私が危ないときは雷魔法で助けてくれるし。リカとイヌイコータさんがケンカ中なのは知ってますけど、私は親友と恩人が争うところは見たくありません」
ダメか。
思った以上にリカルメはアテナの信頼を勝ち取っているらしい。まあ半年一緒に暮らしているならわけないか。
「あ、一つありました。気になること」
「なんだ!?」
「リカって人間族のはずなのに雷属性以外の魔法を使ったところ見たことないんですよね。私たちそこまでお金に困ってるわけでもないので、宝玉くらい買えるはずなんですが……」
ビンゴだ!
リカルメは魔法を使っているわけじゃない。バイヤードとしての特殊能力を使っているだけなのだ。
しかもこの世界の人間は宝玉さえあれば魔法を複数使えて当たり前。
雷しか使えないリカルメは普通の人間じゃないと言える!
……いや待て、冷静になるんだ俺。
今日の露店で分かったことだが、俺には全属性の魔法が一切使えなかったじゃないか。さっきの理論で言えば俺の方が人間じゃないなにかってことにされてしまう。
レヴァンテインへの変身を魔法だと主張すればなんとかなるかもしれないが、その変身もあと一回しか使えない。この世界には充電器どころかコンセントもないからな。
「私思うんです。きっとリカは人間じゃないって」
おっと、俺の葛藤を無視してアテナは早々に答えを出してしまった。このままじゃ俺も警戒対象に入ってしまうかもしれないが……まあいい。
リカルメさえ彼女から引き離せればそれで……。
「リカの正体は、きっとエルフですよ!」
「……は?」
エルフ……? え、なんでエルフ?
リカルメがこの世界のエルフに擬態しているならまだわかるが、リカルメの人間態は生前から全く変わっていない。
エルフ要素なんて俺には皆無に見えるが、アテナはいったい何をみてリカルメをエルフだと勘違いしたんだ?
「リカの雷魔法って人間の魔法にしては強力すぎるんです。普通人間が雷魔法を使えば、相手をしびれさせて動きを止めるくらいの力しかないはずなのにリカは魔物を感電死させるほどの力が扱えるんです」
そりゃあ仮にも元幹部怪人だからな。魔物くらい殺せるだろ。
「一属性しか魔法を使えない、魔法の出力が大きい。これってエルフの魔法の特徴じゃないですか! きっとリカは耳を切られたエルフ族に違いありません!」
そういえばエルフの魔法はそんな感じだったな。なるほど、勘違いするのもわからないでもない。
しかし、参ったな。リカルメに不信感を抱かせるどころか同族疑惑を持たせてしまった。こんなんじゃ絆が深まるばかりじゃないか。
いっそ俺から言ってしまおうか? リカの正体はバイヤードだと。
……いや、この世界でバイヤードって言って通じるわけないか。
元の世界でも、バイヤードの事件が公になる前に俺が秘密裏に処理していた。あっちの世界でも知られていない化け物の名をこっちの世界の人間が知ってるわけがない。
「なぁアテナ、バイヤードって……いや、なんでもない。知ってるわけないよな」
「え、知ってますよ」
そうだよなぁ。知っているわけないよなぁ。
前の世界でも知っているのは俺とユリ博士と当事者たちくらいだったし、この異世界のエルフがそんな名前知っているわけが……って、はぁっ!?
「え、ちょ、アテナ知っているのか!? バイヤードを!?」
「は、はい。最近各地に出没するようになった化け物のことですよね? 悪魔族って呼ぶ人もいますけど」
「そ、その特徴は?」
「えっと……人間と同じく二足歩行ですけど、個体ごとに姿かたちはバラバラ。並みの刃物や魔法じゃ傷一つつかないくらい皮膚が丈夫で、身体能力も異常に高い。他の生物を食べることでその生物に化けることが出来る。……私が知っているかぎりではこんなところです」
なんてこった。俺の知ってるバイヤードの特徴と完全に一致している。
あんな化け物がこっちの世界にもいるというのか?
いや、これはチャンスだ。今ここでリカルメの正体を明かしてしまおう。
近いうちに俺はリカルメを倒す。
『親友』がいなくなるより『自分を騙していた化け物』がいなくなる方がアテナにとって心の傷も少なくて済むはずだ。
……もっとも、全くの無傷というわけにはいかないだろう。
それでもこのことは告げなければならない。アテナのためにも。
「どうしたんですかイヌイコータさん? さっきから様子がおかしいですよ?」
言われて気づいた。俺の手が汗をかいて震えている。
俺は今緊張しているのか。
そういえば俺はいつもそうだった。
バイヤードの正体を明かすということはその周囲の人間関係を壊すということ。俺が今まで戦ってきたバイヤードは人間と友好な関係を築いてきたバイヤードも多くいた。
そいつらを倒すたび、周りの人間は倒されたバイヤードよりも、倒したレヴァンテインの方を化け物のような目で見るのだ。
俺はその視線が怖かった。
自分が間違ったことをしているんじゃないかと不安になるからだ。正しく在りたい。だから俺はヒーローをしている。
でも、いくら怖くても言わなくちゃいけない。彼らにとってのバイヤードがどんな存在だろうと、実際のバイヤードは人殺しの化け物なんだから。
「リカのことについて……言っておかなければいけないことが、ある」
言え。
「気分が悪いんですか? 私、家から癒の宝玉持ってきます!」
「そんなのは後でいい!」
言え。
「リカは……いや、君がリカだと思い込んでいるものは」
言え!
「あいつの正体は!」
「アテナになに吹き込もうとしてるのよ、レヴァンテイン」
背後から聞きなれた声が聞こえた。
振り返らずともわかっているが、あえて振り向いた。
そこにいたのは怒りに顔をゆがめ、わずかに紅く放電するツインテールの少女、リカルメだった。
「どうやら、早めに決着をつけた方がいいようね。お互いのためにも」