エピローグ
二人の少女は眼前で起きた光景を受け止めきれずにただ漠然と立ち尽くしていた。
リゼル・バイヤードの念動力によって全身をえぐられた戌亥浩太。二人のよく知る人間が死に瀕した刹那、彼は異形の怪人ホース・バイヤードへと変貌した。
呆気にとられた二人の少女はいつしか戦いを忘れて、変わり果てた正義の末路をただ見ているしかなかった。
やがてホース・バイヤードは瞬間移動で逃げたリゼルを追ってこの場から姿を消した。
「なんなのよアレ……! なんで劣等種がバイヤードになるのよ。意味わかんない」
いつの間にかリカはクラゲの怪人態から人間態に戻っていた。
困惑するリカを他所に、アテナは浩太が立っていた場所に近づきあるものを拾った。
それはレヴァンテインの変身に使用する4枚のエーテルディスク。ただし、その色は全て白だ。まるで絵を描く前のキャンバスのように無垢な白である。
(エーテルの力をあまり感じない……。この中に入っていたエーテルでイヌイコータさんは……)
その側には変身ベルトのレイバックルも捨てられていた。
バッテリーが切れて死んだように地面に転げていたそれをアテナは拾い上げる。
「ねえ、アテナ。本当なの? 私が元々人間だったって」
「そうだよ。たぶんリカも今みたいにエーテルと融合したんだと思う」
「でも、私にはバイヤードとして生まれる前の記憶が……」
アテナは武器をしまい、混乱するリカを慰める。
もはや互いに戦意はない。
アテナの標的はリゼルとデュグラス。リカの標的はレヴァンテイン。この場にはそのどちらも存在しないのだから。
しばらくベンチで座っていると魔物の鳴き声がピタリと止んだ。空を徘徊していた飛行獣も軒並み姿を消している。
「……負けたのね。私たち」
観念したようにリカは目を閉じる。
相手がアテナでなければ不意を突き、雷撃浴びせて殺していた事だろう。
「この世界を征服して、アテナと二人で静かに暮らす計画がこれでパアね」
「もしそれが実現してたら私自殺してるよ。そんな世界に元勇者の居場所なんてないもの」
「そう。じゃあこれで良かったのかも」
リカも心のどこかで理解していた。自分の求める世界とアテナの求める世界が同じでないことに。
これから自分はどうなるのかと考える。
リゼルたちと共に国家転覆を目論んでいたのは事実だ。たとえ白旗を振ったとしても斬首刑は免れない。
だけど、浩太やアテナがそんなことの為に戦っている風には見えなかった。
彼らの目的はもっと別にある。リカはそう思った。
「あ、あれ……? なんか頭が……!」
ズキン、と頭の芯が痺れるような感覚がリカを襲う。
疲労から体調を崩したのか、とリカは思ったがそうではない。
「え、あ、なに……? なんか、見たことない顔が、景色が、どんどん……!」
洪水のようにとめどなく溢れてくる知らない記憶。
当然それはリカルメ・バイヤードの記憶ではない。もっと昔、彼女が人間だったころの16年あまりの膨大な記憶が一度にリカの脳内を埋め尽くす。
「リカ……? どうしたの? 大丈夫!?」
「あ、あ、ああああああああああああああッ!」
許容量を超える記憶の奔流に耐えられなくなったリカは頭を抑えて苦しみだした。
アテナは治癒魔法の杖を取り出そうとするが、突如リカの意識が途切れ倒れこんでしまったので慌ててその体を受け止めた。
「心配すんな。記憶が戻ったショックで一時的に眠っただけだろう。すぐ起きるさ」
屋根の上から浩太が飛び降りた。
浩太は難なく着地に成功しアテナを驚かせる。
アテナはリカをベンチに寝かせると浩太のもとへ駆け寄った。
「イヌイコータさん! その、大丈夫なんですか?」
「ああ、これくらいの高さどうってことねえよ。空中戦もよくやってたから恐怖なんてとっくの昔に克服したさ」
「そうじゃなくて……。その、エーテルを身体に取り込んだんですよね? なにか異常はないんですか?」
アテナは浩太に4枚の真っ白なエーテルディスクを差し出す。浩太はそれを受け取り、乾いた笑いを浮かべた。
「はは、異常ね。異常しか無いんじゃないか? なんせ俺はもうバイヤードだ」
「……まだ融合したばかりなら元にもどせるかもしれません。キーロンちゃんの教会に行って詳しく調べてもらいましょう!」
「もう手遅れだ。いや、間に合ったとしても戻る気なんか無い。せっかく手に入れた力だ、みすみす手放してたまるか」
アテナの横を通り抜けてリカが眠るベンチの前に立つ。
リカは苦悶の表情を浮かべ、ぼそぼそとうわ言を吐いている。安眠、というわけにはいかなそうだ。
「う、うぅ……!」
やがてリカは重い瞼を持ち上げて上体を起こす。
そして、しきりに周りを見渡し、ゆっくりとベンチを降りて立ち上がった。
「ここは……、私は……!」
果たして目覚めたのがリカルメ・バイヤードなのか戌亥霧果なのか。
もし記憶の回復が失敗していたらと思うと浩太は気が気でない。
リカは浩太を視界に捉えるとこう言った。
「お兄……ちゃん……?」
彼女の口からその言葉が漏れた瞬間、言い知れぬ感情が喉奥からこみ上げ、安堵の脱力感が四肢の先端まで行き渡った。
目覚めたのは戌亥霧果だ。国と敵対し、人間を辞めてまで求めていた結果がここにある。
ふらふらとした足取りで歩み寄る霧果を抱きとめようと浩太は腕を広げる。
「霧果……! 俺は、やっとお前に……!」
「……して」
「え?」
霧果は浩太の服の裾を掴み、そのまま床に崩れ落ちる。
心配する浩太とアテナに見つめられながら、霧果は絞り出すような声で訴えた。
「お願い、私を殺して……!」
【第三章 完】
次回、第四章【Re:karma】
お楽しみに!(幕間二つほど挟みます)





