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第58話 正義が生まれた。正義が死んだ。

前話の後半、少し書き直しました。

 前回までの粗筋(あらすじ)



 リゼル・バイヤードを倒すため、私は戌亥浩太と結託した。

 ところが、洗脳を受けていたボタンによってパラスが魔公爵デュグラスのもとに連れ去られてしまう。


 私は生命樹型(セフィロト)グランレンドに変身し城外に飛び出した。

 走り去るボタンの背中を追いかけていく。





「おーおー、余計なもんまで連れてきやがって……。魔道具使ってもっとちゃんとした洗脳しとくべきだったなぁ」



 城下町の噴水広場。

 以前にボタン=トリトンの処刑が執り行われようとしたこの場所に黒衣を纏った青肌の男、デュグラスがいた。


 奴の足元から広がる影から次々と異形の魔物が湧き出ている。この魔物騒動はこの男が原因のようだ。



「何故貴様らはその兄妹に拘る? まさか、アテナ本人から神器を盗みだそうと考えてるのではあるまいな?」


「さすがに勇者の手から盗むにはこの男じゃ役不足だ。神器はまた別の方法を考える。だが、妹の方には大事な役割があるんだよ。天界神器(アーティファクト)使ってヴィドヴニル様の封印ぶち破ってもらうっていう大事な役目がなぁ」


「なんだと?」


「本当ならゼドリーって奴が封印全部ぶち壊してくれる予定だったんだが、お前ら天神族が邪魔してくれたおかげであと一歩手前のところで撤退する羽目になったそうだ。まったく、リゼルっちの親玉の割に肝っ玉の小せえ奴だぜ。刺し違えてでも封印ぶっ壊してくれりゃ後が楽だったのによ」



 そうだ。私は一度目撃している。パラスが天界神器(アーティファクト)を起動している場面を。

 ダルトスの地下遺跡で遭遇した時、彼女は守護の左手(イージス)を使ってリカルメたちと戦っていた。あの頃は天界神器(アーティファクト)の特性を知らなかったため違和感を持たなかったが、今になって考えればおかしなことだ。


 元々パラスは勇者と同じく、エーテルへの耐性を持っていた。そして、魔王ヴィドヴニル復活のセカンドプランとして彼女を利用するつもりだったのか。



「待て、天神族がゼドリーの邪魔をしただと? キーロン、どういうことだ?」


『知りませんわ。そもそも天神族は下界で力を行使することを固く禁じられている。もしもその天界規定が破られていたのだとしたら、わたくしの耳に届かないはずがないですわ』



 私がキーロンの使いとしてグランレンドに変身している理由。それは、天神族であるキーロンが直接戦うことが出来ないからだ。


 100万年ほど前、ロキフェルという天神族が人間界(ミズガルド)を滅ぼしかけた。

 以来、天神族は世界のバランスを崩さぬよう鉄の掟である天界規定を作り出したという。これを破った者はどれだけ上位の神でも無慈悲に処罰が下されると聞いた。


 まあいい。その辺りの謎は後で解けばいい。

 いま考えるべきは、どのようにデュグラスからパラスを奪還するかだ。


 当のパラスは眠らされているのかピクリとも動かない。ボタンはパラスの背から三叉槍(トライデント)を抜き取りこちらに歩み寄ってくる。まさか、私とこの男を戦わせる気か?



「さーて、あんとき失敗した処刑をここで行うとするか。執行人はてめえだ」



 三又の槍先が顔面に迫る。横に避けて足払いを試みるも、直前の跳躍により躱わされた。


 盗賊というだあって最低限の身体能力は備えているらしい。戦闘技能の方はともかく、ちょこまか動き回るのは得意というわけか。


 抑えるのは難しい。分身による人海戦術を取るべきか?



「もしかして殺すのを躊躇っているのか? お前もリゼルっちと同じバイヤードだったんだろ? 殺せばいいじゃねえかそんなゴミ野郎」


「…………」



 確かに、このボタンという男、私にとってもデュグラスにとっても生かしておく理由が無い。


 ボタンを助けるというのは、リゼルの擬態先を聞き出すための交換条件に過ぎなかった。

 だがリゼルの顔を自力で割り出したいま、その約束を果たす義理はない。


 守護の左手(イージス)を盗み出したのは冤罪とはいえ、この男が元々盗賊だったのは事実だ。こういった不浄の人間を犠牲にすることはキーロンも黙認してくれる。

 ならば、ボタンをさっさと殺してデュグラスとの戦闘に集中すべきだ。


 だが、どうしてだろうか。この男を殺すことは気が進まない。

 どうしても想像してしまうのだ。兄を失い、悲しむ顔をするパラスの表情(かお)を。


 王都にたどり着くまでの道中、パラスは私に兄の思い出をたくさん語った。

 身を守るための槍術を習ったこと。

 暴力を振るう両親から自分を守ってくれたこと。

 盗んだ金や食料で自分の生活を支えてくれたこと。


 ボタンという男が死んだところで悲しむ人間はパラスしかいない。


 私は正義のヒーローじゃない。人間を救う必要など無い。


 ボタンの脳天を狙うように銃を向ける。だが、引き金が重い。



「シオン……さん……!」



 噴水にもたれるように眠っていたパラスが目を覚ました。

 すがるような眼差しを向けて、こう言った。



「兄さんを……助けて……!」


「……っ!」



 駄目だ。私は疾うの昔に正義を捨てた。

 今更誰かを助けて人に好かれようなど虫が良すぎる。


 私は正義の味方になりたかった。だが、憧れだった正義なんてどこにも無かった。

私はゼドリーに魂を売り飛ばしバイヤードとなった。多くの人間を殺したこの手はおびただしい血に染まっている。


 悪を滅ぼすには悪になるしか無い。

 私は正義になれないし、なってはいけない!



『いいのではなくて? 別に成ってしまっても』



 私の強い思念がキーロンに届いたのか、念話でそんな事を言ってきた。



『予知が見えた時からわたくしはずっと地球を見ていました。そして選別していたのです。巨悪に立ち向かう勇気を持ち合わせた人間、勇者の資質を持つ者を。あなたは悪を討つために己を捨ててまで力を得た。並の人間ではそんなこと出来ませんわ』


「……あれは私が弱かっただけだ。もっと他にも方法があったはずなのに、楽な道を選んでしまった」


『リゼルに記憶を奪われた後も、あなたは罪のない人間は殺さなかった。それは、奥汐(おくしお)風哉(ふうや)の正義への憧れが心の隅に残っていたから。違いますか?』


「…………」



 確かに私はバイヤードだった頃、殺す人間は選んでいた。

 正義だ悪だ、と難しいことは考えていない。私が殺したいと思った人間だけ殺してきた。


 殺人事件をもみ消し、のうのうと暮らしていた警察幹部。

 幼児を自宅に監禁し、毎日のように強姦をしていた誘拐犯。

 野良猫を捕まえ、死ぬまで石をぶつけて遊んでいた不良少年。

 苛烈ないじめで、クラスメイトを自殺に追いやった女子高生グループ。


 こんな人間が生を受けていていいのか?

 こいつらを殺せる力を持っているのは私だけだ。

 気が付いたら、四天王に選ばれるほど、たくさんの人間を殺していた。



『あなたはいつも後悔していた。なんで悲劇が起きる前に助ける事が出来なかったのかと。本当は復讐ではなく、未然に人々を助けたかった!』



 黙れ、と言いたくても声が出なかった。

 唇が震えている。涙が零れる。


 この女の言う通りだ。私は警察官になって、たくさんの人を救いたかった。

 正義を掲げて、悪を滅ぼしたかった。


 正義のヒーローに、成りたかった。



『だったら、貴方にはやるべきことがあるでしょう』



 ふと、前を見ると、パラスの周りに影の手が伸びていた。

 デュグラスはこのままパラスをどこかへ連れ去るつもりだ。



『予言しますわ。シオン、貴方は過去の幻影を振り払い、誰よりも優しいヒーローになれる。だから、もう一度……!』


「そこから先は言わなくていい」



 拾分割(マルクト)を使い、10体に分裂。

 そのうち3体でボタンを床に抑え込み6体でデュグラスに蹴りを入れて吹き飛ばす。

 最後の1体でパラスを影の魔の手から引き離す。


 腕の中でパラスは微笑んだ。



「やっぱり、いい人じゃないッスか。シオンさん」


「違う。いい人じゃない」


 感情を落ち着かせ、一拍おいてこう言った。



「私は正義のヒーロー、グランレンドだ」



 もう迷わない。もう逃げない。

 復讐のためじゃない。この世界に住まう人々を守るために、戦おう。



「ウザッてぇ……!」



 6人の私から同時に蹴りを入れられたデュグラスが建物の影を吸収しながら立ち上がる。

 おそらくこの男は不死身だ。それでも諦めるわけにはいかない。

 この男はリゼルの瞬間移動(テレポート)がなければ結界で守られている王都に出入り出来ない。


 ならば殺さずとも追い出してしまえばいい。その後リゼルを倒せば、少しの間かもしれないが平穏がこの国に訪れる。



「ああ、いいだろう。こうなったら全員まとめて俺様が――」



 その時、上空から2メートル大の物体が広場の真ん中に叩きつけられ、場の全員は言葉を失った。

 次第に土煙が晴れて、空からの落とし物の正体が明らかになっていく。



「な、リゼルっち……なのか?」


「ぁッ……カェ……!」



 デュグラスが言葉尻に疑問符をつけたのも無理はない。

 その姿は以前のリゼルに比べると惨たらしい姿になっていた。


 能力を司る3つの目は根元からえぐり取られ、足と胴には無数の穴が開けられている。

 手足の指がすべて逆向きにへし折られ、首の傷穴からは常に血と空気が漏れ出している。



「嗚呼、丈夫な奴だ。再生(リジェネレーション)なんて能力に覚醒しなければもっと楽に逝けただろうに」



 上空から背筋が凍るほど冷たい声が聞こえた。

 恐る恐る見上げると、そこには白濁の怪人が空を飛んでいた。


 (ひづめ)のような足裏。強靭な足腰。

 一角聖獣(ユニコーン)のようなツノ。天馬(ペガサス)のような翼。


 間違いない。あれはバイヤードだ。おそらく馬を基盤(ベース)とした怪人、ホース・バイヤード。


 しかし、私の知る限りあんな怪人は組織にいなかったはずだ。

 私がこの世界に転生した後に作られた怪人なのか?

 いや、だとしても何故バイヤードがリゼルを襲う?


 ふわりとホース・バイヤードが地に降りる。辺りを一瞥した後、私に向かってこう言った。



「ようシオン。遅かったじゃないか。せっかくだから、トドメだけでも刺していけよ。殺したかったんだろ? こいつのこと」


「誰だ貴様は。なぜ私の事を知っている……?」


「ん? 嗚呼、そうか……。まあいいや。説明するのも面倒くさい。俺も何が起きたのかよくわかってないからな」



 ホース・バイヤードは私から視線を外しリゼルの元まで歩んでいく。



「た、すけ……ろ! デュグラス! デュグラス!」


「なんだか知らねえが、この白い野郎は俺様たちの敵なんだな? 【■■奴■■。■■殺■■■あ■■■歪■■■】」



 デュグラスの手に影が集結し、黒い球体を作り出した。それをホース・バイヤードに向かって投げると、球体はブラックホールのように周囲の物体を削り取りながら前に進んでいく。



「……おい」



 ホース・バイヤードはその暗黒の球体を粘土のように素手で握りつぶした。

 食らう、でも、避ける、でもなく。ただ単に掴んだだけで魔公爵デュグラスの闇魔法を打ち消したのだ。



「邪魔するなよ……。リゼルを殺さなきゃ霧果の記憶が戻らないんだ……。それとも、お前、先に殺されたいのか?」



 ホース・バイヤードの言葉の中に引っかかる単語を見つけた。

 まさか、このバイヤードは……!



「……リゼルっち。悪いけど、こいつ倒すにはちょっと準備がいるぜ。俺様は逃げるから潔く散ってくれ」


「ま、待てっ! デュグラス!」


「ゼドリーって奴には伝えとくぜ、勇敢な死に様だったってな」



 デュグラスは影の中に飛び込み、この場を去った。その影響か、町を徘徊していた魔物たちも影になって消えていく。



「どこまで再生するのかわからないな。なら、こうだ」



 ホース・バイヤードはリゼルの首を掴み上げる。

 掴んだ手から青い液体がリゼルを包み込み、リゼルはその中で人間態へと強制変異させられた。

 あれはレヴァンテインのショゴスフォームの能力か。



「これでもうどの能力も使えないだろう」


「こ、これ以上力を使えば、あなたはもう人間に戻れなくなる……! バイヤードの力は使えば使うほど肉体や魂に侵食し切り離しが出来なくなる……! もう二度と正義のヒーローにはなれませんよ!?」


「いいんだよ。もともと器じゃなかった。妹を奪ったバイヤード(おまえら)への醜い憎しみ、戦いそのものへの恐怖、救えなかった人たちへの後悔、そう言った弱い心を隠すために俺は正義の仮面をかぶり続けてきた。化けの皮を破り捨てる時が来たんだ」



 ホースはリゼルを地面に叩きつけ、筋肉質な右足を頭の上に乗せる。

 リゼルは逃れようと決死でもがきまわるが、既に原形を留めていない手足では逃げることもかなわない。



「ま、待って! リカルメさんの記憶も戻します! マキナ大臣の権限であなた達の罪も帳消しにして地位も与えられます! だから……!」


「何の取引にもなってねえな」



 ピーマンを握りつぶしたような乾いた音が聞こえると同時に、リゼルの真っ赤な脳髄が辺り一帯に散らばった。

 芋虫のように蠢いていた手足がピクリとも動かなくなる。この瞬間、リゼル・バイヤードは完全に絶命した。



「ヒッ……!」



 恐怖するパラスの視界を私の手で塞いだ。

 以前の奴ならこんな残酷な光景を子どもに見せるはずもない。本当に、戌亥浩太は変わってしまったのか。



「これで霧果の記憶も戻る。俺には悪の汚名を背負う覚悟もある。これで全て終わりだ」



 ホース・バイヤードの額に生えた角が輝き、全身を白い光で包み込む。

 やがて光が晴れると中からはやはり戌亥浩太が現れた。



「妙なもんだな。姿形は前と同じなのに、思考も感覚もまるで別物だ。今までこんな奴らを相手に戦ってきたのか俺は」


「何があった戌亥浩太。何故お前がバイヤードになっているんだ。ゼドリー不在のいま、人間をバイヤードに出来るものなどいない」


「どうでもいいだろ。そんな事。俺は俺の意思でバイヤードになった。誰の仕業でもない。それより……」



 戌亥浩太は道に倒れているボタンを指差し言った。



「その兄妹のこと任せていいか? 霧果の記憶が戻っているか確かめたい」


「……ああ、いいだろう」



 戌亥浩太はその場から大きく跳躍し、建物の屋根を伝ってリカルメたちの元へ向かった。

 人間態であれほどの身体能力を出せるということは、エーテルとの適合率が高いのだろう。四天王クラス、いや、下手をすれば全盛期のリカルメやゼドリーにも匹敵するかもしれない。



『……少し良くない予知が見えましたわ』



 キーロンは重たげな口調で言った。



『あの男、放っておけばゼドリーと手を組みますわよ』

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