第52話 天界神器(アーティファクト)
アテナの神器、守護の左手と報復の右手は王宮の宝物庫に一時保管されている。
宝物庫の扉には常に2人以上の門番が見張っている上、扉自体にも何重にも鍵がかけられている。エリッサの近衛であるミギアとレフトは城中に顔が知れているため下手に行動するとマキナ大臣に行動が筒抜けになってしまうので彼らは部屋で待機をするエリッサの護衛に当たる。
知名度の問題で言えば伝説上の勇者その人であるアテナも同様なためアテナも部屋で待機。
従って実行犯は浩太とボタンが担当する事になる。役割としては浩太が見張りを抑え込み、ボタンが扉の鍵を開ける。彼らの計画上では、私も戦闘要員として数えられてるわね。まあ、実際にその役割を果たす日は来ないのだけど。
ちなみに会議の内容は全部リゼルに密告済み。この感じ懐かしいわ。
ユリ博士の研究室に潜入した時もこうやって情報漏洩してレヴァンテインを翻弄してたわね。
「ところでさ、ミギアとレフトの持ってる武器も神器なんだよな。ていう事は2人もアテナと同じ勇者ってことなのか?」
浩太の質問は私も少し気になっていた事だ。神器、という存在について私はかなり曖昧な情報しか持っていない。
エーテルで構成されている事、かつて勇者たちが武器に使っていた事、強い力を秘めている事。これから敵対するかもしれない存在の武器について詳しく知っておきたい。
「いや、こやつらは勇者ではない。2人に持たせてある神器はどちらも下界神器じゃからな」
「下界神器?」
首を傾げる浩太にアテナが説明を始める。
「神器というのは大きく分けて二種類存在します。一つは人間界、または魔界で作られた人工の神器である下界神器。二つ目は天界で天神族が造り上げた、神の、神による、神のための神器。それが天界神器です。私たち勇者が使っていた5つの神器は後者ですね」
「下界神器はある程度の適性がある人間であれば扱う事が出来るが、天界神器に関しては天神族でなければ発動することもままならぬ。どころか、人族が下手に触れば膨大なエーテルが体内に逆流し、使用者を死に至らしめることもある」
「え……。そんな危険な物使って大丈夫なのアテナ……?」
不安な顔でアテナを見つめるとアテナは諭すような優しい顔で返答した。
「大丈夫。ごく稀に、数千万人に一人くらいの確立で天界神器を自在に操れる加護を受けた人間が生まれてくるの。そのうちの一人が私。だから私たち勇者はどれだけエーテルに触れても害を受けることは無いんだよ」
「じゃが、自分が加護を受けているのかどうかは実際に天界神器を発動してみるまでわからぬこと。魔王ヴィドヴニルから世界を護るため、己の命を賭けて天界神器を掴んだ4人の勇気を称え、我らは100年前の英雄を勇者と呼んだのじゃ」
過去の栄光を語られてアテナが少し照れている。かわいい。
まあ、アテナに害が無いならなによりだわ。
「ちょっと待て、さっきからエーテルって単語がちょくちょく聞こえてくるんだけど、まさかこれの事じゃないよな……?」
浩太が懐から白のエーテルディスクを取り出した。
そう言えばダルトスの宝石商でも黄のエーテルディスクが神器として売られていた。
「……? お主知らずに使っておったのか。それは間違いなく神器じゃ、それも天界神器。妾は現代に舞い降りた新たな勇者であるお主とグランレンドに興味を持って接触したのじゃぞ?」
「それはおかしい。グランレンドのアイテムはキーロンっていう女神さまが作ったものらしいからそうなのかもしれないけど、俺の持つディスクを作ったのはユリ博士っていう人間だ。さっきの説明だと下界神器っていうのに該当するんじゃないのか?」
「いや、人間にそれを作ることは不可能じゃ。その円盤、見た目からは想像できないほど強大なエーテルが内包されておる。使い方によっては次元という概念に干渉することすら可能なほどに」
次元。ディメンション。
私の脳裏に死の間際に見た光景がフラッシュバックする。
あの時浩太は必殺技の名を叫んだ。いつものように、『ディメンションバニッシュ』と。
ディメンションバニッシュ、つまり次元消滅。
そう言えば浩太も暴走したあの技に巻き込まれてこの世界に来たって言っていたわね。
なんか、仕組みが少しわかった気がする。
「じゃが、実際にレヴァンテインとグランレンドを片眼鏡で見てみればその性質はどちらも勇者とは少し異なるものじゃった。グランレンドの中身は人間とも取れるしバイヤードとも取れる中間的な生命体。まるで天界神器を操るために作られたような肉体じゃった」
あの片眼鏡にそんな見透かす力があるなんて。少し警戒した方がいいわね、スパイとしては。
「そして、レヴァンテインの方は勇者どころか神器使いと言えるかも怪しい。お主の腰巻、レイバックルと言ったか? 実際に天界神器を使役しているのはそのレイバックルであり、そのレイバックルをイヌイコータ殿が操る事で疑似的に勇者のような行為が出来るというわけじゃな。……実にめずらしい! こんな非常時でなければそのレイバックルという金属の腰巻を徹底的に調べてやるものを……」
「……なんだそりゃ。とにかく、製作者に聞くのが手っ取り早い。ちょっと待っててくれ」
レ―ヴァフォンを取り出しユリ博士へとコールを鳴らす。
『ドクターリリィだ! ただいま講義のため通信に出ることが出来ないぞ。御用のある戌亥君はピーっと音が鳴った後に要件を言ってくれたまえ。ピーッ!』
「ああもう、こんな時に!」
「え、待って。なに今のおちゃめな留守電メッセージ」
ピー音までユリ博士が口で言ってたわよ。あの人時々見た目相応の幼さ見せる時あるわね。
実年齢いくつなのよあの銀髪ロリは。
ユリ博士。エーテルエネルギーの第一発見者であり研究主任。
ただ者ではないと思っていたけど、こうなってくるとただの得体の知れない何かね。
天界神器を作り出したり、私を気づかないうちに弱体化させたり、やる事なす事めちゃくちゃだわあの劣等種。
「姫様。まもなくシアール公国代表と会食のお時間です。外構え用のお着替えを致します」
「問題は無いぞミギアよ。この鎖はゴアクリート王国の前身である古代トートリア王国が残した由緒ある鎖じゃ! この鎖を構成する金属は現代の炭鉱では取る事の出来ない大変めずらしい代物で……っておい、なぜ妾を化粧部屋へ引っ張る? やめい! 妾は凡庸なドレスなど着たくない! あんなめずらしくもない恰好恥ずかしくて死んでしまう!」
「はいはい。また今度お披露目しましょうね」
ミギアがずるずるとエリッサを別室に引きずっていき、奥からバタバタと暴れるような音が聞こえてきた。
一応、普通の服も持っているんだ。ちょっと見てみたい気がするわね。
そのままリゼル対策会議はお開きとなった。
「リカ、その……」
「うん?」
アテナが何か落ち着きのない態度で私に話しかける。何か様子がおかしい。
そう言えばさっきの会議もほとんどアテナは発言していなかった。
「……ううん。なんでもない」
私から目を逸らしてどこかへ行ってしまった。なんだったんだろう?
◇
数日後。兵士の鎧を纏った浩太とボタンに付き添い宝物庫へと向かう。
目立たず行動するため、私はまたフリフリのメイド服を着せられている。
「…………」
「…………」
それにしてもこの2人本当に仲悪いわね……。朝から一言も喋ってないじゃない。私としては都合がいいけど。
脅威となる戦力の浩太と近衛二人を引き離した今、レヴァンテイン抹殺&アテナ捕獲作戦も同時に動いていた。
予定では瞬間移動でリゼルがアテナを部屋に監禁し、私は宝物庫前に待機する下級バイヤードどもと一緒にレヴァンテインを抹殺することになっている。
下級と言ってもこの世界に転移した時点で幹部クラスに覚醒した怪人だし、最終形態に変身するための黒のディスクは私が持ってるから何も心配はないわね。
宝物庫前の曲がり角で浩太が歩みを止め、レイバックルを取り出した。
「よし、それじゃあ俺が今から見張りを引き付けるから、リカは隙をついて。ボタンは見張りが倒れたらすぐに鍵を開けるんだ」
そう言うと浩太は白のエーテルディスクを取り出した。
囮になるならちょこまかと動き回るショゴスフォームの方がいい気もするけど……。まあいいわ。
どんなフォームを選ぼうと関係ない。変身する前に私が背後から浩太を撃つだけだもの。
万が一私が殺し損ねたとしても、すぐそばにはリゼルの配下のバイヤードが2人控えてる。あそこで暇そうに突っ立っている門番2人がそれだ。
「じゃあ、行ってくる。頼んだぞ」
「ええ、任せて頂戴」
右腕だけを即座に怪人化させ、五本の指を全開にした手のひらを浩太に向ける。
「痛みを感じる間もなく、逝かせてあげるわ」
紅い稲妻が右腕に集まる。
警戒させる間も与えない。私とゼドリー様がこの世界を征服する様をあの世で眺めているといいわ。
「紅ノ雷砲」
収束された雷隗が、周囲に光をまき散らす。
浩太は最後まで避ける挙動も見せなかった。それにこの距離だ。直撃は免れない!
勝った。ついに倒したわ! レヴァンテインをッ!
「守護の左手。展開」
浩太の隣に立っていた鎧姿のボタンが私の前に立ち、紅ノ雷砲を受けた。
左手には地下遺跡で見たアテナの天界神器、守護の左手が着けられている。
……は? いや、どういうこと?
なんで宝物庫にあるはずの守護の左手がここにあるの?
なんで天界神器をボタンが持っているの?
いや、それよりも、なんで鎧の中から聞きなれた女の子の声がするの?
「リカ、本当だったんだね。イヌイコータさんが教えてくれた事、全部……!」
守護の左手を持つ兵士が兜を脱いだ。中から出てきたのは薄汚い盗賊の顔では無く、美しい金髪のエルフだった。
「あ、アテナ……!」
見られた。アテナに、私が浩太を殺そうとしたところを。
「変身」
《-----Complete LÆVATEINN GENESIS FORM-----》
呆気に取られている間に浩太がゲネシスフォームに変身した。ボタンの鎧にアテナが入っていた事に対する驚きはない。
まさか、嵌められた!?
『リカルメさん。緊急事態です。エリッサ王女の部屋で近衛たちと交戦中なのですが、アテナ=グラウコピスの姿がどこにも見当たりません。一度私の部屋に戻ってきてください』
私はリゼルにこの現状を伝えるのを忘れるほどに動揺していた。
自分が悪であることを今まで恥じたことなんて無かった。人々に蔑まれ、恐れられ、恨まれるなんて日常だったから。
あんな弱くて愚かな人間が正義なら、私は悪でいいと思ってた。
だけど、アタトス村でアテナに正体がバレて拒絶された時、私の心は完全に砕け散った。
私が悪である限り、アテナは再び私を拒絶するはずだ。だから、絶対に、この瞬間を見られるわけにはいかなかった。
「やってくれたわねレヴァンテイン……。いったいどんな手品を使ったのかしら?」
「騎士に絡まれてるお前と合流した時点で、もう天界神器は2つとも回収済みだったんだよ。お前が裏切るのはわかってたから、お前以外の全員に嘘の会議をさせるように俺が提案したんだ」
嘘。まさか、最初から……!?
「人間態の姿を見た兵士も騎士も、全員殺したはずよ。いったいどこで気づいたっていうの?」
「そりゃ、気づくさ。いったい何年お前の兄やってたと思ってるんだ?」
浩太の言葉の意図が理解出来ないのは動揺のせいではないはずだ。
兄? こいつまさか、本当に私と戌亥霧果の姿を重ねて見てるの?
「お前、嘘つくときスカートの裾を掴むんだよ。お前がアテナと一緒に戦うって言ったあの時も、お前はそのフリフリ握りっぱなしだった」
「……意味わかんないわよ。なんであんたがそんな癖を知ってるのよ。私と浩太が一緒にいた期間なんて半年にも満たないのに」
「リカと過ごした時間は確かにその程度だ。だけど、俺と霧果なら15年と4か月、一つ屋根の下で暮らしていたんだぜ?」
「……はぁ、もういいわ」
これ以上こいつの戯言に付き合ってられない。私がパチンと指を鳴らすと門を守っていた兵士2人が擬態解除し、浩太へと襲い掛かる。
ベアー・バイヤードとタイガー・バイヤード。2人とも戦闘能力はピカイチな上に覚醒により身体能力が上がっている。
ゲネシスフォームで戦ってまともに勝てる相手じゃないわ!
「【永きに亘る戦が終わる。女神の謡う子守唄。夢魂暗転】」
「な、なんだ!?」
「急に眠気が……!」
アテナが杖をバイヤードたちに向けて呪文を唱えると、ベアーとタイガーの動きが異常なまでに鈍ってしまった。
「ディストラクションスラッシュ!」
《----MERKABAH DESTRUCTION SLASH----》
黄のエーテルディスクが装填されたレヴァンスラッシャーを振り下ろすと、タイヤのように丸い形をした黄色の斬撃がベアーの胴を真っ二つに切り裂いた。そのまま斬撃の軌道が歪み、ぐるりとタイガーの死角から首を刎ねた。
「リカ、ル……様ぁ……!」
「…………ッ!」
2人は断末魔を上げる暇すら与えずに瞬殺された。
黄のディスク。ゼドリー様と互角に戦った黒のディスクに匹敵する戦闘能力を秘めていると聞いたけど、まさかここまでだなんて……!
「……頼むリカ。改心してくれ」
「は、はぁ? 一体何を言って――」
「俺はお前を倒したくない。アテナだってそうだ。だけど、お前がこれ以上リゼルと共に国を支配しようっていうなら、俺はヒーローとして、アテナは勇者としてお前を見逃すわけにはいかなくなる!」
「だから、意味が分からないって言ってるのよ! アテナはともかく、なんであんたが私を殺すのをためらうわけ? あんたはヒーローで、私は怪人。ただそれだけの関係でしょうが!」
「俺も少し前まではそう思っていた。でも、違ったんだ。ユリ博士からバイヤードの正体を聞いた事で、お前が守らなければいけない存在だと理解した」
バイヤードの、正体?
なにを言っているの? 何を知っていると言うの?
「バイヤードとは、エーテルによって突然変異した人間の成れの果てだ。そして、リカ。お前は俺の妹、戌亥霧果が変異した怪人なんだ!」
とても信じがたい言葉が浩太の口から発せられた。
どこまでも貧弱で愚かな生物、人間。私たちバイヤードが、そんな人間から進化した生命体ですって?
冗談みたいな話だけど、ユリ博士が言ったという事なら少し信憑性がある。
あの人はこの世で一番エーテルに詳しい研究者だ。そのユリ博士にそんなこと言われたら私だって信じてしまうだろう。
だけど、これでここ数日の浩太の奇行については納得できた。
私を戌亥霧果と重ねていたのではなく、私自身が戌亥霧果その人だったっていう事なのね。
「……だからなんなの?」
「……え?」
「リカ。イヌイコータさんはお兄さんなんだよ! 血の繋がった家族なんだよ!」
「知らないよそんなの。浩太の話が仮に本当だったとしましょう。それで、その事はこのリカルメ様に何の関係があるわけ? 既に人間態の上書きも完了してるし、私は人間だった時の記憶はない。心も身体も違うなら、結局は赤の他人じゃない?」
「お前を人間に戻す方法はユリ博士が必死に探してくれている。だから、もう人間を殺すのはやめてくれ! 改心してくれるなら俺も一緒に罪を償う。お前が霧果に戻れるように最大限の努力をする。だから……!」
「くどいわね。擬態解除」
紅い稲妻を身に纏い、クラゲの怪人態に姿を変える。
「私はリカルメ・バイヤードだ。人間なんかに、なってたまるか!」





