第50話 正義のお巡りさん
第46話から第49話の内容を時系列順に入れ替えました。
この第50話は以前第48話として投稿した『消失者4名』からの続きとなります。
「そりゃおめえ、王宮の結界は龍脈をせき止めらてるんだから龍脈移動なんかで出入りなんか出来ねえよ。それが出来たら、ある程度の実力者は侵入し放題になっちまうじゃねえか」
ナーゴに擬態し、消えたパラスの情報を探っていたが、だいたい皆同じことを言っていた。龍脈移動というのはこの世界でそこまで妙技というわけでもないらしい。
つまり、パラスはいま王宮に一人取り残されているという事になる。
あれから何時間も経過している。彼女が誰にも見つからず隠れ潜んでいるという可能性は低いだろう。
城の中にはリゼルや魔公爵がいる。奴らに見つかればただでは済まない。否、それ以前にパラスはボタンの血縁者だ。罪人の妹が城内をうろついているなんてところを見られたら、彼女はどんな扱いを受けるかわからない。
最悪の場合は死刑、良くても切断刑は免れないだろう。
『それで? 貴方はパラスを助けたいと言うんですの? アテナではなくあの小娘のことを』
念話用神器グランフォンを通じて女神キーロンの思考が伝わってくる。先日久々に体験したリゼルの精神感応と似たような感覚が頭の中で反響する。
宿の二階。パラス、アテナとの3人部屋。
「無論アテナも救出する。だが、パラスの事を放っておくわけにもいかないだろう。私がリカルメの後を追わなければこんなことにはならなかった」
『あの娘は自分からついて行ったんじゃないですの。先に帰れと言う警告を無視した時点で彼女の自業自得ですわ』
グランフォンも使っていないのにそこまで状況が筒抜けならこの神器必要ないのではないか?
『パラスという娘を助けたいのであればアテナと神器を取り戻した後になさい。今はそちらが最優先ですわ』
「なぜだ」
『リゼル・バイヤードは既に封印が破壊されたと昨日言いましたわ。でもそれは正確では無い。あの後、魔界を監視している天使に調べさせましたわ。確かに酷い有様でしたが、あのゼドリーでも全てを壊しきったわけではないようです。最後の壁一枚は、あの化け物と言えど「勇者」と「神器」が無ければ破壊出来ないようですわ』
キーロンは死後に天神族へと転生を遂げた元勇者だ。
転生というのはこの世界の神、すなわち天神族が儀式を通して行使できる超常現象の一つである。
私がオクシオン・バイヤードからシオンに転生した様に、彼女も他の神の手で人間の勇者キーロンから女神キーロンへと転生したのだ。
『でも逆に言えば神器と勇者、それぞれ一つずつでも用意できれば封印は簡単に解かれてしまいます。今やつらの手には守護の左手と報復の右手。そして使用者のアテナが揃っていますの。彼女と神器を早急に取り戻せば、魔王の封印解除までまだ猶予が持てますわ』
以前彼女から聞いた話では、封印解除に必要なのは5つの神器とそれを扱える4人の勇者だと言うことだったが、それに比べればだいぶ条件を緩くされてしまったという事か。
『それに、パラス=トリトンとの契約条件はリゼル・バイヤードの擬態元を聞き出すことでしたわ。貴方が自力でそれを見つけ出した以上、もう彼女と関わる必要は無いはずですわ』
「随分と薄情なのだな。貴様それでも女神か?」
『貴方は随分とお優しいことですわね。もしかしてレヴァンテインの正義感にでもあてられまして?』
「黙れ。殺すぞ」
正義、という言葉につい過剰な反応をしてしまう。
どす黒い感情が腹の中に重く吹き溜まり、視界を赤く染める。
『あ~ら怖いですわ。……とにかく、時は一刻を争いますわ。こうなれば手段は問いません。一刻も早くアテナと神器を取り戻すことですわ。多少問題が起こったとしても、教会側から圧力をかけてもみ消しますわ。急ぎなさい。それではごきげんよう~』
言うだけ言うとキーロンは一方的に念話を切断した。
あの女の言う事にいちいち腹を立てていてもキリが無いので、一度深く息を吐いて気持ちを落ち着ける。
こんなことだったら、人間の時の記憶など戻らなければよかったのだ。
そうすれば、純粋にゼドリー達への復讐に専念出来たものを。
◇
奥汐風哉。そんな名前で呼ばれていた時期が私にもあった。
その時の私は、グランレンドでもバイヤードでもないただの人間だった。
本来であれば16の夏に潰えていたであろうこの命。それを救ったのは一人の警察官だった。
高校時代陸上部に所属していた私は大会前の強化合宿で関東にある合宿所を訪れた。
その宿は隣接した海から流れ来る潮風が心地よく、何より廃港付近に建てられた施設だったため雑音の一つない静かな場所だった。
その日の夜。夜中の3時という半端な時間に目を覚ましてしまった私は、気晴らしに散歩に行くことにした。
顧問からは近づくなと釘を刺されていた廃港だが、若気の至りか、好奇心旺盛だった私は探検気分で中へと入りこんでしまった。
いま思えばあそこが分岐点だったのだろう。
その時宿へ引き返し、大人しく二度寝でもしておけば、私は人間を辞める事はなかった。
廃港の中は光も無ければ音も無い。天井からわずかに差し込む月明りだけが唯一私に道を示した。
そこで私は気づいたのだ。奥の方に月以外の光があると。そして、微かに人の話し声も聞こえた。
もしかして、部員と女子マネが告白でもしているのか? そんな俗っぽい考えを抱いた私はからかいのネタを抑えてやろうと光に向かって進んだ。
しかし、そこで行われていたのは少年少女の愛のやり取りなどではない。薄汚れた大人同士の非合法薬物の取引の真っ最中だった。
真実を知ったのは後の話だ。当時の私は黒いスーツを着た大人がスーツケースを交換している、程度の認識しか持てなかった。
「誰やそこにおんのは!?」
だからだろう。私は彼らから逃げるという判断が一瞬遅れた。
ヤクザというのは暴力のプロだ。多少鍛えている程度の男子中学生を抑え込むのには1分もかからない。
奴らは現場を目撃した私の処分について話し合っていた。
海外に身柄を売り飛ばす。目と口を潰し証言出来ないようにする。この場で射殺する。海に沈める。臓器を全て取り出し売り飛ばす。
どこまで本気でどこまで冗談なのかもわからない。いや、もしかたら全て本気なのかもしれない。
私はこの時人生で一番恐怖していた。抗う力も残されていない、自分の力ではどうしようもできない。
だから私は助けを求めた。この状況を打破してくれる正義のヒーローを、年甲斐も無く待ち望んだ。
驚くことに、それは現実のものとなった。
私の目の前に、一人の男が現れたのだ。
そして彼は私にこう言った。
「もう大丈夫だ。今から正義のお巡りさんが助けてやる!」
◇
それから私は周りの反対を押し切って陸上を辞めた。
それまで私の目標はインターハイで優勝する事だったがその時の私は自分を助けてくれた警察官に憧れていた。
授業が終わればすぐに家に帰り、公務員試験の勉強と通信空手による武術の習得。
知力と体力を限界まで鍛え上げ、私を救ってくれたあの警察官に少しでも近づこうと努力した。
その努力は実を結び、私は高校卒業した後関東に上京し警察学校に入った。
採用試験に合格してもすぐに現場で働けるわけではないらしく、当時酷くがっかりしたのを覚えている。
それでも我慢強く勉強と鍛錬を積み、10ヶ月の初任過程を終えた。
職場実習という形ではあるが、私はいよいよ警察署に配属されることになったのだ。
「本日より君の教官を務める事になった。警視庁組織犯罪対策課警部補の丹礼宗一だ。よろしく!」
偶然にも私の教官を務めたのは、高校時代の私を救ってくれた正義のお巡りさんだった。
憧れの人を前にした私は思わずその場で泣いてしまった。周りがどよめく中で、私は彼に感謝の言葉を紡ぎ出した。
そこでようやく彼も私の事を思い出したらしく、「立派になったな」と言って肩を叩いてくれた。
以来私と丹礼は実習期間内外を問わず、行動を共にすることが多くなった。
昼は上司部下として公務をこなし、夜は友人として砕けて過ごす。
そんな日々を三ヶ月ほど過ごしたある日の事だ。
「おいオク! お前、なんで警察官なんかになったんだっけ?」
オク、というのは丹礼がつけたあだ名だ。奥汐という名字が呼びづらいという事で短縮された。
「丹礼さん飲みすぎですよ。明日も朝から勤務でしょ?」
「いいから答えろって。俺は酒強いんだ心配するこたねえ」
そう言うと丹礼はさらにビールを追加し飲み干した。
「僕はあの時死にかけました。一般人じゃ太刀打ちできないでっかい悪に潰されそうになった。そんな時、丹礼さんが、警察が、僕を助けてくれたんです。でも世の中にはもっとたくさんの人が助けを求めている。だから今度は僕が、正義のお巡りさんに、丹礼さんみたいなヒーローになりたいんです!」
「ぶはっ! 正義って、ヒーローって! あっはっはっは!」
丹礼はいつもこうだった。私が真面目に夢を語っているにも関わらず、正義だのヒーローだのという単語で爆笑してしまうのだ。
「笑わないでくださいよ……。第一、正義のお巡りさんは丹礼さんの自称じゃないですか」
「その事もこっ恥ずかしくなって笑い飛ばしてるんだよ。……しかしまあ、正義のヒーローね。そんなものが果たしてこの世にいるのかね?」
「どういう事ですか?」
「警察っていうのは神様でも何でもない。国に雇われているだけのただの人間だ。欲もあれば悪意だってある。お前も見ただろ? 警察学校で起こっていたいじめを」
その言葉を聞いて少しドキりとした。
私は常に成績上位を維持していたので直接関わり合いになったことは無いが、寮や食堂でたびたび成績下位の落ちこぼれが嫌がらせを受けていたのを目撃している。
彼は日に日に言葉少なになり、やがては授業にさえ出なくなった。その光景はまさしく一般の高校で行われているものと同じで、いじめを行っていた彼らに「国を守ろう」とか「人々を助けたい」とか、そう言った意思は全く感じられなかった。
「他人事じゃないぜ? お前だってそいつを助けた訳じゃないんだろ?」
そうだ。私は彼らと関わり合いになることで、私の評価が落ちる事を恐れた。だからあの悲惨な光景から目を瞑った。
すべては、私が正義に成るために……。
「知っていたんですか? 警察学校でいじめが起こっていた事を」
「そりゃ、毎年必ず起こるからな。人間がたくさん集まれば、派閥が生まれる。独力で生き残れるのはお前みたいな強い奴だけだよ」
「でも、僕は彼に手を伸ばしませんでした。僕は、正義のヒーロー……いえ、警察官失格でしょうか?」
「それはオクがこれからどうするかにかかってるんじゃないか? もうすぐ初任補習科で警察学校に戻される。ただの警察官でいいなら今まで通りで充分だ。けど、正義のヒーローになりたいってんなら、もう一工夫必要かもな」
その言葉が私の心を突き動かした。
一週間後、警察学校に戻った私はある決意をした。
悪と戦う覚悟だ。
私は校内でいじめが行われれば即座に駆けつけそれに対処した。まずは交渉から入ることにしていたが、まともな言葉など通じるわけもなく、結局は武力を行使する事になってしまう。
おかげで私は素行不良のレッテルを張られ、評価は著しく下がることとなったが、校内からいじめは綺麗さっぱり無くなった。
私はここで正義のヒーローへの第一歩を歩んだのだ。
◇
それから数年が経ち、私は巡査として町の警察署に勤めていた。
落とし物を預かったり、道に迷ったお年寄りの案内をしたり、時には犯罪者を追い詰め逮捕する。
そんな日々を過ごしていた。ある日の事だ。
「麻薬取引……ですか?」
「ああ、いま本部の丹礼ってやつが担当しているらしいんだが、なかなか場所を特定するのに難儀しているらしい。最近この付近の住民が麻薬所持で逮捕されてるから、この辺りのどこかじゃないかって睨んでいるらしいぜ」
麻薬取り締まりなど経験の浅い巡査が関わる事件ではないが、勤め先の交番付近で起こっている事件となれば話は別だ。
なにより、麻薬取引となると、高校時代の私のような被害者が出るかもしれない。
そう思った私は独自に調査を進めていた。
そして私は港付近の廃倉庫で取引が行われるという情報を入手した。
倉庫の中に入ると、私はあの廃港の光景がフラッシュバックした。
月明りが示す薄暗い道、その奥に輝く人工の光。
そして、わずかに聞こえてくる人の声。
懐中電灯を消し、音を立てないようじっくりと歩み寄る。
拳銃も持った。手錠もある。後は戦う覚悟だけだ。
大きく息を吸い込んで、決意を胸に私は現場を直視した。
……が、そこで私の覚悟は音を立てて崩れ去った。
片方は見るからにヤクザの人間だ。サングラスで顔を隠し白いスーツに身を包んでいる。
だが、もう片方、金の入ったスーツケースを受け取っている背広の男の顔には見覚えがあった。いや、間違えるはずもない。
なぜなら、奴は私の命の恩人でる丹礼宗一だったからだ。
「うんうん、確かに受け取ったぜ。今日の分の口止め料」
「しかし、いいのかねぇ丹礼の旦那。警察本部の人間が、俺みたいな幹部から金なんて受け取っちゃって」
「そのおかげでお互い美味しい思いしてるんじゃねえか。他の組から取り上げたクスリを横流ししてやったりよ」
「違えねえ! ハッハッハ!」
そのまま2人は笑いながら廃倉庫から消えていった。私はそれを追いかけることが出来なかった。
なぜ? どうして丹礼さんが? いつから? なんで?
そんな私の疑問に答えるように、奴は現れた。
「丹礼宗一はもう何年も前から汚職に手を染めている」
「!?」
誰もいなくなったはずの倉庫から聞こえた声に反応し、思わず私は銃を向けてしまった。
混乱していたとはいえ、市民に銃を向けるなどあってはならない。懲戒免職ものだ。
しかし、当の本人は涼しい顔をしていた。まるで銃などなんの脅威でもないようなそんな顔をして。
「貴方は、誰だ?」
「僕は瀬戸倫次。とある天才科学者の助手です」
元、だけどね。と瀬戸は付け足した。
ここでようやく私は銃を奴に向けていたことに気づき慌てて降ろした。
「麻薬が暴力団の資金源になり得るほど莫大な価値があるのは君も知っているだろう? 警察と言えど人間。大量の金をちらつかせれば、少し目を瞑るくらいの事はするでしょう」
「丹礼さんが、そんな事をするわけないだろう! あの人は正義の警察官だ! 誰よりも悪を憎んでいる!」
「それは君の心が生み出した偶像ですよ。丹礼は今やヤクザの幹部を太いパイプで繋がっている。数年前から少しずつ信頼を築き上げ、小市民を不幸にして自分の幸せを掴み取るようなそんな男なのですよ」
「嘘だ! あの人は俺を助けてくれた! あの行動は紛れもない正義だった!」
「正義と言うのは己の悪意を隠す仮面です。彼は君を助けることでそれを出世の足掛かりにしようとした。事実彼はヤクザから少年を救ったヒーローとしてマスコミに大きく取り上げられた。君はあの男に利用されたんですよ」
「……!」
もはや言葉も出なくなった私に瀬戸が歩み寄ってくる。
この男が何者なのか、なぜそこまでの事を知っているのか、私には全てどうでもよくなっていた。
「どうしても信じられないなら、明後日の夜またここに来るといい。丹礼が押収した麻薬を無断でここに持ってくるはずです。一度なら何かの間違いということもありますが、二度目となれば真実です。あぁ、そうだ。万が一戦闘になった場合人間のままじゃ心許ないでしょう。僕が進化を促してあげましょう。威霊招来」
そう唱えた男の肌がみるみると白く染まっていく。
全身が白一色になると今度はその形が歪みながら大きくなっていく。
あまりに現実離れした光景に私は逃げ出すという選択肢を見失っていた。
やがて、2mほどの大きさになったその男、いや怪人に私は問いた。
「いったい、あんたは何者なんだ?」
「さっきも言ったでしょう。僕は瀬戸倫次です。だけど、僕はZ-LEADだ」
ゼドリーの手に蒼い光が集結する。そして、その光が、ゆっくりと私の身体に入り込んだ。
「な、何を……!」
「この光はエーテル。僕の力の一部だ。心配はいりません、そのまま何もせず一週間立てば力は全て身体から抜け落ちて元に戻ります。……だが、一度でも力を使えばお前はバイヤードになる」
「バイ、ヤード……?」
「そうだ。エーテルが肉体と魂に融合し、その姿に大きな変化を現します。そして、二度と人間に戻ることはできない」
滅茶苦茶な口調で滅茶苦茶な事を言う。
これはまるで、悪魔との契約だ。
「一つ、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「そのバイヤードっていうのは、ヤクザたちや、この世の悪を滅ぼせるくらいに強いのか?」
ゼドリーの異形な顔に表情があるのかどうかわからない。
それでもその時、奴は笑っていたような気がした。
「勿論です」
◇
2日後。私は同じ廃倉庫を訪れていた。そして、案の定丹礼はそこに立っていた。
私の顔を見て大層驚いた顔を見せている。
「え、オク!? なんでこんな場所に!? ここはお前の管轄じゃないだろう」
「丹礼さんの管轄でもないですよね? というか、今日は非番なんじゃないでしたっけ?」
「……オク。とりあえず今日は帰れ。ここにいると危険だ」
腕時計を一瞥し舌打ちする。どうやら取引の時間が迫っているらしい。左手には大き目のスーツケースを握っている。
「自首しましょう丹礼さん。まだ間に合います」
「……知ってたのか。なあ、オク。今日のところは見逃してくれねえか? 正義のヒーローになりてえんだろ? じゃあまずは俺を助けてくれよ」
「自首してください」
「出来るわけねえだろ。いま事が発覚すれば俺は警察とヤクザ両方の裏切り者だ。……そうだ、オク。特別にお前にも手伝わせてやるよ。そうすればいくらか分け前をやる。悪い話じゃねえだろ?」
その言葉を聞いた瞬間。私がその時まで追い求めていた丹礼の姿は幻想だったと思い知った。
彼の中に正義は無い。私の、それまで生きていた意味を全て否定された気がした。
「大丈夫。ある程度高い役職の奴らは大なり小なりみんな汚職に手を染めているもんさ。この社会はそういう奴しか出世できないように出来ている。だからお前も今のうちに小金稼いでおいた方がいい。正義にも先立つものが――」
「もういい、喋るな」
ぴしゃりと丹礼の言葉を遮った。
「よくわかったよ。この世に正義なんて無いってことが」
「お、おい。なんだお前その腕。いや、なんか、全身が緑色に……!」
「だけど、悪は確実に存在する。きっとお前だけじゃないのだろう。この社会は、お前みたいな蛆で溢れているのだろう。……だったら、私はその全てを排除しよう。悪を殺す悪になろう」
どろりと溶けた怒り悲しみが血液に混じって全身に行き渡る。
気がついたら少し目線が高くなっていた。丹礼が青ざめた顔で私を見ていた。
「待たせたな丹礼の旦……あ?」
背後から耳障りな男の声が聞こえて振り返ってみれば、そこには一昨日の取引相手が立っていた。
唖然とした表情のまま私と丹礼を往復して見ている。
しかし私の視線はその隣の窓ガラスに向いていた。そこに映っていたのはバッタと人を混ぜたような化け物だった。
蒼色の肌、逆関節のバネのような脚、頭から生えた二本の触覚、黒く大きな複眼。
自分が異形の化け物になっていたというのに、不思議と何の違和感も感じなかった。まるで最初からこれが自分の身体であったかのような一体感。
「なんだよお前、なんで、銃が効かねえんだよ……!」
背後の丹礼にそう言われて、私はようやく自分が拳銃で撃たれていた事に気づいた。
地面に落ちている薬莢は3つ。痛みも無ければ血も流れていない。
「さようなら、正義のお巡りさん」
その言葉は丹礼に向けた物なのか、自分に向けたものなのか、今となってはどうでもいい。
◇
「これはまた、派手にやりましたね」
血肉と瓦礫で出来た山を見上げる白衣の男、瀬戸倫次。
いや、ゼドリーと呼ぶべきだろうか。
「今の僕は瀬戸倫次で合ってますよ。Z-LEADというのは私の怪人態の名称です」
「お前は人と怪人の姿を行き来できるのだな。バイヤードと違って便利そうだ」
「確かに僕はバイヤードよりも上位存在と言えますが、人間態に変身するくらいの事はバイヤードでも出来ますよ。全身に流れるエーテルを内側に仕舞い込むようなイメージをしてみてください」
言われた通りにしてみると、案外あっさりと私の肌は薄橙色に戻った。これは人間の肌だ。
顔も腕も足も、奥汐風哉のそれである。
「一度でも力を使えば、人間に戻れないのではなかったか?」
「今の君は人間の姿を真似ているだけです。中身はもう血の一滴から臓器に至るまで人間とは違う構造をしています。魂にもエーテルが侵食しているので、きっと生まれ変わったって人間には戻れません」
「……そうか」
もはや人間の社会に未練など無い。
あそこは正義を掲げる悪魔たちが弱者をいたぶる地獄なのだ。
「さて、僕はこれからこの世界を征服しようと思っています。しかし僕はまだ不完全な状態であるため共に戦う仲間が必要です。風哉君……いえ、オクシオン・バイヤード。僕についてきてくれますね?」
「私は命の恩人ですら殺す男だ。いずれ貴様にも牙を剥くかもしれないぞ?」
「その時は全力でお相手しましょう。このゴミ山よりは楽しめると思いますよ」
数日後、警視庁の重鎮数名と暴力団関係者10名余蹴り殺されるという事件が起きた。
誰の仕業なのかは言うまでもないだろう。





