第49話 消失者4名
『リカルメを追った方の貴方がバイヤードと交戦しましたわ』
「だろうな。今しがた捌分割が発動した。リカルメ相手に5人がかりか、少し慎重すぎる気もするが」
地下牢の入り口を発見し、パラスともう一人の私と突撃しようとしたその時。キーロンから念話が入った。
分裂した私たちは思考を統一していない。故に分身が目の届かない場所にいる場合、こうしてキーロンから教えてもらうしかない。
『いざとなったら貴方もあちらの戦闘に合流する必要が出てきますわ。相手はリカルメ一人じゃない』
「王宮に他のバイヤードが潜んでいたのか。思っていたよりも侵攻が深いな」
だが、あちらに行く前にアテナの救出を急がなければ。
まずはもう一人の私が中に先行する。庭に襲撃者がいるとはいえ、最低限の見張りは残っているだろう。
その後パラスを進ませて、後方を見張りながら私も中へ足を踏み入れる。
既に先行した私が看守を気絶させているため中は静寂に包まれていた。
地下遺跡ほどではないにしろ、埃っぽい濁った空気が蔓延している。ろくに風呂に入れてないであろう囚人たちの汗の臭いがかすかに鼻腔を刺激した。
あまり長く居座ると気が滅入りそうだ。
「こんなところに伝説の勇者アテナ様を閉じ込めているなんて……信じられないッス」
「着せられた罪が罪だけに仕方ない部分もある」
階段を降りるとその先は三方に分かれていた。じっくりと調べている時間も無いが、もう一方の私が戦闘中である以上、ここで分身を増やすわけにもいかないだろう。
「この人数で手分けして探すぞ。もし、誰かに見つかったら大声で私を呼べ」
「了解ッス!」
そうしてパラスは駆け足で右の通路に入っていった。
もう一人の私は正面に向かった為、私自身は左側を探す。
通路の左右には対称に牢が設置されており、一方の牢からは正面の牢の様子が筒抜けという配置だ。
急ぎ足で進みながら、せわしなく首を左右に振り牢の中を見る。
奴隷か罪人かわからぬ輩どもが奇異な視線を私に向けるが、アテナも戌亥浩太も見当たらない。
来た道を戻るとパラスともう一人の私に合流する。どうやらこの地下牢にはいないようだった。
「どういうことッスか……? なんでアテナ様たちがどこにもいないんスか?」
「所詮、酔っ払いの戯言だったということだな。振り出しに戻るのは残念だが、今日のところは一旦退くぞ」
あの親父め。ガセネタに大金を払わせおって。
だが、アテナや戌亥浩太だけならともかく、ボタン=トリトンまでいないのはどういうことだ? まさか、この数日のうちに内密な処刑が成されたのではあるまいな。
ともかく、長居は無用だ。これ以上の事はまた日を改めよう。
撤退の準備を進める。と言っても、私にはまだやることが残っている。それはリカルメの討伐だ。
パラスも背から取り外した三叉槍に地属性の茶色い宝玉を嵌めている。
そして、龍脈移動の詠唱と思わしき文言を唱え始めた。
「【地を這う龍よ。我が呼び掛けに応え、洞穴の門を開き給へ】」
三叉槍の切っ先を床に向け、両手で高く掲げる。そのまま地面に振り下ろし、魔法の名を叫ぶ。
「【龍脈】……ッ!?」
だが、切っ先が地面に触れる擦れ擦れのところでパラスの動きが止まった。
腕が震えて、それ以上動こうとしない。
その様子を見かねてもう一人の私がパラスに近づく。
「おい、どうしたパラス? どこか具合でも……」
「う、うぁあああァァアア嗚呼あああああああッ!」
刹那、パラスは三叉槍をもう一人の私に向け、突きを繰り出した。
もう一人の私は咄嗟の事に対処できず、左腕を負傷してしまう。
「い、守護の左手を……守護の左手ヲあの御方に届けないト……。あれ? 無い? 守護の左手が無い? ナンデ……?」
パラスは自分の左腕を見て困惑している。その目にはおよそ生気と呼べるものが宿っておらず、どこか亡霊じみた雰囲気を感じた。
この状態のパラスを私は一度だけ見たことがある。これは、地下遺跡で守護の左手を発見したパラスにかかっていた魔公爵の洗脳魔法。
しかし、それはアテナの用意した退魔の首飾りで抑えられているはずだ。消耗品とはいえ、こんな短期間で効果が切れるはずもない。一体なぜ、また呪いが発動しているんだ?
「それを聞きたいのはこっちなんだよ……」
私の心の疑問に応答するが如く、廊下の奥から歩んでくる人物が喋りかけてきた。
背丈が高く、漆黒のマントに身を包んだ男。だが、奴が語り掛けていたのは私ではなく、パラスの方だった。
「俺様は守護の左手をここまで運んでこいって命令してたのによお! なんであのクソ勇者の手に守護の左手が渡ってたんだ? オマケに今朝からあのクソ勇者どもの姿が見えねえ……。ここにてめえがいるって事は、逃がしたのもテメエかぁ!?」
そう言って男はパラスに拳で殴りかかる。
パラスはその姿をしっかりと視認しておきながら避ける素振りも見せない。
このままではパラスの頬に男の拳が激突する。しかし、そうはならなかった。
何故なら、私が男の手首を掴み、その勢いを殺していたからだ。
「……あ? 誰だテメエ。なに掴んでんだコラ」
「貴様、魔人族だな? 事前に聞いていた特徴が一致している」
男の服装はほとんど露出が無く、肌が見えるのは私が掴んでいる腕と、フードの奥に見える顔だけだった。
しかし、その中に見える肌は人間のそれではない。見てるだけで背筋が凍えてくるような真っ青な肌。
これは、魔界の生命体が流す青い血が作り出した色。だが、こいつは獣ではない。魔の血が流れる人族、魔人族だ。
「だからどうした? んなもん見りゃわかるだろ? ……つかいつまで触ってんだ気持ちわりい!」
魔人族の男は手を振り払い、もう片方の手で握っていたナイフで私の首を狙ってきた。
だが、速度自体は大したものではない。パラスを抱えて、奴の攻撃も避けつつ後退する。
それにしても、こいつはどういうことだ? なぜ魔人族が王都に潜めているのだ?
この世界の国や町は、領主が管理する光魔法の結界により覆われている。
その効力とは退魔。即ち、青い血の流れる魔物や魔人といった存在は空からも地中からも忍び込むことは不可能なのだ。
唯一方法があるとすれば、強引に結界を壊するといった強硬手段くらいなものだ。もしそんな事になっていれば王都全域に警鐘が鳴り響くはずだが。
いや、待てよ。もう一つだけ可能性があるぞ。
こいつが私の想像している人物であれば。
「一つだけ確認したい。貴様の名を教えろ」
「デュグラス。魔公爵デュグラス様だ。どうだ? 伝承の存在を目の当たりにした気分は? 怖くてちびっちまうだろ?」
「生憎私は勇者にも女神にも会ったことがある。貴様程度の存在よりも、その辺の囚人の経歴の方がよっぽど興味深いな」
そう、驚くことは何もない。いま私が考えられる可能性の中で、王都の結界を突破できる魔人などデュグラスしか存在しない。
パラスの証言により、魔公爵デュグラスと四天王リゼルが結託していることは最初からわかっていた。
リゼルには瞬間移動の能力がある。おそらくそれで結界を壊すことなく、この魔人を内部まで侵入させたのだろう。
『グランレンド、今すぐ逃げなさい。貴方の敵う相手ではありませんわ』
キーロンからの念話には少し焦りのような感情が混じっていた。そう言えばこの女も神に転生する前は勇者だったか。ならば、前世でこの魔人と直接戦ったこともあるだろう。
「何を言っている。お前にとっても因縁の相手だろう。むしろこいつらを倒すためにグランレンドを生み出したのではないのか?」
『まともな状況判断も出来ないようないようなら中の人を変えてあげてもよろしくてよ? 今の貴方は生命樹型グランレンド。せめて終焉型を取り戻してから出直しなさい!』
別に生命樹型が弱いというわけではないが、リカルメたち相手に5人分割いてる(文字通り)現状では厳しいだろう。
だがしかし、このまま撤退するにしても問題がひとつある。それは……
「う、ガ、アァああああ!」
腕の中で虚ろな目をしたパラスが頭を抱えて苦しんでいる。洗脳魔法の術者が傍に現れたことで、強まった呪いと退魔の結晶が拮抗している。パラスの精神はいまその板挟みになっているのだ。
私だけなら分身を解除すれば逃げられるが、パラスを自力で逃がすには、やはりこの魔人をなんとかしなければならない。
「とにかく、少し眠ってもらうぞ」
《----Disk Set Ready----》
バイヤードライバーから蒼のエーテルディスクを抜き取り、グランマグナムにセットする。
禍々しい待機音が鳴り渡る間に銃口をデュグラスに向ける。
右手でグリップを握り、上を向いた左手の平で支え、引き金を引く。
《---- SEFIROT DESTRUCTION BURST----》
銃口から放った蒼色のエーテル弾が10分割され、散弾のように広範囲の攻撃を繰り出す。
この距離ならば避けることは困難なはずだ。しかし、デュグラスは笑みを崩さず右手を前に突き出した。
「【我■■■■闇■理■。■■壁■■■■■の■■】」
統一言語を用いても訳せない謎の言葉を奴が唱えると同時、奴の足元から伸びる影が奇妙な動きを見せた。
本来影とは地面や壁など、実体のある面に映し出される像である。しかし、デュグラスの影はいま空中に浮かび上がっている。
影はデュグラスを守るように円を形作り盾となった。影の盾にぶつかった散弾は、音も無く闇の中に消えていく。防がれた、というよりは取り込まれたと表現する方が正しいかもしれない。
「今のは、闇属性の魔法か? しかし、貴様、どこに宝玉を隠し持っている?」
「あ? ぶはっ! 嘘だろお前!? いくらこの平和ボケした100年の間に生まれた人間とはいえ、国に仕える騎士サマがそんなことも知らねえのか!?」
私の問いかけにデュグラスは腹を抱えて笑い出す。
こいつ、私の事を騎士だと思っているのか。まあ、恰好だけみればその役職が一番近いだろうが。
「俺様たち魔人族に流れる青い血は魔力の塊だ。宝玉なんて外部の力に頼らなくても、俺様たちは身体の内側から魔法を放てるんだよ。言って見りゃ全身が宝玉みたいなもんだ。わかってくれまちたかー? おぼっちゃん?」
「ああ、よくわかったよ。貴様が間抜けな魔人だという事がな」
「……あぁ?」
10発に散らばった散弾、そして今の私の問いかけでほんの少しだけ、奴の意識を地面から逸らした。
そう、ほんの少しでいい。私の分身に時間は要らない。
「再編成。玖分割」
私の足元から伸びた線が地面を伝わりデュグラスの背後に到達する。
そこにに9人目の私が現れ、間髪入れずがら空きの背中に蹴りを入れた。
「な、テメエ、いつの間に!?」
「前を見ろ。私は一歩たりとも動いていないぞ」
ディスクをバイヤードライバーに戻し、バックルパーツのボタンを押すことで必殺技を発動させる。
《----DESTRUCTION VOID----》
右足にエーテルエネルギーが収束し、蒼く光り輝く。
そのまま前のめりになったデュグラスの肩に蹴りを叩き込む。
「いッ……! ぐぼぁっ!」
牢の鉄格子が曲がるほどの勢いで吹き飛ばされたデュグラスはそのまま地面に崩れ落ちた。
流石にこの程度で死ぬ相手では無いだろうが、しばらく意識は失うはずだ。
「魔人の特性など転生に応じた時から既に頭に入ってる。私は女神キーロンの使いだぞ?」
「……」
反応は無い。本当に気絶しているらしい。
後ろを向くと、床に寝かせたパラスがフラフラと立ち上がっている様子が目に入った。
術者が意識を失ったことで呪いが少し弱まったようだ。
「あ、あれ……? パラスはいったい……」
「パラス、すぐに城の外へ逃げろ。お前がここにいるといつまで経っても次の行動が取れない」
「は、はいッス!」
慌てて近くに落ちていた三叉槍を手に取り、呪文の詠唱を開始した。
「【地を這う龍よ。我が呼び掛けに応え、洞穴の門を開き給へ。龍脈移動!】」
床に切っ先を叩きつけた瞬間、パラスの周りに大量の土煙が舞い上がり姿が見えなくなる。すぐに煙は晴れ、中のパラスは跡形も無く消えていた。
どうやら無事に逃げれたようだ。
「て、テメエら……よくもやりやがったな……?」
「!?」
背後から奴の声が聞こえて振り向いた。
声は震えているが、それは負傷の影響からでは無い。純粋な怒りによるものだ。
なぜなら、目の前に立つ魔人には傷どころか服装の乱れすら無かったためだ。
「馬鹿な……回復が早すぎる」
『だから言ったでしょう! 貴方にデュグラスの相手は早いですわ!』
かつて世界を滅ぼしかけた魔王の腹心なだけはある。まさか、生身で必殺技を食らって数分も経たないうちに立ち上がるとは思ってもいなかった。
下手をすればこの男、バイヤードよりも厄介かもしれない。
「【■■奴■■。■■殺■■■あ■■■歪■■■】」
デュグラスは再び聞き取れない呪文の詠唱を始めた。ただならぬ圧がピリピリと空気を振動させる。
直勘がすぐにでも逃げないとマズイと告げている。
だが、現在もう一方の私がリカルメと交戦中だ。いま私の意識をあちらと融合させると、戦闘中の私に一瞬の隙を作ってしまうかもしれない。
……いや、そんなことを言っている場合ではないな。万が一こちらの私たちが殺されてしまったら、そのダメージを何割かあちらに流し込んでしまう。そうなれば隙がどうこう言っている場合ではない。
「止むを得ん。再編成。陸分割」
地下牢に残った3人の私の身体が幹に包まれる。そのまま足元に展開された陣に意識が沈み込んでいく。
「あ、待てコラ! 逃げんじゃねえ!」
今さら捕まえようとしたところで遅い。
既に私の肉体も意識も融解を始め、他の私の元へ転送されつつある。
薄れゆく意識の中、私の頭に奴の発したある言葉が反響した。
――オマケに今朝からあのクソ勇者どもの姿が見えねえ……。ここにてめえがいるって事は、逃がしたのもテメエかぁ!?
アテナが、地下牢から消えた……? いったい、どこ、に……。
◇
まどろむような精神の中、私が経験していない未知の記憶が流れ込んでくる。
パラスの護衛のため分裂した私が、知るはずの無い記憶。
しかし感覚としては未知の物を見る、というよりは忘れていた事柄を思い出したかのような感覚に近い。
それはそうだろう。ここは既にもう一人の私の身体の中だ。この流れてくる記憶は、紛れもない私自身が経験したモノだ。
「そうか……! 私は今、リゼルと……! 地下牢に、魔公爵が……!」
「なにボーッとしてんのよ!」
正面から聞こえた女の声にハッとなる。そうだ、私は今二体の幹部バイヤードを相手にしているのだ!
リカルメの右腕から生えた硬質触手の剣(紅ノ雷剣だったか?)が私の脳天目がけて振り下ろされる。意識統合の際の隙を突かれて間合いまで踏み込まれてしまったらしい。
避けるのは間に合わない。ならば、受けた上で反撃する。
ほんのわずかに首を右に傾けた直後、左肩に剣が直撃し鋭い痛みが伴う。単純な衝撃だけではない。剣に纏った紅い稲妻が私の身体に流れ込んでいるのだ。
だが、想定してたほどの痛みではない。なんのつもりだこの女? 小手調べのつもりか?
四天王最強のあのアホみたいな電力はどこへ行った?
即座に左手でリカルメの剣を抑え込む。
剣は奴の触手で作り上げたもの。剣を抑えれば、リカルメ自身も身を引くことは出来ない。
「な、小癪な真似を……!」
「……いつから貴様はそんな小物くさい台詞を吐くようになった?」
いや、この言動は元からか。そう思うのと同時にグランマグナムの引き金を引く。
銃口から放たれた弾丸がリカルメの鳩尾に直撃した。
「かはっ……!」
ディスクを銃にセットする暇が無かったのでこれは通常射撃だ。大した威力は無い。
だから、リカルメは即座に立て直し、反撃してくることだろう。
「いっ……たああああああああああいっ!」
そう叫びながらリカルメはうずくまり、崩れるように……というか文字通り怪人態が崩れて人間態に戻ってしまった。
ツインテールの少女の姿に。
「……は?」
なぜ今こいつは怪人態を解いたのだ?
まさか、この程度の攻撃で怪人態を維持できなくなるほどのダメージを負ったわけでもあるまいに。
それとも騙し討ちで私の隙を作る作戦か? あまり上等な策とは言えないな。
「お粗末な演技はよせ。不意打ちなど狙わずとも、貴様の力を持ってすればまだ十二分に戦えるはずだろう」
「い、言われなくてもあイタタタ! これ絶対骨折れてる! 死ぬ! 痛い! 死ぬほど痛い!」
立ち上がろうとしたリカルメが痛みでその場に転がりまわる。
演技にしてはくどいし、ここまでする意味も無い。まさか、こいつ、本当に今の銃撃で戦闘不能になったのか?
バカな。弱すぎる。これは私の知る彼女ではない。
「……だから無理をするなと言ったのです。リカルメさん、貴女はいま弱体化しているのですから」
空を切る音がした後、リカルメを庇うように紫の狐が私と彼女の間に立ちはだかる。
「弱体化だと? それはどういうことだ」
「戦っていてわかりませんでしたか? 今のリカルメさんはかつての五分の一程度の実力も発揮出来ていません。この世界に来たバイヤードは身体に流れるエーテルを活性化させ、一段階上の強さにならなければおかしい。しかし、リカルメさんは逆に弱くなっている」
「……」
確かに、これまで戦ってきたバイヤード共はどいつも地球にいた頃よりも強かった。かつては雑兵でしかなかった怪人が、この世界では幹部クラスの力を身に着けていたことも珍しくない。
元から最強格のリカルメが、この世界ではどんな化け物に変容しているのか私には想像もつかなかった。
だが、蓋を開けてみればこの有様だ。
「わ、私が弱くなったですって……? な、何のことかしら? この、通り、まだ全然戦えるけ、イタタタ!」
「あまり無理をしないでください。今日は一旦退きますよ」
そう言ってリゼルは左手の目をリカルメに向けた。瞬間移動が発動し、瞬く間にリカルメの姿がこの場から消える。
次に奴は自分の胸に左手を当てる。
「待て! 逃がすか!」
「逃げるべきは貴方ですよ。リカルメさんとの戦闘に夢中で、他の分身に気が回りませんでしたか?」
そう言われて、私は庭に散らばった分身体に気がついた。
リカルメと戦っていた個体は私1人。だが、この場にいた分身体は全部で5人。
残りの4人はリゼル・バイヤードと戦っていた。そして、無残にも敗れたのだ。
「レヴァンテインの真似事は結構ですが、次からは相手を選ぶことをオススメしますよ。ではさようなら」
そう言い残しリゼルもまた姿を消した。
それと入れ替わるように大勢の足音がこの場に向かってきている。おそらく、最初にリゼルが飛ばした騎士たちが戻って来たのだろう。
私にとっても引き時ということか。
「……全統合」
庭にいる5人全ての私が幹に包まれ、その肉体と精神が城壁外の私に転送される。分割していた生命が一つに戻ったのだ。
「……っ! 流石に、あれだけの負傷を統合すれば堪えるな……」
腕や腹、足に痛みが奔る。全てリゼルにやられた傷だ。
これも生命樹型グランレンドの弱点の一つ。全ての分身が本物であるために、統合した際にそのダメージまで蓄積してしまう。
これでも何割かは軽減できるように特訓したのだが、まだまだ鍛錬が必要らしい。
「……?」
待てよ。何かおかしい。
脱出用に私はずっと城壁外で待機していた。
パラスは地下牢からここに移動してきたはずだ。
私が全統合を発動した以上、それまでに城壁外の私がパラスの姿を見ていなければおかしいのだ。
「パラスは……どこへ行った?」
変身を解除し、宿を探した。
城下町を駆け回り、目撃者がいないか尋ねまわった。
しかし、パラスはどこにもいなかった。
彼女は、逃亡に失敗したのだ。





