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第48話 3つの目

 出現させた二人の私を向かい合わせ、両手の平を上に向かせ、重ね合わせる。

 さながらロケットの発射台だ。ではロケットは何か? 無論私だ。



「ちょっとシオンさん、本気で行く気ッスか!? 無断で侵入したことがバレたらそれこそシオンさんまで死刑にされるッスよ!?」


「その為に変身して顔を隠したのだ。お前は宿に戻っていろ。朝までには帰る」



 そう言い残し、壁を越えようとしたが、パラスが腕を掴んだまま離してもらえず動けない。



「おい、危ないぞ。怪我をしたらどうする」


「パラスも行くッス」


「……正気か? 今のお前は守護の左手(イージス)も持っていないただの人間だ。警備に囲まれたらどうする?」


「その時はパラスの地属性魔法『龍脈移動(ドラゴンポイント)』を使って逃げるッス」



 龍脈移動(ドラゴンポイント)。確かダルトス付近の泉で使っていたのを見たな。珍しい技だったが、あれも魔法だったのか。


 私は分身解除(ケテル)を使うことで広場の時と同じように脱出することが出来る。両者共に緊急時の対応が滞りないのであれば連れていくのもやぶさかでは無いが……。



「なぜわざわざお前が行く必要がある? 私は分身を使えるから人手は足りているぞ」


「兄さんも、ここの牢屋に捕らわれているはずッス」



 ボタン=トリトン。そうか、兄の救出目的で王都に来たこの娘に取っては、ゴアクリート城は文字通り敵の本丸というわけか。


 他ならぬ血の繋がった兄の事だ、自身の目で無事を確かめたいと言うのが本心なのだろう。



「いいだろう。但し、邪魔だけはするな。私が逃げろと言ったら有無を言わずに城の外へ出るのだ」


「了解ッス!」



 それを聞いた私はパラスの肩と(ひざ)裏を腕で支え抱きかかえる。


 なぜか著しく動揺してパラスが顔を赤くしている。



「ちょ、ちょっとシオンさんなにを!? こ、これってお姫様だ――」


「横抱きと呼ばれる抱え方だ。赤ん坊や幼児をあやすのに丁度いい姿勢でな」


「……あの、パラスこう見えても15歳なんスけど」



 リスのように頬袋を膨らませ怒りを表す様はそれこそ子どものようである。しかし、それに取り合っている時間は無いので無視した。

 こうしている間にもリカルメが気絶させた見張りが目を覚ましてしまうかもしれない。



「しっかり掴まっていろ。跳ぶぞ」


「え、跳ぶって……きゃあっ!」



 分身二人の手に足を乗せ、そのまま強く手の平を蹴る。分身の方も私の足を強く押し上げ、その勢いに乗った私はあっという間に見張り台の高さまで到達した。


 なるべく音を立てぬように着地し、パラスをそっと降ろす。



「再編成。弐分割(コクマー)



 下で発射台を務めた二人の私のうち一人が幹に包まれて消えた。

 脱出に必要な一人は残しておく。



「さあ行くぞパラス。準備は整った」


「は、はいッス……あれ?」



 何かに気づいたパラスが気絶した見張り兵に近づいていく。



「おい何をしている。そいつが起きたら騒ぎになるぞ」


「シオンさん……。リカさんって、何をしにここに来たんスかね……」


「なに? そんなもの、私たちと同じくアテナの救出だろう。どうやら彼女たちは以前から交流があったらしいからな」


「ダメッス。あの怪人を、アテナ様に近づけちゃダメッス……!」



 なんだ、パラスの様子がおかしい。

 怯えている。気絶した見張りを見てから、顔から血の気が引いている。



「……っ! どけ、パラス!」


「あ……!」



 嫌な予感がするが、それでも確認しておきたかった。

 この見張りは本当に気絶しているのだろうか。私の勘が正しければ――



「……リカルメ。やはり奴は私が殺さなくてはいけないようだ」



 倒れていた見張りの兵。

 彼は無残にもその命を奪われていた。

 肌は焼け焦げ、痛み苦しんだのか床と鎧が少し砕けるほどもがいた跡があった。


 私は少し勘違いをしていたようだ。

 戌亥浩太(いぬいこうた)がリカルメを庇う理由。それはこの数か月アテナと一緒に暮らしたことによりリカルメが改心したからだと思っていた。


 私のように人間時代の記憶を取り戻すことは例外だとしても、バイヤードと決別し、人間として大人しく過ごしていく選択をしたのではないかと。そんな考えを持っていた私は大馬鹿だ。


 こんな化け物を守るのが、戌亥浩太の正義か。なんとも歪んでいる。

 私の知る腐った正義とよく似ている。



「擬態、解除ッ!」



 城内から聞きなれた女の声がした。

 見張り台から庭を見下ろすと、警備の騎士たちと紅い怪人が戦っている。



『急ぎなさいグランレンド。あのバイヤード、放っておけば城の人間全員を殺しかねないですわ』



 脳内に直接声が聞こえてきた。

 グランレンドの頭部パーツにはキーロンからの念話を送受信する機能がついている。



「わかっている」



 この三日、隣の部屋に置いておきながら今日まで放置していたのは私のミスだ。


 階段を駆け下り、リカルメを追う。

 既に庭は死傷者で溢れかえっており、土も壁も焼け焦げていた。


 リカルメの姿は見当たらない。既に城内に入り込んでいるのか。



「東城壁付近に侵入者あり! 手の空いている者は捕縛に向かえ!」



 マズい。リカルメが暴れたせいでこちらに兵が集まってきている。


 いま必要な人数を割り出そう。

外壁への脱出用に一人、リカルメを追うのに一人、地下牢へ向かうのに一人、……いや、パラスの護衛にもう一人いるな。ならば計四人だ。



「再編成。肆分割(ケセド)



 目の前に二人の私が出現する。地下牢はこの二人に任せて私はリカルメを追うことにした。



「行くぞパラス」


「は、はいッス!」



 パラスと二人の私がこの場を去った。そして、この私自身もリカルメを追って城の奥へと侵入する。

 少し走ると凄まじい雷鳴と刀剣がぶつかり合う金属音が聞こえてきた。



「そこをどけぇ! 劣等種ッ!」


「絶対にここだけは通すな! ここであのバイヤードを駆除するのだ!」



 見ると城の内部に通じる扉のを前にして、大勢の騎士とリカルメが剣を交えて戦っていた。

 城の中に入ろうとしているあたり、奴の頭の残念さが伺える。王宮と牢屋が同じ建物の中にあるわけがないだろう。



「とにかく、ここからならディストラクションバーストの射程範囲だ」


『慎重に狙うんですのよ。騎士を巻き添えにしては大事ですわ』


「わかっている」



 黒い拳銃、グランマグナムを取り出す。銃身に取りつけたディスクのエーテルを増幅し、高い威力のエーテル弾を打ち出す神器(アイテム)だ。


 不思議なものだ。

 私がバイヤードだった頃にはこのエーテルが血液の(ごと)く身体中を巡っていたというのに、今は装甲に形を変え身に纏っている。


 だがこれがいい。今の私はあの愚か者(バイヤード)共とは別の存在だとハッキリと自覚できる。


 さあ、狩の時間だ。

 猟師が私、獣はリカルメ。


 人間を相手にしている油断からか、獣の背後はがら空きだ。

 その後頭部に、ディストラクションバーストを撃ちこんでやろう。


 バイヤードライバーから蒼のエーテルディスクを抜き出し、グランマグナムの装填スロットに近づける。



「これはこれは。侵入者が現れたと聞いて駆けてみれば何とも懐かしい顔ですね」



 と、その時、紫の装束に身を包んだ男がどこからともなく現れた。

 なんだあの男は? あの絢爛(けんらん)な身なり、どう見ても貴族のそれだ。



「何よあんた。わざわざ殺されに外に出てきたの? いい度胸ね?」


「そんなに凄まないでくださいよ。悲しいですね。せっかく旧知の仲間を愚かな人間どもから守ってあげたというのに」


「はぁ? なにを言って……あれ? え? あいつら、どこ行ったの?」



 リカルメが周囲を見渡して困惑している。いや、私もだ。

 あの紫の貴族が現れたと同時に、扉を守っていた数十の兵が一瞬にして庭から消えたのだ。それも一人残らず。



「……あんた、何者? ただの劣等種ってわけじゃなさそうね」


「貴女の価値観に当てはめれば劣等種ですらないと思いますがね、リカルメさん」



 名前を呼ばれたリカルメは肩をピクリと震わせて警戒している。


 決まりだ。この男、バイヤードだ。

 この世界でリカルメの名を知る者は戌亥浩太、アテナ、パラスの3名を除きバイヤードしか居ない。



「ああ、この姿では誰かわかりませんよね。失礼しました。擬態――」



 ほんの一瞬、一秒にも満たない時間。男はその場から、世界から姿を消した。


 そして、奴はすぐ同じ場所に出現する。

 それは、私がこの世界で二番目に会い(殺し)たかった怪人だ。



「――解除」



 コンマ数秒前まで男が立っていた場所に異形の獣が佇んでいる。


 全身を覆う紫の体毛、腰から生えた三本の尻尾。

 そして何より特徴的なのが、その頭部だ。


 キツネのような形状をしているが、耳に穴は空いていない。鼻も口も塞がっている。

 顔の部分は縦長で巨大な目玉が一つ、顔の大半を占めていた。


 右と左の手の平にもそれぞれ一つずつ目があり、奴の身体からは計3つの目玉が視線を泳がせていた。



「リゼル……! あんた、なんでこんなところにいるのよ!」



 リゼル・バイヤード。

 ゼドリーに仕えるバイヤード四天王の一人であり、怪人だった頃の私にとどめを刺した因縁のバイヤードだ。


 なるほど、リカルメを囲んでいた騎士たちを一瞬で消し去ったのは奴の瞬間移動(テレポート)によるものか。



「貴女こそ、今までどこをほっつき歩いていたのですか? もう一週間も前にゼドリー様はこの世界に降臨なされたというのに、貴女ともあろう御方が出迎えもせずにぷらぷらと」


「そんなこと知ってるわよ。だから今急いでウルズの泉に向かっているんじゃないの」


「情報が遅いですね……。ゼドリー様はすでに魔界(ヘルヘイム)での用事を終えて、いまこちらに向かってきているところですよ」


「え、本当に!?」



 リゼルの口から衝撃の事実が語られた。

 ゼドリーが、この国に向かっているだと?


 憎きあの首領をここで待っているだけで討ち果たせるというのは願ってもいない事だ。だが、しかし。

 魔界(ヘルヘイム)での用事を済ませた。というのは、聞き捨てならない。


 キーロンの預言『近い未来、異界より訪れし怪物が魔王ヴィドヴニルの封印を解く』異界より訪れし怪物、これは無論ゼドリーの事だ。そして、用事というのはおそらく魔王ヴィドヴニルに施された封印の破壊。


 つまり、もう既に魔王は復活しているというのか……? バカな、早すぎる。

 本来であれば向こう1000年は解かれない強固な封印を、わずか一週間程度で破壊したというのか。



『そんな……! まさか、ヴィドヴニルが』



 念話からキーロンの動揺する感情が伝わってくる。

 少しゼドリーを甘く見ていた。だが、それほど強固な結界を破ったとなれば奴もそれなりに消耗しているはずだ。


 同様に、ヴィドヴニルも100年の眠りから醒めてすぐには実力を発揮できないはず。ある意味好機だ。

 ゼドリーの通る道を予測して、奴に奇襲を仕掛ける。力を回復させる暇など与えない。こちらから先手を打たせてもらう。



「ところでさっきの擬態元、この城のお偉いさんでしょ? なんでわざわざ大勢の騎士たちを飛ばしたわけ? 私を部屋にでも招き入れて、ゆっくり話せばよかったじゃない」


「いえ、話す前にまだ一つやることがありましてね。何分、お城の中で暴れると後が面倒で……」


「私がパニくって部屋を壊しまわるとでも言いたいわけ? 生意気な口聞くようになったじゃないあんたも」


「いえいえ、貴女のことじゃありませんよ。私が言っているのは――」



 迂闊(うかつ)だった。

 奴の語りの内容だけに気を取られて、動きの方を見ていなかった。


 私は、奴の能力を既に知っていたはずなのに、奴が左手の目で私を見ていることに気がつかなかった。



「――さっきからそこで盗み聞きしているこの(ねずみ)のことですよ」



 その声が頭上から聞こえた。

 背に土の感触を覚え、私はいつの間にか空を見上げていた。


 そして、視界に映りこむ二人の怪人が私を見下ろしている。

 リゼルとリカルメ。二人の間に瞬間移動(テレポート)で引きずり出された。



「しまっ、……ぐあっ!」



 すぐに立ち上がろうとするが、リゼルの右手の目に見つめられた途端、身体が鉛のように重たくなる。

 念動力(テレキネシス)で圧力をかけられているのだ。



「おや? レヴァンテインかと思いきや、見かけないスーツですね。誰です貴方?」


「グランレンド……! なんでここに!?」


「お知り合いですか?」


「知り合いって、オクシオンよ! 四天王の一人の!」


「あー、リカルメさん。貴女騙されていますよ。一番最初に飛ばされたから知らないと思いますけど、オクシオンは私が直々に命を奪いました。既にオクシオンは死んでいるのです。死んだ者は転移できません」



――『転生』してきた。と言ったらどうする?



 そう心の中で強く念じると、リゼルはやや目を細めた。ついでにバイヤード時代の記憶も少し上乗せしてやろう。私しか知らないような記憶を。



「まさか、貴方本当に……?」


「再編成。伍分割(ゲブラー)



 リゼルの問いに答えるが如く、空から降って来た5人目の私がキツネ頭を渾身の力で蹴り飛ばす。



「ぐぁっ……!」



 リゼルが石壁に叩きつけられると同時に、私を地に縛り付けていた念動力(テレキネシス)の圧力が消えた。


 奴は『目』に映るモノにしかその能力を発揮することが出来ない。視界を自在に操ると言えば聞こえはいいが、今のように土煙に紛れるだけで使い物にならなくなる欠陥品でもある。


 右手目が念動力(テレキネシス)

 左手目が瞬間移動(テレポート)

 顔面の目が精神感応(テレパス)


 最も、顔面の方が見ているのは魂の世界なるモノらしく物理的な目つぶしは通用しない。距離の概念も無いそうだ。



「……だったよな? 貴様の能力自慢は癪に障っていたが、敵に回ったとなれば有益な情報だ」


「……えぇ、確かに貴方の魂には見覚えがある。裏切り者に相応しい、薄汚い色だ」



 左手を己の胸に当てたリゼルが背後に現れた。



「レヴァンテインと同じ、偽善者の色だ!」



 ……それはあまり嬉しくないな。

※作中で「お姫様だっこ」と「横抱き」を混合する描写がありましたが、厳密にはこの二つは全くの別物です。


 赤ちゃんや幼児に対して「お姫様だっこ」をすると膝に負担がかかったり、横向きに転落してしまう恐れがあるので絶対にしないでください。

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