第47話 正義とは
前回までの粗筋。
パラス=トリトン、アテナ=グラウコピスと共に王都へやって来た私。
だが、着いて早々にパラスの兄であるボタン=トリトンが公開処刑されてしまうという知らせを受け、私はグランレンドに変身し処刑の妨害を果たした。
その後宿に戻ると戌亥浩太とリカルメが部屋で騒ぎを起こしていた。アテナとリカルメは面識があったらしい。
と言っても騒ぎはよくわからないままに解決し、アテナとリカルメの仲は翌日には元通りになっていた。
面倒事が片付いたのは結構だが、これでますますリカルメを殺しづらい状況になってしまったな。
◇
アテナと戌亥浩太が城に出向いてから既に三日が過ぎていた。
彼女はこの国を救った勇者であるため、城で盛大に持て成されているのかもしれないというパラスの妄想を鵜呑みにして、私もあまり心配はしていなかった。
しかし、何の連絡も無いまま三日も戻ってこないのは妙だ。アテナだけならまだしも、ただの付き添いである戌亥浩太まで戻っていないという点も気になる。
私とパラスは原因究明のため城下町へ訪れていた。
広い空が夕焼けで赤く染まる。酒場が賑わってくる頃合いだ。
エールの模様が掘られた木製の扉を勢いよく開けた。カウンターの奥に立つスキンヘッドの男に声をかける。
「オッス! 久しぶりだなおやっさん!」
「おお、ナーゴじゃねえか!」
私は現在シオン本来の肉体ではなく、賞金稼ぎナーゴに擬態している。
この男、思っていたより顔が広いため情報収集にはおあつらえ向きなのだ。
「最近全然顔見せねえから魔物にでも食われちまったのかと思ってたんだぜ?」
「冗談キツイぜおやっさん。オレが魔物なんかにやられるもんか」
この店主、なかなか鋭いところを突いてくる。事実、擬態元であるナーゴは魔物に臓物を食い散らかされて既に死んでいる。
その事を知ったらこの親仁はどんな顔をするのだろうな。ナーゴの記憶を辿る限りそこそこ常連だったようだ。
……ん? おい、こいつこの店のツケがかなり溜まっているじゃないか。蒸し返される前にさっさと情報収集を済ませてしまおう。
「ところでナーゴ。その娘は誰だ?」
「ああ、こいつはパラス。オレの賞金稼ぎ仲間だよ」
背後のパラスがぺこりとお辞儀をする。
流石に家名は伏せておいた。死刑囚の妹であることを知られると面倒な事になりそうだ。
ナーゴの記憶を頼りにしばらく雑談を交えた後、本題に映ることにした。
「ところでさ、最近王都にあの勇者アテナ様が来てるらしいんだけど……おやっさんなんか知らない?」
「お前、それを知ってどうするつもりだ?」
親仁の目が急に鋭くなり場の空気が張り詰める。
目の前の男が酒場の店主から情報屋に早変わりしたのだ。
「昨日うちに飲みに来た騎士が妙なことを喋ってたな。酔っ払いの妄言かもしれねえが、それでも良ければ教えてやるよ」
「さすがおやっさん! 頼りになるぜ!」
舞い上がる私の姿を見てパラスが唖然としている。バイヤードの人格擬態を見るのは初めてのようらしい。まあ、私はバイヤードと人間の中間の生命体なのだが。
「じゃあ情報料は今までツケ全部払うだけにしといてやるよ」
「……へ?」
「いまお前ダルトスを中心に活動してるんだろ? この機会に払ってもらわなきゃ、次はいつになるかわからねえからな」
結局私はボタン=トリトンを捕らえた際の報奨金の半額以上を失う事となった。
◇
事態は思ってたよりも複雑に動いているようだ。
三日前、勇者アテナが国王ミカーゴ=オズ=ゴアクリートに謁見した。謁見の内容は女神キーロンのもたらした魔王ヴィドヴニルに関する預言についてだ。
だが、謁見の最中に事件は起きた。
謁見の間に神器報復の右手という槍が持ち込まれた瞬間、アテナは護衛騎士の剣を奪い、国王に斬りかかった。
幸いにも負傷者は出なかったが、アテナは国家転覆の罪に問われ投獄中。魔王に対抗する切り札を早々に一つ失い、国は混乱状態に陥っているそうだ。
「こいつは思ってたよりもやべー事になってるなぁ。パラスちゃんはどう思う?」
「アテナ様がそんなことするはずが無いッス! きっと何者かがアテナ様を罠に嵌めたんスよ!」
「だよな! とりあえず城の付近を調べに行くぞパラスちゃん!」
「……ところで、いつまでその姿でいるんスか?」
とパラスに言われて私は擬態を解き忘れている事に気づいた。
すでに私たちは酒場を後にしており、人通りのない路地まで来ている。もはやナーゴの姿を借りておく必要もないのだ。
「アッハッハ! それもそうだな。擬態解除!」
私が高らかにそう叫ぶと同時に、肉体が変異していく。
そうしてナーゴの面影は完全に無くなり、私の肉体は「シオン」本来の姿に戻った。
「では行くぞパラス。こうしている間にも、なにかよからぬ企てが執り行われているかもしれない」
女神キーロンの預言そのものは本物だ。アテナを城に誘い込むためのブラフでは無い。
であれば、王国がアテナを罠に嵌めているという線は考えにくい。そんな事をしても新たな勇者を見つけるための手間が増えるだけで、国としてのメリットは何一つ無い。
では、国に勤める何者かの差し金、個人の仕業か?
いずれにせよ、ここで考えているだけでは埒が明かない。一度現場を見に行こう。
そう思って、城に向かって歩き出す。しかし、私一人分の足音しか聞こえない。
振り返ると私の顔をじっと見つめたままパラスはそこに留まっていた。不安と驚愕の入り混じった複雑な顔をして。
「全部本当だったんスね。元バイヤードっていうのも、ナーゴに今まで擬態していたっていうのも」
ああ、そう言えば実際に見せるのはこれが初めてだった。
王都に着くまでの道すがら、口頭では彼女に真実を話していた。これから行動を共にするにあたって、隠し通す手間が惜しいと判断したためだ。
元よりバイヤードは私一人で殲滅する予定であったし、万が一パラスが私の存在を国家騎士に告げ口しようとも、ナーゴの身体を捨てて別の人物に擬態して身を潜めればいい。
しかし、彼女は協力相手を選んでいる余裕など無い。モタモタしていると、勇者の神器を盗み出した大罪人ボタンは処刑されてしまうからだ。
だから元バイヤードだろうと兄をギルドに引き渡した張本人だろうと、この少女は私を頼らざるをえなかった。
「だからどうした。恐れるなら、あるいは憎むなら今からでも協力関係を解消すればいい」
「あ、いや! 別にそんなつもりじゃ!」
取り繕うように頭を横に振り、私の元へ駆け寄ってくる。
「ただ、シオンさんがバイヤードだったって事にいまいち実感が湧いてなかったっていうか。シオンさんいい人ですし」
「私が、良い人?」
あまりにも的外れな評価を受け私までその場に立ち尽くしてしまった。
「だって、地下遺跡でパラスが呪いで倒れた時も外まで運び出してくれたし、ちょっと前だって兄さんを公開処刑から助けてくれたッス! シオンさんはパラスにとってすごくいい人なんスよ!」
なるほど。状況だけ見ればそういう解釈もできるのか。
しかし、それはただの勘違いだ。
「お前を遺跡から運び出したのは守護の左手を回収しろというキーロンの指示を実行したまでだ。お前の兄を助けたのも、お前からリゼルの人間態の顔を聞き出すため。全て、私の為だけの行動だ」
「パラスには、そうは見えなかったッス」
夕陽も沈み、辺りは暗闇に包まれる。
その後、ポツポツと光魔法の街灯がともり始め、私たちを照らしていく。
「パラス、覚えてるッス。地下の時も、この前の処刑の日も、シオンさんは必死な顔をしていたッス」
彼女の真剣な眼差しが私を捕らえる。
羨望か敬愛か、そんな言葉が似つかわしいほどに眩しい視線を。
「誰かに言われたからとか、仕方なくとか、そんなのじゃなくて。もっとこう、誰かの為にとか、正義の味方みたいな――」
「黙れッ!」
だから私は、その言葉が酷く耳障りだと思った。
彼女の言葉を聞き終えるまで、怒声を抑えることが出来なかった。
パラスの肩がビクリと跳ねる。それまで、私の幻想を語っていた口が一瞬だけ恐怖に歪む。
「……いい事を教えてやろう。この世界に、正義などというものは存在しない」
「……え?」
忌まわしき記憶が蘇る。憎き相手の顔が浮かぶ。
それはゼドリーでもリゼルでもない。もっと前の、これは私が人間だった頃の記憶だ。
「人間は決して誰かの為に何かを成すことは無い。世のため人のためと嘯く輩の上っ面は穢れなく見える事だろう。しかし、そういう奴に限って仮面の奥底には悪以上のどす黒い本性が隠れているものだ」
あの頃はまだ、人間を信じていた。
あの頃はまだ、人間の正義を信じていた。
「私の名前を忘れたか? シオンでは無い。オクシオン・バイヤードだ。それも、数多くのバイヤードを束ねる幹部の一人だ。今まで数え切れないほどの人間を殺している。前世の話といえど、この穢れた魂は同一のものだ。そんなものを正義だと? 笑わせるな!」
そうだ。正義なんてこの世には無い。
だから私はあの腐った社会を壊すと決めた。
そのために、悪魔に魂を売った。
私は、自ら望んで人間であることを捨てたのだ。
「二度と私の前で正義という言葉を使うな。正義とは、悪の心を隠す為の仮面だ」
心の黒い異物を吐き尽し、少し落ち着いた。
あの輝かしい視線はもう私を見ていない。
驚愕から目を丸くして、絶句している。
「それでも、……それでも!」
だが、彼女は一歩前に踏み出た。
正面から私に向き合って、拙い言葉を紡ぎ出す。
「シオンさんはいい人ッス! 上手く言えないけど、正義とか悪とかよくわからないけど! それでもシオンさんはいい人ッス!」
根拠もない。支離滅裂な言葉。
こんな二束三文の台詞に動かされるほど私の心は安くない。
だが、なぜこの少女はそこまで私を信じられるのだろうか。
私の中で既に正義は死んでいる。
なのにパラスは、そんな私を正義と言った。
正義とは、なんだ?
◇
私たちが城にたどり着いた頃には既に夜も更けていた。あれだけ騒がしかった街は寝静まり、街灯以外の明かりは消えている。
くだらない事に時間を割いてしまったと我ながら反省した。
城門は既に閉まっており一切の出入りは禁じられている。城を尋ねるのは明日に先延ばしか。
「ていうか、通行証も招待状も無いならどっちにしろ中には入れないッスよ。ましてや、パラスたちみたいな下請けの賞金稼ぎなんて」
「私は女神キーロンの使者でもある。その事実だけで十分に通行証の代わりは務まるはずだ」
バイヤードライバーでもグランフォンでも、キーロン製の神器を見せれば門番は慌てて私を城に案内するだろう。
だが謁見が許されている時間はとおに過ぎている。アテナには悪いが、ここはもう一晩耐えてもらうしかないだろう。
「ん? あれは……」
「シオンさん、どこ行くッスか?」
城の付近をうろつく怪しい人影を見かけた。目を凝らしてみると紅い衣服に身を包んだツインテールの少女であることが伺えた。
リカルメか。しかしなぜこんなところに?
キョロキョロの辺りの様子を伺い、不審な動きをしている。
「……それっ!」
と、その時。リカルメの右腕から何かが飛び出した。半透明で淡い紅色の突起物、触手だ。
袖から伸びた無数の触手が城壁に伸びる。そして、その何本かが柱を掴むと、リカルメは左の袖からも同じく触手を伸ばした。
両の触手が城壁の柱を掴むとリカルメは壁に向かって駆け出した。
柱はしっかりと掴んだまま触手を一気に巻き上げる。すると、リカルメの身体がパチンコのように跳ね上がる。
「ん? なに下の方に物陰が……」
「紅ノ雷銃」
「あがっ……!」
リカルメの手先から小さな雷撃が放たれ、見張りの兵士が気絶する様子が見えた。
奴はそのまま兵士の立っていた見張り台まで上り詰め、軽く周囲の状況を確認するとそのまま城内へと進んでいった。
「あれはリカさん? いくらバイヤードとはいえ、単身で城に入り込むなんて無茶なことを……」
「いや、奴ならそれくらいは可能だろう。認めたくはないが、あれでも四天王最強格の怪人だ」
身体能力に特化した私の怪人態とほぼ互角の身のこなしに、加えて辺り一体を一瞬で焦土にする紅い稲妻。
リカルメが研究室へのスパイを立候補したのも、正体がバレても返り討ちに出来るという自信があってのことだったのだろう。
だが、結果的にリカルメはレヴァンテインに始末された。
その真相は今でもわかっていない。
「しかし、好都合だな。見張りがいなくなったあそこからなら私も入ることが出来る」
「……え? まさかシオンさん、お城に忍び込むつもりじゃないッスよね?」
「そのまさかだ」
バイヤードライバーのバックルパーツを腰に当てる。すると、バックルの両サイドからベルトパーツが形成され、自動装着が完了する。
右手に蒼のエーテルディスクを取り出し、ベルト右サイドのパーツに装填する。
《----LOADING----》
低めの音声が聞こえた後、変身待機音が流れる。
ディスクを装填した右サイドのパーツを掴み、前方に90度回転する。
「変身」
バイヤードライバーから飛び出た蒼い粒子が身体の右側に渦を巻く。
渦が私の身体を飲み込むと、私の身体に纏わりついた粒子がスーツを形成する。
《----CHANGE SEFIROT GRANREND----》
グランレンドへの変身が完了した。
「参分割」
そう唱えると足元から小さな陣が三つ展開された。一つは私の足裏に、残り二つは左右の斜め前方に。
私の陣を起点に二つの陣がV字の線で繋がり、何も無い二つの陣から木の幹のようなものが生えてくる。
そして二本の幹が裂け、中から二体のグランレンド、否、2人の私が出てきた。
「さあ、反逆を始めようか」





