第41話 二人の近衛
「そんなめずらしくない名前なんてどうでもいいではないか。それよりももっとお主の鎧を見せてくれ!」
エリッサがレヴァンテインのスーツを素手でベタベタと触り始めた。
引き剥がしたいのは山々だけど、エリッサが姫様っていうのが本当ならうかつに手を出せない。
兵士たちの睨み顔を見る限り、このエリッサって少女は本当に姫様らしい。どちらかというとピエロにしか見えないけど。
と言うか、こんなめちゃくちゃな状況になって処刑の方は大丈夫なのか?
逃げ遅れた人たちはいないのか?
そう思って、処刑台の方に顔を向けた。が、視界には空っぽの広場か映っていなかった。
罪人や執行人だけじゃない。あのばかデカい処刑台そのものが、消えていたのだ。
「……え?」
一瞬自分の目を疑った。この道化師みたいな姫様に気を取られているうちに撤退したのか?
いや、あり得ない。あんなデカい台を音も無く動かせるはずもない。
「お主ぃ、処刑台のことがきになるのか?」
エリッサがニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
マスクで顔は隠れているはずだけど、俺の驚愕の表情を見透かされているようなそんな気分にさせられる。
「種明かしをしてやろう。そもそも今日、この場で処刑など行われていないのだ」
「え?」
「なに?」
それを聞いてグランレンドが声を荒げる。
「昨日の処刑が、とある乱入者の手で邪魔されたことは妾の耳にも入って来た。そしてその乱入者が人間界でウワサされているバイヤードを狩る者のグランレンドであることもな」
あいつ、そんな噂されてたのか。
まあこの世界での活動歴は俺よりも長いし、不思議なことではないか。
「そこで妾はグランレンドを一目見るために、偽の処刑でお前をこの広場におびき出したのだ! 私の『めずらしいものコレクション』の一つである幻影魔道具、舞台装置を使ってな!」
そう言ってエリッサはどこからともなく、右手に金属でできた立方体を取り出した。
中は歯車がびっしりと詰められた機械仕掛けになっており、エリッサがそれを回転させると広場に処刑台が現れ、止めると煙のように静かに消えた。
「……どうりで二日連続で処刑を行うなど、おかしいと思ったのだ。この私を嵌めるとは。そこまでしてグランレンドを見たかったのか?」
「当然だ! 妾はめずらしいモノが大好きだ! 今まで色んなめずらしいものを見てきたが、お主らはそれらの何倍もめずらしい!」
「ならばもう満足だろう。処刑がキチンと延期されていたのならば、ここに用はない」
踵を返し、場を去ろうとするグランレンドに二人の兵士たちが立ちはだかる。
その二人からは他の兵士とは違うただならぬ気迫を感じた。
一人は浅黒い肌の女性だ。耳が長いからアテナと同じエルフだろうか。いや、もしかしたら俗に言うダークエルフという種族かもしれない。
両手の親指を除く八本の指すべてに指輪が嵌められていた。八つの指輪にはそれぞれ透明な宝石が取り付けられている。拳を握るその姿は、まるでメリケンサックを握るギャングのようだ。
もう一人はいかにも貴族といった感じの金髪の男。
髪は肩までかかっており、不自然なまでに肌が白い。なにより目につくのは余裕に満ちたキザな笑顔だ。
男は抜き身のロングソードを左手に持っている。
「貴様が姫と言うのなら、この愚か者共を下がらせろ。幻影ではない本物の血が降り注ぐことになるぞ」
「残念ながらそうはいかん。ちょっと見た程度で妾は満足などできない。それに、お主が処刑を中断させた反逆者なことには変わりない」
「この私を捕らえられるとでも?」
「ああ、昨日お主が蹴散らした雑魚と一緒にしない方がいい。こやつらはゴアクリートの王族を今日まで守り抜いてきた、近衛だ」
エリッサが右手でサインを出すと、周囲の兵士たちが一糸乱れぬ動きでグランレンド三体を取り囲んだ。
兵士たちは盾で退路を塞ぎ、その円の中に三体のグランレンドと二人の近衛兵が対峙している。まるで人で出来た闘技場だ。
「いいだろう。王都の騎士というのがいかほどのものか確かめてやる」
先に動いたのはグランレンドだった。
近衛との距離を縮め、渾身の蹴りを繰り出す。ダークエルフはそれを右手で受け流す。
「生身だからといって、手を抜かれるのは心外です」
左手側の指輪に嵌められた宝石が黒く染まる。グランレンドの胴を殴り飛ばす。グランレンド一体は壁に叩きつけられそのまま動かなくなる。
ダークエルフは残った二体のグランレンドに視線を向ける。
「本気でかかってきなさい。貴方の前に立っているのはゴアクリート第一王女親衛隊副隊長のミギアですよ?」
「そしてボクは隊長のレフトさ! 以後、お見知りおきを」
レフトと名乗る金髪の貴族が爽やかにはにかむ。
ミギアと名乗るダークエルフの女性は、無表情のまま拳を構える。
そして、次の瞬間。二人は目を見開いて、グランレンドに猛攻を仕掛けた。
凄まじい勢いでなだれ込む剣撃と拳撃にグランレンドは防御に徹するのが精一杯になっている。
あのグランレンドが、生身の人間たった二人に押されているのだ。
「これが、王国騎士……!」
「驚いたか? 名も知らぬ黄色い騎士よ」
エリッサがニヤニヤとした表情を浮かべながら俺に話しかけてくる。
「黄色い騎士じゃない。俺はレヴァンテインだ」
「レヴァンテイン。その名も少しだけ聞いたことがある。確か、紅き怪物と共に旅をする白き騎士、だったか? ……しかしお主は黄色いではないか。どういうことじゃ?」
そんな噂が流れていたのか。紅き怪物っていうのは間違いなくリカのことだろうな。
だとしたら姫様相手にレヴァンテインを名乗るのは少し軽率だったか。噂の詳細によっては、俺がバイヤードに加担する危険人物だと思われかねない。
「しかし、人間に味方するバイヤードというのも奇妙なものよな。めずらしいから、後でその紅き怪物にも会せるがよい」
よかった。そっちの方で解釈してくれたか。
しかし、人間嫌いのリカにこの姫様を会せるのは危険だ。絶対に会わせないようにしなくちゃな。
「それよりもあのあの二人は一体何者なんだ……? 一体ずつとはいえ、幹部バイヤード並みのスペックのグランレンドと互角に戦えるなんて」
「妾の『めずらしいものコレクション』は衣服や魔道具だけじゃない。神器だって含まれている。そして、妾の近衛になれる条件は『神器に適性があるめずらしい人間』なのだ!」
神器。ダルトスの地下遺跡で一度だけ見たことがある。
ボタン=トリトンが盗み出し、パラス=トリトンが装備した盾、守護の左手。
あの盾が作り出した結界はレヴァンテインもリカルメも破壊することが出来なかった。あの圧倒的防御力が全て攻撃力に変換されたらどうなるだろうか。
その答えが目の前の光景だ。
ミギアの拳は指輪の放つ黒い光に包まれている。その一撃一撃がグランレンドの装甲に亀裂を与え、強制変身解除目前まで追いつめている。
レフトの剣はもはや目で追うことすら難しい。
一瞬のうち何十、何百という斬撃を繰り出し、グランレンドに反撃のヒマを与えない。
まさに、神速と呼ぶに相応しい剣技だ。
「グッ……!」
ついにグランレンドが地に膝をつく。すでにスーツもボロボロでとても戦える状態ではない。
「さあ、大人しく投降しなさい。姫様の好奇心を満たすことができれば、罪は軽くなるかもしれませんよ」
「王国一の剣の使い手であるボクに敗北するのは仕方ないことサッ! 恥じることは無いよ! むしろここまで戦えたことを誇りに思うといい!」
「…………」
グランレンドの周りは盾を持った兵士に囲われていて逃げる隙も無い。盾ごと蹴散らすくらいの力は残っているだろうが、近衛の二人がそれ見過ごすとも思えない。
絶対絶命の状況に置かれたグランレンドはゆっくりと俺に視線を向けた。
「戌亥浩太! 私はいずれリカルメを殺すために貴様の前に立ちふさがることになるだろう。だが、今日のところはここまでだ」
なぜ、このタイミングで捨て台詞を……?
まるで、なにか逃げる算段でもあるかのような振る舞いだ。
この場にいるグランレンドは三体。一体は意識を失っており、残り二体は満身創痍。そんなボロボロの分身体を全て逃がせるわけ……。いや、待てよ。分身ってことはまさか!
グランレンド三体の足元に魔法陣が浮かんだ。
その魔法陣から木の幹のようなものが飛び出し、グランレンドの身体を包み込む。
「しまった! ミギア、レフト! 逃がすな!」
「「ハッ!」」
エリッサの声に呼応して、近衛二人がグランレンドを覆う木の幹に剣と拳を叩き込む。
しかし彼女たちの攻撃が届く前に、木の幹は魔法陣へと戻っていった。幹があった部分には何も無く、拳と剣は虚空を捉えた。
『分身の解除か。やられたな』
ユリ博士ため息をつく。
俺も似たような考えをしていたが、ユリ博士がそう言ってくれるとこっちも確信が持てる。
最初10体いたグランレンドのうち7体は俺が場外まで吹き飛ばした。その飛ばされた方を起点にして分身を解除すれば、自然とこちらに残った3体のグランレンドは広場の外に転送されることになる。
ある意味瞬間移動の能力も兼ねていると言ってもいい。
「申し訳ありませんエリッサ様! グランレンドを取り逃がしました!」
「よいよい。奴のエーテル波長は記録した。次に街中で見かければ鎧を脱いでいてもわかるはずじゃ」
そう言ってエリッサは片眼鏡をクイッと上げる。あれにもなにか特殊な力があるのだろうか。
「レヴァンテインよ。いや、グランレンドはお主のことをイヌイコータと呼んでいたな? お主も逃げることは出来ないぞ?」
シオンの奴め。とんでもない置き土産をしていきやがった。
「別に逃げるつもりなんかないよ。俺はグランレンドを止めようとしただけで、罪なんか犯してない」
「貴様、姫様に向かってなんて口の利き方だ!」
ミギアは拳を黒く光らせた。
しまった。奇天烈な恰好のせいで忘れてたけどこの子この国の姫様だった。
「下がれミギア。こやつは色々めずらしいから不問とする。ただし条件がいくつかあるぞ」
「条件……?」
「うむ。明日妾の部屋を訪ねるがよい。詳しいことはそこで話そう。今日は疲れたからここまでじゃ」
エリッサは俺に封筒を手渡した。
封筒には煌びやかな紋章が刻まれている。
「それは城への招待状じゃ。それを門番に見せれば妾の客人として迎え入れてやろう。絶対に来るのじゃぞ」
そう言い残し、エリッサは馬車の中へと消えていった。
護衛の兵たちも残らず撤収し、何もない、誰もいない広場に一人取り残された。
『なんだったんだ一体……』
「……さあ」
◇
なんの収穫も得られない無為な一日だった。
宿のベッドに寝転がり、疲れを取る。
そういえば、リカはどこに行ったんだ?さっきから姿を見かけない。
まあいいか。そのうち戻ってくるだろう。ひとまず仮眠でも取ることにしよう。
目を閉じて夢の世界に入ろうとする。
「もう! ……ったら! どうして……なの!」
隣の部屋から聞こえてくる女性の怒鳴り声で目が覚めた。
なんなんだ一体。痴話喧嘩かなにかか?
無視して寝ようと思ったけど、壁が薄いからか途切れ途切れ声が耳に入ってくる。気になって眠れやしない。
変身して外部マイクを切れば静かに出来るけど、さっきの戦闘で充電を使い果たしてしまったのでその方法は取れない。
このままだと俺以外のお客さんにも迷惑がかかっちゃうだろうし、少し注意しに行くか。
廊下に出て、すぐ隣の部屋の扉を叩く。
するとすぐに扉が開かれた。声は止まらず聞こえ続けているので、怒声を発している人とは別人だ。
「はいッス。なんの御用ッスか?」
「隣の部屋のものなんですけど、ちょっとそちらの声がうるさくて……」
「あ、ごめんなさいッス! ちょっといま立て込んでてて……ってああ!」
「え? ……ああッ!?」
扉から出てきた少女に激しく既視感を覚える。
緑色のショートヘア。低い身長。背に掲げた三叉槍。
見間違えようが無い。パラス=トリトンだ。
「なんで、君がここに?」
いや、理由なんてわかりきっている。兄、ボタン=トリトンの処刑を止めるためだ。
ダルトスで戦った時からずっとそう言っていた。
この子、まさか本気で王国に敵対するつもりなのか……?
俺はこの目で2人の王国騎士を見たばかりだ。確実に言える。絶対勝てない。
「まったくもう! ちゃんと反省してるの? リカ!」
ん? リカ?
声の聞こえた方向に首を向けるするとそこには二人の少女立っていた。否、立っているのは一人だけで、もう一人の方は正座している。
正座しているのはリカだ。
なにがあったのか知らないが、涙をボロボロこぼして泣いている。
そして、驚くことに立っている方の少女にも見覚えがあった。
肩まで伸びるサラサラの金髪に尖った両耳。
「アテナ?」
「あ、イヌイコータさん……」
アテナは俺に気づくとバツが悪そうにピタリと怒声を止めた。
なんでアテナまで王都にいるんだ? それもパラスと同じ部屋って。
「いったい何がどうなって……」
「済まない遅くなった。今日の処刑は完全なブラフだ。ボタン=トリトンはまだ城の地下牢に……って、戌亥浩太! なぜ貴様がここにいる!?」
今度は背後からシオンが現れた。
あちこちにさっきの戦闘の傷を負っている。
ダメだ。もう意味がわからない。
リカ、アテナ、パラス、シオン、そして俺。
お互いがどう動けばいいのかわからず硬直している。
「と、とりあえず夕ご飯にしませんか?」
アテナの提案に皆頷き、この奇妙な一団は一階の酒場に向かった。





