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第2話 一時休戦

 リカルメ・バイヤード。

 かつて俺がレヴァンテインとして成敗した怪人の一人だ。


 リカルメはゼドリーに仕えるバイヤード四天王の紅一点である。四天王の中ではゼドリーに対する忠誠心が一番強く、ゼドリーの意に背く者はたとえ味方であっても惨殺するような冷酷な怪人だった。


 バイヤードは人間に擬態する能力を持っており、リカルメの場合は妹の通う高校の女子生徒に化けていた。


 なぜ、奴が女子高生に化けていたのか、といえば俺との接点を作るためだった。

 俺には行方不明の妹がいた。その妹の友人を装うことで、リカルメは変身前の俺に接触し、レヴァンテインの力の秘密を暴こうとしていたのだ。


 だが、その正体はユリ博士によって見破られ、その後リカルメはレヴァンテインの必殺技、ディメンションバニッシュで消滅させた。……はずなのだが。



「どうしてお前がここにいるんだリカルメ! この村で何を企んでいる!」


「アテナの前でその名前呼ばないでよ! 今の私はただのリカよ!」


「なるほどな。お前はアテナを騙してこの村に潜入しているということか。怪人らしい汚い手だ」


「あんた……言わせておけば!」



 リカルメの体から紅い稲妻が放出される。

 まずい、こいつ怪人態に戻る気だ。


 レヴァンティンに変身できるのはあと一回だけ。

 なら、俺が使うべきディスクは『黒』だ。暴走の危険はあるが、ラグナロクフォームなら迅速かつ確実にリカルメを倒せる。

 最終形態に変身すべく、黒のディスクを取り出そうとしたが……。



「……!?」


 無い。黒のディスクが。

 いや、黒だけじゃない。俺のポケットには白と緑この二枚のディスクしか入っていなかった。


 どこかで落としたか? 森の中、いや、それとも廃工場?

 はたまた、この世界に飛ばされている最中に……?


 マズい。これは非常にマズイ。

 白だからって、負ける気はしないが、仮にもリカルメはバイヤード四天王の一人だ。

 アテナを巻き込まずに戦闘するのは難しい。



「やめて! リカ!」



 アテナの声が部屋に響くと同時にリカの体から紅い放電が収まった。



「あ、アテナ……」


「イヌイコータさんもリカに酷いこと言わないでください! この村にリカを招いたのは私です! 潜入とか騙すとかそんなはずはありません!」


「……アテナ。君も今リカルメから放出された紅い稲妻を見ただろ? 彼女は普通の人間じゃない」


「リカルメっていうのがなんなのか知りませんが、リカが珍しい無詠唱魔法を使えるってだけで差別するのはおかしいですよ! イヌイコータさんだってカガクっていう珍しい魔法を使うじゃないですか!」



 なるほど、魔法という概念が普遍化した世界じゃ、バイヤードの能力も俺の変身も魔法扱いか。

 ……なんとまあ、ずいぶんややこしい事態になってしまったものだ。



「アテナ、いきなり騒ぎ立てしまってすまなかった。だけど少しだけリカルメ……いやリカと二人で話をさせてくれないか?」


「え?」


「あんたの顔見てるだけでも(はらわた)が煮えくり返りそうだけど、確かに私も聞きたいことは山ほどあるわ」


「わかりました……でも決してケンカしないと約束してくださいね?」



 アテナは心配そうな目で俺たちを一瞥すると、部屋から出て行った。

 硬直した空気の中、俺は改めてリカルメに向き合う。



「それで、なんでお前が生きているんだ? お前は半年以上前に俺がレヴァンテインの力で殺したはずだ」


「それはこっちのセリフよ。あんたに殺されたと思った次の瞬間、私はこの世界の大地に立っていた。どうやって戻ればいいのかもわからず、仕方なくずっとこの世界で過ごしていたのよ。なに? この世界はユリ博士の作った牢獄なの?」


「いくらユリ博士でもバイヤードを隔離するために世界を作るなんてできるはずもない」



 だが、リカルメの言葉からある仮説が立てられる。



「もしかすると、ここは天国や地獄みたいな死後の世界なのかもしれないな」


「死後の世界? っていうことはあんたも元の世界で死んだってこと?」


「ああ、残念ながらな」


「クッ……クック……」



 その言葉を聞いた瞬間、リカルメの口角が上がり、表情に余裕が生まれた。



「アーッハッハッハッハ! ざまあないわねレヴァンテイン! 所詮貴様はただの人間! 劣等種が私たちバイヤードに敵うはずないのよ! ざまあみろバーカ死ね!」


「あ、アテナだ」


「ちちちち、違うのアテナ! 劣等種っていうのは人間族のことで、ほら、アテナはエルフじゃない? だから私たちは同格の存在っていうか……っていないじゃないの!」



 勝ち誇っているリカルメを見てるとイラついてしまったので少しからかってみたのだが、すごい慌てようだな。

 どうやらアテナに対してかなり猫をかぶっているようだ。


 しかし、そこまでしてこいつがこの村に居座りたいということはやはりこの村にはなにか秘密があるということだろうか。

 以前も妹の友人のフリをしてユリ博士の研究室までたどり着いたやつだ。油断はできない。



「そもそも、俺はバイヤードに敗北したわけじゃない。ゼドリー以外のバイヤードにはすべて勝利している」


「なッ……! で、でもつまり、それってゼドリー様には負けたってことじゃない! ゼドリー様に葬られたからあんたはここにいるんでしょ?」


「ゼドリーとは……相討ちだった」


「な、なんですって……!」



 リカルメの表情から笑みが消えた。



「俺はついさっきまでお前らのアジトに突入していた。そこでレヴァンテインの暴走した力とゼドリーの力がぶつかり、あたり一帯が消滅した。そしてこの世界で目覚めて、アテナと出会って、お前と再会した、というわけだ」


「嘘よ」


「嘘じゃない」


「嘘よッ! ゼドリー様があんたなんかに殺されるはずはない! 全部お前の妄想だ!」



 ひどい言いがかりだ。とはいえ、ゼドリーの首を持っているわけでもないし、ゼドリーを殺したという証明はできないな。

 そもそもこいつに信じてもらう必要性もないわけだが。



「疑いたいなら疑って結構。お前がどんなに喚こうとも、地球からバイヤードの脅威はもう去った。俺たち人間の勝利は揺るがない」


「そう……わかったわ。ゼドリー様はあんたが殺したのね」


「ああ」


「あんたを憎む理由がまた一つ増えたわ。貴様は、ゼドリー様の、仇だ……!」



 リカルメの抑えきれない怒りを表すようにリカルメの体から、紅い稲妻が再び漏れ始める。

 リカルメ・バイヤードが怪人態に戻るときの予兆だ。



「……まあ、結局こうなるよな」



 俺は懐から白のエーテルディスクを取り出す。


 貴重な充電を消費してしまうことになるが、仕方ない。こんなやつを野放しにしてしまってはアテナとこの村にどんな危険が及ぶかわからないからな。


 白のエーテルディスクを手に持ち、レイバックルにセットしようしたその時。



「リカ~! ご飯できたからイヌイコータさん呼んできて!」


「え、あっ、はーい! 今行く!」



 リカルメの紅い稲妻はアテナの一声で瞬時に収まった。


 俺も一瞬アテナが部屋に入ってきたのかと勘違いしてエーテルディスクをポケットにしまってしまった。

 よくよく考えればアテナは俺がレヴァンテインだと知っているため意味のない行為ではあるが。



「ゼドリーサマとやらの仇はいいのか?」


「……勝負はひとまず預ける。いずれ場所を改めて貴様を殺す」


「いいだろう。俺も無駄に騒ぎを起こしたくない」



 お互い煮え切らない思いを抱えたまま、俺たちはテーブルに向かった。





「途中で叫び声が聞こえたけど……ケンカしてないよね? リカ」


「してないしてない! 私たち仲良しだもん! ねー浩太(こうた)?」


「……!?」



 寒気と吐き気が同時に起こった。まさかバイヤードに下の名前を上目遣いで呼び捨てにされる日がこようとは。


 いや、人間のフリをしている時のリカルメはだいたいこんな感じだったか。

 しかしこいつの腹の内を知ってる身としては気持ち悪さが収まらない。



「……なに黙ってるのよ。演技よ演技! アテナをこっち側に巻き込みたいわけ?」


「……わかってるよ」



 非常に不本意だが、ここはリカルメの三文芝居に乗るしかあるまい。



「あーそうだとも! 実はリカとは同じ国出身の旧友だったのさ!」


「そ、そーそー! 国を出るときにある誤解から喧嘩別れしちゃったんだけど、さっきそれも解決したわ! もう大丈夫よ!」


「……ふーん、ならいいけど」



 ちょっと苦しい設定だと思ったがなんとか通ったようだ。

 ホッとしてアテナの隣に座ろうとしたら、急にリカルメに突き飛ばされた。



「なにしやがる!」


「アテナの隣は譲らないわ! 劣等種のあんたなんか床で十分よ!」


「お前みたいな危険な存在をアテナの隣に置いておけるか! どけ! そこは俺が座る!」


「いや! 私はアテナの隣がいいの!」


「もー! 二人とも全然仲直りしてないじゃない!」



 しばらく椅子取りゲームが続いたが、最終的にムキになってる自分が馬鹿らしくなりリカルメに席を譲った俺であった。

 リカルメはまるで人間の女の子のように無邪気に喜んだ。





「いいか、決してアテナに手を出すなよ。もしアテナに危害を加えるようなことがあれば、俺はレヴァンテインとして再びお前を殺す」


「しないわよそんなこと。あんたがなにを想像してるのか知らないけど、私はここで暮らしているだけよ」


「そんな言葉、今更信じられると思うか?」


「でしょうね。でも実際私とアテナは半年以上ずっと同じ家で暮らしている。危害を加えるなんて、それこそ今更だと思わない?」


「……まあいいだろう。いずれ来る決着までは信じてやる」



 ここは普段使われていない空き家であり、アテナとリカルメの家は別にある。

 夜も更けてきたので二人は家に帰る、という話になった。


 しかし、俺としては怪我を癒してくれた恩人と人間に化けてる怪人を同じ場所に寝泊まりさせておくことに不安しか感じないのだ。

 一応釘は刺しておいたが、どこまで効果があることやら。


 リカルメには生前、ユリ博士を人質に取られレイバックルを奪われかけた事がある。

 あの時はリカルメより博士のほうが一枚上手だったからなんとかなったが、回復魔法しか使えないアテナにそこまで期待するのは難しい。警戒をしておいて損はないだろう。



「それじゃあイヌイコータさん。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ。でも本当に送らなくて大丈夫か?」


「ええ、村に悪い人なんていませんし、いざとなったらリカが雷魔法で守ってくれますから!」



 雷魔法……ね。まあ、魔法も能力も似たようなものか。


 アテナはずいぶんとリカルメを信頼している。だけど、バイヤードは絶対に信頼してはいけない相手だ。人間とはそもそも価値観が違う。


 近いうちに決着をつけて、リカルメからアテナを開放してやらなきゃな。





 さーて、暇だ。

 正直なところやることがない。


 図書館にでも行って、この世界の状況を調べてみようと思ったが、そんな大層な施設は王都にしかないうえに一般開放はされてないらしい。


 魔法についても聞いてみたのだが、魔法を使うには本人の適性と魔力の源である宝玉というものが必要らしい。


 アテナが持っていた杖の先についていたのがその宝玉だ。

 試しにあの杖も使わせてもらったのだが、うんともすんとも言わなかった。少なくとも治癒魔法の適性は無いということだ。


 リカルメのように詠唱も宝玉も無しに魔法を使える人間はこの世界に五人いるかどうか、というほどの希少さらしい。……まああれは魔法でもなければ人間でもないんだが。


 とにかく、レヴァンテインに変身できるのがあと一回である以上、新しい力を手に入れなければこの先生き延びれない。現代日本じゃないんだから、治安に関してもあまり期待しない方がいいかもしれない。


 つまり、人と戦うことも覚悟しなきゃいけないってことだ。



「もちろん、殺しはしないけどな」



 どんな世界に来ようとも、俺は正義のヒーローだ。

 人々のために戦う俺が人を殺してしまっては意味がない。



「まずはこの世界における人類の敵を把握しなきゃな。見たところファンタジーっぽい世界だから魔王でもいるんだろうか? 魔物がいるくらいだし魔王みたいな奴がいてもおかしくないがはてさて……ぐぅ」



 ゼドリーと戦い、異世界に飛ばされ、リカルメに再会する。


 そんなとんでもない一日は内なる眠気によって幕を閉じたのであった。

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