第37話 善性・悪性
広場に設置された処刑台には数名の執行人と鎖に繋がれた囚人たちが立っていた。
囚人たちの瞳には光が宿っていない。処刑直前でギャーギャー騒がれても困るだろうし事前に教育させられているのだろう。
もっとも、死の恐怖までは打ち消せていないのか、何人かは足がガタガタと震えている。
私一人の時だったらこういう見世物はお腹抱えて大爆笑しながら見るところだけど、浩太と行動を共にしている今はそうも言ってられない。
あの死刑囚たちは声には出さないものの、誰かに助けてほしいというオーラを放っている。人助けが生きがいの浩太がこんなもの見たらレヴァンテインに変身して広場のど真ん中に突っ込んでいくことだろう。
そんなことになれば浩太はもちろん私までお尋ね者だ。関所で一緒にいるところを見られているから言い逃れはできない。
擬態元を変えてしまえば私は別人として追っ手を撒けるけど、そうすれば東条ミカの人間態を失い、アテナと再会した時に気づいてもらえないかもしれない。
とにかく、浩太をここに近づけてはいけない。なんとしてでも、絶対に!
来た道を振り返り、浩太の元へ向かわなきゃ。
「あー、やっと追いついた。急に走るなよリカ」
「ぎゃあああああ!?」
私の大声で浩太がビクリと肩を震わせる。
遅かった。すでに浩太は私のすぐ後ろにまで追いついていた。
だが、浩太の様子を見る限りまだ公開処刑には気づいていない。さっきより野次馬が増えているから、ここからだと処刑台がよく見えないんだ。
「さあ、浩太。帰るわよ!」
「え、でもお前がここに来たいって……」
「劣等種の催しなんかに興味は無いわ! そんなことよりもゼドリー様について聞き込みを続けるのが優先よ!」
「さっきと言ってること真逆じゃないか」
とにかく、無理やりにでもここから引き離さないと。
「ん、なんだ? 広場の真ん中に変な人たちが……」
「わー! わー!」
両手を上げて浩太の視界を遮る。
浩太はそれを避けて奥を見ようとする。それを更に隠すべく両手をぶんぶん振り回す。
背伸びして上から見ようとすれば、ぴょんぴょん跳ねて妨害する。
「どうしたんだリカ。お前さっきからおかしいぞ?」
「なんでも無いのよ! ほらさっさと聞き込みの再開よ!」
「いや、聞き込みするならむしろ人の多いここでやった方が効率良いだろ。あっちの方はほとんど人いないし」
「あ……」
公開処刑と言えば王都で最も有名な見世物の一つだ。
もちろんここにいる全員が、娯楽目的で見ているわけじゃない。そうじゃなくても、極刑レベルの悪人が裁かれる瞬間は、誰だって興味を惹くものだ。
世間を騒がす悪人がこの世からいなくなったことを確認し、人々は心の平穏を保っている。ましてやこの世界は地球ほど情報社会が発達していないから、自分の目で確かめないと気が済まないのだろう。
それほど重大な催しであれば、当然ゴアクリートの国民の大半は興味をそそられこの場に集まってくる。
聞き込みをしたいから人の多いこの場を離れる、だなんて理屈は完全に矛盾しているわけだ。
ああああ! どうしよう、どうしよう!
このままじゃ浩太の正義暴走ルートまっしぐらじゃない!
そうやって焦る私に追い討ちがかかる。
「さっさと殺せーッ!」
「死ねー! 犯罪者が!」
ひえええええええっ!
野次馬から死刑囚に向かって罵声が飛び始めた。だめだ、もう誤魔化せない。
流石に浩太も不穏な空気に感づいた。私をどけて処刑台を凝視する。
鎖に繋がれた罪人、斬首用の剣を担ぐ執行人がバッチリ見える。
「これは……公開処刑って奴か……?」
「ち、違うのよ浩太。これはゴアクリート名物、公開SMプレイよ! 最近は首を斬られる悦びが大流行してるのよ!」
「………………」
「お、落ち着きましょ……! 正義の血が騒ぐのはわかるけど、ここはいったん冷静になって……」
処刑台を眺める浩太の後ろ姿。
怒りに震えているのか、悲しみに打ちひしがれているのか想像もつかない。
こうなったら、バベル族の奴隷の時と同じ手段を取るしかない。
右手に稲妻を溜める。これで浩太の首筋を撃ち抜けば一発で気絶だ。少しでも変身しそうな素振りがあれば眠らせる。
だが、浩太はいつまで経っても変身する様子を見せない。
「はぁ……」
ため息を一つこぼし、浩太は私の方に振り返る。
その顔を見て、私は少しゾッとした。
今から人が殺されようとしている場面を目撃しているのに、浩太は、それをずっと無表情で眺めていたのだ。
「観衆がこんなに興奮してるんじゃ、聞き込みのしようがないな。しょうがない、また明日場が落ち着いてから出直すか」
「え、ちょっと待ちなさいよ。助けに行かないの?」
「え? なんで俺が?」
「いや、だって、あいつらどう見ても誰かに助けを求めてるわよ。いつもだったらすぐに変身して助けに行くじゃない」
「処刑ってことは、あいつらは罪人なんだろ? つまりは、悪だ」
コツコツと、浩太が私に迫ってくる。その姿に恐怖心を抱いた私は、無意識に数歩下がっていた。
「俺は正義の味方だ。悪を滅ぼすのが俺の使命。もしここで変身するんだとしたら、このレヴァンスラッシャーで罪人の首を落とすことくらいしか出来ないよ」
あくまで、優しい口調でそう告げた。
理屈は確かにそうかもしれないけど、目の前で凄惨な処刑が行われようって時に、ここまで冷静でいられる人間がいるものなの?
私も多くの人間を殺してきたけど、それを見てこんな反応を示した人間は誰もいない。浩太の目の前で人を殺した時も、私に怒りの感情を露わにしていた。
殺される人間が悪か、そうでないかってだけでここまで変わるものなの……?
「とはいえ、あまり見ていて気持ちのいいものじゃないな」
「そ、そうよね。血がドバッって出るところなんて、劣等種のあんたには刺激が強いもんね!」
「ああ、それもそうだけど、観衆の人たちが飛ばす罵声に込められた悪意で、気分が悪くなってきた……」
なにを言ってるのか理解できない。
私がバイヤードだからわからないだけ? いや、絶対浩太は、他の人間とどこか違う感性を持っている。
だって、今までの事を考えれてみてもおかしいのよ。
アタトス村で村人たちに正体がバレた時、浩太は私を助けた。あの時点で、浩太にとって私は妹の仇でしかなかったはずなのに。普通の人間なら、村人たちと一緒に怒りを込めてリンチにするはず。そうでなくても、見殺しにするのが妥当なところだろう。
きっと、浩太には物事を善か悪かで判断する癖がついているんだ。
あの時の私はアテナを助けようとしたから、その善性を見越して助けられたし、旅のパートナーとして同伴することを許可できた。
だけど、アテナと別れたことでその善性が見えなくなってきた浩太は、妹の仇という悪性を思い出し私を殺しにかかって来た。
レイバックルのバッテリーが充電できるか否かは関係ない。
私という存在が善か悪か、それで浩太は私の生死を測っているんだ……!
「………ッ!」
それを理解した瞬間、汗が噴き出した。
地球で私を殺した時のレヴァンテインが脳裏に浮かぶ。
それまで『リカ』を殺すことに躊躇っていたレヴァンテインは、大学生の虐殺を見た途端、『リカルメ』を悪と認識した瞬間、私を殺すことへの迷いがさっぱりと無くなっていた。
ああ、ダメだ。黒のディスクを手に入れて、安心していた私はバカだった。
浩太が私に悪性を見出せば、こんな人質もどきは役に立たない。きっとディスクごと跡形もなく消されてしまう。
でも、だとしたら、なぜ最近浩太は私に優しくし始めたの?
ダルトスの町で私はなにか良いことしたかしら? ……全く心当たりがない。
浩太にとって私の行動のどこに善性を見出したのか、確認する必要がある。それは私が生き残る唯一の手段だ。
未だにこいつに対する恐怖心が消えないのも、我ながら情けない話ね。
「どうした? なんか、お前も顔色悪いけど」
「誰のせいよ……」
そうだ。地下遺跡でユリ博士が私を守れって浩太に命令してたんだった。
ということは、ユリ博士なら何か知っているかも、ここ数日浩太の態度が一変した理由について。
なんとかして聞き出してみましょう。
「静粛に! これより咎人の斬首刑を執行する!」
おっと、どうやらあっちも本番のようね。浩太の反応をこれ以上見たくないから、さっさと離れましょう。
「盗賊、ボタン=トリトン。前へ!」
え?
聞き覚えのある名前に思わず足を止めてしまった。ボタンって言えば……私が捕まえた賞金首、あのクソガキの兄じゃない!
浩太もその名前を覚えていたらしく、処刑台に再び注目する。
拷問の影響で顔が歪んでいて気づかなかったけど、確かにあれはあの時の賞金首だ。
あれから、まだ一週間も経っていないのにもう処刑? いくらなんでも早すぎる。
「なあ、何かおかしくないか?」
「そうね、私たちがゆっくりしすぎていたのもあるけど、それを差し引いても時期が早すぎるわ」
「そうじゃない。広場の外側から、なにか張り詰めた空気を感じるっていうか……」
「はぁ? なにそ――」
れ、という前に広場に銃声が響いた。狙われたのは処刑台。見ると、執行人の一人が肩から血を流している。
「きゃああああああ!」
観衆はその悲鳴を皮切りに逃げ惑った。
そして、別の場所からも銃声が響く。今度は斬首用の剣が狙われた。撃たれた剣は大きく弧を描き、時計台の窓に突き刺さる。
この銃声、普通の銃じゃない。実弾というより、エネルギー弾を発射しているような音。レヴァンテインガンドルフォームの銃撃音に似ている気がする。
だけど、浩太は私の隣に立っていて変身もしていない。
ということは……。
「グランレンド……?」
「ああ、一瞬だけど銃弾が深い緑色、いや蒼色に光っていたのが見えた。地下崩落直前に変身したグランレンドと同じ色だ」
再度、銃声がまた別の場所から、その次は反対の場所から、また次も別の場所から。
広場を中心に360°色んな方角から銃声が聞こえてくる。
蒼の銃弾は広場の処刑台を瞬く間に木くずに変えてしまった。
「グランマグナムをぶっ放してるんだろうが……なんで一瞬のうちに違う方向から弾が飛んでくるんだ? 瞬間移動でも使っているのか? っていうか何のためにこんなことを?」
瞬間移動と聞いて、私が真っ先に思い浮かべたるのはリゼルの顔だ。
だけどあいつもバイヤード四天王の一人。バイヤードを殺して回ってるグランレンドと協力するとは思えない。
ということはあの能力はグランレンドの、いや、蒼のエーテルディスクの力ってことなのかしら。
「咎人共を牢に戻せ! 処刑は中止だ!」
その言葉が広場に響いた瞬間、蒼の銃撃がピタリと止んだ。
その隙を逃がさず、執行人たちは罪人たちを引きずって広場を撤退する。
「なんだったんだ、一体……」
観衆は逃げ去り、執行人たちも撤退してしまった今、あれだけ賑わっていた広場も私たちの声がよく響くほどがらんどうになってしまった。
そんな中、目先の建物に潜む人影が見えた。
その人物は黒いハンドガンを片手に持ち、全身を蒼色のスーツで覆っていた。
腰にはレイバックルとよく似た変身ベルト、バイヤードライバー。やっぱりオクシオンか……。
一瞬目が合ったような気がしたけど、今は私たちに興味が無いのか、そのまま言葉も発さずに消えていった。
こうして私たちの王都生活一日目は幕を閉じた。





