幕間 その2
ダルトスの町に戻った私たちは自称元勇者のエルフ、アテナを連れて宿泊先の宿に戻った。
ベッドにはパラスが寝かされており、アテナが彼女の首にネックレスを括り付ける。
「退魔の結晶を加工した首飾りです。これを着けている間は呪いの影響は受けないはずです」
「そんな簡単に解呪できるのか?」
「いえ、これはあくまで一時的な処置です。それに退魔の結晶は宝玉と同じく消耗品。完全に呪いから解放されるためには術者に直接解呪させる他に無いでしょう」
「光魔法で相殺することは出来ないのか?」
「光魔法の適性者はごく僅かな上に、この子にかけられた呪いは相当複雑なものです。それこそ、かつて私の仲間だったた賢者キーロンちゃんくらいの実力者じゃないと」
やはりこのエルフあの女神の仲間か。
しかし、あの高飛車女神がそれほどの使い手だったとは知らなかった。さっそく連絡を取って解呪させよう。
「少し、外の空気を吸ってくる。この娘を見ていて貰えるか?」
「はい、わかりました」
部屋を出た私は、廊下で念話用神器グランフォンを起動する。
私をこの世界に転生させた女神の声が聞こえてきた。
『解呪ならしませんわよ』
一言目がそれだった。
神の聴力で盗聴していたのか、私の要求を予知していたのかは謎である。
「なぜだ。理由を言え」
『何回も同じことを言わせないでくださいます? わたくし達、天神族は人間界に直接干渉してはいけないという規則がありますの。何のためにわざわざ貴方を異世界から転生させたかわかってまして?』
「貴様はかつて勇者として人間界を旅していたと言っていたではないか」
『あれはわたくしが天神族に転生する前、つまり人間だった頃のお話ですわ』
「アテナとかいう昔の仲間のために一肌脱ぐという気概が貴様には無いのか?」
『昔の仲間を殺して回っている貴方には言われたくありませんわね』
やはりダメか。
まあ最初からあまり期待はしていなかったがな。
となると、解呪のためには別の光魔法の使い手を探さなくてはいけないな。
または、呪いをかけた魔人族とやらを見つけ出し、殺すという手もある。
だが、守護の左手を手に入れるためにそこまでする必要があるのか?
このままではバイヤード退治にも支障が出かねないぞ。
クソッ! なんで私がこんなことで頭を悩ませなければいけないのだ!
「うわああああああああ!?」
と、その時。部屋の中から少女の叫び声が聞こえてきた。
この声はパラスか。ようやく眠りから醒めたらしい。
ドアを開け部屋に戻ると、驚愕の表情でアテナを見つめるパラスの姿が目に入った。
「え、え!? アテナ様!? あの伝説の矛盾の勇者のアテナ様がなんでここに!?」
「矛盾の勇者……?」
「あはは……私の通り名です」
アテナは少し照れくさそうに頬をかいた。
元勇者というだけあって、それなりに顔も名前も知れ渡っているらしい。
「パラスちゃん、だよね? ちょっと聞きたいことがいくつかあるんだけど、いいかな?」
「な、なんでも聞いてくださいッス!」
急に背筋を伸ばし、話を聞く姿勢になるパラス。
どうやら勇者アテナに対して畏敬の念を抱いているようだ。
「あなたはいま呪いに侵されているの。おそらく闇魔法による洗脳みたいなものだと思う」
「え、呪い……? パラスにッスか?」
「そう。なにか心当たりは無いかな? ここ最近、魔人族や怪しい人に出くわしたとか」
「……そういえば最近パラスの前にリカルメってバイヤードが現れたッス。もしかして、あの女が!?」
「リカルメね……えっ、リカ!? ……あ、いや、その人はたぶん関係ないんじゃないかなー……なんて」
なぜか、アテナの顔に焦りの表情が見えた。
だが、リカルメ・バイヤードに洗脳能力はない。そもそも奴の仕業なら、わざわざ自分を殺しかけるようなことはしないだろう。
「ほ、他には何か無いの?」
「他ッスか……あ、そういえば。先週くらいに怪しい二人組の男に出会ったような……」
「二人組の男。……名前はわかる?」
「一人はデュグラスって名前で……もう一人は、リゼル、だった気がするッス」
「魔公爵デュグラス!?」
「リゼル・バイヤードだと!?」
「え、知ってるんスか? 二人とも」
忘れもしない。あれは私がこの世界に転生する直前のこと。
ゼドリーの攻撃を受け、ボロボロになった私の身体にとどめを刺したのはリゼルの超能力だ。
つまり、奴は私自身の仇とも言える存在。よもや、こんなところでその名を聞くことになるとは。
「魔公爵デュグラス。魔王ヴィドヴニルの配下の一人です。100年前魔王と共に魔界へ封印したはずなので人間界にいるなんてあり得ない」
「死んだわけではないのだろう。ならば、誰かが封印を解いたとは考えられないか?」
「封印を? そんなまさか。封印を解くためには鍵である神器とそれを操れる適性者が必要です」
「だが、それを強引にこじ開けられる生物がいる。バイヤードだ」
「え……!?」
女神キーロンはとある予言を下した。
――近い未来、異界より訪れし怪物が魔王ヴィドヴニルの封印を解く。人間界ミズガルドは再び混乱の渦に巻き込まれてしまうだろう。
異界より訪れし怪物。これはバイヤードやゼドリーのことを指している。
ヴィドヴニルの封印と魔公爵の封印が同一のものであるならば、この世界に数多いるバイヤードの仕業と考えてもいいだろう。
「神器とは天界元素で構成された物体の総称だ。そして、バイヤードの身体には多量のエーテルが流れている。つまり、自身を鍵の代わりとして封印をこじ開けることがバイヤードには可能なのだ」
「バイヤードにエーテルが……? 待ってください、そんな話聞いたこともありません。あなたはいったい何者なんですか?」
「ある意味、貴様と同業者のようなものだ。女神キーロンより神器を賜り、この世界のバイヤードを殲滅している」
私はアテナにバイヤードライバーとエーテルディスクを見せた。
すると、アテナは驚愕を表情に表しながらこう言ったのだ。
「そのベルト……! いや、それよりも今キーロンちゃんって!」
「ああ、かつては賢者キーロン、全能の勇者と呼ばれていた女だ」
「やっぱり……。ていうことはあなたも勇者なんですか?」
「神器使いではある。だが、私の使命は魔王を倒すことではない。あくまでもバイヤードを皆殺しにするだけの存在だ」
「あ、あのー、さっきから魔王だの女神だのいったい何の話を……?」
話が大きくなりすぎて混乱しているパラスがそこにいた。
そうだ。この娘の呪い、もとい洗脳魔法の話だったな。
「貴様、そのリゼルという男の顔は覚えているだろうな?」
「は、はいッス」
「よし、そのリゼルを探すのに協力しろ。もし見つけられたら貴様の呪いを解いてやる」
「本当ッスか!?」
リゼルもバイヤードだ。この世界に来てから人間態を上書きした可能性がある。
今まではキーロンの不定期な予知に頼り切りだったが、人間態の顔を知っている者がいれば
「シオンさん。術者はデュグラスの方ですよ」
「そんなことはわかっている。だが、リゼル・バイヤードと魔公爵デュグラスは行動を共にしている。ならば、リゼルを追うことはデュグラスを追うことと同義だ」
「あ、でもパラスは王都に行かなくちゃ……。兄さんが、兄さんが殺されちゃうッス!」
パラスは右腕に着けていた守護の左手を外し、アテナに差し出す。
「あの時、あの二人組に会った時、兄さんも一緒にいたッス! きっと、兄さんが守護の左手を盗みだしたのも呪いのせいッス! アテナ様! パラスのことはどうなってもいいから、兄さんだけは許してほしいッス!」
あの賞金首、ボタン=トリトンも洗脳魔法にかかっていたというのか?
いや、だが守護の左手を奪い取るのが目的ならばむしろパラスよりも納得がいくな。パラスはいち賞金稼ぎに過ぎないが、ボタンは経験の長い盗賊だ。
おそらくボタンが上手くいかなかったときに備えて、パラスも洗脳しておいたのだろう。
魔公爵の元へ守護の左手を届けさせるために。
泣いて懇願するパラスにアテナは優しく頭を撫でた。
「大丈夫だよパラスちゃん。私から国王様にお願いしてみる。デュグラスのせいで罪のない人が死ぬのなんて許せないから」
まあ、元から盗賊ではあったから罪が無いと言い切るのもどうかと思うが、まあ黙っておこう。
◇
『話は天界から聞いていましたわ』
ダルトスの町を出る前にキーロンへ報告を入れておいた。
すると、グランフォンからは不服そうな声が聞こえてくる。
「何をそんなに怒っている? 幹部バイヤードの一人、リゼルの手がかりを掴めたのだぞ」
『そこはまあラッキーですわ。だ・け・ど! なんであのエルフと一緒に行動を共にすることになってますの!』
「いや、別にいいではないか。100年前世界中を旅していたから地理にも詳しいし、第一、貴様の仲間であろうが」
『あのエルフは100年前から好きじゃありませんの! 魔法の天才と呼ばれたわたくしに敬称も付けず「キーロンちゃん」「キーロンちゃん」って子ども扱い! 治癒魔法だって私の方が上手く扱えるのにみんなアテナに治癒してもらいたいとか言って……キー!』
「…………」
思っていたよりくだらない理由だった。
きっとこの高飛車な態度は100年前から変わっていないのだろう。
だとしたら、私だってこの女神よりもあのエルフを選ぶ。
「お待たせしたッスー!」
声が聞こえた方へ顔を向けると、パラスとアテナが走って来た。
守護の左手はアテナが持っている。パラスに持たせておけば、魔公爵やその仲間に狙われかねないし、何よりアテナが本来の持ち主だからだ。
念話用神器を閉じて二人と合流する。
「すぐに王都へ向かうぞ。もう日が沈む、馬車も今日はこれが最後のようだ」
結局私たちは王都へ向かうことになった。
パラスの目的は王都にて行われる兄の処刑を中止させること。それを果たすには一刻も早く王都に向かわねばならない。
アテナに至っては、もともと王国直々に招集がかかっていたようだ。
それに、リゼルとデュグラスコンビの情報を集めるには人の行き来が多い王都が最適だ。
なぜ、あの二人がともに行動しているのか。
目的はいったいなんなのか。謎はまだ多い。
そして、戌亥浩太とリカルメも王都に向かう計画を立てていたはずだ。上手く行けば、再び黒のエーテルディスクを手に入れることができるかもしれない。
三者三様、各々の目的を胸に秘め、馬車は王都に向かって動き出した。
【第三章に続く】





