幕間 その1
前回までのあらすじ。
かつて不覚にもゼドリーに敗北した私オクシオン・バイヤードはふざけた異界の女神、キーロンの手によってユグドラシルと言う名の異世界に転生してしまう。
バイヤードとしての力をほとんど失った代わりに手に入れたものが二つある。
グランレンドという戦士の力と、私が人間だった頃の記憶だ。
まあ、後者に関してはどうでもいい。この場で語るようなことは何もない。
蒼のエーテルディスクを使い、異世界に飛ばされてくるバイヤードどもを殺して回る日々を送っていたが、ある時レヴァンテインと行動を共にするリカルメを発見する。
ナーゴという男に擬態して、奴らに接触し、その後なんやかんやでリカルメを討伐するところ一歩手前まで来た。
しかし、レヴァンテインの突然の裏切りによって、私は数日前手に入れた黒のエーテルディスクを奴に取り返させてしまった。
蒼のエーテルディスクでは流石に黒に勝つことは出来ない。ここは大人しく負けを認めるとしよう。
◇
「今日のところは大人しく負けを認めるとしよう。流石に黒のレヴァンテインとリカルメが相手では分が悪い」
地下遺跡の空洞に私の敗北宣言が響く。
少々、黒の能力に頼りすぎていたようだ。まさか、黄のレヴァンテインごときに敗北してしまうとは。
「あら? 案外潔いのね。ゼドリー様に歯向かうことが如何に愚かな思想であるかを理解したのかしら?」
……この女の言動はいちいち癪に障る。
いかんいかん。冷静にならなくては。
「あまり図に乗るなよリカルメ。あくまでいま脅威なのは貴様ではなくレヴァンテインだ。それにグランレンドはレヴァンテインと同じく形態に拡張性を持っている。いずれ他のバイヤードからディスクを作り出してまた――」
「……盛り上がってるところ悪いッスけど、パラスはあんたら逃がすつもりはないッスよ」
な……!
私のセリフを遮って、後方に控えていたパラス=トリトンがレヴァンテインに三叉槍を向ける。
この娘……、仕置きを据えてやろうか!
蒼のディスクを構えたところで念話用神器『グランフォン』に着信が入った。
あの女神か……。
グランフォンを耳に構えてキーロンとの念話を開始する。
『もしもし、わたくしですわ』
「貴様以外かけれないだろ。何の用だ。今は取込み中……」
『大至急、目の前にいる小娘から盾を奪いとりなさい。これは最重要命令ですわ』
「貴様がいつ最重要以外の命令を出したことがある?」
この女神はいつもそうだ。普通に重要なものから単なる雑用まで、全て枕詞に最重要とつけて私に命令する。
いつの日かゼドリーを倒した暁には貴様の首でも狙ってやろうか。
『今回は本当に最重要ですの! あの盾は守護の左手と言ってかつてのわたくしの仲間の神器なのですわ!』
「バイヤードを殺すこと以外に興味は無いが……。まあ、いいだろう」
標的のパラス=トリトンの方に視界を向ける。
なにやら、先ほどと様子が違うように見える。
「パラスは……兄さんの仇を取るんス……、そのタめにハ、……アレ? なんでパラスはこいつらを……。ああ、そうだ。守護の左手をあの御方にトドけるために……」
パラスの目がどこか虚ろになり、焦点が定まっていない。
それに彼女の言葉からは自分の意思を感じない。まるで誰かにセリフを喋らされているような違和感を覚える。
「パラスは、兄さんを助ケるためニ――チガウ、オマエノシメイハ――パラスの使命は魔公爵様にこの守護の左手を届けることッス!」
そう叫ぶと、パラスは三叉槍を地面に突き立てた。
地面にヒビが入り、そのヒビはパラスを中心に床から壁、壁から天井へと広がっていく。
ほう、この空間を瓦礫に沈める気か。
「ヤバ……逃げるわよ浩太!」
「でも、このままじゃパラスまで!」
「あんなガキどうでもいいでしょ! どうせ神器があるんだから死にはしないわよ!」
人の大きさほどの石の塊が、天井から零れ落ちてくる。
崩落が始まった。
レヴァンテインとリカルメは出口に向かって駆け出した。
「待テ、逃げルなッス!」
リカルメ達を追おうとするパラスの前に私が立ちはだかる。
腰にはバイヤードライバー、右手には蒼のエーテルディスクを持って。
「ドクッス。パラスは兄さ――魔公爵様のためににニニニ」
虚ろ目は私もリカルメも見ていない。
相当異常な状態だ。
全く、こんな気色の悪い小娘の相手をしろとは……。
「やれやれ、女神というのは本当に人使いが荒い。変身」
《----CHANGE SEFIROT GRANREND----》
次の瞬間、私の身体は蒼色の粒子に包まれ、生命樹型グランレンドへの変身が完了した。
「手早く済ませるぞ。反逆の刃の錆となれ」
◇
背後で地下が崩落する音が聞こえた。どうやらギリギリ間に合ったようだ。
《----Armor Release----》
先ほどの戦闘で気絶したパラスを抱きかかえたまま私は変身を解除した。
盾を奪おうと戦い続けた矢先、パラスは突如悲鳴を上げながら意識を失ったのだ。
崩れゆく地下の中に放置しておくわけにもいかないので、仕方なく持ち主ごと盾の神器を運び出したのだ。
「しかし、どうしたものか……」
気絶中も守護の左手の結界がわずかに働いているらしく、盾だけ引っぺがそうとしても上手くいかない。
「う、ウゥ……ニイ……サン……」
先ほどから悪夢でも見ているかのようにうなり続けている。
いったいこの娘は何者なのだ……?
単なる私怨で動いていたものとばかり思っていたが、どうやら少し訳アリかもしれない。
「あの……どうかしましたか?」
道の真ん中で途方に暮れていると一人の旅人に声をかけられた。
私よりも頭一つ分背が低いエルフだ。緑色の民族的な衣装を纏っている。
「その子、病気なのですか?」
「わからん。先ほどから言動がおかしく、今しがた意識を失ったところだ」
「少し、見せてください。私には治癒魔法の心得があります」
そう言うと、エルフの旅人はパラスの額に手を当てた。
エルフは確か、一属性しか魔法が使えない代わりに効果が絶大だという噂だ。
この女が治癒魔法使いなら、任せてみるのもいいかもしれない。
「これは……少しマズい状態ですね」
「なんだ。エルフの治癒魔法でも治せない難病なのか?」
「いいえ、そもそもこれは怪我や病気の類ではありません。呪いです」
呪い。
確か、闇属性魔法や天神族がヒトに下す天罰などが及ぼす人的影響の総称だったか。
天罰の場合はバベル族のように身体のどこかに紋章が浮かぶはずだ。それが彼女にはないということは。
「闇属性魔法、か」
「ええ、それも支配の仮面などの魔道具を使用せず、純粋な魔力のみで練られた呪いです。こんな芸当人間には出来ない。おそらく、魔人族の仕業です」
そう言えばこの小娘、魔公爵がどうとか喋っていたな。
それもなにか関係しているのだろうか。
と、その時。突然パラスの身体が起き上がった。
しまった。意識を覚醒させてしまったか。
「…………」
先ほどと同じ虚ろな目のまま周囲の状況を確認している。
そして私たちを視界に入れると、無言で盾を構え、三叉槍に赤の宝玉を嵌めこんだ。
仕方ない。再びグランレンドに変身して対応するしかないな。
蒼のディスクを取り出そうと手を懐に入れたその時、エルフの旅人がどんどんパラスに近づいていく。
その手に橙色の宝玉を嵌めた杖を持って。
「お、おい貴様! 治癒魔法しか使えないのだったら下がっていろ!」
「彼女は守護の左手を展開しています。通常の攻撃手段は一切通用しません」
なんだこのエルフ、あの盾のことを知っているのか?
「【永きに亘る戦が終わる。女神の謡う子守唄。夢魂暗転】」
エルフの杖から放たれた橙色の光がパラスに直撃する。
驚くことに、光は守護の左手の結界をあっさりとすり抜けたのだ。
パラスは困惑したままゆっくりと崩れ落ち、再び意識を失った。
「守護の左手はどんなに強大な攻撃でも一瞬で吸収します。ですが、その防御力が発揮されるのはあくまでも所持者が攻撃された時だけ治癒魔法や念話を防ぐことは出来ないのです」
なんということだ。治癒魔法でパラスの身体を癒し、その快楽で強制的に眠らせただと?
しかも、ただの旅人にしては神器についての知識も豊富すぎる。
「貴様、いったい何者だ?」
「私の名前はアテナ=グラウコピス。かつて、この守護の左手と共に魔王を封印した勇者の一人です」
「……!」
その女は、私がこの世界で出会った二人目の『元勇者』だった。





