第34話 脱出
「貴様……、リカルメ! いつの間に!」
「その銃が落ちた時、衝撃で外れたのよ。誰も気づいてなかったみたいだったからコッソリ頂いておいたわ」
ここは大した明かりもなく薄暗い地下空間。その上ディスクの色は黒だったから全く気付かなかった。
たまには役に立つじゃないか。あとで褒めてやろう。
「まず、貴様から殺す! リカルメ!」
グランレンドがリカルメからディスクを取り戻そうと駆け出す。
『黒い光』がリカルメに襲い掛かる。しかし、なぜかあいつは冷静だった。
「それと、そろそろベルトが空っぽの状態のまま3分経過するわね」
《----Armor Release----》
バイヤードライバーから電子音声が流れると、グランレンドの装甲が粒子と化して崩れ落ち、中からはシオンが出てきた。変身解除だ。
「ば、馬鹿な!? 何故!?」
「やっぱり知らなかったみたいね。変身ベルトからディスクを抜いた状態では3分しか変身を維持できないのよ。ベルトに残留したエーテルを消費してスーツを保っているんだからね」
そうか。リカルメは半年前に俺たちの研究室に潜入してたから、ある程度レイバックルの仕組みを知っていたのか。
にしても、レイバックルとバイヤードライバーが完全に同じ機構とも限らないのに、よくやるよ。
「さあ、まだ戦うの? オクシオン。そんな姿でまだ戦うって言うのなら相手になるけど?」
苦虫を噛み潰したような表情でシオンは俯く。
黒のディスクをリカルメに奪われた以上、もうシオンは変身することはできない。
また、かつてのオクシオン・バイヤードの姿に戻ることも出来ないはずだ。
「……戦う術はないわけではない」
そう言うとシオンは懐からある物を取り出した。
それを見て、思わず自分の目を疑った。
シオンが取り出したのは、なんと、エーテルディスクだ。
「あ、あんたまだディスク持ってたの!? っていうか浩太こいつに取られすぎよ! バカじゃないの!?」
「いや、確かにあれはエーテルディスクだ。だけど、俺はあんな色のエーテルディスク見たことないぞ……」
「……え?」
シオンが持っていたディスク。
一見、ガンドルフォームの緑のエーテルディスクと似ているが、シオンが持つディスクの方が深い色をしている。
「これは蒼のエーテルディスク。貴様たちが知らないのも当然だ。これはグランレンド初期形態に変身するために作られたものだ」
「なんだと……!?」
「私がこの世界に転生したのはおよそ三か月前。それから貴様が転移の際、黒のディスクを落とした一週間前まで私が生身で戦ってきたとでも思っていたのか?」
エーテルは、元の世界でユリ博士が独自に発見したエネルギーだ。
ベルトを作ることが出来ても、エーテルディスクは地球のエーテルが無いと作れないはずだ。
まさか、この世界にもエーテルがあるというのか?
「これを使えば生命樹型グランレンドに変身することが出来る。だが……」
そこで言葉を区切ると、シオンは蒼のディスクを服のポケットにしまった。
「今日のところは大人しく負けを認めるとしよう。流石に黒のレヴァンテインとリカルメが相手では分が悪い」
「あら? 案外潔いのね。ゼドリー様に歯向かうことが如何に愚かな思想であるかを理解したのかしら?」
そんな信念賭けて戦ってたわけじゃないだろ。無駄に煽るな。
シオンもシオンで、眉がピクピク震えてイラつきが表情に出ている。
「あまり図に乗るなよリカルメ。あくまでいま脅威なのは貴様ではなくレヴァンテインだ。それにグランレンドはレヴァンテインと同じく形態に拡張性を持っている。いずれ他のバイヤードからディスクを作り出してまた――」
「……盛り上がってるところ悪いッスけど、パラスはあんたら逃がすつもりはないッスよ」
シオンのセリフを遮って、後方に控えていたパラスが俺に三叉槍を向ける。
三叉槍には茶色の宝玉が嵌っている。地属性の魔法を使う気か。
足元に警戒しながら、パラスの挙動を伺う。
「パラスは……兄さんの仇を取るんス……、そのタめにハ、……アレ? なんでパラスはこいつらを……。ああ、そうだ。守護の左手をあの御方にトドけるために……」
……なんだか様子がおかしい。
パラスの目がどこか虚ろになり、焦点が定まっていない。
それに彼女の言葉からは自分の意思を感じない。まるで誰かにセリフを喋らされているような……。
「ハッ、あんたみたいなガキ一人に何ができるのよ。さっきもただ結界に閉じこもっているだけだったじゃない」
「パラスは、兄さんを助ケるためニ――チガウ、オマエノシメイハ――パラスの使命は魔公爵様にこの守護の左手を届けることッス!」
そう叫ぶと、パラスは三叉槍を地面に突き立てた。
地面にヒビが入り、そのヒビはパラスを中心に床から壁、壁から天井へと広がっていく。
まさか、この空間を瓦礫に沈める気か!?
「ヤバ……逃げるわよ浩太!」
「でも、このままじゃパラスまで!」
「あんなガキどうでもいいでしょ! どうせ神器があるんだから死にはしないわよ!」
確かにあの神器守護の左手とやらの防御力はこのメルカバーフォームにも匹敵するかもしれない。
だけど、俺が気になっているのはそこじゃない。
俺は今確かに聞いた。
パラスの口から語られた、魔公爵という単語を。
俺はこの名前を前にも聞いたことがある。
山賊たちにアテナを誘拐するよう依頼したのも、確か魔公爵って奴だったはず。
なぜ、その名前がパラスの口から出てくるんだ。
パラスは魔公爵の仲間なのか? いや、ついさっきまでそんな雰囲気は無かった。
色々問い詰めたいことはあるが、崩れゆく地下遺跡はそれを待ってくれなかった。
人の大きさほどの石の塊が、天井から零れ落ちてくる。
崩落が始まった。ここに居続けることは危険だ。
『戌亥君! 早く逃げろ!』
「浩太! さっさと行くわよ!」
リカルメに腕を引っ張られ、入り口まで走らされる。
「待テ、逃げルなッス!」
降り注ぐ瓦礫の中、俺の視界に二つのものが映った。
負の感情に支配されたパラスと、蒼い光に包まれたシオンだ。
レ―ヴァフォンのような機械を耳に当てている。しかし、この世界で電話など繋がるはずもない。(ユリ博士を除く)と言うことは、あれもまた女神から授かった神器なのか?
「やれやれ、女神というのは本当に人使いが荒い。変身」
◇
凄まじい轟音と共に、地下遺跡に繋がる階段は瓦礫で埋もれた。
俺たちは間一髪で地上に出て、その様子を目に焼き付けた。
いくら神器とやらで身を守っているからと言って、このまま放置しておけば自力の脱出も敵わず、いずれ飢え死にしてしまうかもしれない。
「リカルメ、黒のディスクを渡せ。パラスを助けに行く」
終焉型グランレンドは瓦礫を掘削し俺たちが閉じ込められていた部屋までたどり着いた。レヴァンテインでも同じことが出来るはずだ。
「あんた、なんか勘違いしてない? このディスクは私が拾ったの。つまりこれは私のものよ」
「おい、今はお前の冗談に付き合っている暇は……!」
「冗談や酔狂で言っているわけじゃないわ」
リカルメが怪人態から人間態に変異した。
青服ツインテールの少女はその手に黒のエーテルディスクをぶら下げている。
「もし今後、あんたが私を殺そうとした時はこのディスクを破壊する。このディスクは人質なの。あのクソガキを助けるためなんて理由で返すわけにはいかないの」
「人質……だと……!?」
「そうよ。あんたはまだ私が戌亥霧果を食べたと思い込んでいるみたいだし、一緒に旅を続ける以上これくらいの自衛手段が無いと安心できないわ」
なるほど。こいつの言い分も理解できなくはない。
実際、俺はユリ博士の指示が撤回されれば、すぐにでもこいつを殺してしまうだろう。その殺気を奴は肌で感じ取っているのかもしれない。
しかし、今はパラスの命がかかっている。無理やりにでもディスクを奪って助けに行くしかない!
『まて、戌亥君。ラグナロクフォームで人命救助に向かうことは私からもオススメは出来ない』
「ユリ博士までなにを!」
『ドクターリリィだ。戌亥君、ゼドリーとの戦いを忘れたのか? 今の君ではラグナロクの力を制御することはできない』
そうだ。ゼドリーとの最終決戦、あの時俺は黒の力を暴走させてしまった。
そのせいで、俺は今この世界にいる。
こんな状態で遺跡に向かえば、中の状況をさらに悪化させてしまう恐れがある。
だけど、それじゃあいったいどうすればいいんだ!
『まて、誰かがこっちに向かってくるぞ』
複数の足音が迫ってくる。音の方へ目を向けると、鎧に身を包んだ騎士たちがこちらへ向かってきた。
彼らは地下遺跡で賞金稼ぎの少女を追い回すバイヤードを討伐しに来たそうだ。
遺跡付近にいた俺たちは真っ先に疑われたが、賞金稼ぎの首飾りを見せるとすぐ疑惑を撤回してくれた。もっとも、彼らが追っているバイヤードは俺の隣に立っているわけだが。
遺跡の惨状を見た彼らはバイヤードの討伐より人命救助を優先させ、瓦礫の撤去作業に着手し始めた。
無論、俺もメルカバーフォームに変身し騎士団の作業を手伝った。
リカはやはり気乗りしないらしく、少し離れた場所で休憩している。
夜にまでおよぶ撤去作業を終えた後、ようやく先ほど俺たちが戦っていた空間まで辿りつく。
しかし、そこにはパラスもシオンも見当たらない。無人の空間が広がっていた。
「地下遺跡への出入り口は一つだけじゃない。おそらく君たちの知人は他の出口から逃げ出したのだろう」
最終的にはその騎士の言葉が結論となった。
煮え切らない思いが山積みのままだが、彼女の死体が発見されなかったことにひとまず安心すべきかもしれない。
◇
翌日の朝。
俺たちはダルトスの町を出発することにした。
パラスもシオンも結局発見されていないままだ。ここに残りたいのは山々だが、本来の目的であるゼドリー討伐も果たさなければいけない。
だから、パラスの捜索は人探しのプロに任せることにした。
端的に言えば、ギルドへ依頼するのだ。賞金稼ぎの中にはそういうことが得意な人もいるかもしれない。
「あ……」
「イヌイコータさん。おはようございます」
受付にはパーラさんが立っていた。
俺の頭に昨日の光景が思い浮かぶ。ツミカという妹を亡くし、取り乱したパーラさんの姿が。
「昨日はみっともない姿を見せてしまいすみません。町の人から聞いたのですが、あなたがツミカの仇を取ってくれたんですよね? 本当にありがとうございました」
被害を出す前に仕留めきれなかったのは俺の失態だ。むしろ、なんてお詫びすればいいかわからない……。
ソードフィッシュ・バイヤードもディメンションバニッシュの影響でこの世界に飛ばされたんだ。
俺が元の世界で殺しきれていれば本物のツミカさんが死ぬことは無かった。
この世界の怪人被害は、全て俺の責任だ。
「今日は依頼をしに来たんです。パラス=トリトンという少女の捜索をお願いしたんですが……」
「え、イヌイコータさんってパラスちゃんと知り合いだったんですか!?」
「まあ、一応。ただ、昨日崩落した地下遺跡に魔物退治に行ったきり戻ってこないので少し心配になって」
「それなら安心してください。パラスちゃんなら昨日王都へ向かいましたから」
「え?」
ここからはパーラさんから聞いた話。
昨日の夕方頃、一人で家に篭っていたパーラさんの元にパラスが帰って来たそうだ。
兄の最期を見届けるため、王都へ旅立つ。そう言い捨てて、返事も聞かず家を飛び出したらしい。
おそらく最期を見届けるというのは嘘だろう。きっと兄の処刑を邪魔するために王都へ向かったのだ。
いったいあの状況からどうやって生き延びたのだろうか? 色々と疑問は残るが、とりあえず生きていたことに安堵すべきだろう。
これで俺も安心してこの町を去ることが出来るというものだ。





