第29話 俺の妹は美味かったか?
「これが、地下遺跡の見取り図だ」
再びギルド会議室に集まる。
メンバーは俺とシオンと通話越しのユリ博士。
シオンはナーゴの顔の広さを利用して知人の賞金稼ぎから地図を借りてきたらしい。
「私の召喚主である女神キーロンが、今朝私に予言を託した。『本日正午に地下遺跡にリカルメ・バイヤードが現れる』と。地下は通路が複雑に入り組んでいる迷宮だ。侵入者対策の罠もいくつか仕掛けられている。これらをうまく利用すればあのリカルメを倒すことができるだろう」
予言て。もはや何でもありだな異世界。
いや、シオンの周りが異常なだけか。
「なあ、そんなことしなくても、今すぐ遺跡まで先回りして入り口付近で倒してしまえばいいんじゃないか? 正午まではまだ時間がある」
「相手はあのリカルメだ。慎重になるに越したことはない」
「あのリカルメて。あいつが初期形態に敗北した唯一の幹部怪人ってことは敵側だったお前たちにも伝わってるはずだろ?」
「それに関しては私も前から不思議だったのだ。あの女は思想こそゼドリー一色の気持ち悪い奴だったが、単純な戦闘能力においては四天王最強格だったのでな。まあ戦術を組み立てるのが苦手なやつだったから、足元をすくうのは容易かったが。それでもレヴァンテインの最弱フォームにやられるような怪人ではなかった。貴様らはいったいどんな手品を使ってリカルメに勝利したのだ?」
え、何を言ってるんだこいつは。
初期形態と同等のスペックしか持たないリカルメ・バイヤードが四天王最強だって?
お前含む他の四天王はみんな倍くらいのスペックだったじゃないか。
「一昨日、私がグランレンドとしてリカルメと戦った時、奴はなぜか弱ったフリをしていた。終焉型グランレンドの力は確かにゼドリーに匹敵するほど強大だが、それを差し引いても不自然なほどに弱かった。あれはきっと演技だ。なにか弱者を装って何かを企んでいるにちがいない」
……なんか話が噛みあわないな。
レヴァンテインのスキャニングデータは演技で誤魔化せるようなものじゃない。
元の世界では強かったリカルメが、この世界に転移した影響で弱体化したということか?
いや、元の世界でリカルメと最後に戦った時もデータを取ったが、現在のスペックとは変わっていなかった。リカルメが元から弱かった証拠だ。
いや、過去のことはどうでもいい。今現在リカルメは最弱のバイヤードなのは確かだ。
シオンの言うことが本当だったとしても恐れることは何もない。
『それで、結局のところどういう作戦を取るつもりなんだシオン君』
「まずはリカルメを先に遺跡に入らせる。その後、私たちも遺跡に入り、ショゴスの流動護謨で入り口を封鎖する」
『ちょっと待て。流動護謨を維持し続けるにはバッテリーを消費する必要がある。戌亥君、バッテリーは何%残っている?』
「えっと、さっきの戦いで10%くらい消費して……18%くらいかな」
『ふむ。25分といったところだな。あまり現実的ではない』
「足りなくなったらナーゴに擬態して充電してやる。それで問題なかろう」
『いや、それも却下だ。レイバックルが故障する原因にもなりかねない』
「え、リカルメに充電してもらった時は正常に作動したけど」
『リカルメの能力と雷魔法とやらが同質のものとは限らない。第一、充電器を介さずにバッテリーに干渉すること自体危険な行為なんだ。それに……』
その後、ユリ博士とシオンが作戦を立てては却下しあって、話が進まないまま正午を迎えようとしていた。
ヒートアップしていく議論に口を挟む余地がなくなった俺は、二人の怒鳴りあいを傍観するしかなかった。
「いい加減にしろ人間! あれもダメこれもダメでは埒が明かないではないか!」
『ドクターリリィと呼べバイヤード未満! バイヤード退治は私たちレヴァンテインチームの方が経験長いんだ! 黙って私に従っていろ!』
「私だってグランレンドとしてもう十数体のバイヤードを殺している! それも覚醒済みのものがほとんどだ! 貴様らのように雑魚をプチプチ潰すだけの簡単な作業とはわけが違う!」
『その黒いエーテルディスクを作った人間が誰か忘れたのか? このドクターリリィ様だ! グランレンドだかなんだか知らないが、結局は私無しでは成立しない欠陥品じゃないか!』
「あのー、そろそろリカルメ退治に行きませんか?」
「『まだ作戦が決まっていないんだから黙っていろ!』」
決まるのかな、作戦。
部屋の壁に掛けられた時計から正午を知らせる鐘の音が聞こえた。
おそらくリカルメはもう遺跡に入っている頃だろう。
◇
シオンの仕切りたがりな性格が気に障ったのか、元バイヤードだから信用ならないのか。ユリ博士はシオンにあまり気を許していないようだった。
まあ、バイヤードに対する復讐心があると言っても、その動機がゼドリーに代わる新しい首領になりたいというものだからな。ユリ博士が警戒するのも無理はない。
結局俺たちはろくな作戦も立てないまま地下遺跡へとたどり着いたのだった。
二人が口論している間暇だったので一応地下の見取り図は暗記しておいたけど。
「よし、それではこうしよう。先にリカルメの首を取ったほうが優れた参謀だ」
『いいだろう。ただしお互い妨害は無しだ。私の作戦の方が優れていると思い知らせてやる』
「協力するって話はどこ行ったんだよ……」
まあいいか。これで俺が直接仇を討てる可能性が増えたとも言える。
それに万が一俺がリカルメを逃してもグランレンドというセカンドプランも存在する。リカルメを倒すという点においては一番都合のいい状態だ。
それに今まで俺はユリ博士と二人で戦ってきた。やることはいつもと変わらない。
遺跡の中は想像以上に広かった。
見取り図である程度地下の規模を把握していたつもりだったが、実際に目で見てみると印象もまるで違う。
この遺跡が何をする場所なのかはよくわからないが、かつて人でも住んでいたのだろうか?
薄暗い廊下を歩きながら思った。
『止まれ、戌亥君。床に穴が空いてるぞ』
「うわっ本当だ。あぶねー」
っていうか電話越しなのになんでそんなことがわかるんだ。
よく見たら床だけじゃなく天井も崩れている。下の階には崩れた瓦礫が落ちていた。
「よく見たら壁にもヒビが入ってるな。崩落するんじゃないかここ?」
「いや、これは……」
シオンが床や壁をじっくりと見回す。そして指でその一部をなぞった。
すると、指に真っ黒な煤のようなものがついていた。
「おそらくリカルメが戦闘を行った跡だ。あちこちに雷撃の痕跡が残っている」
「なんだって? じゃあ、今リカルメは人を襲っているということか?」
「かもしれないな。好都合だ、人間狩りに夢中になっているところを奇襲させてもらおう」
ヒーローみたいな力を手に入れたところで思考はバイヤードのままか。
たしかに人間を餌にするような作戦に俺は乗れない。こっからは別行動をとった方がよさそうだ。
「襲われている人を助けるのが最優先だ。先に行ってる!」
「あ、おい待て!」
シオンの制止を振り切り、廊下の奥へ進んでいく。
追いかけてくる様子は無いか。まあお互い一人でやる予定だったから当然か。
『戌亥君! がむしゃらに走り回るな! 迷って帰れなくなったらどうする!』
「安心してくれユリ博士。地図は頭の中に入ってる。とにかく今はリカルメを探すことが先決だ」
ドクターリリィだ! というユリ博士は無視して走り続ける。
途中道が分かれていたが、壁に煤がついている方を選んでいけばいい。
「うわああああああっ!」
奥の方から男性の賞金稼ぎが走ってきた。慌てていたのか、そのまま床にすっ転んでしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、あんたも早く逃げろ! この奥に触手の化け物が!」
触手の化け物。間違いない、リカルメだ。
廊下の奥を見る。
何故か霧が濃くてよく見えないが、奥にバチッと紅い閃光が一瞬見えた。
「あなた以外に取り残されたハンターは!?」
「槍を構えた女の子が追い回されてて……っておい! どこ行くんだよ! そっちには化け物が……!」
マズい。このままではまたリカルメが人を殺してしまう。
俺は霧の奥に飛び込んだ。
すると、身体にぺちぺちと手のひらサイズの何かがぶつかる。
霧の正体は蛾の鱗粉のようだ。少し大きめの蛾が飛び交っている。
一匹ずつ叩き落としている暇は無い。変身して突っ切るぜ。
「変身!」
《----Complete LÆVATEINN GENESIS FORM----》
白い光の粒子がスーツを形成しそのまま俺の身体を覆い尽くす。
装甲が装着されていき、変身完了と同時に余剰エネルギーが周囲に拡散する。
周囲に飛び交っていた蛾たちは余剰エネルギーに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
同時に少し霧が晴れて、奥の様子が視界に映る。
槍を持った少女が扉の中に逃げ込み、それを追いかける触手の怪人。
「見つけた……!」
音を立てないように扉へ近づく。開きっぱなしの扉から中の様子をうかがう。
「さーて、どこに隠れてるのかしらクソガキセンパイ!」
リカルメが部屋の中の机を蹴り飛ばす。少女の姿は見当たらないこの部屋のどこかに隠れているようだ。
このままでは少女の命が危ない。今のうちにケリをつける。
「そこまでだ! リカルメ!」
「うわっ!? ……ってなんだ浩太か。驚かさないでよ」
部屋に突撃したのが俺だとわかった途端、リカルメはのんきに肩を落とす。どうやら状況がわかってないようだ。
「今お前何をしていた? 槍を持った女の子を追いかけていると聞いたぞ」
「私はあのガキに殺されかけたの! 被害者は私よ! ちょっとお仕置きしてあげようと追いかけまわしてたけど、別に殺しまではしないから安心しなさい」
……せっかく覚悟を決めてきたのに、こういつものペースを持ち出されるとやりづらいな。
だが、ほんの数日の協力関係で、妹の仇はチャラにはできない。この部屋のどこかで怯えている少女のためにも俺はこの怪人を討伐する。
「リカルメ。大事な話がある」
「なによ。ちょっと今忙しいから後に……」
「お前を、殺しに来た」
「……は?」
怪人態の顔から表情はうかがえないが、なにか困惑しているのは掴めた。
「……ウルズの泉までは協力する約束だったはずだけど?」
「それはお前が唯一の充電手段だったからだ。お前の殺害を条件に、その問題を解決してくれる奴が現れた」
「だ、誰よそれ! まさかナーゴ!?」
「正解だ。正確にはナーゴに擬態していたオクシオン・バイヤードだけどな」
「なっ……!?」
あからさまに動揺した様子を見せるが、すぐに腑に落ちたように落ち着いた態度になる。
「……なるほどね。生前からあいつとは馬が合わなかったのよ。まさか殺されるほど恨まれているとは思ってなかったけど。っていうことは黒騎士の中身もオクシオン派のバイヤードなのかしら?」
「グランレンドの中身もオクシオンだ。あいつは今、俺と同じくヒ……戦士に変身する力を持っている」
ヒーローではなく戦士と言ってしまった。
グランレンドはバイヤードを狩るが人は守らない。そんな存在をヒーローと認めたくはなかったのだ。
「は? 変身? あいつが?」
「……さあ、もういいだろう。そろそろ延期していた決着をつけようか」
「いやいやいや! ちょっと待ちなさいよ! 私もオクシオンも同じバイヤードじゃない! なんでひょっこり出てきたあいつと協力してるのよ! 別に私でもいいじゃない!」
「確かに、あいつもお前と同じくらい人を殺しているかもしれない。だけど、俺にはどうしても許せないことがある」
そう絶対に許してはいけない。あの事だけは。
「一つ聞いておきたい。俺の妹は美味かったか?」
「どういう意味よ。この身体の持ち主の名前は東条ミカよ?」
「そんなことはわかっている。俺が言っているのはその一個前の擬態元の話だ!」
「意味が分からないわよ。私は東条ミカ以外に擬態したことなんてないわ! あんたいったい何の話をしてるのよ!」
どこまでもとぼけやがって……。いいさ、直接言ってやる。
せいぜい懺悔しながら死んでいけ!
「……俺の妹はお前に食い殺されたんだよッ! この化け物が!」
抑えていた感情が吹き出し、気がつけば俺はレヴァンスラッシャーを振り回していた。
大味な軌道になってしまったためか、リカルメには避けられてしまう。
「は、はぁ!? 食べてないわよあんたの妹なんて!」
「誤魔化しても無駄だ! とっくに調べはついている! お前が妹の姿に擬態した記録をユリ博士が見つけてきた! 証拠は充分に揃っている!」
どこまでもちょこまかと逃げ回る。
レヴァンスラッシャーにディスクを嵌めて、必殺技を……!
『落ち着け戌亥君! こんなところで必殺技を放てば君も保護対象の少女も生き埋めだ!』
「……っ! わかってるよ!」
いや、実際危なかった。
思った以上に自分を抑えられていないようだ。
「……指示を出してくれユリ博士」
だけど、こんな状況で冷静な判断はできない。だから、ここはユリ博士に従おう。
『ドクターリリィと呼べ。ショゴスフォームに変身するんだ。流動護謨なら建物に衝撃を与えず戦える』
「了解」
青のエーテルディスクを取り出し、レイバックルに装填する。
《----Preparation----》
変身待機音が流れる。その様子をリカルメが不思議そうにみていた。
「なによそのディスク……! いつの間に!?」
「シオンからもらった前金だ。お前の討伐依頼のな!」
右腕でレバーを倒す。
「エーテルチェンジ!」
《-----Complete LÆVATEINN SHOGGOTH FORM-----》
ゲネシスフォームの白い装甲が分離され、スーツが青色に変化する。
「あーもう! 仕方ない、ちょっと予定より早いけど相手してやるわよ!」
リカルメはヤケクソ気味で身体から放電を開始した。
右腕に触手を掻き集め、砲身を形作る。
「紅ノ雷砲!」
凄まじい電流の嵐が俺目がけて飛んでくる。
だが、俺はそれを避けない。真正面から受け止める。





