第28話 滅ぼさなければいけない悪
どうにも納得できない。
ユリ博士との通話を終え、一人ギルド付近を練り歩く。
グランレンドから黒のエーテルディスクを奪うという難易度の高さもそうだが、それ以上にバイヤードの危機に晒されたこの世界を放置しろというユリ博士の思考が理解できない。
なぜユリ博士はあんなことを言ったのだろう。
俺をレヴァンテインという正義のヒーローに仕立て上げておきながら、そのヒーローに尻尾を巻いて逃げろだなんて。
「俺の使命はバイヤードを全滅させることだ。それまで元の世界になんて帰れるかよ……!」
そうだ。別に従う必要は無い。
グランレンドと協力関係を築けばバイヤードをこの世界で全滅させたのち、黒のエーテルディスクを返してくれるかもしれないし、無理矢理奪わなければいけなくなったとしても帰るのは今じゃない。
と、考え事をしていたら知らない地域にまで来てしまっていた。
色んな店が並んでいるということは、ここは市場か。
服屋、いや防具屋か。それにあそこは宝石商。元の世界の店とは似ても似つかぬ雰囲気だ。
「おい聞いたぞババア! 俺がここに1万ゴルドで売った宝石を1000万ゴルドのネックレスにして売ってるって噂を!」
宝石商の店内から男の怒鳴り声が聞こえてきた。なんだ? 喧嘩か?
様子をみるため、店内へと入っていく。
そこには中年の女性店主と賞金稼ぎの青年が言い争っている姿があった。
「こっちだって商売で買い取りしてるんだよ! 買値より売値が安いわけないだろう若造が!」
「そういう話してるんじゃねえよ! 1000万の売値なのになんで買値がその半分もねえんだって話してるんだよ! こんな紐通しただけで900万も値上がりするわけねえだろうが!」
「あの時1万で納得したのはあんたでしょうが! 今さらノコノコ出てきて文句言ってんじゃないよ!」
「なんだとてめえ……!」
なんとなく概要が理解できた。
要はこの店主に騙されてしまったのだなこの青年は。
こういう世界観では騙されるほうが悪いという風潮が主流なのだろうが、元の世界の常識に当てはめればこれは詐欺に値する。
ほかの客の迷惑も考えず怒鳴り散らすという行為も少し考え物だが、まあ彼の怒りを考えれば仕方ないこととしよう。
というわけで、青年の味方をすることにした。二人の間に割って入るため、カウンターへと歩き出す。
が、その俺の横を通り抜けて、俺より先にカウンター立った人物がいた。
見覚えのある服装だ。たしか、ギルドの職員はあの制服を着ていた気がする。
いや、あの人の顔も見たことがあるぞ。あれは確かツミカという人だ。
審査中にリカを呼び出した時と、ナーゴと会議室に案内された時とで2回顔を合わせている。
まあ相手は俺の顔なんて覚えてはいないと思うが。
しかし、行動が早いな。喧嘩の噂を聞きつけて仲裁のためにわざわざギルドから駆け付けたのか。そうなると俺の出番はないかもしれない。
こういうのは慣れた人に任せよう。きっと俺が割って入るよりもうまくやってくれるだろう。
そう思ったのだが、ツミカの口から出たのは予想外の言葉だった。
「この1000万ゴルドのネックレスを売ってください」
「は?」
「え?」
「なに?」
店主と青年につられて、俺まで声を上げてしまった。
ツミカは今なんて言った?
1000万のネックレスを買うだって?
喧嘩を止めに来たんじゃないのか?
いや、それ以前に1000万ゴルドも持っているのか?
「おい、お前! 勝手に割り込んできて何を言いやがる! これは俺が拾ったものだ!」
「ガキは黙ってな! 商売の邪魔だよ! ……そこのあんた。売るのは構わないが、ゴルドはちゃんと持ってるんだろうね?」
「貨幣としては持ち合わせていません。しかし、1000万ゴルドと同等の価値を持つモノならいくらでも用意できます」
「ほう、とりあえずそれを見せてもらおうか? 生半可なものじゃあたしの目は誤魔化せないよ?」
「てめえら勝手に話進めてるんじゃねえ!」
賞金稼ぎの青年がツミカに掴みかかろうとする。マズい、このままじゃ暴力沙汰に発展する。
俺や周りの男性客たちが青年を抑えかかろうとする。
そんな状況にも関わらず、ツミカは不敵な笑みを浮かべている。
「じゃあまずは、コレの価値を鑑定してもらいましょうか?」
そう言って、ツミカは青年の腹を右腕で貫いた。
「……え?」
店主はいきなりのことに唖然としている。止めにかかろうとした男性客たちも、青年の血を浴びて足を止めた。
「ほら、人の命は何億のお金よりも価値があるものじゃないですか。とりあえずここにいる全員の命なら50億ゴルドくらいの価値があると思うんですけど」
「……ァッ! ウッ…………」
青年は苦しそうなうめきをあげながらしばらくもがき、やがて絶命した。
そして、青年の背中からはツミカの右腕が生えていた。
しかしそれはどう見ても人間の腕ではない。
人間の肌はあんな銀色の鱗で覆われていないし、手首のあたりから針など生えていない。
この特徴的な右腕には見覚えがある。
こいつは、ソードフィッシュ・バイヤードだ!
「いったい何人目でネックレスを売ってくれるんでしょうねぇ? 擬態、解除」
「させるか! 変身!」
ソードフィッシュが青年から右腕を抜き取り、青年を抑えようとした客めがけて殴りかかる。
俺は変身完了を待たずに白く発光した右腕でソードフィッシュの右手首を掴んだ。レイバックルは俺の動作を感知して右腕だけ先に変身完了させる。
右腕だけ怪人化したソードフィッシュと右腕だけ変身したレヴァンテインの視線が数秒交わる。
《----Complete LÆVATEINN GENESIS FORM----》
次の瞬間俺は白い光に、ソードフィッシュは大量の水に包まれ姿を変えていく。
ここで戦闘を始めたら店主や客を巻き込んでしまう。全身の変身が完了したらすぐにこいつを店の外へ叩き出さなければいけない!
「裏口から逃げてください!」
店主に向かって叫んだ。店主が慌てて逃げていくとそれにつられて客も逃げていく。
その時、俺の視界には争いの元となったネックレスの入ったケースが目に映った。
え? これは、エーテルディスク!?
そこにあったのは黄のエーテルディスク。
だが、ディスクに気を取られた瞬間をソードフィッシュに付け入られる。
「いいかげんに離せ、レヴァンテイン!」
「うぉ!?」
ソードフィッシュが行った動作は単純。ただ、掴まれていた右腕振り払っただけ。
しかし、俺はそのあまりの腕力に軽々と投げ飛ばされてしまった。宝石屋の扉をぶち破り、街道に出された。
この力、こいつも覚醒バイヤードか。
壊れた扉の残骸をまたぎ、ソードフィッシュが街道に降り立つ。
市場の賑わいが徐々に悲鳴に侵食されていく。
「ああ、素晴らしい。私がこんなにレヴァンテインを圧倒できるだなんて! あのベルトを持って帰ればリカルメ様もきっとお喜びになるわ!」
「リカルメ……? 今リカルメって言ったか!?」
あの野郎、どおりで帰りが遅いと思ったらソードフィッシュと密会していたのか!
いや、考えてみればツミカが俺たちの前に初めて現れた時、リカのみを審査会場から呼び出した。なるほど、今さらになってあいつの審査が通った理由がわかったぜ。
レイバックルに通信が入る。ユリ博士だ。
『遅かったな戌亥君。さあ、データ収集を始めようか』
「悪いけど今それどころじゃねえ! バイヤードだ!」
『おっと、奴はソードフィッシュか。とにかく水辺には近づけるな。やつは水中では時速100㎞をたたき出すぞ』
そこまで詳しいことを一瞬で思い出すなんて、やっぱり頼りになるぜ。
とはいえ、ここは町のど真ん中。水なんて井戸の中くらいしかない。
奴の能力である高速水中移動は使えないはずだ。
『まずは青だ。ショゴスフォームでやつの動きを封じろ!』
「了解!」
青のディスクを取り出……あれ?
ソードフィッシュはどこへ消えた?
一瞬たりとも目を離しはしなかった。なのに、ソードフィッシュが立っていた場所には誰もいない。
「大方、私が水中じゃないと速さを発揮できないと思ったんですかね? ま、この世界来るまではそうでしたけど」
後ろから声が聞こえたと思った時にはすでに背中を蹴られていた。そして、痛みを感じる間もなく、腹にもう一撃もらってしまう。
ほんの一瞬だけ、眼前にソードフィッシュの顔が見えた。俺の腹を蹴る瞬間だけ、俺の正面に立ったのだろう。
ゲネシスじゃこの速さには対応できない。
俺は建物の壁に背中から叩きつけられる。俺の反撃を警戒したのか、もうすでに10mほど離れた場所まで移動している。
「痛ってて……覚醒時に能力もパワーアップしていたのか」
『覚醒? 戌亥君それはどういうことだ?』
「この世界に飛ばされたバイヤードは、なぜか雑魚でも幹部級の強さになっちまうんだ。なぜかリカルメは元のままだったけど」
『なるほど、履歴のスペック値が異様に高かったのはその為か。覚醒については後で詳しく調べておくから、今は目の前の相手に集中するんだ』
言われるまでもない。
体制を立て直し、ソードフィッシュ目がけて駆ける。
あの速度を相手にする以上フォームチェンジは命取りになる。
ゲネシスから別フォームに変身する際、ほんの数秒の間だが外部装甲組み換えのために防御力が著しく低下する。
ソードフィッシュの能力を使えば、その数秒を狙って俺を殺すことも容易いはずだ。
だが、このゲネシスフォームのままで覚醒ソードフィッシュ・バイヤードに勝つことは難しい。
ゲネシスフォームを解除せず、なおかつ青のエーテルディスクの力を引き出さなければいけない。
なんと都合のいいことに、俺の手にはそれを実現するアイテムが握られているようだ。
「『レヴァンスラッシャー』ッ!」
《----Disk Set Ready----》
レヴァンスラッシャーの黒き窪みに青き円盤を嵌めこむ。
レヴァンスラッシャーから禍々しい必殺技待機音が流れた。
「……ッ!」
それを聞いたソードフィッシュが再び視界から消えた。
ディストラクションスラッシュが届かない範囲まで逃げたのか、それとも発動前に俺を倒そうと死角に回り込んでいるのか。
『青のディスクは人間に危害を加えない! 全方位に放て!』
「了解! ディストラクションスラッシュッ!」
《---- SHOGGOTH DESTRUCTION SLASH----》
背中のブースターが右側だけ点火した。身体が反時計回りに回転する。その勢いに任せてレヴァンスラッシャーを薙ぐ。
すると刀身が青く光り、円形の斬撃がレヴァンテインを中心に360°すべてに放たれる。
「なんですって!?」
その声は背後から聞こえてきた。どうやら、後者が正解だったようだ。
周囲には逃げ遅れた人たちが数名残っていた。そいつらを巻き添えにするような全方位攻撃を俺が使うはずないと踏んでの行動だろう。
実際、ソードフィッシュだけではなく、その数名の人たちにもディストラクションスラッシュを直撃させてしまった。
だが、この場に怪我を負っているものは一人もいない。
「な、なんだこれは!? 水? ゴム?」
青の斬撃は流体と化しソードフィッシュの身体に纏わりつく。そして、そのまま壁とソードフィッシュの間に接着剤のようにして固まった。ようはトリモチだ。この世界観に合わせるならスライムと言った方がいいかな?
ソードフィッシュは拘束から逃れようともがいているが、上半身が完全に固定されているためその動きはまるで罠に嵌ったネズミのようだ。
まあ、他数名の人間たちも同じような状況なのでさっさと倒して青を解除しなければ。
「ユリ博士の開発した流動護謨はバイヤード専用の特殊拘束具だ。どんなにもがいても抜け出せねえよ。諦めて死んじまいな」
ディスクを外し、レヴァンスラッシャーで喉元に刃を当てる。動けない相手なら必殺技を使うまでもない。
「覚醒した私が、こんな粘液ごときに……!」
「四天王のダフでさえこの拘束は解けなかった。お前じゃ覚醒しても無理だよ」
まあダフ・バイヤードは右腕を括り付けたビルを根こそぎ地面から引き抜くっていう荒業で抜け出されたんだけど、教えてやる義理も無い。
俺はレヴァンスラッシャーを持つ手に力を込めてソードフィッシュの喉を貫いた。
「がぁッ……! リカ、ルメ様ァ……」
ベルトから白のディスクを抜き取りボタンとレバーを同時操作してレイバックルに変身解除コードを打ち込む。
《----Form Release----》
流動護謨は溶けて水になり、巻き込まれた人々は解放された。
同時に、壁に貼り付けられていたソードフィッシュは力なく床に崩れ落ち、そして二度と動かなかった。
◇
「なあ、あんた。さっきこれと似たような円盤を使って戦ってたけど、これのこと何か知っているのかい?」
一通り騒動が静まったあと、宝石商の店主が戻ってきて俺に話しかけてきた。その手には騒動の発端である黄のエーテルディスクが握られている。
「知ってるというか、元々俺が落としたモノっていうか……」
本来ならもっと堂々と返せと言ってやるところだが、こんな怖い目に遭った女性に強く当たるのはよくないことだ。
もっとも、1000万もの値をつけていたんだから、この騒動が無かったとしても取り返すのは難儀だろうけどな。
しかし、店主はそんな俺の想像に反して黄のエーテルディスクを俺に差し出してきたのだ。
「やっぱりね……。悪いけどあんた、こいつを引き取ってくれるかい?」
「え、いいんですか!?」
「これを持ってたらまた店をバイヤードに襲われちまう! もうこんな騒ぎはこりごりなんだよ!」
ああ、そういうことか。
確かにディスクを狙う怪人はソードフィッシュ一体では収まらないだろう。俺のパワーアップを阻止したいのか、何か別の目的を持っているのかは知らんが。
とにかくこれで黄のディスクもゲットだ。
白、緑、青、黄、全部で四色!
しかも、今取り戻した黄のディスクは中間形態メルカバーフォームの力を秘めた黒の次に優秀なディスクだ。
これさえあれば覚醒バイヤードなんて怖くない。これからの旅の負担がだいぶ減ったぜ。
さあ、そろそろ時間だ。シオンと合流しなければ。
市場を立ち去ろうとした時、ギルドの方角から一人の女性が走ってくる姿が目に入った。
あれは確か、審査の担当者だったパーラ=キヴァルさん? 騒動の後始末に来たのか。でも、それにしてはなんだか様子がおかしい。
パーラが俺を発見するとこちらに駆け寄ってきて、必死の形相で問い始めた。
「あ、い、イヌイコータさん! この辺りで私の妹を見かけませんでした!? 市場に行くっていったきり戻ってこないんです!」
「え、妹?」
「なにか大きな音が聞こえてきて、市場の方にバイヤードが出たって聞いて……。ねえ! 妹は、ツミカは無事なんでしょうか!?」
「……っ!?」
ツミカ。今、たしかにパーラさんはそう言った。
あのツミカさんが、パーラさんの妹だって……?
ソードフィッシュが擬態解除する瞬間を見たのは、俺と店主と数名の賞金稼ぎだけ。
店主は騒動の後始末で忙しいし、賞金稼ぎの方はどこへ逃げたのかわからない。
パーラさんの問いに答えられるのは、俺だけだ。
「…………アレです」
「…………え?」
俺は騎士が回収しようとしているソードフィッシュの遺体を指さした。
パーラさんは困惑と絶望が混じったような顔で俺を見上げる。
「な、なにを言ってるんですか? あ、あれは市場で暴れていたバイヤードで……」
「ソードフィッシュ・バイヤードは貴方の妹に擬態してこの町に潜んでいたんです。いつからなのかはわかりませんが、おそらくもうだいぶ前に元の妹さんはあの化け物に食べられました……」
「う、嘘…………嘘よ」
おぼろげな足取りで、転びそうになりながらパーラさんはソードフィッシュの遺体に歩んでいく。
清掃中の騎士たちに取り押さえられ、パーラさんは発狂したように騒ぎ立てる。
「ちょっと貴方! 止まりなさい! ギルドの職員がなんでこんなところに!?」
「離して! そこにツミカが! ツミカがぁ!」
「あれはバイヤードの死体だ! おい、誰か! 眠り薬持ってないか!?」
「ツミカ! 嫌! 嫌ああああああああああああああッ!」
しばらくして、パーラさんは他の騎士が持ってきた眠り薬で沈静化させられて、現場を離れさせられた。
俺はただ、その様子を見ていることしかできなかった。
ああ、そうか。
この世界でもヒーローを続けるには、またこんな光景を見続けなくちゃいけないのか。
また一年、いや、敵もパワーアップしてる。もっと長い間、苦しむ人々を見なきゃいけないかもしれない。
レヴァンテインが、俺が、この世界に怪人を送り込んだからこんなことに……!
「しっかりしろ俺……! 俺が戦わなきゃ、もっと大勢の人が殺されるんだ……!」
改めて思い知らされた。バイヤードは滅ぼさなければいけない悪だ。
ゼドリーも、リカルメも、みんな殺してやる。





