第27話 君にミッションを与える
前回までのあらすじ。
賞金稼ぎの資格を手にした俺とリカはハンドレッド・バイソンという魔物を狩りに平原へと訪れた。
そこで俺はパラス=トリトンという名の少女を助けたのだが、なんと彼女はこの町で俺たちが捕まえた盗賊ボタン=トリトンの妹だった。
機嫌を損ねた彼女の攻撃を受けていると、助っ人にナーゴが現れる。分が悪いと思ったパラスは町へ退却していった。
そして俺は数多の違和感を追求し、ナーゴがグランレンドの変身者であることを突き止めた。
しかも、そのナーゴは俺がかつて戦ったバイヤード四天王の一人オクシオン・バイヤードであり、今はシオンと名乗っているそうだ。
ゼドリーに殺された恨みからバイヤードに対する復讐心を燃やしているらしく。今回の奴の標的はリカルメ・バイヤードであるという。
敵の敵は味方だというが、果たして俺はシオンを信頼していいのだろうか?
それ以前に、俺はリカに対しどう向き合うべきなのだろうか?
そしてユリ博士からも衝撃の事実が伝えられた。なんとバイヤードがこの世界に送られてきた原因はレヴァンテインの必殺技、ディメンションバニッシュにあるというのだ。
必殺技を封じられた俺は今後どう活動していけばいいのだろうか?
……っていうか俺のパートなんか情報量多すぎじゃね?
ナーゴとかグランレンドとかオクシオンとかシオンとか、あいつ名前多すぎるだろ! なんて呼べばいいのかわからねえよ!
あと、リカも早く帰って来いよ話進まねえだろ!
◇
結局リカは朝まで帰ってこずに、俺は寝不足のままギルドに来ていた。
シオンのリカを殺す計画に加担するか否かも俺は結論を出せていない。
普通は妹の仇なんて迷うことなく殺すべきだ。しかし、俺はアタトス村であいつの中に潜む小さな正義を見つけてしまった。
あいつはもしかしたら更生できるかもしれない。そんな考えがより一層俺を悩ませる。
しかし、いつまで悩んでいても仕方がない。いずれの選択を選ぶにしてもゼドリーを倒すための旅は続けていくのだ。金を稼がなければいけない。
50万ゴルド弱を手にしているといっても、旅には金がかかるだろうし、盗まれたりだまし取られたりする可能性だってある。
それに道中貧しい子どもたちや困った人たちを助けるときにも資金があればスムーズに事が進むはずだ。
そう考えるとお金はいくらあっても足りないぞ。
「よっす! イヌイコータ! あれから考えはまとまったかー?」
テーブルで考え事をしていると、後ろから声が聞こえて振り返るとナーゴ……に擬態したシオンが話しかけてきた。
ナーゴは向かい側の椅子に座った。
「なんでナーゴの方で話しかけてくるんだよ」
「そりゃ外じゃ人目があるからな。それにこの男の記憶を使えばこの町でも過ごしやすいんだよ。文字も読めるし」
そういうところだけはバイヤードの擬態が羨ましい。
異国だろうが異世界だろうが一瞬で順応できてしまうというわけだ。
しかし、そのために一人の人間が犠牲になったと考えるとあまりいい顔はできないな。
俺の不信な表情を読み取ったのか、ナーゴが慌てて弁解する。
「おいおい、昨日も言ったけどこの男はオレが食う前にすでに死んでたんだからな? オレはただ死体を食べただけだって!」
「どうだかな。バイヤードの言うことなんて信用できない」
「心配すんな。一応、オレの行動はキーロンって女神に逐一監視されてるからあまり下手なことはできないぜ。バイヤードに復讐する機会と引き換えに、オレは不必要な殺生を禁じられているんだ」
「お坊さんかよ」
果たしてその女神様というのも実在するかどうかも怪しいが、疑いだしたらキリがないし確かめようもない。
とりあえずシオンの言うことが真実だと仮定して行動することにしてみよう。
「そんなことよりも聞かせろよイヌイコータ。お前はオレの狩りに協力してくれるのかどうかをよ」
「まだ一日しか経ってないだろう。もう少し考えさせてくれ」
「何を悩むことがあるのかねえ。元々敵同士じゃねえか。今更殺すことをためらうのも少し理解しがたいが」
「お前も元敵だけどな」
「違いねえ、アッハッハッハ!」
笑いながらバシバシと背中を叩かれる。
おそらく笑っているのはナーゴの人格であり、シオン本人はクスリともしていないのだろう。
そう思うと少し寒気がする。
「そうだな。なら、信頼の証としてオマエの探し物を一つ渡してやろう」
「探し物?」
「これだ」
ナーゴはテーブルの上にそれを置いた。
「こ、これは!?」
そこに置かれたのは青のエーテルディスク。
レヴァンテインが強化形態ショゴスフォームに変身するためのパワーアップアイテム。
パワーは劣るが、高い防御性能と拘束技で対象を無力化することに特化したフォームだ。
「お前、一体何枚ディスクを持っている!?」
「残念ながら、拾ったオマエのディスクは黒と青の二枚だけだ。ラッキーなことだと思うぜ?他のバイヤードが拾っていたら即へし折られるか谷底に捨てられていただろうしな」
悔しいがその通りだ。
この広大な世界にディスクを散らばらせ、それでもなお4枚のディスクが手の届くところにまである。
大勢のバイヤードが覚醒を迎えているこの現状でディスクが1枚あるかないかは非常に大きな違いだ。
「終焉型グランレンドに変身できる今、オマエがその形態を取り戻そうがオレが不利になることはない。むしろ協力者はそれなりに強いやつじゃないと困るぜ」
「いいのか? これをもらったからって俺が味方になるとは限らないぞ」
「こっちは黒を使わせてもらっているからな。その料金がグランセイバーだけじゃ安すぎるだろ。それにオレは青を使わない」
レヴァンスラッシャーなんだが……いや名前は今どうでもいい。
まあくれると言うならもらっておこう。元々俺のものだし、遠慮することはないだろ。
青のディスクに手を伸ばす。
「ただし!」
ガッと伸ばしていた右腕の手首をナーゴに掴まれる。
「次にリカルメを庇ってみろ。私は貴様からすべてを奪う。白も、緑も、青も、黒も、グランセイバーも、そして貴様の命もだ! 貴様に許された選択は私に協力するか、黙って傍観しているかのどちらかだ。いいな?」
口調がシオンに戻っている。
これをやるからもう邪魔をするな、ということか。
このディスクを受け取る以上、もうグランレンドと敵対することは許されない。
青のディスクか、リカの命か。
……迷うことはないだろう。俺だってヒーローの端くれだ。
人々を脅かす怪人が一人減り、その上レヴァンテインもパワーアップするんだ。むしろ好都合じゃないか。
「……本当に、キーロンという女神に頼めばレイバックルのバッテリーをどうにかできるんだろうな?」
「ああ。昨晩、念話用神器グランフォンで確認をとった。問題はない」
「……わかった。討伐後、その女神様にレイバックルを改良してもらうという条件でレヴァンテインはグランレンドに協力する」
「いい返事だ」
こうなった以上俺も覚悟を決める。
やるなら中途半端は無しだ。他人に任せて傍観なんてしていられない。リカルメ・バイヤードは俺が殺す。
アタトス村での一件はすべて忘れろ。
元の世界での悪行を思い出せ!
標的の名前はリカルメ・バイヤード。
奴はゼドリーの名の下、大勢の人を殺してきた。
その中には俺の妹、霧果の命も含まれている。
そう、今こそ討つのだ。霧果の仇を……!
固い決意と共に、俺は青のエーテルディスクを手に取った。
◇
『そうか。まあ私はそうなると思っていたよ』
ユリ博士からレーヴァフォンに着信が入ったため、俺はギルドの外へ出ていた。
電話など存在しないこの世界の人間にはきっと独り言で会話している危ない奴だと思われているらしく、さっきから奇異の視線が突き刺さる。
『そちらの世界で君とリカルメの間に何があったのかはまだ聞いていないが、やはり加害者と被害者の遺
族がいつまでも手を取り合えるはずもない』
「ああ。数時間後に作戦を決行するらしい。その時にはユリ博士にもサポートをお願いしたい」
『ドクターリリィだ。君が所持しているディスクは白と緑と青だったな。ならば、青でリカルメを拘束
し、無力化した彼女をグランレンドに殺させるのが一番手っ取りばやいだろう』
「ああ、グランレンドもそういう作戦を提案してきた。だけどリカルメは霧果の仇だ。引導は俺が渡したい」
『その心意気は結構だが、君はもうディメンションバニッシュを使えない。どうやってリカ君を倒すつもりだ?』
ディメンションバニッシュは強制転移技の名称だった。
昨日は頭がごちゃごちゃしていてなにを言われているのかよくわからなかったが、冷静に考えればそれですべて説明がつく。
レヴァンテインが倒したバイヤードはすべて最期にディメンションバニッシュを食らっている。そして、今ここにいる俺自身もラグナロクで暴走したディメンションバニッシュに巻き込まれた。
おまけに、この世界のバイヤードたちはディメンションバニッシュが放つ光の粒子に包まれて現れるって話だ。あの時点でうすうす疑問だったのだが、考えないようにしていたのかもしれない。
『君、そちらの世界で一回ディメンションバニッシュを使っただろ?』
「え? 確かにこっちで俺は三体のバイヤードと戦ったけど、ディメンションバニッシュは使ってないぜ?」
『バイヤードじゃない。青い蜘蛛だ。それも人間大のな』
「青い蜘蛛……あ」
そういえばこの世界に来た直後、魔物に襲われたアテナを助けた時にディメンションバニッシュを使用していた。
それも一匹じゃない。群れで行動する魔物だったから十数体はいたはずだ。
そして、そのことをユリ博士が知っているということは……!
「ゆ、ユリ博士! まさかそっちの世界に魔物が……!」
『ああ。だが大した被害は無い。こっちの世界の空気が合わなかったのか、青い蜘蛛は数時間と立たずにすべて絶命した。その間町は大パニックだったし、ニュースにもなったがな。あとドクターリリィ』
そういえば以前アタトス村で、ウルズの泉から遠くなるほど魔物は弱くなるという話を聞いたな。
地球にはそもそもウルズの泉も魔界ヘルヘイムも存在しない。つまり、あっちの世界は魔物が生存できる環境ではなかったということか。
『だが、あの時被害が少なかったのは君の相手が魔物だったからだ。もし君がバイヤードにディメンションバニッシュを放てば、ヒーロー不在のこの世界に怪人が復活することになる。いいか? 君はそっちの世界でもう必殺技を使うことはできないんだ』
「一つ確認したい。バット・バイヤードはそっちの世界に行ってないよな?」
『君とゼドリーが消えてからレーダーには一度もバイヤードの反応は現れていないが、それがどうした?』
「いや、実はこの前グランレンドの武器を使ってバット・バイヤードを倒したんだ。グランレンドはレヴァンテインと似たようなシステムだから万が一のこともあるかと思って」
『そういうことか。それなら心配はいらない。レヴァンテインの戦闘データをこちらで洗ってみたが、ディメンションバニッシュのように異世界間の転移するシステムは確認できなかった』
「なら話は簡単だ。俺はこの剣、レヴァンスラッシャーでリカルメを斬る」
バットはレヴァンスラッシャーのディストラクションスラッシュで身体を真っ二つに切り裂かれ絶命した。リカルメにもそれが通用するはずだ。
『わかった。ならその剣についてもう少しデータがほしい。リカルメ討伐までに一度変身してレイバックルからデータを取らせてくれ。レーヴァフォンでは通話しかできないからな』
「ここで変身するのは少し悪目立ちするな……。場所を変えるから少し待っててくれ」
『ああ。変身信号を受信したらこちらからレイバックルにかけなおす』
そうして、通話を切ろうとした時だった。
『戌亥君』
ユリ博士の声が聞こえて押しかけていた通話終了ボタンから指を離す。
「どうしたんだ?」
『リカルメは君の妹の仇だ。だから、君自身の手で倒したい気持ちはよくわかる。だが、リカルメを倒した後、君はこれからどうするつもりだ?』
「は? どうって……」
そんなことは決まってる。この世界に送られたバイヤードをすべて倒す。
俺のせいでこの世界はバイヤードの侵略の危機に迫られている。
それを止められるのは一年間バイヤードと戦ってきた俺しかいない。
いや、たとえ無理だったとしても、自分がやらかしたことは自分で責任を取るべきだ。
俺のせいで、この世界の多くの人たちが。
『自分のせいでこの世界の人々が危険に晒されている。君はそう考えていないか?』
「……ッ!? そ、そうだよ。実際その通りだ。俺は世界の平和を守るヒーローだ。この世界だって!」
『君はこちらの世界のヒーローだ。君のおかげで私たちの世界からバイヤードの脅威は去った。責任ならシステムを開発した私にある。だから君はリカルメを倒した後、こちらの世界に帰ってくるべきだ』
「は、はぁ? 何言ってるんだよ。ここからどうやって、そっちの世界に……」
いや、待てよ。
ユグドラシルから地球に行く方法ならさっき話してたじゃないか。
ディメンションバニッシュだ。
レヴァンテインの強制転移を俺自身に当てれば俺は元の世界に戻ることができる。
『もちろん。普通のディスクで放つディメンションバニッシュではレイバックルの変身者保護装置が起動して強制転移の影響を受けることはない。しかし、物事には例外が存在する。君はそれを一度経験しているはずだ』
「黒の……エーテルディスクか」
レヴァンテインとゼドリーの最終決戦。
あの時追い詰められた俺はラグナロクの力を暴走させて、保護装置の機能を停止させた。
そのせいで、ゼドリーだけでなく俺までこの世界へと飛ばされる羽目に遭ったのだが、もしもう一度この世界で同じことを繰り返せば……!
『君にミッションを与える。リカルメ討伐直後、グランレンドから黒のエーテルディスクをを奪い取れ。そして、レイバックルを暴走させ、私たちの世界へと帰還せよ』





