第25話 昔の夢
「実は俺さ、行方不明の妹を探しているんだ」
懐かしい光景が浮かぶ。これは夢なのかしら?
真っ白な壁に覆われた無機質な部屋。窓の類は一切ない。
なんせここは地下なのだから。浩太が通っていた大学の地下にあるユリ博士の研究室。私の使命はここへ潜入し、レヴァンテインに関するデータを盗んでくることだった。
これは私が研究室に潜入して1ヵ月くらい経った時の記憶。
戦いを終えた浩太を私がデスクで労っている時のことだ。
まあ私にとっては部下を殺された直後なわけだからイラついてしょうがない時だったんだけど、それを表に出すほど愚かじゃない。
私は穏やかで親近感溢れるほほ笑みで浩太と話していたはずだ。
「へ、へぇ~そうなんだ。浩太も結構苦労してるのね」
「どうしたんだリカ? なんかすごい顔引きつってるけど……」
うーん。だいぶ前の記憶だしちょっと記憶違いのところもあるわよね。
実際の過去では完璧な作り笑顔だったはずよ。たぶん。
浩太は私が入れたお茶を飲み、気を取り直して話を再開した。
「霧果っていう名前でさ、歳もお前と同じくらいなんだ」
「私と似たような名前なのね」
「見た目は全然違うけどな」
「妹の方がかわいいっていう自慢かしら? シスコンなの?」
「そういうのじゃねーよ。あいつは髪染めたせいで親や学校で怒られてさ。それでプチ家出しちゃったんだよ。俺はオシャレとか気にするタイプじゃないから妹のことバカだなーとか思ってたんだ」
こと、と机に湯呑を置く。
「だけど、霧果は家を出たまま戻ってこなかった。街中探したし、警察に届けも出した。高校の時のバイト代全部降ろして、探偵に依頼したりとかもしたっけなー。でも結局、霧果は戻ってこなかったんだ」
戌亥浩太、レヴァンテイン。
私たちバイヤードの宿敵であり忌むべき存在。
だけど、なんでだろう。人間のことなんて虫けら程度にしか思ってない私だけど、この時見せた浩太の悲しそうな笑顔は今でも記憶の片隅にこびりついている。
「最近こうやって戦いの後にお前と話せるのが楽しいんだ。霧果の代わりだなんていうつもりは無いけど、お前は俺の心の穴を埋めてくれる。だから、お前のことはなにがあっても俺が護るよ。だから、お前もずっと俺の味方でいてほしい」
「……何言ってるのよ。私が浩太を裏切るわけ、ないでしょ」
「そうだよな。ハハハッ」
人間に対して罪悪感を抱いたのは、これが初めてのことだった。
◇
「……なんで今さらあんな夢を」
見慣れない天井を視界に入れながら、私はつぶやいた。
らしくない感情が渦巻く。しばらくすれば忘れるだろうけど、寝起きの数分は夢に感情が引っ張られてしまう。
私が倒された後、浩太はどう過ごしていたのだろうか。あの時の浩太は結構精神的にまいっていたというか、危なげな感じだった。
もちろん、そこをつけ入るのが私の仕事だったんだけど、その傷を癒してさらに深い信頼を得るべきだとあの時私は判断した。
あれは浩太に対する同情だったのだろうか。今になってはわからないし、もうそんなの関係ないことだけど。
いけないいけない。これからレヴァンテインを抹殺しようという時に、こういう感情は邪魔になる。
すると、部屋の扉がノックされてツミカに扮したソードフィッシュが入ってきた。
「おはようございますリカルメ様。朝食の用意が整いましたのでお迎えに上がりました」
そうだ。今の私はリカルメだ。バイヤード四天王の一人、リカルメ・バイヤード。
研究室で匿われていた人間のリカはもういない。
人間などにかける情けなどひとかけらだって存在しない。
ゼドリー様のためになら、戌亥浩太という人間くらい何度でも裏切ってみせる。
◇
キヴァル家で朝食を済ませた後、パーラとツミカが先に、私とパラスは遅れてギルドに向かった。職員と賞金稼ぎでは始業時間が異なるのだ。
とはいえ、馬鹿正直に一番乗りしてしまうと浩太やナーゴと鉢合わせしてしまう可能性が高い。だから、防具を揃えたいという理由で私とパラスは市場に向かっていた。
「……っていうかなんであんたまでついてくるのよ」
「パラスはリカさんの先輩ハンターッス! ここの市場は毎日来てるからオススメの店もいっぱいあるッスよ!」
暇つぶしに来ただけなんだけど……まあいっか。
賞金稼ぎとして活動する時は基本的に人間態の予定だし、防具を買いそろえておいて損はないわね。
とはいえ、こんなガキに調子づかせるのはいかないわ。あくまでもこいつは人間。そして私はバイヤードなんだから。
「案内なんて要らないわ。私だってこの世界に三か月は住んでいるんですもの。物の価値くらいわかってるつもりよ」
「この世界?」
「あー、いや。この国の言い間違いよ」
まず一軒め。防具を扱う店に入った。
アテナたちへの仕送り分や数日の生活費を差し引いてもまだ10万ゴルドほど余裕がある。予算を超えないように品定めをする。
防具は主に二種類存在する。一つはオーソドックスな鎧型。鉄や鋼などの金属を加工して作る物理的な防具。中には特殊な鉱石を使うことで隕石にも耐えうるほどの防御力を発揮するものもあるらしい。
二つ目は魔防具。一見するとただの衣服にも見えるが、繊維の一本一本に魔素がしみ込んでおり、耐火熱や耐毒、耐電撃、耐魔など様々な効果を発揮する。ただし、物理的衝撃にはそこまで強くないので、これを着るには攻撃を避ける機敏さも必要になる。
あと、ここには売ってないけど王都の騎士たちが使っている防具はこの二つを掛け合わせたものらしい。
鎧の金属に魔素をいきわたらせることで物理ダメージから属性ダメージまで防げる優れものである。
ただ、金属に魔素を浸透させるのは技術が必要らしく、作れる職人も限られてくる。市場にはほとんど出回ってこないだろう。
物理的なダメージは最悪擬態解除すれば防げるし、属性攻撃を防げる魔防具を買うことにしよう。鎧は見た目もかわいくないし。
「リカさんリカさん! これなんてどうッスか?」
パラスが店の端から魔防具を一つもってきた。
若干青っぽい色合いで私の好みではない。
「却下よ。自分で選ぶから放っておいて」
「この服毒耐性があるんスよ。この近くに地下遺跡があるんスけど、そこの魔物は毒を使うやつが多いから対策しておくに越したことはないッス」
毒か。たしかに以前私はスコーピオンの毒を全身に浴びて動けなくなった。まあ、すぐに治癒がかかるところまでアテナの作戦だったわけだからあの時は大丈夫だったけど、今後どうなるかはわからない。
擬態解除しても毒は有効だ。悔しいけどこいつのチョイスは結構的を射てる。
「ぼったくり価格じゃないでしょうね?」
「売れ残りコーナーに置いてあったからたったの3000ゴルドッス!」
こいつ……! 売れ残りを私に勧めたっていうの!?
ほんとに腹の立つガキだわ。
そんな私の心の声を知らずにパラスはニコニコと笑っていた。
なんやかんや毒耐性は欲しかったので青い服は購入した。鏡で自分を見てみたけど、やっぱり私には似合わない。
続いて宝石商に入る。
宝石商が扱っているのは魔法を行使するために必要な宝玉やその他さまざまな特殊効果を持ち主に与えるアクセサリーである。
まあ効果の割に値段が高いため、アクセサリーを用いる賞金稼ぎは少ないけど、私は買い物じゃなくて時間つぶしに来ただけだから関係ない。
パラスは宝玉が並ぶ棚をじっと見ている。
私は一応無詠唱の雷魔法使いってことにしてあるけど、宝玉を持っていないと怪しまれるかしら? まあ、気が向いたら一個くらい買っておきましょう。
しばらく棚の商品を眺めて過ごした。商品はどれも高価なものばかりで、ガラスケースに鍵をかけた状態で展示されている。なかでも異様なのがカウンターと一体になっているケースだ。店主の目の届く範囲でありながら魔法で小規模な結界まで張られている。よほど高価なものが置いてあるのだろう。
私は好奇心に駆られてケースの中を覗いてみた。すると、そこで意外なものを発見する。
「……これって」
ケースの中に入っていたのは手のひらサイズの円盤。黄色いものだ。円盤の中心から紐が通してあってネックレスのようになっている。
もしかして、これは浩太が落としたエーテルディスク?
確かにエーテルディスクの表面はピカピカ光っているから宝石のように見えなくもない。しかしなぜこんなところにエーテルディスクが?
「あの、これってなんですか?」
中年女性の店主に尋ねると、やや興奮したように話し始めた。
「ああ、それかい? 実は一昨日にハンターが売りに来たんだよ。魔物の討伐中に拾ったらしいんだけど、なんとこれエーテルでできた結晶なんだよ!」
「エーテル……?」
そういうえば、エーテルという物質に関して私はほとんど知らない。
浩太によれば、ユリ博士が発見した未知のエネルギーだっけ? じゃあ、なんでこのおばさんがエーテルのことを知ってるんだろう?
「エーテルっていうのは天界を構成する元素のことさ。この世界が火水風土雷癒光闇の八大元素で構成されてることは知ってるだろ? だけど、天神族の住まう天界って場所は第九元素エーテルのみで構成されてるって噂なんだよ」
へー、よくわかんない。
「100年前に魔王討伐を果たした勇者たちが持つ神器もエーテルで出来ていたって話だし、この円盤は神器とほぼ同じ価値を持つ代物ってわけさ」
勇者、ね。
その話はアタトス村で村長から何回か聞いたことあるわ。
確か泉から出現した魔王とその軍勢によって世界が一度滅ぼされかけて、それを四人の勇者が五つの神器を用いて封印したって話。
アテナはあまりその話したがらないけど、なんでだったんだろ?
まあいいわ。こんなところで浩太のパワーアップアイテム潰せるのは都合がいいし、多少高くても買わせてもらうわ。
「おばさん、このネックレスいくらなの?」
「……あんた文字が読めないのかい? 10億ゴルドだよ」
……は?
はぁぁぁ!?
「じ、10億って! たかがネックレスにそれは高すぎでしょ!」
「高すぎなもんかい! 神器と同等の価値って言っただろ? むしろ安すぎるくらいだよ!」
果たしてこれを拾ってきたハンターにはいくら支払ったのか気になるところではある。どうせ、大した価値なしとか言って安値で買い取ったに違いない。
こんな小さな店で数億もの金をポンと出せるはずがないもの。
ふん、そのハンターに強盗でもされればいいのにこのおばさん。
結局ディスクは諦めて店を出ることにした。まあ10億なんてお金浩太にだって用意できるはずがない。あいつは強盗なんかとは無縁の存在だし。八方塞がりなのは間違いないわ。
でも一応ツミカにも相談しておきましょう。万が一他のハンターがあのディスクを買い取って、それが浩太に流れたらマズいもの。
さて、そろそろ浩太やナーゴも出払ったはず。
私は仕事を選びにギルドに向かった。
せっかく毒耐性の魔防具を買ったのだから地下遺跡にでも潜ってみようかしら。
そんな意思を知ってか知らずか、パラスが討伐依頼の紙を一枚持ってきた。
「リカさん! 初心者はまず、こういう魔物から挑戦して行くッス!」
誰が初心者だ。
そう思ったが、難易度の割に報酬も悪くない。
遺跡を巣にしている蟲を数十匹殺して袋詰めにするだけの簡単な仕事だ。蟲の体液が薬に使えるらしい。うえぇ。
私の雷撃を用いれば一発ね。数十どころか数百匹だって倒してやる。
「いいわ。受けてあげる。ついてきなさいパラス!」
「ウィッス! ……って、パラスが先輩ッスよ!」
私たちは地下遺跡へと向かった。





