第24話 ツミカ=キヴァル
前回までのあらすじ。
頭脳明晰完全無欠のバイヤードであるこの私、リカルメは、胡散臭い賞金稼ぎナーゴと謎の黒騎士グランレンドに命を狙われていた。
昨日はなんとか命からがら逃げきれたものの、ナーゴが身近で目を光らせている状況は変わっていない。
そんな中、私と浩太の賞金稼ぎ資格獲得の審査が始まった。直前で適当な理由をつけて誤魔化そうと思っていたけど、思いがけぬ協力者を得られた私はそのまま審査を合格した。
私が合格した理由を浩太は聞いてきたけど、教えるわけにはいかないわ。
ぬらりくらりと困難を躱しつつ、私はハンドレッド・バイソンが生息するという泉までやって来た。
◇
浩太はレヴァンスラッシャーにレイバックルから取り出した白のエーテルディスクをセットする。
《----Disk Set Ready----》
「あの女の子に危険が及ぶ前に魔物を倒す。ちょっとそこで待ってろ」
「ちょっと! 馬鹿なこと言わないで戻ってきなさいよ!」
私の声を無視して浩太は魔物へと突っ走っていった。
なんて馬鹿なのかしら。あの少女は同業者だから、助けるだなんて余計なお世話だと思わないのかしら?
まあいいわ。浩太が魔物を倒したら今度は私があの女を始末すればいいだけの話。
こういう時役割分担って大切よね。浩太は同種を殺せないみたいだし。
「腕だけ擬態解除っと」
怪人化した右腕を少女に向ける。
透き通った紅色の肌に、ビリビリと稲妻が充填されていくのを感じる。人差し指と親指を立てて銃の形を作った。
紅ノ雷銃の準備は完了した。あとは浩太に気づかれないように発射するだけ。
「お待ちくださいリカルメ様!」
と、その時後ろから女性の声が聞こえた。
慌てて右腕を人間態に戻すが、声の主を見た瞬間その必要がないことに気づいた。
「ツミカ、人間態の時はリカと呼びなさい。っていうか、貴女ギルドの仕事はどうしたの?」
そう。バイヤード審査の直前で私を部屋の奥へと呼び出したツミカという職員。
彼女が審査結果を偽装することで私は賞金稼ぎの資格を得たのだ。
ツミカは跪いた状態で私に話しかける。
「失礼しましたリカ様。急ぎご報告があって駆け付けた次第でございます」
「言ってみなさい」
「ハッ! 昨夜リカ様の命を狙ったという賞金稼ぎのナーゴが依頼を受けてこの付近に出向いています」
「なんですって!」
この場にはレヴァンテインもいるけど、ナーゴ相手に浩太が加勢してくれるとは考えにくい。いや、ナーゴだけならともかく、黒騎士まで一緒だった場合、全滅してしまう可能性だってあり得る。
「如何いたしますか、リカ様」
「撤退よ。ひとまずダルトスの町まで、貴女の棲み処まで運びなさい」
「畏まりました。では、擬態解除!」
瞬間、ツミカの体が大量の水で覆われた。渦巻く水流の中でツミカの体の形が変わっていき、やがてツミカはメカジキのような姿をした怪人、ソードフィッシュ・バイヤードへと変態した。
全身を覆う銀色の鱗。右手首からはメカジキの吻を模した60㎝ほどの針が伸びている。
そう、彼女はツミカではない。ツミカという人物に擬態したバイヤードなのだ。つまりは私の部下にあたる。
「ではリカ様。失礼します」
「え? きゃあっ!」
ソードフィッシュは私の体を持ち上げると、お姫様抱っこのような体制にさせられた。
撤退命令を出したのは私だけど、右腕の針が体に刺さらないかヒヤヒヤさせられる。
「少しスピードを出しますので掴まっていてください」
そう前置きしてソードフィッシュは地を駆ける。
その速度は徐々に上がっていき、最終的は時速100㎞に到達した。
前の世界でソードフィッシュがこの速度を出せるのは水中のみだったはず。この子もバイヤードとして覚醒してるってことなのかしら。
なんで、私だけ、前より弱くなっているんだろう……。
もやもやとしたまま、私たちはナーゴを回避してダルトスの町に到着した。
◇
「私はギルドでの職務が残っておりますでリカ様はこちらの家でお休みください」
ツミカにそう言われてから何時間が経過しただろうか。
石造りの家に案内された私はそこでずっとツミカの帰りを待っている。わざわざ私を呼び戻すためだけにギルドを抜け出して来たため、仕事の方は山積みなのだそうだ。
家の中は意外と広く、どうやら姉と二人暮らしのようだ。
もう一人の方はバイヤードではなく普通の人間だそうなので、私もリカとして振舞わなければならないのだろう。あー、めんどくさ。
しかも、その同居人というのが私たちの審査を担当したパーラ=キヴァルだという。
私に人格擬態のスキルがあればパーラを食べてこの家を乗っ取ることも容易いけど、それができない以上不用意に擬態は使うべきじゃないわね。
というかこの姿を捨てたらアテナと再会した時に私だとわかってもらえないかもしれないし。
浩太のいる宿に戻ろうかとも考えたけど、あそこにはナーゴも泊まっているため、帰るのは非常に危険である。
とりあえず今日はツミカの家に泊まらせてもらう予定だけど、そのことをどうやって浩太に伝えるべきか……。あいつはスマホ持ってるけど、私は持ってないし。
っていうか充電は大丈夫かしら? 一応昨日MAXまでチャージしてあるし、節約すれば数日は大丈夫だと思うけど。
なんてことを考えていると、玄関から扉の開く音と足音が聞こえてきた。ツミカが帰ってきたのかしら?
しかし、家に入ってきたのはツミカ=キヴァルでもパーラ=キヴァルでもなかった。
「ただいまッス。……って誰スかあんた!? 泥棒さんッスか!?」
家に入ってきたのは槍を背負った小さな少女。私よりも一回り小さい体躯で髪はショート。
この子どこかで見たことあるような……。それも結構最近……。
あ、そうだ。ハンドレッド・バイソンのところにいた賞金稼ぎだ。でもなんでこんなところに?
「私はソードフィ……じゃなくて、ツミカに招待されたお客のリカよ。あんたこそ何者よ、ツミカの話じゃ家族は姉のパーラだけって聞いてるけど?」
「パラスは賞金稼ぎのパラス=トリトンッス! そういえばギルドでツミカさんと話してた時にお客さんがいるかもしれないって聞いていたの忘れてたッス! ごめんなさいッス!」
……なんかテンション高い子ね。
「ってことは貴女もこの家で暮らしているの?」
「はいッス。ちょっと前まで宿を転々としてたんスけど、この前とうとうゴルドが切れて行き倒れてたところをパーラさんが拾ってくれたんスよ」
まあ、ツミカが拾うわけないわよね。あの子だってバイヤードなんだから人間に情けをかけるわけがないし。
泉で私の姿を見られたわけでもないようだし、大人しく人間のフリをしておきましょう。
あれ? この子今パラス=トリトンって言った? なんかその家名聞き覚えがあるんだけど……まいっか。
「リカさんも賞金稼ぎって聞いたんスけど本当ッスか?」
「そうよ。といっても、今日資格を取ったばかりだけどね」
「じゃあ5年続けてるパラスの方が先輩ってことッスね!」
は? 調子に乗るんじゃないわよ劣等種が! と、言いたくなるのをグッと堪える。
なんで私がこんな小学生の下に就かなきゃいけないのよ。はー、むかつく。
あれ? っていうか今5年って言った? この子どう見ても10歳前後よね? 幼稚園児のころから賞金稼ぎなんてやってるってこと?
「パラス、あんた何歳なの?」
「15ッス! もう立派な大人ッスよ!」
み、見えない……! とても中学生には見えない!
そんなやり取りをしていると玄関からまた二人の人物が入ってきた。ツミカとパーラだ。
「あら、ツミカのお友達ってリカさんだったのね」
「はい! 今日はお世話になります!」
「今日だなんて言わず、これからずっと住んでいきなよリカ。住むところ無いって言ってただろ?」
ナイスフォローよツミカ。しかし、人格擬態できるバイヤードの頭の中ってどうなってるのかしら? 擬態前だったら絶対に私を呼び捨てなんてできないはずなのに。
パーラは見た目通りの温厚な性格で、夕食を終える頃には私はキヴァル一家と打ち解けていた。
夜が更けるころ、パラスはパーラの部屋に、私はツミカの部屋で寝ることになった。
「それじゃあおやすみ、姉さん、パラス」
「おやすみなさ~い」
「おやすみなさいッス!」
寝るときにも元気なおこちゃまね。
明日からこの子を先輩扱いしなければいけないかと思うと嫌気が刺すわ。
ともかく部屋割りが綺麗に人間とバイヤードに分断されたことで、ようやく私はリカルメとしてソードフィッシュと話すことができる。
隣の部屋が寝静まるを確認すると、私は部屋の椅子に座った。ツミカは地面に膝をついて顔を伏せている。
「……別に王の御前ってわけじゃないんだからもっと楽にしてなさいよ」
「なにを仰いますか。リカルメ様は我らバイヤードの四天王、つまり王で御座います。同じ目線で言葉を交わすなど不敬もいいところであります」
「四天王ってそういう意味じゃないと思うけど……まあいいわ」
先日スパイダーたちの件があったからちょっと不安だったけど、この世界でもちゃんと私の威厳は保たれているみたいね。
「リカルメ様、無礼を承知で一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか」
「許すわ。言いなさい」
「なぜ、リカルメ様はレヴァンテインと共に行動していたのでしょうか? それも、擬態先を変えずに、そのままの姿で」
やっぱりそこは聞かれるわよね。
いいわ。ようやく巡り合えた同志なんだから正直に教えてあげましょう。
私はツミカに浩太が来てからの出来事を順に語っていった。
浩太と戦ったこと、山賊に村が襲われたこと、浩太と一緒にアテナを救出したこと、レイバックルの充電と引き換えに旅についてきたこと。そして、真の目的、レヴァンテインの進化を妨害すること。
「ちょ、ちょっと待ってください! それではリカルメ様はそのアテナというエルフに肩入れしているということですか!?」
「なによ。私の愛にケチをつけたいのかしら? いい度胸ね」
「あ、愛って……。組織でも人間嫌いで有名だったリカルメ様がどうして……?」
「アテナは人間じゃなくてエルフよ。バイヤードほどではないにしろ彼女も立派な上位種なんだから私の愛を受け取るに相応しいと思わない?」
「は、はぁ。しかしアテナだなんて少し女のような名前ですね」
「アテナは私と同じ女の子よ。だから好きになったの」
「えぇ……」
っと、いけないいけない。
アテナの話してたら会いたくなってきちゃう。ゼドリー様に会うまではアテナのことを忘れるくらいの覚悟でここにいるのに。
「リカルメ様。では私めにレヴァンテイン抹殺の命を与えてください」
「貴方が?」
「は。原因は不明ですが、この世界に来た時から覚醒したように力が漲っているのです。今の私であればレヴァンテインにも遅れは取りません」
覚醒……か。
確かにアタトス村の山賊三人衆に浩太は押されていた。最終的には私たちが勝ったけど、あれはスコーピオンの毒がバットとスパイダーを侵食していたからだ。もしソードフィッシュがあの三人と同じくらいに強くなっていたとしたら、確かに打倒レヴァンテインも夢ではない。
だけど。
「ダメよ」
「なぜですかリカルメ様! ギルドで奴とは何度か顔を合わせていますがまだ正体はバレていません! 奴を葬るには今が絶好の機会です!」
「敵はレヴァンテインだけじゃないわ。あいつの側には今ナーゴがいる」
「ナーゴ……? 確かに奴は腕の立つ賞金稼ぎではありますが、バイヤードの敵ではありません。先ほどもリカルメ様は撤退を命じられましたいったいなぜあんな人間を恐れるのですか……?」
「問題なのはナーゴの仲間よ。確か浩太はグランレンドって呼んでたかしら? 黒い鎧を纏った騎士で、その力はゼドリー様にも匹敵するわ」
「ぜ、ゼドリー様に……!?」
「そうよ。貴女、その覚醒とやらでゼドリー様にも匹敵する力を得たのかしら?」
「と、とんでもありません! 幹部クラスに上がれるか否かというレベルです!」
と、いうことは以前の私と同じくらいの実力ってことね。
あー。覚醒とか贅沢なこと言わないから元の強さに戻ってくれないかしら。
この世界に来た時くらいから明らかに弱くなってるのよね、私。
本来の私にとって紅ノ雷砲なんて必殺技でも何でもない。あれくらいの稲妻は人間態でも放てるような威力だった。
それが今では触手を一か所に集めて稲妻を増幅させて、ようやく撃つことができるという状態にまで弱体化している。
元の世界でレヴァンテインにやられた傷でもまだ残ってるのかしら?
でも傷なんてアテナに治してもらったはずだし、どこも悪くはないはずなんだけど……。
とりあえずそのことをソードフィッシュには悟られないようにしなくてはいけない。
今までの情報を要約すると、私とソードフィッシュの力関係は今逆転しているということだ。
バイヤードは弱肉強食の縦社会。私が弱くなったなんて知られたら、こいつは平気で私を見捨てるでしょうね。
「ナーゴとグランレンドが私の命を狙っているということは確かよ。ただ、その目的は不明。グランレンドの顔もわからない以上、とりあえずこの町からレヴァンテインを引っ張り出した方が無難ね」
「畏まりました。ではその際は陰ながら同行させていただきます」
これで私にも仲間ができた。
想定よりも早くレヴァンテインを消すことができそうで安心した。
アテナを救ってくれたことには感謝してるけど、それ以上にゼドリー様に手をかけた事実は許されるものではないわ。たとえこの世界に降臨していたとしてもね。
見てなさい。すぐに殺してあげるわよ浩太。
「まあせいぜいそれまでは賞金稼ぎごっことやらを続けさせてもらうわ」





