プロローグ
数年前から使われなくなった廃工場。
人の声も気配も無い。不気味なほど静かな空間に俺の足音が木霊する。
ところどころ汚して偽装されているが、設備は今も生きているようだ。監視カメラが俺の動きを追っている。
やはり、ここが『奴ら』のアジトか。
俺の名前は戌亥浩太。正義のヒーロー『レヴァンテイン』だ。
世界征服を目論む悪の怪人結社『バイヤード』を殲滅するべく、俺はバイヤードのアジトだと思われる廃工場に乗り込んでいた。
殲滅、と言ってもこの世界に存在する怪人はもう一体しか残されていない。が、その最後の一体が一番厄介な怪人だ。
なにせ、今から対峙するのはバイヤードの親玉だ。
廊下の奥まで突き進むと、開けた場所にたどり着いた。
中央には一体の怪人が佇んでいる。
「お前の部下たちは、全て俺が倒した。リカルメも、リゼルも、ダフも、オクシオンももういない。後はお前だけだ……ゼドリーッ!」
2mほどの真っ白な巨体がジッとこちらを見据えている。
全バイヤードの指揮を執り、世界征服を目論んだ悪の元凶、首領ゼドリー。
こいつのせいで、多くの人たちが亡くなった。
幸せに生きるはずだった人たちが、涙を流すことになった。
俺は、こいつを倒すためにここまで生きてきたんだ。
「お前が他のバイヤードよりも強いのは認めよう。しかし、その程度では僕には敵わないな。諦めてこの世界をおとなしく引き渡してください。そうすれば奴隷として命の保証はしてあげましょう」
ゼドリーと対話するのは初めてじゃないが、相変わらず気持ちの悪い喋り方をする奴だ。
重複する一人称、ころころと変わる口調。まさしく、化け物との会話って感じだ。
「……断る、お前の思い通りにはさせない!」
変身ベルト『レイバックル』を腰に巻き、巨悪と対峙する。
そして、ポケットから直径10cmほどの黒い円盤を取り出した。中央に穴が空いており、CDやDVDに近い形状をしている。
こいつの名前はエーテルディスク。『レヴァンテイン』の変身アイテム、と言ったところか。
黒のエーテルディスクをレイバックルにセットする。
《----Preparation----》
レイバックルから電子音声と待機音が流れる。
俺は右手と左手を交差させる。そして、ディスクの回転をイメージし、それと同じように両手を大きく回す。
一回転した後に、右手でレイバックルに取り付けられたレバーを掴み、左手を胸の前に出し握り拳をつくる。
そして、右手で勢いよくレバーを動かし、叫んだ。
「変身……!」
《-----Complete LÆVATEINN RAGNAROK FORM-----》
レバーに連動して黒のディスクが勢いよく回転する。
するとレイバックルから大量の粒子が放出された。
そして粒子が集まり形を成していく。
手、肩、足、腰、胸、胴、背中、頭。
全身を覆う黒いスーツだ。
スーツが完全に実体と化したら、周囲に装甲が出現し、俺の体に装着される。
この間わずか数秒。『変身』が完了した。
一年の戦いを経て手に入れたレヴァンテインの最終形態。ラグナロクフォームだ。
調整もまだ不十分で暴走の危険もある。
しかし、ゼドリーに立ち向かうためには、もうこの力に賭けるしかない。
ヘルメット内部から通信音声が聞こえてきた。
レヴァンテインの開発者であり、戦闘オペレーターであるユリ博士からだ。
『戌亥くん。黒のディスクは強大な力を秘めているが、反面非常に危険な代物だ。暴走の兆しが見えたら迷わず変身を解いて逃げ出せ。君を失っては元も子もない』
「わかってるよユリ博士。暴走なんてさせない。必ず御しきってみせるさ」
『ドクターリリィと呼べ。……頼んだぞ』
そして、レヴァンテインと首領ゼドリー、決戦の火蓋が切られた。
先に動いたのはゼドリーだ。奴は名称不明のエネルギーを行使して無数の弾丸を展開した。
次の瞬間、視界を覆いつくすほどのエネルギー弾が俺に向けて襲い掛かる。
しかし、こちらも負けていない。
『黒のエーテルディスク』で変身した最終形態には終焉の力が秘められている。
より具体的に言うと、ラグナロクフォームが触れたものは全て消滅する。消えたものがどこに行くのか、それは俺にもわからない。
能力の発動に応じてレヴァンテインの戦闘スーツが黒色の淡い光を放つ。
『ラグナロクフォームは常時必殺技発動状態だ。バッテリーの消耗も激しい。長引かせてはいけないぞ!』
「ああ、わかってる! ……けど」
大半のエネルギー弾は『黒』の力で打ち消せている。なのに、弾幕のなかに何発か『黒』の力をすり抜けて俺にダメージを与える弾が混じっている。
最終形態で挑んでも、ゼドリーには通用しないっていうのか……?
長い時間戦い続けた結果、俺の方が先に限界を迎えた。
レイバックルからの黒い放電現象。暴走の兆しだ。
『マズい、システムが暴走している。今すぐ変身を解くんだ!』
「……無茶言うなよ、ユリ博士。いま変身を解除したらゼドリーの砲撃くらってお陀仏だぜ?」
『ドクターリリィだ! いやそんなこと言ってる場合じゃない! だったら逃げろ! なるべく遠くに逃げて、安全な場所で変身を解くんだ!』
「させると思うか?」
ゼドリーが天井に向かって砲撃を放つ。
すると、弾の中からドーム状のエネルギーが広がり、周囲の空間を封鎖した。
『そ、そんな……!?』
「さあ、レヴァンテイン。暴走とやらを見せてみろ。死にゆく道化の最期の余興、堪能させてもらいますよ」
もはや逃げ場はない。かといって、もう戦う手段も残されていない。
悔しいけど、完全に詰みだ。こんなところで正義は死んでしまうのかな?
「……一年戦い続けた結果がこれって、笑えねえな」
せめて最期に一矢報いろうと、拳を構える。
ゼドリーを倒すことができなくても、何か致命的なダメージを与えられれば、奴がそれを回復している間にユリ博士が対策を練れるはずだ。
死ぬことは怖くない。怖いのは、この邪悪に負けることだ。
と、その時。マスク内部のモニターに表示されたレヴァンテインのスペックに目が向いた。
黒のエーテルディスクから放出されるエネルギー量が際限なく上がっている。
暴走の影響だ。
制御するのは不可能だが、いま俺は無限に等しいエネルギーを身に纏っている。
ラグナロクフォームは全てを無に帰す終焉の力。その対象は装着者本人の俺も例外じゃない。
もしも、レイバックルのシステムが終焉の力から装着者を守るためのものだったら?
もしも、俺の命を犠牲にすることで地球の平和を守ることができるとしたら?
答えはもう決まっていた。
《-----RAGNAROK Ready----》
レイバックル左側のボタンを押して、必殺技待機状態にする。
ラグナロクフォームは変身しただけで常に必殺技を発動している状態だ。そんな状態からさらに必殺技状態を上乗せしたら、システムは過剰駆動を引き起こし、変身者である俺の命の保証はない。
『おい、戌亥くん! 何を考えている! 暴走状態でディメンションバニッシュなんて使ったら……!』
「ユリ博士、ごめん。やっぱり俺、自分よりこの世界のみんなが大事だ」
『やめろ! 戌――――』
通信を切った。たぶん今のが最期の会話になるだろう。
黒い放電がどんどん激しくなっていく。雑魚のバイヤードならこの余波だけで殺せるかもしれない。
だけど、相手はバイヤードの親玉。倒すためには、己の身を犠牲にしてでも、この必殺技を直撃させるしかない!
俺は、静かにベルトのレバーを倒す。
《----DIMENSION BANISH----》
「これが、俺の、正義だあああああああああああああッ!」
放電現象がさらに激しくなり、周囲に黒いエネルギーが満ち溢れる。
そのすべてのエネルギーが俺の右足に収束する。
「自滅覚悟ですか……。いいだろう、来い」
ゼドリーも俺の力に対抗するべく力を溜める様子を見せる。
だが、今さら俺の覚悟を悟ったところでもう遅い。俺はすでに、限界を超えている!
ドームの天井すれすれまで跳躍し、右足の狙いをゼドリーに定める。
背中のブースターを稼働させ、超速のキックをゼドリーに叩き込む!
「ディメンション、バニィィィィィィィッシュッ!」
レヴァンテインと首領ゼドリーが激突し、暴発したエネルギーが周囲一帯を包みこんだ。
少なくともアジト付近は跡形もなく消し飛んでいるだろう。
レヴァンテインの放つ黒い光。
それが、死ぬ前に見た最後の光景だった。
◇
背にヒヤリとした土の感触を覚え、草木の香りに包まれながら目を覚ました。
あたりを見回すと立派な木々が一面に植えられている。ここは森の中だ。
……森の中? 俺はさっきまで廃工場にいたはずだ。
それもあそこは町中で、付近に森も林もあるわけがない。
「俺、生きてるのか……? ていうかここはどこだ?」
ポケットからスマホを取り出し、地図アプリを起動する。数秒の待機画面の後に位置情報の検索が始まった。
しかし、結果が表示されない。
「……圏外?」
このスマホは『レ―ヴァフォン』という名のアイテムでユリ博士が改造した特別製だ。
地下だろうが山奥だろうが宇宙空間だろうが、必ず通信ができるよう調整されている。……はずなのだが、どういうわけか今の画面には圏外の二文字が表示されている。
「こんな時に故障か……。まいったな」
しばらく途方に暮れていたが、このままここで救助を待っていても仕方がない。
日が出ているうちに人のいる場所を目指そう。
まっすぐ歩いていればそのうち森を抜けられるだろうという浅はかな考えだ。
だが少し浅はかすぎたかもしれない。数分も経たないうちに先ほどの怪我が痛んできた。
ゼドリーとの戦いで、数か所の打撲とアバラの骨折が出来ている。とてもじゃないが、これ以上は動けそうにない。
ひとまず近くの木にもたれかかるように座った。
歩いてきた道を振り返ると血が地面に染み込んでいる。どうやら出血もあるようだ。
レ―ヴァフォンが繋がらないせいで救急車も呼べない。
かといって、放置すれば傷口から菌が入って破傷風になりそうだ。
「ハァ、ハァ、このままじゃ、結局野垂れ死にだ……」
なにかこの状況を打破できる突破口は無いものかと、周囲を注意深く見渡した。
目に映るのは果ての無い木々ばかり。珍しいものは何もない。
かと思いきや、視界端に何か動くものを捉えた。
その一点に注意を向ける。人だ、人が走っている。
助かった。とりあえずこのまま孤独死は避けられそうだ。
……ん?
待てよ。よく見ると、動く影は一つじゃない。
2、3、4、5……。まだまだ増えている。
先頭で走っているのは金髪の少女。そしてその娘を追いかけているのは……巨大な蜘蛛!?
「きゃあああああああ!」
少女の悲鳴を聞いた途端、俺の身体は勝手に動き出した。
助けなければ、と本能が叫んだ。怪我の痛みも忘れるほどに。