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第23話 グランレンド

 基本的に賞金稼ぎ(バウンティハンター)は個人活動である。

 しかし、依頼の難易度や賞金首の危険度によっては一時的なグループを組んで、賞金稼ぎ(バウンティハンター)同士協力するというケースも珍しくない。

 そういったグループの為に、ギルド内には作戦会議のための個室が3部屋存在するらしい。

 俺とナーゴはそのうちの一つに案内された。



「本当は4人以上のグループにしか貸し出さない決まりなんだけど、トップクラスのナーゴさんにお願いされたら断れないね。ハンドレッド・バイソンと戦った疲れも癒していきなよ」


「いやあ、いつも悪いなツミカ。オレのわがままに付き合わせちまって」



 ハンドレッド・バイソンを倒したのは俺だけどな。

 結局あんな巨体を一人で持ち帰ることもできないので、換金できそうな部位をナーゴに教えてもらい、持てる分だけ二人で持ち帰って来たのだ。


 周りからみたら、俺はナーゴのお供という扱いらしい。というかナーゴ、お前そんなエリートだったのか。



「それじゃあごゆっくり」


「おう! ありがとよ!」



 ツミカと呼ばれた職員が帰ると、会議室は俺とナーゴの2人きりになった。

 扉が閉まった瞬間、賞金稼ぎ(バウンティハンター)たちの騒がしい声が一切聞こえなくなる。

 そして、目の前の人物の空気もガラリと変わる。



「ああ、その扉に奇妙な図形が描かれているだろう? それが防音の役割を果たしているそうだ。つまり、私たちの会話も外に漏れることはないから安心したまえ」


「急にキャラ変えるなよ、ビックリするわ」


「あ、そう? じゃあオレはこっちの人格で話した方がいいかな?」


「……私キャラの方でいいよ。たぶんそっちが本来のお前だろ」


「そうか。ではこちらの人格で喋らせてもらう。まずは私のことから話させてもらうが、何か聞きたいことはあるか?」



 とりあえず、こいつには一つ確認しておかなければいけないことがあるな。



「単刀直入に聞こう。お前はいつ、ナーゴを喰った?」


「ふ、まあさすがにそれくらいの察しはついているか」



 こいつはナーゴであってナーゴじゃない。ナーゴに擬態したバイヤードだ。

 それもリカのように中途半端に姿形を似せただけでなく、記憶や人格までコピーしてやがる。



「正確な日時は覚えていないが、少なくとも貴様ら2人と接触したナーゴは私だ。貴様目線で話すなら最初から貴様は私と話していたことになる」


「つまり、本物のナーゴはお前が殺したってことだな」


「勘違いするな。私は道中に行き倒れてた亡骸を再利用したまでだ。腹が食い破られていたようだから、おそらく魔物の討伐にでも失敗したのだろうな」



 そんなものは言い訳に過ぎない。

 バイヤードである以上、人間の敵であることに変わりはないのだ。

 俺の敵意に気づいたのか、ナーゴは両手を前に出し俺をなだめるような動作をする。



「まあ落ち着け。昨晩の一戦で貴様に勝ち目がないこともわかっているはずだ」


「なんだと?」


「それに、今の私をバイヤードと呼ぶのは少し語弊がある」



 ナーゴが席を立ち、両手を広げる。



「擬態解除」



 な、こいつ、俺の油断を誘ったつもりか!

 ベルトは既につけている。しかし、奴の姿の変移を見ていくうちに、レバーを持つ手が下がっていった。


 目の前のなにかからナーゴの外装が剥がれ、中の本体が見えてくる。しかし、それはバイヤードの醜い怪人態とは違う。


 人間の中から、人間が出てきた。そう表現するほかない。

 ナーゴより一回り小さい身体つき。顔は美形で髪は緑に染まっている。


 少し、神秘的な雰囲気を纏っているものの、目の前のこいつはバイヤードなんかじゃない。立派な人間だ。



「お前、本当に何者なんだ?」


「私の名はシオン。かつてオクシオン・バイヤードだった者だ」


「オクシオン……って、バイヤード四天王のあのオクシオンか!?」



 バイヤード四天王。

 50のバイヤードを束ねる四人の幹部。リカルメ、リゼル、ダフ、そしてオクシオン。


 リカがゼドリーへの忠誠心が一番高いバイヤードならば、オクシオンは一番低いバイヤードだった。

 初めて会った時の名乗りが「私はいずれゼドリーを討ち取り、バイヤードの頂点に君臨する男だ」だったからなぁ。


 レヴァンテイン(おれ)と戦う時もゼドリーへの愚痴を欠かさず、あまつさえゼドリーが寄こした増援を蹴り殺した時もあったっけ。



「懐かしい肩書だ。あんな愚者(ゼドリー)に付き従っていた過去があると思うだけで寒気がする」



 3か月ほど前からオクシオン・バイヤードは表に姿を現さなくなった。バイヤードの内部抗争で死んだという情報をユリ博士が手に入れたのがつい最近のこと。


 その時点ではダフもリゼルも倒しており、アジトにゼドリー一人になった時を狙い、俺は最期の戦いに挑んだのだ。



「しかし、なんでそのオクシオンがこんな姿に? 他のバイヤードはちゃんと怪人態を保っていたぞ」


「一応シオンと呼んでもらえるか? オクシオンと言う名はレヴァンテインと同じ、否、それ以上にバイヤードが忌み嫌う名だ。無意味にそこいらのバイヤードを刺激する必要もあるまい」「……わかった。シオン、その青髪の少年もこの世界の誰かに擬態した姿なのか?」


「いや、この世界に来た時、気がついたらこの姿になっていた。擬態能力は使えるが怪人態に戻ることはできない。今の私はバイヤードでも人間でもない、中途半端な生命体というわけだ」


「その姿に関しては、これ以上話しても無意味そうだな。よし、話題を変えよう」



 俺は机の上に腰に下げてた黒い剣を置く。

 レヴァンスラッシャー。またの名を、グランセイバー。



「グランレンドとは何だ? あの黒い鎧姿、どう見ても普通じゃない」


「鎧? ああ、暗闇でそう見えたのか。正確にはあれは鎧じゃない。重装甲のバトルスーツだ」


「スーツ……まさか!?」


「実際に見せた方が早いか」



 シオン懐から15㎝ほどの機械を取り出す。このファンタジーな世界にそぐわない機械を。

 右手でそれを腰に当てると、機械の両サイドから光が腰回りを一周し、光の軌跡はベルトに変わる。



「女神キーロンより賜りし神器の一つ、『バイヤードライバー』。その真価をお見せしよう」



 そう言ったシオンが手に持っているのは黒のエーテルディスク。

 バイヤードライバーの右手側にはディスクが一枚入ることを想定されたホルダーのようなものが付いている。

 シオンがホルダー上部のスイッチを押すと、ホルダーがVの字に開き、ディスク待機状態になる。ホルダーの中にディスクを入れ、蓋を閉じる。



《----LOADING----》



 バイヤードライバーから変身待機音が流れる。重々しい音。なにか尋常ならざる者に変わろうとする予感をさせるような音が。



「変身」



 掛け声と同時、シオンはホルダー全体を前に90度回転させた。



《----Change RAGNAROK GRANREND----》



 バイヤードライバーからシステム音声が流れる。その直後、ホルダーからディスクが急速回転する音が聞こえてきた。

 ホルダーから黒い光の粒子が溢れ出て、シオンの右側に巨大な円盤状の渦が現れる。

 渦はゆっくりとシオンに近づいて行き、シオンの身体を右から左へと侵食する。

 侵食された箇所は黒いスーツで覆われている。その上から複数の装甲が現れ、全身に装着されていく。


 その姿は紛れもなく、俺たちが苦戦した黒騎士だった。



「その姿……いや、そのベルト! お前、どうやってレヴァンテインに!?」


「違う。レヴァンテインではない。グランレンドだ」



 いや、ちょっと形違うけど、ほとんどレヴァンテインだろ。

 頭からつま先まで全身を覆う特殊合金繊維のスーツ。腰に巻かれた変身ベルト。そして、ベルトに装填されたエーテルディスク。

 これがレヴァンテインじゃなくてなんだと言うんだ。



「……まあ確かにグランレンドシステムは貴様のレヴァンテインシステムをベースに作られている。だが、私はあくまでもグランレンドの装着者にすぎん。模倣(パクリ)を訴えるというのであれば製作者のキーロンを訴えるがいい」


「いや、レヴァンテイン作ったのは俺じゃなくてユリ博士だから著作権とかそういうのはどうでもいいんだけど……。じゃなくて! そのキーロンさんとやらはどこでレヴァンテインの設計図を見たんだ!? レヴァンテインのシステムは地下の研究室(ラボ)に秘匿されているはずで…………あ」



 そうだ。俺たちは一回だけ研究室(ラボ)にバイヤードの侵入を許したことがある。

 そいつの名はリカルメ・バイヤード。あいつ、俺たちの作戦を敵に漏らすだけでなく、レヴァンテインの設計図まで盗み出していたのか!



「くそっ、リカのやつ本当に油断ならねえ。あの時のスパイ活動でそこまで研究室(ラボ)が侵食されていたなんて……!」


「いや、確かにリカルメに下された使命はレヴァンテインのシステムを解析することだったが、奴はその任務には失敗している。というか、それを成す前にトドメを刺したのは貴様だろう」


「なに? じゃあそのスーツが完成しているのはおかしくないか? そいつにはレヴァンテインと同じシステムが組み込まれているんじゃ……」


「このベルトを作ったのは天神族のキーロン。所謂(いわゆる)女神というやつだ」


「め、女神?」



 待て待て、なんか急に話が大きくなってないか?

 地球の科学をなんでこの世界の神様が再現しなくちゃいけないんだ?



「私はリゼルに殺された直後、キーロンに天界(アースガルド)へ招かれた。そしてバイヤードライバーと武器を持たされ、人間界(ミズガルド)に降り立った。擬態以外の能力を奪われていると気づいたのはその時だ」



 一度死んでからこの世界に来ているのは俺やリカと同じか。でも、なんでこいつだけ天界(アースガルド)に招かれたんだ? 他のバイヤードとシオンの違いは一体……。


 と、考え事をしているとポケットからレーヴァフォン(スマホ)の着信音が聞こえてきた。相手はユリ博士だ。

 そういえば、昼頃に電話するって言ってたな。どうしよう、こっちも大事な話をしている最中なんだけど。



「なんだ? アラームか?」


「いや、着信だ。レヴァンテインの開発者のユリ博士……って言ってわかるか?」


「な、着信だと!? 世界間を超える電波を飛ばすとは……、あの女、バイヤード(わたしたち)よりも化け物じみているな。いいだろう、出るといい」



 ユリ博士から発信することはできても、俺から発信することはおそらくできない。着信が切れる前に、俺は応答ボタンを押した。



『やっと繋がった! 戌亥君、そっちは今大丈夫か? レイバックルではなくレーヴァフォンに繋がったということは戦闘中ではないとは思うが』


「あー、戦闘はしてないけど若干取り込み中というか。ややこしい事態だよユリ博士」


『ドクターリリィと呼べ。要領を得ない言い方だな戌亥君。もっと詳しく説明したまえ』


「言葉で言うより実際見せたほうが早いかな? ビデオ通話に切り替えるぜユリ博士」


『ドクターリリィだ』



 レーヴァフォンの外カメラをグランレンドに向ける。ベルトがはっきりと映るように腰から頭までをレンズに収めた。



『……なるほど、やはりそうか』


「やはり? やはりってどういうことだよ」


『昨日の戦闘データを私なりに解析していたんだ。スーツの形状に差異はあれど、そのシステムやスペックはレヴァンテインの最終形態(ラグナロクフォーム)に酷似していた。そしてグランレンドは黒のエーテルディスクを所持している。そこから導き出される答えは一つしかない』


「話が早くて助かるぜユリ博士」


『ド・ク・タ・ー・リ・リ・ィ!』



 ビデオ通話に切り替えたことで、シオンの声もユリ博士に聞こえるようになった。シオンは返信解除してユリ博士に向けて話し始める。



《----Form Release----》



「一応初めましてか。私はグランレンドの装着者、シオン。かつてオクシオン・バイヤードとして貴様の命を狙っていた者だ」


『オクシオンだと? オクシオン・バイヤードは確かゼドリーに殺されたはず……なぜそこに存在している?』


「正確にはゼドリーの刺客であるリゼルに、だ」


「いや、誰に殺されたとかこの際どうでもいいだろ。ここは死後の世界なんだから」


「『は? 死後の世界?』」



 何言ってるんだこいつ、みたいな声でハモられた。

 そう言えば、シオンの方はそういう解釈をしてなかったっけ。



「貴様、昨日私が言ったことをもう忘れたのか!? 人間というのはどこまで低能なのだ!」


「リカみたいなこと言いやがって。ちゃんと覚えてるよ。この世界にはバイヤード以外の死者がいないから死後の世界じゃないって言うんだろ? だけど、実際俺もお前も死んでいるんだ。死者が存在する世界を死後の世界と呼ばずに何と呼ぶ?」


『……いや、戌亥君。確かにそこのオクシオンは一度死んでいるようだが、君はまだ死んではいない(、、、、、、、)


「……え?」


『いや、君だけじゃない。リカルメやゼドリー、今まで君が倒してきたバイヤード、そのすべてがまだ生きている』


「何を言って……ユリ博士あんたほんとに何を言っているんだ?」


『ドクターリリィだ。戌亥君、こうなってしまったからには君にも教えなければいけないだろう……』



 なぜだろう、ユリ博士がためらっている次の一言を聞いてはいけない気がする。

 だけど、ユリ博士は覚悟を決めたように口を開いた。



『ディメンションバニッシュ。あれはレヴァンテインの必殺技なんかじゃない。ただ、バイヤードを異世界に強制転移させる技なんだ』


「強制……転移?」



 ちょっと待て。それは、どういうことだ?

 だって、レヴァンテインの必殺技を受けたバイヤードたちは跡形も無く消え去っていたじゃないか。まるで、この世から居なくなったかのように。



「だから、それは私が昨日教えてやったことだろう。なにかボーっとしているようだったが、まさか聞き逃していたのではあるまいな?」


 待ってくれ。それじゃあ……。



「それじゃあまるで……」



 次の言葉は喉につかえたように出てこなかった。

 もし、今の言葉が本当ならば、俺が今までやって来たことの意味がなくなってしまう。俺がヒーローではなくなってしまう。


 だって、それじゃあ俺は、この世界に怪人を送り込んでいた黒幕じゃないか。


 俺が戦ったせいで。俺がバイヤードを地球から追い出したせいで、この世界の人たちの命が危険に晒されているっていうのか……?

 俺は世界を救ったつもりでいて、他の世界の人間を苦しめていただけだというのか?



『戌亥君』



 ユリ博士の声で俺は現実に引き戻された。



『君が責任を感じる必要はない。このシステムを開発したのは私だ。ある日、エーテルに呼応する異空間の存在を発見した私は、この世界からバイヤードを追放する兵器を考案した。それがレヴァンテインだ』


「そんな……じゃあ、もしかして最初から……!」


『ああ。ただ、君とこうして通信をするまでその世界に生命や文化があることを認知していなかったのは本当だ。近隣の惑星にすら知的生命体は確認できていないというのに、別次元の宇宙には存在する確率なんて天文学的数値に等しい』



 ユリ博士だって、悪意があってこのシステムを作ったわけじゃない。

 包丁で人が刺されたからって、包丁を作った人間は悪じゃない。悪いのは包丁を人を刺すことに使った人間だ。

 そう、道具を作った人間に責任はない。責任を負うべきなのは道具を使った者だ。

 レヴァンテインを使ったのは俺。

ディメンションバニッシュでこの世界にバイヤードを送り込んだのも俺。


 悪は……俺だ。



「盛り上がっているところ申し訳ないが、そろそろ本題に入らせてもらおうか」



 そう切り出してきたのはシオンだ。

 仮にも元バイヤード幹部。ヒトの感情の上下になんか構ってられないってか。厳しいね。

 とはいえ、奴の言う本題とはなんだ?

シオンの正体についてはまだわからないところもあるが、それを一から十まで聞いているとキリがなさそうだ。



「単刀直入に言わせてもらう。私は、リカルメ・バイヤードを殺す。貴様らにはそれを手伝ってもらいたい」


「な、なに!?」



 そういえばこいつ、昨日もリカの命を狙っていたんだっけ。

 しかし、元の世界じゃ同じ四天王同士の仲間だったはず。それがなぜ?



『そういえば昨日見たリカルメの姿が見えないな』


「ああ、シオンと合流した時からどっか消えちゃって。先に宿へ帰ってるのかもしれない」



 いや、そんなことより、シオンに聞いておかなければいけないだろう。

かつての仲間を殺そうと企むその理由を。



「なぜ、リカを殺す? お前が死ぬよりも前に、リカはこの世界に飛ばされている。つまり、お前が殺されたことにリカは関わりがないはずだが」


「そんなことはどうでもいい。私はゼドリーが憎いのだ。ゼドリーに忠誠を誓う愚かなバイヤードも皆殺しにしてやるまでのこと。そう考えれば、あの女を生かしておく理由のほうが考えられない」



 なるほど。そういう事情か。

 リカはバイヤードの中で一番ゼドリーに対する忠誠心が高い。ゼドリーを憎むシオンにとって、これほど目障りな存在もいないだろう。



『私からも一つ聞かせてもらう。なぜ私たちの協力が必要なのだ? 昨日の戦いを見る限り、君は黒の力、ラグナロクフォームを使いこなしていた。君一人でもリカルメを倒せるのではないかね?』


「それは頭のいい質問ではないな。そのラグナロクを抑え込み、リカルメを逃がしたのは貴様らだろう」



 それもそうか。

シオンにとってリカを殺すうえでリカを守る俺たちの存在は邪魔でしかない。

 邪魔を辞めさせるついでに協力を仰げれば万々歳、ってところか?



「貴様がリカルメをかばう理由はナーゴとして探りを入れてみても分からずじまいだった。だが、果たしてそれが私を敵に回してまで守る価値があるものなのか?」


「……あいつには今、俺のベルトの充電をしてもらっている。言ってみればあいつは俺のヒーローとしての生命線だ」



 あいつの性格を矯正するために、解散を煽るような言葉を投げかけてきたが、解散されて本当にまずいのは俺の方だ。

 今、あいつを失うわけにはいかない。



「私の擬態先であるナーゴという男には雷属性の適性があった。リカルメほど効率よくはいなかないだろうが、私でも充電役は務まるぞ。いや、もっと根本的な解決案がある。バイヤードライバーは今まで一度も充電したことがないのだ。おそらくエーテルのみで駆動する仕組みなのだろう。女神キーロンにコンタクトを取れば、貴様のレイバックルも同じ仕様にできるかもしれないぞ?」


「そ、それだけじゃない! あいつの帰りを待っている人がいるんだ! アテナっていうエルフの少女なんだけど、リカはアテナを救うために命を張ったことだって……!」


『戌亥君』



 ユリ博士に言葉を遮られる。

 そして、博士はこう続けた。



『なぜ、妹の仇をそこまで庇うんだ?』


「そ、それは……!」



 忘れたわけじゃない。忘れるものか、あの恨みを。

 妹が、霧果(きりか)がリカルメに殺されたと知ったあの日から、俺はより一層バイヤードに対する敵意を高めてきた。


 この世界でリカと再会した時、驚愕の後心が躍った。

 俺は、今度こそキッチリと霧果の仇を討つことができると。

 だけど、山賊に大切な人を奪われ、村人たちに罵声を浴びせられ、弱っていくリカを守りたいと思ってしまった。


 俺は愚かにも感情に流されたのだ。そして、それをまだズルズルと引きずっている。


 リカルメを殺したい。

 リカを守りたい。


 そうか、俺の中に二つの矛盾した意思が同時に存在しているんだ。



「協力が得られないのならば、私はレヴァンテインごとリカルメを殺す。だがそうなることを私は望まない。オクシオン・バイヤードだった頃ならともかく、今の私はバイヤード殺しのグランレンドだ。貴様たちと目的は同じ、争う必要はないとおもうがね」


『君の言葉が真実だとしたら、という条件付きだがな。私は君のこと信用したわけじゃないし、軽々しく戌亥君の背中を預けられるとは思っていない』


「まあいい。また今度返事を聞きに来る。その時までに考えておくといいだろう」


 シオンは席を立つと、歩きながらナーゴに擬態した。

 ナーゴは扉を開けて、部屋を去る前に一言だけ残していった。



「じゃあな、イヌイコータ! いい返事を期待してるぜ!」



 一瞬だけ、外の賑わいが聞こえてきたがまたすぐに静かになった。

 だけど、俺の心はざわざわと騒がしい。


 リカルメを殺せ。


 リカを守れ。


 リカルメは霧果の仇だ。


 リカはアテナの親友だ。


 リカルメに生かしておく価値はない。


 リカにはまだ更生の余地がある。


 五月蠅い。五月蠅い、うるさい……!

 頭の中で飛び交う声には歯止めが効かず、一向に収まる気配がない。


 俺はヒーローだ。正義を成さなきゃいけない。

 正義ってなんだ? 悪を滅することだ。

 リカルメは、リカはどっちなんだ?



「なあ、ユリ博士。俺はどうすればいい?」


『ドクターリリィと呼べ。リカルメもオクシオンも私は同じくらい信用できない。どちらかの力を借りないといけないならば、戌亥君、君が選択したまえ』



 こうして、シオンとの対談は幕を閉じた。

 俺は一度宿に帰り、もう少しだけリカと過ごしてから決めることにした。あいつが悪のままなのか、正義に寝返る可能性はあるのかどうか。もう少し見極める必要があると思ったのだ。


 しかし、リカは宿には居なかった。

 そして、次の日の朝まで待ってもリカは帰ってこなかった。

ナーゴ

=オクシオン・バイヤード

=シオン

=グランレンド


全部同一人物です。

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