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第21話 羞恥

お色気回(?)です。

 バイヤードの代表的な特異能力の一つ、擬態。

 人間の遺伝子を体内に取り込むことで姿形を真似る力だ。


 この能力に優れたバイヤードは人格や記憶までコピーできるため、親しい間柄であっても擬態元の人間とバイヤードを区別することは難しい。


 事実、レヴァンテインシステムの開発者であるユリ博士ですらバイヤードの擬態を暴く方法は確立できなかった。


 しかし、この世界にはあるらしい。人間とバイヤードを区別する方法が。



「あ、あのー。私ちょっとトイレに行きたいんですけど……」



 リカが露骨に逃げようとしている。

 が、それが裏目に出たらしい。



「ちょうどよかった。なら、この容器に尿を入れてください」


「「は?」」



 リカと同時に声が出てしまった。

 


「えっと、まさか。バイヤードと人間を区別する方法って……」


「はい、尿の成分調査です」



 脱力感で崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えた。

 おいおい嘘だろ……。

 俺とユリ博士が必死になって探していた区別法が、検尿って……。



「擬態したバイヤードのガワは魔眼をも欺くほどの再現度ですが、体内の方は疎かになりがちなようです。その中で最もわかりやすいのが尿。バイヤードの尿にとある薬を混ぜると色が変わると王室直属錬金術師が解明しました」



 なにを研究してるんだ王室直属錬金術師。


 でも、確かに盲点だった。リカが人間態でも稲妻を放てるように、擬態したからと言って完全な人間になるわけじゃない。

 その違いが如実に表れるとしたらそれは体内のメカニズムだろう。人間の体の構造は、擬態するうえでそこまで重要度が高くない。

 人格擬態に必須の脳はともかく、消化器官の再現が不十分だったところで擬態が見破られるはずもない。



「……わかったわよ。で、トイレはどこなの?」


「いえ、容器の中身をすり替えられても困りますのでここでしてください」


「「はぁ!?」」



 現代日本じゃ絶対にできないことを平然と要求してきやがる。

 道理で不自然な水場が部屋の隅にあると思ったらこのためか!


 見ると、他の登録志願者たちが水場で用を足していた。横で審査役の人間に見守られながら。


 シュールな光景だ。



「今ちょうど二番の水場が空いてますのでそこで2人同時に行いましょう」


「ひゃ、百歩譲ってあんたに見られながらにょ……おしっこするのはしょうがないとして、なんでこいつと一緒じゃないといけないのよ!」


「俺としても反対だ。フェミニスト気取るつもりはないけど、さすがにこういうのは男女分けるべきじゃないかな……」


「時間が押しているので却下です。賞金稼ぎ(バウンティハンター)になりたいのはあなたたちだけではありませんし、我々も他の業務が控えています。どうしてもというのなら今後制度を見直すかもしれませんのでその時に改めて申し込んでください」



 いつになるかわかりませんけど、とパーラは小さくつぶやいた。

 ……バイヤードだとバレる上にこんな羞恥プレイさせられるようじゃ、リカは絶対降りるだろうな。むしろ自然に審査を拒否する流れができたって感じだ。


 仕方ない。ここは俺だけ資格を取って、しばらくは俺が資金調達を担当するしかないだろう。

 リカの仕事は改めて別のものを探すしかあるまい。

 そう思った矢先、パーラとは別の女性職員がリカに近づいてきた。



「なんですかツミカ。いま審査中です」


「ごめんなさい。早急にリカさんに伝えておきたいことがあるんだけどいいかな?」


「え? 私?」


「……わかりました。時間もないので3分以内にお願いします」


「ありがとうパーラ! じゃあリカさん、こっちの部屋に来てください」



 そう言ってツミカと呼ばれた職員はリカを連れて部屋外へ出て行った。

 リカが部屋を出てから2分ほど経過したが、戻ってくる様子が無い。


 まさか、審査をする前に正体がバレたんじゃあるまいな。



「まあいいや。パーラさん、リカはたぶんこの審査拒否するだろうから俺だけで進めちゃってくれ」


「かしこまりました。ではイヌイコータ様、容器をお持ちください」


「ちょっと待った!」



 声の方向に目を向けるとリカが駆け足で戻ってくる様子を捉えた。ツミカという人はいないため話はもう終わったようだ。



「なんだよ、これから俺が検査するんだからお前は外で待ってろ」


「私も……るわよ」


「え、なんだって?」


「わ、……私も尿検査するって言ったの!」



 予想外の一言に、俺の中の時間が一瞬止まった。



「……は?」


「ではリカ様、この容器を持ってイヌイコータ様の隣にならんでください」


「わかったわ」


「いやいやいや! おかしいだろ! いまお前がこの審査受ける理由なんか一つもないじゃねえか!」


「ないことはないでしょ。賞金稼ぎ(バウンティハンター)の資格を得て身分証が作れるんだから」



 え、賞金稼ぎ(バウンティハンター)の資格って身分証になるのか?

 でも確かに、バベル族やバイヤードじゃないという事実は国にとってある程度保障にはなるのか。


 ……いやいや、さっき部屋の外で話してたのってそんなことか?

 結局おまえ自身がバイヤードなら意味ないじゃねーか。


 という突っ込みをパーラさんの前でしてしまうとややこしいことになりそうなので黙っておく。


 まあ、最悪こいつの正体がバレたとしても、俺はただの一般人でお供のリカが旅の途中で成り代わられたということにしておけばいい。


 しかしまいったな、本当に検尿なんかしなきゃダメか?


 いくらリカが人外の化け物とはいえ、見た目は高校生くらいの少女なわけで、それと一緒に隣で放尿するという絵面は……その、いろいろ危ない気がする。


 いや、それをいうならパーラさんが隣で見ていることもアウトか。放尿するということはズボンを降ろさなくてはいけないということで、しかも偽装防止のためパーラさんはその一挙一動をまじまじと眺めなくてはいけないわけで。


 リカもさっきはああ言ったものの、いざやるとなると羞恥で手が止まってしまうようだった。いつもバンバン放ってる稲妻並みに顔を紅くしている。


 この状況はヒーローとしてどうなんだろうか?


 まあ別にやましいことがあるわけじゃないし、怪人(リカ)相手にデリカシーなんか持ったって仕方ない。

 ようやく割り切った俺はズボンのチャックに手をかけた。

 横でリカがギョッとした顔で俺の手元に視線を降ろす。いや、降ろすなよ……。



「その衣服、股間部分に穴が開けられるのですか。実に興味深いです」


「あの、そんな見られるとやりづらいんですけど」



 パーラさんまで視線を下に向け始めた。まあパーラさんは仕事だから仕方ないけど。

 ええい、めんどくさい。下手に恥ずかしがっても時間の無駄。

 ちゃちゃっと終わらせてやろうじゃねえか!


 社会の窓からブツを出し、容器を所定位置にセット。

呼吸を整え、下腹部へと力を入れる。

 膀胱機能正常。発射準備OK。



「いくぜ! 紅ノ雷撃(クリムゾン・カノン)!」


「ぶっ殺すぞてめえッ!」



 キャラを忘れたリカにマジギレされた。

 いつも以上に凶暴な言葉遣いに一瞬ビビってちびってしまった。いや、元々出す予定だったけども。

 まあ、なにはともあれ。俺の分は終了だ。念のため外側を軽く拭いてパーラさんに容器を手渡す。



「あの……余計なお世話かもしれませんが、王都歓楽街の路地裏に精力薬を扱う売人が……」


「日本人はみんなこれくらいのサイズなんですッ!」



 今度は俺がキレそうだった。パーラは「に、ニホンジン?」と困惑している。

 さて、リカの方は……。

 と、容器に視線を降ろしかけたところで辞めた。


 あっぶねえ、確かにこいつの正体はクラゲの怪人だが、このツインテールの少女の外見は実在した少女のものである。危うくその少女(東条(とうじょう)ミカちゃんだったっけ?)の尊厳を貶めるところだった。


 容器なんか見てしまったらその周囲の状況まで見えてしまうじゃないかこの間抜けめ!

 自分で自分を叱咤する。


 その時、リカからの視線を感じ、奴の顔の方へ振り向く。すると、ゴミを見るような目(つまりいつも通り)で奴は俺の顔を見ていた。



「……この変態」


「なッ!」



 視線を降ろしかけたことがバレていた。いや、こいつに対して謝る気は微塵も起きないが。俺が詫びたい相手はお前の擬態元の人間だっつーの。



「ゴホン! いいから早くしろよ。俺はもう終わったんだから」


「し、してるわよ! 立ちながらやりづらいだけで……」


「座ればいいじゃねーか」


「そんなことしたらスカートめくれておし……が丸見えじゃない!」


「え、なんだって?」



 途中声が小さくなって何を言ってるのかよくわからなかったが、とにかくこいつは立ったまましたいらしい。



「もう、最悪……」



 なんだか嘆いているところ申し訳ないが、そんなに嫌だったなら審査降りればよかったのでは?

 顔を真っ赤にして、どころか少し涙目になってるリカを見てそう思った。



「ぅう……んっ、ッはぁ、はぁ、終わった、終わったわ!」



 顔を紅潮させたリカが容器をパーラに押し付けた。

 パーラは容器を受け取ると、一瞬下に目を向け、優しい笑顔でリカにこう言った。



「お疲れ様でした、リカ様。よろしければこちらのタオルをご利用ください」


「え? ……~~~~ッ!」



 リカは声にならない叫びを上げてパーラからタオルを奪い取って足を拭き始めた。ああ、こぼしちゃったんだな。

 途中で俺の視線に気づいたのかリカがキッとこちらを睨み右腕を平手で大きく振りかぶる。



「なにジロジロ見てるのよ変態!」


「うぉっ、危ね」



 リカのビンタが直撃する直前に奴の手首を掴み勢いを止めてやった。



「せめてこういうのは手を洗ってからにしろ」


「こういうのは殴られるもんでしょうがバカァ!」



 かくして、これで三つの審査が終了した。





 審査結果を受け取るために俺たちはギルドの受付へと向かっていた。

 リカは先ほどの恥辱を忘れたかのようにスキップで俺の少し先を進んでいる。

 いや、さっきのことを抜きにしても、これから異端者扱いを受けること間違いなしなのになぜこんなにも上機嫌なんだ?



「リカ、お前逃げた方がいいぞ」


「え、なんでよ」


「いくらお前がバイヤードと言ってもスペックは結構弱い方の部類だ。ここには騎士や賞金稼ぎ(バウンティハンター)と言った戦闘のプロがごまんといる。お前が死ぬこと自体は喜ぶべきことだが、やはりとどめを刺すのは俺の役目だと思うし、お前にはまだまだレイバックルの充電をやってもらわないと……」


「す、ストップストップ! 何の話してるのよ。これから賞金稼ぎ(バウンティハンター)になるっていうのに、なんで賞金稼ぎ(バウンティハンター)に殺されなきゃならないのよ」



 ……こいつ、本気でわかってないのか? いや、審査を受ける前まではあれほど怯えていたんだわかっていないはずがない。


 まさか、ナーゴ達のことを警戒して、ギルドごと壊滅に追い込もうとしているとか?

 確かに俺がいない時ならやりかねないが、俺が隣でいつでも変身できるよう待機している今はこいつにとって最悪のタイミングのはず。


 いや待て、こいつの思考がまともだという保証も無いじゃないか。

 ここ数日の飢餓の不安や、黒騎士(グランレンド)の出現はこいつにとってかなりの精神的負荷(ストレス)になっていたはずだ。


 なによりアテナと離れてからもう1週間弱経っている。こんな状況下だ。リカが精神崩壊を引き起こしていてもおかしくはない。


 クソ、どうする。切り捨てるべきか守るべきか。

 感情的に言えば今すぐにでも斬り棄てたい……いやいや切り捨てたいところだが、論理的に考えればギルドからの追及を避けて逃げるべきだ。

 こいつの充電が無ければ俺はただの一般人、いやこの世界ではそれ以下の存在だ。

 だけど、こいつの精神が壊れていると仮定するならこの先苦労しそうだ。

 支離滅裂な言動を繰り返し、挙句の果てには幻覚のアテナと会話を始めてしまうかもしれない。

 そんなリカにまともなサポートを期待できるだろうか?



「俺は……いったいどうすれば?」


「……なんであんたが悩んでるのよ」



 結論が出ないまま受付に到着する。対応はパーラがしてくれるらしい。

 俺は合格するだろうが、リカは確実に不合格だ。それを告げられた時リカがどう動くのか……?



「では、審査結果をお伝えいたします。お2人とも合格です。これからのご活躍に期待します」


「やったー!」



 ベルトはすでに巻いている。リカの擬態解除の前兆を見逃すな。どちらの道を選ぶにしてもリカが人間態の時に終わらすべきだ。



賞金稼ぎ(バウンティハンター)として活動する際にはこちらの首飾りを身に着けてください。王都に入る時もこれがあれば入国審査が楽になりますよ」


「わーい。結構いいデザインじゃない。気に入ったわ!」



 さて、いつリカは暴れ出す? 不合格の通知を出された瞬間だとは思うが一体いつになったらそれが告げられるんだ?



「浩太? なにしてるのよ。あんたもさっさと首飾りをつけなさいよ」


「は? 首飾り? なんだそりゃ?」


「話聞いてなかったの? 私たち2人とも合格したからその証に首飾りをもらったんじゃない」


「あー、そうか俺たち2人とも合格ね。って、なにぃ!?」



 みればリカは俺に銀色のプレートが付いた首飾りを差し出しながら、自身の首にも同じものをぶら下げていた。


 それは、一定以上の戦闘能力を有し、バベル族ではなく、また、バイヤードでもないことを証明するためのものだった。

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