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第19話 ユリ博士

 ユリ博士は俺の通うゼミの教授であり、レヴァンテインシステムの開発者だ。


 昼間は大学で教鞭を執り、講義が終わると地下の研究室に潜り、レヴァンテインのシステム開発やバイヤードの研究に没頭している。

 一介の大学生でしかなかった俺に戦う力と知識を与えてくれたまさに恩師と言っても過言じゃない人物だ。


 眩い銀髪に純白の白衣。

 その容姿はユリ、という名前にふさわしいものだった。


 ちなみに年齢不詳。大学教授という職業から推測するに、最低でも20代後半は過ぎているはずなのだが、その背の低さはまるで小学生のごとしである。


 しかし、決して子どもっぽいわけではなく、むしろ大人の気品に満ちている不思議な女性だ。

 常に凛とした態度で講義に臨むその姿は学生たちの憧れの的だった

 そして、ユリ博士は名前を呼ばれると必ずこう返してくる。



『ドクターリリィと呼びたまえ。……ってそんなこと言ってられる状況じゃないな。お互い積もる話もあるだろうが、まずは黒いのとリカルメ・バイヤードにお帰り願おうか』


「ま、待ってくれ! 黒いやつはともかく、リカルメとは一時休戦状態なんだ。なるべく手は出さない方針で頼む」


『なんだと? ……まあいい。その辺のことも後で詳しく聞かせてもらおう』



 次の瞬間、バイザーモニターに大量の情報が流れ込む。

 レヴァンテインのスペック、黒騎士(グランレンド)のスペック、戦闘データ、周囲の地形情報、エネルギー残量、などなど。


 あまりに膨大なデータゆえにすべてを読み切ることはできないが、これは俺が読むためのものではない。


 俺の視界、すなわちバイザーモニターの映像は地下ラボ指令室(コントロールルーム)と同期している。読了するのに10分以上かかるであろうこのデータを、ユリ博士は5秒で完全把握してしまうのだ。



戌亥(いぬい)君、エーテルディスクが白と緑の2種しか手元にないようだがこれはどういうことだ?』


「え、あー。ゼドリーと戦った後どっか落としちゃったみたいで……」


『……まあいい。代わりに面白いものを見つけたようだしな』


「面白いもの?」


『君が左手に抱えているそれだ』



 俺が左手に持っているもの、それは黒い剣ことレヴァンスラッシャーだ。



『黒い相手の名前はグランレンド。彼が用いる謎の力は触れた対象を完全に消滅させることができる。そうだな?』


「ああ、おそらくレヴァンテインのスーツも例外じゃない。対抗するには同質の力であるディメンションバニッシュを使うしか」


『いや、それには及ばない。解析の結果、その剣にはグランレンドの力が通じないことが判明した』


「なに、本当か?」


『ああ、しかもエーテルディスクに対応しているとは、その武器一度手に取って調べてみたいものだな』



 レヴァンスラッシャーは元々黒騎士(グランレンド)の武器。ならば奴の剣が奴の力の影響を受けないというのも当然と言える。



『さあ、すぐにゲネシスフォームにエーテルチェンジしろ。ガンドルフォームで剣を振るうのはやや力量不足だ』


「了解!」



《----Complete LÆVATEINN GENESIS FORM----》

「エーテルチェンジ!」



 白いレヴァンテイン、ゲネシスフォームに変身した俺は改めてレヴァンスラッシャーを右手に構える。



創世の灯火(ゲネシス・ライト)、起動!』



 ユリ博士の声と同時に俺の左肩が一部展開する。中から小型の発光装置(ライト)が飛び出し黒騎士(グランレンド)の目に眩い光を照射する。



「なッ……!」



 黒騎士(グランレンド)の力も実体を持たない光には通用しないようだ。一瞬の後ずさり、奴が初めて見せた動揺。ユリ博士が作ってくれたチャンス、見逃す手はない。


 即座に緑のエーテルディスクをレヴァンスラッシャーにセットする。



《----Disk Set Ready----》

「ディストラクションスラッシュ!」

《----GANDR DESTRUCTION SLASH----》



 中腰になり、緑の閃光を帯びた剣を構える。奴の視界が回復する暇を与えず、剣を薙ぐ。

 刹那、剣から放たれた斬撃が黒騎士(グランレンド)の身体に直撃した。



「グアッ……!」



 黒騎士(グランレンド)は胴を抑えながらその場にうずくまる。この剣での攻撃が効いているのだ。


 しかし、今のは俺が使える中でおそらく最大の威力を持つ攻撃だ。それを直撃してなお、奴は生きている。


 本当にこいつは化け物だ。ゼドリーと同等、いや、それ以上かもしれない。


 勝てる気がしない、だが、それは問題にはならない。

 勝つ必要はないからだ。



「リカルメ! 撤退だ!」


「え、あっ、うん!」



 物陰から返事が聞こえた後に足音が聞こえた。

 一緒に逃げるという発想は無いのか……。俺もそんなもの無いが。


 宿に行けばたぶん会えるだろう。俺も逃げるとしよう。



「待て、レヴァンテイン!」



 黒騎士(グランレンド)が立ち上がり、俺を見据える。

 もうそこまで力が回復しているのか。急いで逃げなければ。


 

「一つだけ聞かせろ。ゼドリーは殺したのか?」


「……なに?」



 突拍子もないことを聞かれてつい立ち止まってしまった。だが、それに付け込んで攻撃を仕掛けてくるようなそぶりは無い。


 こいつがゼドリーのことを知ってたって今さら驚きはしないが、なぜそんなことを聞く?



「……相打ちだ。俺もゼドリーも暴発したディメンションバニッシュに巻き込まれて死亡した。奴はウルズの泉に飛ばされたらしい」



 言い終えた後で余計なことを言ってしまったことに気づく。もしもこいつの中身がバイヤードだった場合、ゼドリーの居場所はかなり有益な情報となり得る。



「そうか、そうか……! ふふ、フハハハハハッ!!」



 黒騎士(グランレンド)は高らかに笑いこちらに歩み寄ってくる。

 剣を構え、迎撃態勢に入る。


 しかし、妙だ。奴から殺意を感じなくなった。かと言ってリカのようにゼドリーの君臨を喜んでいるのとも少し違う雰囲気だ。


 こいつは何に歓喜しているんだ?



「いいだろう、レヴァンテイン。貴様の働きに免じて、その剣は貸してやる」


「なんだと?」


「その代わり……」



 黒騎士(グランレンド)が腰のあたりから何かを取り出し、俺に見せてきた。それは、奴の鎧と同じくらい真っ黒で、手のひらに収まるくらいの大きさ、そして、形状は俺の見慣れた円盤型だ。



「そ、それは……ッ!」


「こいつは貰っておく。貴様がこれを乱用されても困るのでな」



 黒の、エーテルディスク。


 俺がゼドリーとの決戦で使った、終焉の力が秘められたレヴァンテインの最終兵器だ。

 出力が安定せず、暴走しやすいのが玉に瑕だが、レヴァンテインの全フォームの中で最強クラスのパワーが扱える。


 黒騎士(グランレンド)はディスクを懐に戻すと踵を返し闇の中へと消えていく。



「ま、待て! そのディスクは危険だ! 剣なら渡す! だからそれを手放せ!」


「それこそ、今さらだな」



 その言葉を最後に、路地裏から気配が消えた。残ったのは俺一人だ。

 奴と入れ替わりに複数人の足音が聞こえてきた。



「な、なんだ?」


『おそらくその地域の警察や自警団のような連中だろう。すぐにその場から離れた方がいい』



 なるほど、やけに足音と一緒にガチャガチャ金属音が聞こえると思ったらそういうことか。

 黒くない騎士にまで目をつけられるのはごめんだ。跳躍補助装置で屋根まで跳び、宿までパルクールで帰ることになった。





 宿正面の建物に到着すると、その入り口付近に不審者めいた少女を発見した。いわずもがなリカである。

 我さきに真っ先に逃げたはずのリカが入り口の前で宿に入ろうとしたりやっぱり出たりを繰り返している。


 さすがに人間態に戻っているので見つかっても騒ぎにはならないだろうが、傍から見るとそれなりに怪しい動きである。



『彼女、そちらの世界の人間には擬態していないのだな。私たちのラボに潜りこんでいた時と同じ姿だ』


「こっちの世界の人間と一部友好的な関係を築いていたからな。あの姿を捨てられないんだろう」


『ふーん、あのリカルメがねえ……』


「もっともそれ以外の人間に対してはユリ博士のよく知るリカルメだよ。ゼドリーに対する忠誠心も相変わらずだ」


『ドクターリリィと呼べ』



 とりあえず、いつまでもこうしてるわけにもいかないのでリカに声をかけつつ中に入ろう。

 屋根から地面に三点着地すると、その音に反応したリカがビクッと振り向いた。



「きゃあッ!?」


「シーッ! 夜中だぞ!」


「い、いきなり空から降ってくる方が悪いのよ! まったく……劣等種とけむりは高い所が好きだから困るわ」


「ハイハイ、悪いけど眠いからその続きは明日な。ほら、部屋戻るぞ」


「えッ、あー、その……今晩はその辺で野宿でもしない?」


「はあ?」



 いきなり何を言い出すんだこいつは。外で寝たくないと散々ダダをこねてた癖に。



「もう宿代も払っただろうが。勿体ないから今日は泊まる。嫌なら一人で野宿しな」


「女の子を一人で外に寝かせる気!? それでもあんたヒーローなの!?」


「誰が女の子だ。怪人態(本当の姿)で鏡見てみろ」


「どういう意味よそれ!? ……ていうかあんたいつまで変身してるのよ。宿に戻りたいならあんたこそ人間の姿に戻るべきじゃないの?」


「そ、それは……」



 今現在、レイバックルとユリ博士のラボが通信により繋がっている。

 しかしこれは戦闘用オペレーションシステムが作動している状態であり、レイバックルの電源を落とし変身を解除すればこの通信も途絶えてしまうのだ。


 こんな電線も電波塔ももない世界で今まで通信できただけでも奇跡だというのに、これを切ってしまったら次に繋がる保証はない。

 そう思うと変身解除も躊躇われる。



『安心したまえ戌亥君。すでに座標データは記録してある。こちらからならレ―ヴァフォンにも繋がるだろう』



 レ―ヴァフォン。

 言ってしまえばただレヴァンテイン(おれ)が使っているってだけのスマホなのだが、ユリ博士による魔改造が施されている。


 たとえ圏外の地であっても通話が可能であり、カメラ機能は一眼レフにも匹敵する。飛行型偵察用ガジェットに変形するという謎機能まで存在する。(あんまり使ったことはない)


 ……だからといって、電話感覚で死後の世界と現世で通話が繋がるとは思ってもいなかった。

 幻聴だと言われた方がまだ納得できる。



『おっと、すまないがそろそろ講義が始まる時間だ。大学の方に戻らせてもらうよ』


「え? そっちは今昼なのか?」


『ああ、どうやらだいぶ時差があるようだな。次はそちらの昼頃になるようにかけるから安心して熟睡したまえ』



 その言葉を最後にプツリと通信が途絶えてしまう。

 本当にちゃんと繋がるんだろうな?



「あんたさっきから誰と喋ってるのよ。一人でぶつぶつと気持ち悪い」


「お前だってたまに幻覚のアテナと喋ってるだろ」


「そこまで重症じゃないわよ!」



 そうだ、寝る前に一つ確認しなきゃいけないことがあった。

 リカが黒騎士(グランレンド)に命を狙われるようになったいきさつを。

 まあ、外で話すようなことじゃないし、とりあえず部屋に戻るか。



《----Form Release----》



 ディスクを抜き取り、空になったレイバックルのボタンとレバーを同時操作するとスーツが粒子化してベルトに吸収される。

 レヴァンテインから戌亥浩太(こうた)に戻った俺はリカの横を通り抜け宿の中へ入った。



「ほ、ほんとにそこに泊まるの……?」


「お前は何に怖がっているんだよ。殺人鬼でも見たような顔しやがって」


「あ、そうか。あんた寝てたから知らないのよね。あいつのこと」



 あいつ?

 それって誰のことだ?


 そうリカに問おうとした瞬間後ろから肩を叩かれた。正面にいたリカの顔が一気に青ざめる。

 黒騎士(グランレンド)か!?

 そう思った俺は警戒しつつゆっくりと後方を確認した。



「な、なんだよ。二人とも怖い顔して」



 俺は背後の人物の顔を見て警戒を緩めた。

 なんてことはない、彼は善良な協力者ナーゴだ。

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