第16話 真の目的
前回までのあらすじ!
レヴァンテインの卑劣な必殺技、ディメンションバニッシュによって私ことリカルメ様は死んでしまった。
その後、私は見ず知らずの異世界で目を覚まし、アタトス村の女神ことアテナに出会う。
私はアテナと幸せな半年を過ごすのだが、その平和をぶち壊すがごとくレヴァンテインこと戌亥浩太がアタトス村にやってきた。それから先はもーたいへん!
レヴァンテインと決闘することになるわ、アテナは攫われるわ、村のみんなに私の正体がバレちゃうわ。ぜーんぶ浩太のせいよ!
まあでも、一つだけいいことがあったわ。
なんとこの世界にゼドリー様が降臨なされているらしいの!
噂によればウルズの泉っていう場所にいらっしゃるらしいわ。そうと決まれば早速旅に出るわよ!
アテナと離れ離れになるのだけは寂しいけど、ゼドリー様に会うためだもん! くじけちゃだめよ私!
利害の一致から仕方なく嫌々浩太と一緒に旅をすることになったのだけど、なんだか電気で気絶させた時から浩太の態度がますます冷たい気がするわ。
おまけにせっかく見つけた仕事もバイヤード審査とやらに引っかかりそうだし、宿は浩太との相部屋になっちゃうし、どうなるの私!? どうなるの16話!?
◇
「…………」
「…………」
光属性の魔力が込められた部屋の照明が私たち二人を照らす。
浩太は私と二人きりになるなりベルトを腰に巻いて、白のエーテルディスクを持ったままベッドに腰かけている。
「なに今更ビビってるのよ。感じ悪いわね」
「用心しているだけだ。お前はだいぶ制御できているとはいえ、バイヤードには殺人衝動があるからな」
「その殺人衝動っていうのがピンと来ないのよね。ムカついたら殺すなんて当たり前のことじゃない? 人間を殺す人間だっているんでしょ?」
「人間を殺す人間は異常なんだよ。だけどバイヤードは正常なやつでも人を殺す。だからお前らは厄介なんだ」
「ふーん……」
まあ、確かに私自身にもっと力があれば浩太なんてすぐにでも殺してるわね。
でも、レヴァンテインは私たちの敵なんだしこれくらい普通の考えじゃないかしら?
「ていうか私みたいな美少女と二人きりになったんだから童貞らしくドキドキしてなさいよ」
「誰が童貞だ! ……いや、まあ経験は無いんだが。だとしてもバイヤードなんかに欲情するわけないだろ」
私も最初ナーゴから部屋割りを聞いたとき男女で別れるものだと思っていた。でも冷静に考えればこの分け方は当然だったといえる。
賞金を分け合った仲とはいえ、ナーゴと私たちは今日出会ったばかり。そんな私たちと同室になるのは彼にとっても望ましくないはず。お互いろくに素性も知れないし、私なんて正体がバイヤードだったりする。警戒して部屋を分けるのは当然のことだ。
ただ、これだったら一人部屋に隔離されてたほうがまだマシな気がする。
なんか昼間気絶させた時から一段と冷たい態度になった。そんなにあの奴隷たちを助けられなかったことを悔やんでるのかしら?
それともなにか悪い夢でも見た?
「……なあ」
長い沈黙の後、浩太がようやく口を開いた。
「な、なによ」
「バイヤードは擬態する際に人を喰うんだよな?」
「なにを今更……そうね。髪の毛一本でも擬態できるとはいえ、擬態元が生きているといろいろ不都合があるから基本的には骨まで残さず食べるやつが多いわね」
「……お前もそうなのか?」
私に食べられることを心配しているのかしら……? それともナーゴを食べることを心配してる?
今はそんな気は起きないけど、それを素直に信じるやつでもないか。
それにこの体の持ち主……東条ミカだったっけ?
私は彼女を殺して余さずこの胃に収めている。だから浩太の問いに違うと答えれば噓になるわね。
「そうよ。でも擬態が必要な時だけ。別に人間なんて美味しくないし、望んで食べる気はないから安心しなさい」
「そうか、擬態するときだけ……か」
なんだか浩太の声が一段と暗くなった気がする。
な、なによこいつ。私になんて言ってほしかったのよ。
「はぁ、そんなに私が怖いなら先に寝てあげるわよ。まったく、正義のヒーローが聞いて呆れるわ」
「だから怖いとかじゃねーよ」
「寝込みを襲うんじゃないわよ」
「襲うか!」
怒っちゃった。あー怖い怖い。
私がベッドに潜って少し経つ。浩太のため息が聞こえたと思ったら、照明が消えて隣からシーツを被る音が聞こえた。
まあ意地を張ってるだけ時間の無駄ってことね。私も寝よう。
瞼を閉じ、静寂に身を委ねる。
ここ数日の疲れもあって私の頭はすぐに眠気で支配された。ぼんやりとする意識。隣にアテナの温もりがないのが少し寂しい。
そんなことを考えていると、隣からガサゴソ、と物音が聞こえてきた。
浩太のベッドだ。寝付けないのかしら? 不定期にシーツの中で動くような気配がする。
なにしてるんだろ? この世界じゃスマホも使えないし大した暇つぶしは……。
ここで私はある考えに思い至る。
自身の放った挑発とここ数日の彼の環境を鑑みて見出した結論だ。
もしかして浩太、本当に溜まってる!?
夜に男が布団でゴソゴソするって、え、完全にそういうことよね?
昨日まではレヴァンテインのスーツ着て野宿してたわけだし、そういう行為ができる環境は久々なわけで……。
ほ、ほんとに襲ってこないわよねあいつ?
駄目よ! 私はゼドリー様とアテナ一筋なんだから!
確かに私はかわいいし、美少女だし、キュートだけど、初めてはゼドリー様に捧げるって決めてるんだから!
……あ、でも3ヵ月前のアテナとのアレはカウントされるのかしら?
いや、でも女の子同士だし第一お互い恥ずかしくなっちゃって肝心なところまではいってないし……。
ってそうじゃない! 今は目の前の危機よ!
乙女の純潔をこんな場所で、そ、それも宿敵レヴァンテインに散らされる訳にはいかないわ!
ゴソゴソ、ガサゴソ、物音は鳴りやまない。
チラッと隣のベッドに目を向ける。そこにはベッドの中でモゾモゾと不気味な動きをする浩太の姿があった。
おまけに腰の部分が不自然なほどに盛り上がっている。
「……ッ!?」
う、嘘でしょ!? なにが『俺はバイヤードには欲情しない』よ!
思いっきり腰のガンドルショットがそそり立っているじゃない!
案外浩太を誘惑する方向で行けばもっとイージーモードで進めたのかしら……。今からでも形だけハーレムラブコメっぽい雰囲気作る?
……いや、待てよ。浩太が欲情している相手は本当に私なのかしら?
浩太がこの世界に来て出会ったかわいくてキュートな美少女は私だけじゃない。そうだ、超絶美少女で女神のような美貌を持つアテナがいた。
同性の私ですら惚れてしまうあのセクシー美少女のアテナなら、あの正義バカを性欲魔人に変えてしまってもおかしくはない。
アテナと同棲生活を送る中、私が何度触手プレイを我慢したことか……!
っていうか正体バレたんだったら別れる前に一回くらいやっておけばよかった!
しかし、だとしたら許せないわ。アテナの純潔は私の純潔よりも尊く気高いもの。たとえ浩太の妄想内だとしても穢すことは断じて許されないッ!
「アテナをオカズにするな! 変態ヒーロー!」
我慢できなくなった私は自分のベッドを飛び降り、浩太が被っているシーツを勢いよく引っぺがす。
妄想内のアテナが穢される前に浩太のガンドルショットを私の紅い稲妻で使い物にならなくしてやる!
「な、なんだ!? オカズ? アテナ?」
突然の襲来に浩太は目を丸くするが、私は反撃する暇も与えず、稲妻を浩太の腰に叩き込む。
すると、聞きなれた声が聞こえてくるのだった。
《----The remaining battery 60%----》
「え?」
見ると浩太の腰の部分にはレイバックルが装着されていた。私の稲妻はバックルに吸い込まれレヴァンテインのバッテリーへと消えていく。
ティッシュ箱ほどの大きさの変身装置。
この上に薄いシーツを被せたら、それは不自然なほど盛り上がるのも当然と言えた。
「あ、ああ……そう言えば今日の充電がまだだったな。だからってそんな大声で起こすな。お隣にご迷惑だろ」
「ひ、一つ聞いてもいいかしら? さっきからシーツの中でゴソゴソやってるのはなんだったの?」
「ん? ああ、腰のベルト止めパーツが邪魔でうまく寝付けなくて。ちょうどいい姿勢を探ってた」
「寝るときくらい、ベルト外せバカァァァァァアアアアア!」
◇
この世界には時計が無い。
私が元いた世界のように1時、2時、と正確な時刻というものが定められていないからだ。
あるのは朝、昼、夜、といった大雑把な概念だけ。王都の商業区や一部の貴族たちは時計を使って時間を計っているという噂だが、村でスローライフを送っていた私には無用の長物だった。
よって、私が尿意で目覚めたこの時間がいったい何時なのか、答える術はないのだ。
「……おしっこ」
隣に浩太がいることも忘れてはしたない言葉を使ってしまう。
まあ、グースカ寝息をたてているので聞かれてはいないだろう。
部屋を出て、照明の無い廊下を一人で歩む。最初は真っ暗で怖かったが次第に目が慣れてくる。まあ、バイヤードのアジトも薄暗い建物だったしそれを考えれば懐かしい気持ちになる。
ああ、ゼドリー様。貴方は今どこでなにを何をしているのでしょうか?
バイヤード幹部として過ごしていた日々を思い出す。劣等種、人間を支配下に置くため奮闘した日々を。
私たちバイヤードは人間よりはるかに優れた身体能力と特殊な異能を持つ。私の稲妻やバットの洗脳がそれにあたる。
しかし私たちは数が少ない。
人間が70億という異様な数なのに対し私たちバイヤードはたったの50前後だ。人間より優れた生命体である私たちが、数が少ないというだけでコソコソ隠れながら生きなければいけないのが我慢ならなかった。
真の姿を見せれば『化け物』『怪人』と罵られ、石を投げられる。
もちろん、石なんて当たったところで痛くもかゆくもないが、それでも理不尽な扱いに怒りを覚えた。
私たちを異形と見なし、排除しようとしてきたのは人間の方だ。であれば、私が人間を劣等種と見なし、虐殺するのは当然の権利だ。
私は時折人の前で正体を明かし、歯向かってくる者、怯える者、忌避の目を向ける者、全てを殺してきた。
なぜバイヤードを敬わない?
なぜ醜いものを見る目をする?
私からみればお前たち人間の方がよっぽど醜い!
そうして順調に人間の数を減らしていると私たちの前にはある脅威が立ちはだかった。
そう、レヴァンテインだ。
奴はたった一人の人間でありながら、バイヤードと同等の戦闘力を持っていた。それまで人間を蹂躙する側だった私たちはレヴァンテインの登場により一気に劣勢を強いられた。
私はレヴァンテインという脅威を確実に排除するため、部下を一人犠牲にしてレヴァンテインの正体を探った。
レヴァンテインの変身者は戌亥浩太。
数年前に妹が行方不明になっているらしい。私はその妹が通っていたという高校に忍び込み、一人の少女に擬態した。生徒手帳には東条ミカという名前が記載されていたが、私は記憶や人格の擬態が苦手なのでリカという架空の人物を演じることにした。
本当は東条ミカに成り代わるつもりだったのだが、生まれて初めての擬態ゆえに自分の得手不得手は擬態が完了するまでわからなかったのだ。
これなら制服を盗むだけでもよかったような気もするが、どちらにせよ人間の数は減らさなければいけないので問題はないだろう。
私は戌亥浩太と接触し、助けを求めるフリをしてレヴァンテインのラボまで潜りこんだ。協力者がユリ博士という大学教授一人だけ、というのはさすがに驚いた記憶がある。
バイヤードの部下に人間態の自分を襲わせることで、戌亥浩太もユリ博士も私を簡単に信用し、大学地下のラボへ匿ってくれた。
バカな奴らだ。私こそがバイヤードの幹部怪人だとも知らずに。
私はその後レヴァンテインの動向やラボから盗み出した情報をゼドリー様に報告し続けた。でもある日、私がバイヤードであることにユリ博士が気づいた。
私はレヴァンテインと必死に応戦した。
でも、潜入活動が失敗したことの焦りから上手く戦えず傷ついていく一方だった。
だからせめて、死ぬ前に一人でも多くの人間を道連れにしてやった。ゼドリー様に貢献して死ねるなら本望だ。
それがレヴァンテインの逆鱗に触れ、途中まで私を倒すのをためらっていた浩太からハッキリとした殺意が漏れ出した。
――結局お前も、ただのバイヤードなんだな。
初めて、私は人間に恐怖した。
迫りくる死の実感。
何度も見てきた仲間の死が脳内にフラッシュバックした。
それまで全く怖くなかったはずなのに、レヴァンテインが私に近寄ってくるほど心が乱れた。
やめて。
嘘。
ごめんなさい。
死にたくない。
許して。
助けて。
そんな私の心の声には目もくれず、レヴァンテインはベルトのボタンを押した。
《----GENESIS Ready----》
レヴァンテインのベルトから音が流れる。
必殺技、ディメンションバニッシュの待機音だ。
私の、バイヤードにとっての鎮魂歌。
無慈悲にも、レヴァンテインはベルトのレバーを倒す。
《----DIMENSION BANISH----》
レヴァンテインが地を蹴り、頭上に跳びあがる。
それを見上げると同時に私の人生は終わった。
……いま思い出しても寒気がする。
アテナとの生活を経て身体の傷も心の傷も癒されたものの、レヴァンテインに対する恐怖を完全に拭えたわけではない。
アタトス村でレヴァンテインに決闘を申し込めたのだって、ゼドリー様の仇という怒りのエネルギーがあったからだ。
本当に、浩太と旅をするという選択は正しかったのだろうか。
浩太にとってバイヤードは討伐対象でしかない。あいつの気が少し変わっただけで私は殺されてしまうだろう。
レイバックルの充電の件があるからしばらくは大丈夫だと思う。
でももし、私以外の雷使いが現れたら、もう用済みになってしまうのだろうか?
ゼドリー様にも会えず、アテナの待つアタトス村に帰ることもできず、私は二度目の死を迎えるのだろうか?
私が見たことないあの緑のレヴァンテイン。もし、他にもっと強い姿があるとしたら?
あれ以上強くなられたら私なんて簡単に殺されてしまう。
ダメだ。これ以上のパワーアップはさせてはいけない。
今の時点であいつは私よりも強い。でも、まだギリギリ対等の立場でいられる。
この状態のまま奴をゼドリー様の前に差し出せば、簡単に浩太を排除できる。
そう、私がレヴァンテインと旅をする本当の理由。
それは浩太がゼドリー様の元にたどり着くまで一切のパワーアップをさせないようにするため。
私じゃレヴァンテインを倒せない。かといって、別々に旅を進めれば私の知らないところで浩太がエーテルディスクを取り戻してしまうかもしれない。利害関係で浩太と一緒に居られるのは私だけ。レヴァンテインのパワーアップを阻止できるのは私だけ。
私がやらなきゃ、私が、やらなきゃいけない!
私の選択は間違ってない!
殺される恐怖など捨てろ!
私にしかできないことなんだ!
「ふぅ……」
トイレで用を足した私は部屋に向かって歩き出す。
一度共闘したとはいえ、レヴァンテインには潜在的な恐怖がある。
浩太には悟られないようにしてるけど、実際ビビッているのは私の方だ。
とはいえ、いつまでここにいても仕方ない。バイヤードだって眠らないと疲れるのだ。
重い足を引きずって、部屋の前までたどり着く。
私は部屋に入るのをためらった。ベルトを着けたまま寝ている浩太がこわいから、ではない。
部屋を出るとき閉めたはずの扉が何故か開いていたからだ。
視点が変わる時と章が変わる時は、冒頭に前回までのあらすじを挟んでいます。





