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幕間

 寝覚めのいい朝とはとても言えなかった。

 結果的にリカと浩太に救い出してもらったとはいえ、アテナはまた一人になってしまった。


 いつもなら目を覚ますと、視界にはリカの寝顔が映り、そのボサボサになった髪を撫でるのが日常だった。


 今のアテナの目に映るのは見慣れない天井。


 山賊の襲撃で家が壊れてしまい、アテナは仕方なく一昨日浩太が一泊した空き家で夜を過ごしていた。

 まさか自分がこの家を使うことになるなんて。ちゃんと掃除しておいてよかった。

 アテナは心の中でそうつぶやいた。



「朝ごはん作らなきゃ……あれ?」



 アテナは顔に手を当てて驚いた。まさか自分が涙を流していたなんて。



「こんなに寂しがりやだったっけ、私って」



 アテナは虚しく一人で笑った。




 朝ごはんを食べ終えたアテナは山へ向かった。

 アタトス村周囲の山は薬草が育ちやすく、それらを王都の商会に売ることで村の資金を確保している。


 この周辺の地域はウルズの泉から遠く離れた地方である。

 ゆえに、山に住む生物は自然の中で育ったものばかりで魔界の生物、魔物はめったにいない。

 ……はずなのだが。



「オォオオォオオオオオッ!」



 薬草を摘んでいるアテナの目の前には一匹の魔物が現れた。

 魔物の名はニードル・ボアー。鉄の針を全身の皮膚を覆っているイノシシだ。鉄の毛皮に刃は通らず、でかい図体に似合わない俊敏な突進で人間を串刺しにする凶悪な魔物だ。



(また、魔物だ。なんか最近増えてきたなぁ)



 アテナはうんざりしながら杖に橙色の宝玉を嵌めた。



「ボォオォオオオオォオォォォォッ!!」


「ごめんね、イノシシちゃん。【慈悲深き女神よ、哀れなる愚者に、最期の救済を。過剰治癒(オーバーヒール)】」



 アテナはニードル・ボアーの突進をギリギリで避け切り、杖の先端をニードル・ボア―の体に触れされた。


 すると次の瞬間、ニードル・ボアーは身体の内側から破裂し、周囲に青い血と無数の針をまき散らした。


 スコーピオンの毒を被らなかったように、ニードル・ボアーの血を避けることも出来るのだが、今回血がない場所に立つと、代わりに鉄の針が刺さることになるのでアテナは青い血を被ることを選んだ。



「うぅ……びしょびしょ。宝玉もまた空になっちゃた」



 アテナは本来、癒属性の魔法を専門とするヒーラーである。

 しかし、癒属性の特徴を逆手に取ったアテナの必殺技、過剰治癒(オーバーヒール)はこの異世界でも有数の致死魔法である。しかし、強力である分制限は多い。


 宝玉の魔力が半分以上残っていること、宝玉を嵌めた杖で対象の身体に直接触ること、対象が怪我や病気を患っていない健康体であること(治癒の力が相手を治すことに作用してしまうため)、詠唱してから5秒以内であること。


 これらの条件がそろっていないと、アテナは過剰治癒(オーバーヒール)を使うことができない。

 また、対象を一体に絞らなくてはいけないため、浩太と出会った時に現れた青蜘蛛のように、群れで行動する魔物にも弱い。


 そして、アテナが最も気にしているのは最初の一点。

 半分以上、とは言うものの、生命力の器は対象によって個体差がある。器の大きな生物に対して半分だけの魔力では殺しきれない場合もある。アテナが過剰治癒(オーバーヒール)を使うとき、確実に相手を仕留められるように宝玉の7、8割の魔力を使うようにしている。


 そのため、過剰治癒(オーバーヒール)を使うというのはアテナにとって宝玉を捨てるのとほぼ同義だった。



「どうしよう……この宝玉結構高かったのに。たったこれだけの薬草売っても足しにならないよ」



 アテナは振り返り、リカの収穫具合を確かめようとしてやめた。

 どうにも、リカがいない生活というのがしっくりこない。



「リカとイヌイコータさんはもう王都についたかな? ケンカしてないといいけど」



 一方そのころ。



「なんであんたはお金も持たずに旅に出るなんて言ったのよ!」


「だーかーらー! 俺は三日前……ああ、もう四日前か。そん時にこの世界来たばっかだから金なんて持ってるわけないだろ!」


「どうするのよ! 昨日の宿代で私のゴルド全部使っちゃったから一文無しじゃない! お腹すいた! アテナの手料理が食べたい!」


「うるさいな、じゃあお前も野宿にすればよかったじゃないか。この辺わりと気温も高いし外でも意外と眠れるぞ」


「そりゃあんたは変身すればスーツが身を守ってくれるからでしょ!? 私はベッドじゃなきゃ寝れないの! 劣等種のあんたと一緒にしないで! それともなに? 私みたいな美少女と添い寝したい願望でもあるわけ? この変態!」


「な、なんだと!? 言わせておけば……」


「なによ、やる気!?」


「いいだろう、変身!」


「擬態解除!」


「ディストラクションスラッシュ!」


紅ノ雷砲(クリムゾン・カノン)!」


「お、おい逃げろォ! バイヤードだ! バイヤードと白い騎士様が戦ってるぞ!」



 くだらないことでケンカどころか殺し合いをしているリカとイヌイコータだった。

 そんなことはつゆ知らず、アテナは薬草摘みを再開する。


 そのまましばらく薬草を探して歩くと、破れたテントが放置されている広場に出た。昨日までアテナが捕らわれていた場所だ。



「……ッ!」



 昨日の今日だ。アテナの中には鮮明な恐怖が蘇った。

 初めて見るバイヤード、殺されていく村人たち、洗脳されたリカ。


 そして、自分を攫うよう命令した魔公爵という存在。



(魔公爵……まさか生き残りがいたなんて。あの時、確かにベルセウスがすべて封印したはずなのに)



 アテナはテント内に足を踏み入れた。そこにあったのは盗品の残骸、バイヤード三人衆の死体、そして黒焦げになった山賊の死体。


 リカルメがここに突入した時に蹴散らしたうちの何人かだ。

 大半は痺れて動けなくさせるだけでとどまったが、加減が難しかったのか何人かはそのまま殺してしまったらしい。


 リカルメの本性は人殺しの怪人であるゆえ、当人にはなんの罪悪感もない。

 しかし、彼女の親友であるアテナは別だった。



「ごめんねリカ。私、リカに人殺しをさせちゃった……本当にごめんなさい」



 アテナは自分が友に罪を背負わせた。そう思い込み涙を流す。

 そして、友の奪った命の前で黙祷を捧げていると、テントの端になにかを見つけた。



「これは……?」



 それはカバンだ。

 この世界、ミズガルドには飛脚という職業が存在する。物や手紙、人など、運ぶものは人によってそれぞれだが、この世界の流通を支える大切な仕事だ。


 アテナが見つけたのはその飛脚のものだ表面には赤い血がべったりとついていた。

 おそらく、山賊に殺され盗まれてきたのだろう。


 しかし、中に入っていたのは大量の手紙。金目のものは一切入っていなかった。山賊がゴルドに換金できそうなものだけ抜き取ったのか、それとも最初から手紙しか入っていなかったのか、アテナにはわからない。


 しかし、この荷物、誰か他の飛脚に託さなければならない。そうしなければ、この中に入った数々の手紙は読まれることもなくこの山に埋もれてしまう。それはなんとしても避けたいと思った。



「よし! とりあえず行商人さんに頼んでみよう! 世界中旅して回ってるって言ってたし、ついでで引き受けてくれるかも!」



 アテナはカバンを持ち上げるが、手紙が大量にこぼれ落ちてしまった。どうやらカバンの底に穴が開いていたらしい。



「あー、やっちゃった」



 急いでアテナは手紙を拾いまとめる。意外と量が多く手間取ったが何とかすべて拾い集めることに成功した。


 しかし、アテナは最後の一枚の便せんを見て驚いた。

 なぜならその便せんにはある勇者の名前が書かれてあったからだ。


 勇者、それはかつてこの世界を救った四人の神器使いの通称である。


 100年前、四人の勇者は魔王ヴィドヴニルを討伐するために世界中を旅してまわった。


 しかし、勇者たちは魔王、およびその配下である魔公爵含め、完全な討伐を果たすことはできなかった。


 その代わりに、魔界ヘルヘイムにそんざいする魔王城に魔王と魔公爵たちを封印することで人間界ミズガルドには1000年の平和が保障されたという。


 魔王封印後、役目を終えた四人の勇者は散り散りになり、その行方を知る者はほとんどいない。神器は各国の王都に返還され、神殿に保管されている。


 そんな勇者に宛てられた一通の便せん。

 差出人はゴアクリート王国の最高権威者、ミカーゴ=オズ=ゴアクリート。

 王家の紋章がその便せんには記されていた。



「これって、勅令……? いったい何があったの?」



 アテナは気になって他の手紙を調べた。

 驚くことに、手紙の内容は簡単な文章を並べたものばかりで筆跡も似たり寄ったりのものばかりだった。


 つまり、この大量の手紙もどきは、この一通の勅令をカモフラージュするためのブラフである。


 そして、アテナはためらうことなくその便せんの封を切った。

 勅令を第三者が盗み見するなど、極刑に値する重罪である。

 しかし、アテナはこの勅令を最後まで読み切った。


 そこに書かれてあったのは賢者の予言。


 ――近い未来、異界より訪れし怪物が魔王ヴィドヴニルの封印を解く。人間界ミズガルドは再び混乱の渦に巻き込まれてしまうだろう。


 この予言に対し王が下した決断は、ヴィドヴニル及び魔公爵たち封印の強化、そして最悪の事態に備え神器を扱える勇者を新たに選定することだった。


 しかし、ミズガルドには一人だけ100年前の勇者の生き残りがいた。

 この便せんの受け取り主がその勇者である。



「……ごめんリカ。ずっと待ってるって約束、守れないかもしれない」



 勅令を懐にしまい、カゴを背負い、下山の準備を整える。

 その目には常人には計り知れない決意が宿っていた。



「でも、今度こそ。みんなが笑って暮らせる世界を守ってみせるから」



 便せんに書かれた宛名はアテナ=グラウコピス。

 彼女は治癒魔法が得意なだけの、元神器使いだった。



【第二章へつづく】

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