第12話 最期の救済
「……は?」
アテナの取った行動が理解できずに、杖を叩きつけられたスコーピオンは一瞬硬直した。
「ななな、何がしたいんだこのアマ!?」
「治癒を使えと言われたから使ったまでですが、なにか?」
スコーピオンに対しアテナは上品にほほ笑んだ。
どうしたんだアテナ? なんでそんなに余裕なんだ?
恐怖でおかしくなったようには見えない。なにを考えているんだアテナは?
「ち、治癒? たた、確かに身体の調子がいい、最高のコンディションだ。だが、が、俺はバットを治せといったたんだ! そ、そので、かいみ耳は飾りか!?」
「ごめんなさい、あなたたちの名前を知らないから間違えてしまいました。じゃあ、今度こそ、バットさんを治しますね」
アテナは透明になった宝玉を杖から外すと、床へ投げ捨てた。宝玉はガラス玉のように砕け散る。
そしてアテナは、懐から新しい橙色の宝玉を取り出し、杖に嵌めこむ。
宝玉っていうのは消耗品だったのか。
改めてアテナは、翼を治すべくバットに近づく。ゆっくりと、一歩ずつ。
「【慈悲深き癒しの女神よ】」
「え、エルフの女はまともに会話もできないのか。だ、だが、治癒を受けるっていうのは悪くない感覚だだだ」
「【哀れなる愚者に】」
「身体の不調が全てなくなって、きき、気分がすがすがしい」
「【最期の救済を】」
「か、かか身体の内側からヤクキメてるような高揚感があふれてくる! し、幸せだ! 俺は今幸福を噛み締めている!」
スコーピオンの身体が橙色に光り出した。言動もどこかおかしい。
バットもそれを察したのか、警戒態勢に入る。
「【過剰治癒】」
「ききききききき、気持ちいい、気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいいキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイギモヂイイィィィィィィィィィィ!!」
アテナは杖を大きく振りかぶり、バットに殴りかかった。
しかし、バットはスコーピオンの異常をいち早く見抜き、垂直にジャンプすることでアテナの治癒を回避した。
「アアァァァァッぁぁぁぁ嗚呼あ嗚呼ああアァァァァ!!!!」
スコーピオンは、喘ぎ声のようにも聞こえる多幸感あふれる断末魔をあげながら爆死した。
身体が風船のように膨れ上がり、内側から自壊したのだ。
体内の毒が辺り一面に飛び散り、スパイダーもバットもリカルメも、その毒を浴びてしまう。
だが、アテナには毒が当たらなかった。まるで、肉片や体液の飛び散り方がわかっていたかのように。
「アテナ……今のはいったい」
「そんなことより、まずは毒の治療です! イヌイコータさん、どこに毒がかかりましたか?」
「いや、俺はスーツが守ってくれたから大丈夫だ。それより、リカルメの方が危ない。人間態のまま毒なんて浴びたらあっという間に死んでしまう」
「わかりました! リカー!」
アテナは橙色に光らせた杖を持ったままリカルメのいる方向に走り出した。
「ひ、ヒィッ!」
スコーピオンの無残な最期を見せられたスパイダーは、アテナの杖に恐怖を感じ、リカルメから離れた。
あのスパイダーがここまで怯えるとは……。
「リカ、いま毒を浄化してあげるから動かないで!」
「ひっ」
いや、お前まで怯えるんじゃねえよ。
気持ちはわかるけど、お前の正体知った時のアテナの方がよっぽどショックだったろうに
「大丈夫、怖くないから。ほら、かかったところ見せて」
「あ、わ、私バイヤードだから毒とか効かないし!」
「イヌイコータさんが毒も普通に効くって言ってたよ? ほーら、早く患部を出しなさい」
「いーやーっ!」
……リカルメってアテナと話すときあんなに子どもっぽくなるのか。ときどき忘れちゃうけどあいつ悪の組織の幹部だったんだよな?
ていうか、もうちょっと緊張感を持てお前ら。
まだ二体残ってるんだぞ! ここは家じゃねーんだぞ!
「お、おいバット。癒属性の魔法っていうのはあんなこともできるのか?」
「聞いたことありません。治癒した相手を爆殺する治癒魔法なんてぇ~……。きっと彼女なにか別の力を持っていますねぇ~」
仲間が一人死んだというのに、弔いよりもアテナの能力分析か。血も涙もない化け物め。
でも、確かに不可解だ。エルフというのは強い魔力を持つが、一属性の魔法しか使えない。そういう種族だったはずだ。つまりアテナに使える魔法は癒属性のみ。
それとも今の爆殺はバットの言う通り魔法とは違う能力か?
あるいは俺たちの見えないところから支援攻撃をしてくれている人がいる?
「得体のしれないエルフだ。ここで殺しておくか」
「いえいえ、拘束して呪文も唱えられないよう口も塞いでおけばまだまだ商品としてあつかえますよぉ~。スパイダーさん、あなたの出番です」
「させるかよ。スコーピオンの毒で弱ったお前らなんて俺一人で十分だからな」
アテナたちを守るよう、俺はバットたちの前に立ちふさがる。
背後にはリカルメを治療中のアテナ。
リカルメは最初恐怖で目をつむっていたが、回復が進むとともに気持ちよさげな表情を浮かべていた。
戦場でマッサージ気分に浸るな。
「はい、終わり。どう? 調子は」
「うぅ……いつみてもアテナの過剰治癒はグロい……。まさかバイヤード相手にまで効くとは思わなかったけど」
「まさか、それで私に怯えてたの? ふーん、じゃあ私もバイヤードのリカ怖がっちゃおうかな~」
「え、えぇ!?」
「私はリカの正体受け入れたのに、リカは私を受け入れてくれないんだ~」
「ご、ごめんなさい! もう絶対アテナに怯えたりしないから許して! アテナに嫌われたら生きていけないもん!」
「ウソウソ。私がリカを嫌いになるわけないでしょ。大好きだよリカ」
「アテナ……私も大好き!」
「あの! お二人さん!? そろそろ二人だけの世界から戻ってきてもらってもいいかな!?」
治癒が終わったなら早く怪人態になれ!
こちとら一人で二体のバイヤードの猛攻を防ぎ切ってるんだぞ!
スパイダーは右腕の銃で、バットは左手に握った黒い剣で対応している。毒である程度弱っているとはいえ、それでもちょっとキツイ。
「あ、ごめんなさいイヌイコータさん。私ったらつい……」
「仕方ないわね。全力の私が相手になってあげるわ。擬態解除」
ようやくリカルメが怪人態に戻り、戦線に復帰した。
俺が近距離で相手していたバットを、リカルメが容赦なく蹴り飛ばす。
リカルメでも善戦できるとは、こいつらも相当弱っているな。
「あれ? アテナはもう戦わないのか?」
「アテナの過剰治癒は宝玉の魔力が半分以上残ってないと使えないわ。スコーピオンの毒が思ってたより強かったからそれを治すのにほとんど魔力使っちゃったみたい」
リカルメは相手二人に聞こえないように俺に耳打ちする。
なるほど、宝玉を使うってことはあれも一応魔法か。
「アテナは結構簡単そうに使うけど、本来治癒っていうのは高度な魔法よ。魔力で身体をいじってるんだから、粗雑な人間に任せると癒すどころか中途半端に悪化させてしまう。アテナの過剰治癒はそれを逆手に取った攻撃魔法よ。生物の許容範囲を超えた治癒力を身体に無理やり流し込み、相手を内側から破裂させる魔法。私の見た限りだと人間には使ってないみたいだから安心しなさい」
「言われなくても、あれをヒト相手に使うアテナなんて想像できねーよ」
あれを使えるアテナ自体想像できなかったけれども。
でもおかげで状況が逆転した。さっきチラッと奴らのスペックを計ってみたが、毒のせいで覚醒前の弱さに逆戻りしていた。
つまり、今のあいつらは元の世界で戦った時と同じ雑魚怪人だ。
しかし仮にもバイヤード、弱体化はしても毒が原因で死ぬことはないか。やはり最後の締めはヒーローが努めないとな。
「バット、スパイダー、今からあんたたちを殺すわ。でもその前に教えてもらう。アテナを攫うように命令した魔公爵っていうのは何者?」
そういえばバットがそんなことを言ってたな。あの時はそんなこと気にしてる状況じゃなかったが、今なら落ち着いて聞ける。
「クック、魔王ヴィドヴニルの復活を望む者、とだけ言っておきましょう。とは言っても私も仲介役の魔族と話しただけで本人とは会っていないのでぇすがね」
「ようは詳しいこと知らないのね。ならもうあんたたちに用はないわ。消えなさい」
リカルメは背中から生やした触手数十本を右腕に束ねた。
腕の先端の触手はわずかに開けた形をしており、まるで大砲のようだった。
「おまえ、その形」
「あんたのその姿、ガンドルフォームだっけ? それ見てたら思いついたのよ。名付けて、紅ノ雷砲ってところね」
「お前の必殺技か。よし、じゃあ俺も」
レイバックルのボタンを押し、必殺技のエネルギーをチャージする。
ベルトからはシステム音声と必殺技待機音が流れた。
覚悟しろ、ディメンションバニッシュ喰らわせてやる。
《----GANDR Ready----》
「ぎゃあああああああ! その音止めて! 無理無理怖い!」
さっきまで元幹部らしい精悍な態度取っていたリカルメが、床に転げて暴れまわる。
そうだった。こいつ、この必殺技待機音がトラウマになってるんだった。
こいつのわがままに合わせるのも癪だが、仕方ない。ディストラクションスラッシュの方を使うか。
「わかったよ。じゃあこっちだ」
再度ボタンを押し、必殺技をキャンセルする。
レイバックルから緑のディスクを取り出し、黒い剣にセットした。
《----Disk Set Ready----》
黒い剣から禍々しい待機音が流れ始める。
「ま、これなら大丈夫ね。続けましょう」
どう考えてもこっちの音の方が怖い雰囲気出てると思うけどな……。まあいいや。
リカルメは再び右腕に触手を束ね雷砲を作る。
リカルメが狙うのはスパイダーだ。そして俺はが狙うのはバットの首。
「どうやら分が悪いようですねぇ~。退きますよ」
「了解だ」
「逃がしません!」
いつの間にかアテナがバットとスパイダーの退路を塞いでいた。その手には橙色に光る杖を構えて。
「エルフの女!? いつの間に!」
「都合がいいですぅ。このまま連れてかえりましょぉ~?」
「慈悲深き癒しの女神よ、哀れなる愚者に最期の救済を。過剰治癒!」
アテナが呪文を唱えているが、あれはハッタリだ。アテナの宝玉には魔力がほとんど残っていない。
「ッ!? つ、杖に触れなければいいだけのことぉ! あなたの身柄いただきますよぉ!」
「「させるかあああああああああ!!」」
俺とリカルメは上空に跳び、バットとスパイダーの真上に来ていた。二体のバイヤードは防御態勢を取るが、その程度では防がせない。
「紅ノ雷砲!」
「ディストラクションスラッシュ!」
《----GANDR DESTRUCTION SLASH----》
俺とリカルメは同時に必殺技を放った。
間近にアテナが立っていたが、巻き添えにするようなへまはしない。そのためにわざわざ空中に移動したのだ。
打ち合わせ無しでリカルメが同じ動きをしたのは、正直驚いたがな。
「グァぁ嗚呼ああああああああああああ!」
「ぜ、ゼドリー様ぁぁぁあああああぁぁぁ!」
スパイダーはリカルメの雷で焼け焦げ、バットは斬撃で身体を真っ二つにされ、それぞれ死亡した。
悪は滅びた。正義の勝利だ。
「ゼドリー様? あんたたちが呼ぶには百年早い名前よ」
「とりあえず、一件落着だな」
俺はレイバックルにディスクが入っていないことを確認し、レバーとボタンを同時に操作し、変身を解除した。
《----Form Release----》
俺の変身解除と同時にリカルメもまた、ツインテールの人間態へと姿を変えた。
「リカ、イヌイコータさん。改めて、助けてくれてありがとうございました!」
アテナがペコリとお辞儀する。
さっきもそうだったが、目の前で戦闘が繰り広げられていたというのに恐怖の感情が微塵も感じられない。本当に芯の強い子だ。
「気にするな。ヒーローっていうのは人を助けるのが仕事だからな」
「まあ私は幹部怪人だけど、でも親友のピンチの前には関係ないからね!」
バイヤードも倒した。リカルメとアテナの仲も元通りだ。
めでたしめでたし、といきたいところだが、まだ重大な問題が一つ残っている。
「リカルメ、お前はこれからどうするんだ?」
「え、どうするって。リカはアタトス村の私の家に…………あ」
リカルメの表情が少し曇った。
村娘リカの正体はバイヤードである。
この事実は昨日アタトス村全体に広まった。連れ去られただけのアテナはともかく、リカルメの居場所はもうどこにもない。
正体が正体なだけに、アテナが説得してなんとかなるとも思えない。
最悪の場合、アテナまでバイヤードに成り代わられたと疑われるだろう。
事実、バットがアテナに擬態したように、バイヤードの擬態というのは人間には区別がつかないのだ。
「さーて、どうしようかしらね。あんたはどうするのよ、レヴァンテイン」
「あー、そういえばお前を庇ったせいで俺も疑われてたな。まあ俺は元々あの村に長居するつもりはなかったから、気ままに旅にでも出るよ」
「ふーん、じゃあ私もそれで。目的地はどこ?」
「は?」
「え?」
俺とアテナは同時に驚きの声をあげた。
「だーかーら! あんたの旅に私もついていくって言ったのよ」





