出会い(ほんとう)
恵那がかの吸血鬼、『ルチア・アルティメリア・ネディオログ・スウェディー』と出会ったのは、確かにうだるような猛暑のある日の事だった。
――ピーン、ポーン。
四〇度を超える猛暑というか酷暑の中、室外機に物理な悲鳴を上げさせながらエアコンを稼働させて部屋の中で涼んでいた恵那は、玄関のチャイムが鳴る音を聞いた。
『……なによ、もー』
それを聞いて、恵那はぶつくさと文句を垂れながらも立ち上がる。
そしてそのまま――少しだけ身なりを整えて、玄関へ。
『はーい! 少々お待ちください!』
そう言いながら恵那は内心、舌打ちをする。
『……これで宗教とか押し売りとかだったらマジでぶん殴ってやる……』
玄関と彼女が今いたリビングの間には、少し長めの廊下がある。
そしてその廊下には、エアコンが無い。
しかし、彼女がいる部屋から玄関までの間には、三つの部屋がある。
そしてその部屋同士の間隔は狭く、冷やされていない廊下の熱気に当てられるとしても、数秒もかからない筈だ。
『くっ……!』
だが、それでは一度あの熱気が渦巻く廊下に出なければならない。それだけはゴメンだ。
しかし、その廊下を抜ければ目的地というのも事実。
ならばいっそ――
『……っ! 突っ切るっ!』
覚悟を決め、恵那はドアノブを回す。二度手間を恐れて印鑑も既に手中にある。
そして――彼女は風になった。
学生時代は陸上部に所属していた彼女だが、今はそんなの関係ない。
床を強く蹴り、一刻も早く辿り着く。
ただそれだけのために彼女は廊下を駆け抜け、玄関の鍵を開けた。
そして――
『……………………うわっつ……』
外の気温は四〇度超。コンクリートが照り返す温度で、体感温度は実に五〇度にも迫るとかテレビで言っていた。
決死の覚悟も砕けるような、そんな酷い熱気だった。元々がそんなに大した覚悟でもないが。
むせるような暑さに、恵那は思わず、ドアを開いた途端に手で口元を覆う。
そしてそのまま、視線を下にやる。
視線を下へと流したのは、彼女の視線を遮る「物」が何もなかったからだ。
宅配の業者であれば制服が、その他の何かしらであれば服なり髪なりが見えていたはず。
しかしそこには誰も居ない。
まさかの悪戯かとも考えてしまい、湧き上がる殺意を必死に抑えながら下を見やる。
すると――
『……たすけて、ください』
ボロ雑巾の塊のような――そんな小汚い黒髪の幼女が、恵那の足首を掴んでいる。
そして恵那に向かって上げた顔の頰は痩せこけて、髪も汚れ、とても「泥んこ遊びをしていました」という風にも見えない。
吸血鬼が身に纏っているボロ雑巾のような布は、所々が破けていて、もはや衣服というより本当にボロ雑巾と化してしまっている――とにかく、それを見た恵那が僅かながら言葉を失うほどには、その少女――吸血鬼は弱ってしまっていた。
『……何……よ、新手の勧誘……?』
には見えない。
『じゃあ何、なんで私の家を……』
一番近かったからに決まっている。
『……助けてって……』
少女は「助けて」と口にした。
ならば、次に恵那が取るべき行動は決まっているはずだ。
今、自分の中でも数え切れないほどの自問自答を繰り返した恵那は、ようやく少女の華奢な身体を拾い上げた。
暑さも忘れて――否、恵那が少女に視線を向けた先程から妙に涼しげな空気が辺りに漂っている中で、恵那は少女を家の中へと運び込む。
少女は抱き上げられる際のショックで意識を失ったが、その顔に浮かべられた苦悶の表情は、幾らか和らいでいた。
その少女の額には、周囲に冷気を漂わせる根源――恵那の右手が添えられていたのだから。
こうして、ただの吸血鬼だった少女「ルチア・アルティメリア・ネディオログ・スウェディー」は、雪女――島月恵那に出会ったのだった。