それは出会い①
それは、ある日の事。ある、うだるような猛暑の日の事だった。
「…………」
(……どこの子だろ)
幼女が、恵那の後についてきていた。
忍び寄る気配も足音も何もなく、影が気になってたまたま背後を振り返ったら、後をつけられていた。
白い肌に蒼色の双眸。しかし何処と無く日本人であることを感じさせる、整った顔立ちをしている。ふと見ただけでも、この少女の顔を忘れる事など恵那には出来そうにない。
最初、恵那はこの少女の事を何ら不思議には思わなかった。
何故ならば、恵那が数年前にこの街に引っ越してきてから、やたらと子供に絡まれる事が多かったからだ。
「この子も、その1人なんだ」——と思っていた恵那は、それ以上背後に張り付いている少女の事を気にしなくなった。
「…………」
一軒家である彼女の自宅に到着し、玄関の鍵を開けた恵那の横を通り過ぎて、その少女が靴を脱ごうとするところまでは。
「や、とりあえず待とう。ココアナタノ家違ウ、オーケー?」
流石に無視しているとはいえ、他人が自分の家に侵入する事に対し恵那が忌避感というものを感じない訳がない。それが親族の子供ならまだしも、先程見かけたばかりの子供ならば当然の事だろう。……しかし。
「……そのたしょ……は、……のちに。……ひとまず、……なか、に入ってください」
この子供ときたら、悪びれる様子も遠慮する様子もなく、脱いだ靴だけはきちんと揃えて、さも自分の家であるかの様に勝手に侵入してきたのだ。
「……あのね! ここはあなたの家じゃないの!帰るなら自分の家に帰りなさい!」
洗面所でまず手を洗い、顔まで洗って壁にかけてあるタオルで水を拭き取っている。
この見知らぬ少女のここまでの大胆かつ身勝手な行動に、どうしようかと迷っていた彼女の中には、困惑を通り越して怒りがこみ上げてきていた。
腕を掴んで廊下まで連れ戻し、怒声を浴びせていると。
「……っ! ……あ、あの」
怒りをぶつけられているというのに、少女は恵那の怒声に肩を震わせながらもゆっくりと右腕を上げ、ぴんっ、と恵那の背後の壁を指差した。
「え————」
……すると、そこには。
「……あ、すみません。すぐに終わりますので……」
振り返ってすぐに、カブトムシのツノのような兜が目に入る。兜の奥から覗いているのは、妖しげに光る二つの眼。
……そういえば、鍵なんてかけてはいない。
「ひっ————」
(何、こいつ‼︎ 何なの——コイツ⁉︎)
それだけで、恵那は言葉を詰まらせる。
恵那の背後に立っていたのは、戦国時代を彷彿とさせる甲冑を身に纏って兜を被った、小柄な男だったからだ。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ‼︎⁉︎」
目の前の少女に次ぐ不法侵入ではあるが、その時の嘆きの声とは比べ物にならない程の声量で以て、恵那は悲鳴を上げた。
その甲冑男は、言葉で表現する姿形よりも、もっとずっと、不気味でおぞましく感じたからだ。
悲鳴と同時に恵那の腰が抜けてしまい、彼女は足を絡ませ、尻餅をついて倒れ込む。
「……そ、そんなに怯えなくても良いじゃあないですか。すぐに終わりますよ……」
兜の奥に覗く男の青白い肌と、小柄ではあるものの整った顔立ちが、恵那の恐怖心を更に煽っていく。
そう言って甲冑男が振りかぶっていたのは、太くて大きい棍棒の様な鈍器。
しかしそれ以外が、恵那には理解できなかった。
(……え、え……⁉︎)
この男は何が目的で恵那の自宅に侵入し、そして恵那にその棍棒を振り下ろすのか。
自分が殺された後、あの少女はどうなるのか。
「……、……っ!」
それさえ、今の恵那は気にしていられなかった。
「いき……ますよ」
振り下ろされた棍棒が、恵那の頭部を叩き潰す——
ガッ、ギィイン!
「⁉︎ ……え?」
——しかし恵那が感じたのは、棍棒に頭蓋を割られる、鈍さと鋭さが入り混じった痛みなどではなかった。
思わず目を瞑っていた恵那は、まるで金属同士がぶつかり合うかのような音に、閉じていた目をこじ開ける。……すると、そこには驚きの光景が広がっていた。
「な……」
その信じられないほどの驚きの光景に、恵那は思わず声を漏らす。
甲冑男の棍棒を、件の少女が片手で防いでいたからだ。
眉一つ動かさず、相変わらず雪の様に白い肌のままで、まるで服についた埃を払うかの様に、簡単に。
「なっ……貴女は一体……⁉︎」
甲冑男が、目を見開く。今度動けずにいるのは、彼の方だった。
「……さきに、襲ってきたのは、あなた」
受け止めていた棍棒を跳ね除け、恵那が瞬きをする間に甲冑男に接近し、払った右手でそのまま構えた掌底を、甲冑男の胴に突き出す。
「がっ、ぼァ…………っ⁉︎」
ふわりと男の胴体が浮いたかと思うと、次の瞬間、弾かれた様に男は吹き飛んでいった。
「ひ、いっ⁉︎」
壁に男が吐き出した血が付着し、そのぐちゃっという音に恵那は悲鳴を上げる。
一瞬目を瞑りながらも、恐る恐る目を開けると、やはり鍵はかけていなかった半開きのドアを突き破り、木で出来た垣根を破壊し、甲冑男の体は道路へと投げ出されていた。
「…………え……?」
よほどの衝撃だったのか、男は体を動かせずにいる様子だ。
「……わたしは、おなじにおいがするあなたのあとをなんとなく尾行していたら、あのおとこがあなたのあとをついせきしているのをしったために、たまたまここにいます」
ドアが完全に破壊された事で、やがて外の蒸し暑い風が中へと吹き込んでくるが、何が起こったのか把握できてない恵那は風など感じる余裕はなかった。
未だ呆然と座り込んでいる恵那に、少女は振り返る。
「……わたしは、『吸血鬼』です」
少女はただ一言、そう名乗った。




