それは吸血鬼
ハーメルンで書き始めたものの、おもうところあって此方に移住しました。
非日常に免疫のない主人公恵那と、恵那が出会った吸血鬼の少女が織りなすほのぼの日常を目指した異能バトルものです。
…………。
吸血鬼とは一体どんな存在なのか、考えた事はあるだろうか。
一般的な外国産のヴァンパイアといえば、まず、人の血を好み、鏡に映る事のない人外の化け物としてよく知られている。
その他にも、かの化け物には多種多様な「弱点」がある事も知られているだろう。
例えばニンニク。例えば十字架。例えば銀の銃弾を心臓に撃ち込まれる事。心臓といえば杭を心臓に打ち込まれても死ぬらしい。日光に当たればすぐに燃えて灰になると聞くし、非力な人間でも、少し考えれば吸血鬼の対処なんて簡単なのかもしれない。
だが、そんな警戒するに値しないレベルの脅威が、わざわざ伝説として語り継がれる程の存在に成り上がれる筈がない。
彼らには、弱点を持ち寄って立ち向かうだけでは勝つ事が出来ないのだろう。
化け物は化け物でも、知性を持つバケモノなのだから。
だが、まぁ。
(…………まぁ、ヴァンパイアはそもそも想像上の非実在生物だし。存在する筈がないんだけど)
そう、仕事帰りの彼女は考えた。
彼女の名は、「島月恵那」。都営大江戸線月島駅の月島を逆転させた島月に、恵那峡サービスエリアの恵那だ。
今年で23歳、地元の大学を卒業し、少し離れた都会の企業に就職して1年が経った。事務作業などのデスクワークが主な業務内容ではあるが、彼女が働く職場環境は悪くなく、彼女自身、残業もした事がない。騒ぐ様な人もいないし、とても静かだ。退職する人もその多くが定年退職という、労働条件としてはまずまずの会社ではないだろうか。
彼女自身の人生設計としては、テレビに出るでも金を集めるでもない平凡な人生を送って、結婚はせずに最期は友達に囲まれて死ぬ。そんな感じだった。
『私は別に……ひとりでいて、それでどうにかなればいい』
——人生に対して刺激を求めようとしない割に、そんな事を平気で言ってしまう様な気質の持ち主なのだ。昔、面倒見たがり気質の友人によって強引に連れていかれた合コンで上記の言葉を喋ってしまい、その合コンの空気をお通夜同然にした事がある。
平気で口にしてしまうのだから、あまりというか全く……男の友人も女の友人も居なかった。
しかし、彼女も決して独りが良いという考えの持ち主ではない。彼氏はいらないが家族は欲しい、というか姉か妹か兄か弟みたいな身近な家族は欲しがっていた。
そんな、寂しがりやぼっちの恵那。彼女は寂しがりに加えて、お化けや妖怪が苦手だ。
地縛霊だったりヴァンパイアだったり、一番実在していそうなタイプが、特に。
「……………………ん、で」
そこまで感慨深く自分の事を思い起こした彼女は、とうとう目を逸らしていた現実と向き合い始めた。
改めて言おう。
彼女は……島月恵那は、友達が少なく、彼氏も居ない。人付き合いは嫌いで、それでも弟か妹は欲しい。でもお化けは苦手だ。
そんな彼女の眼下には、洗濯物の山を敷布団代わりにしてすやすやと眠る少女の姿があった。
仕事帰りで疲れた身体と自分の生活空間に他人がいるという嫌悪感が、彼女を絞め上げる。
(——私の目の前にいるコイツは一体何なんだ?)
「……片付けは、きちんと、……のちに……すぅ」
その少女の名は、ルチア・アルティメリア・ネディオログ・スウェディー。
またの名を——
「お昼寝は洗濯物が終わってからって言ったでしょ! 起きろっ!」
「ふにぃ! にゃっ⁉︎」
——吸血鬼、と言った。