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ハム助が遠くから叫んだ。


「やったか!?」

 

「おお……凄まじい衝撃でございましたな。これほどの威力ならば、いくら先程の刺客が頑丈と言えど、もう立てますまい」

 

「ま、まさか妾にこんな力が眠っておったとは……実は妾にはなんか超すごい出生の秘密が?」

 だって、角からずごーんじゃぞ! ずごーん!


 吹き飛んだ刺客? の方を見ると、土煙があがっていてよく見えない。じゃが……妾のあの必殺波動砲を受けてはもう立てまい。


 ……もう立てんよな? ちょっと不安じゃの……よし。


「ハム助、見てまいれ」


「ヂュッ!?」


「ほれ、この太めの骨をやるから、つついてくるのじゃ。あっ、万が一まだまだ平気そうじゃったら大声で伝えるのじゃぞ!?」


 ハム助に骨を渡すと、ハム助は露骨に嫌そうな顔をした後、公巣家の家臣である雀蛾理庵ジャンガリアンに骨を渡そうとする。

 ジャンガリアンは首を大きくブンブン振っている。だが、ハムスケは無言で骨を押し付けるだけだ。


 困り果てたジャンガリアンは骨を受け取ると、今度は鹵簿濾布数寄ロボロフスキーに骨をずいっと向けた。ロボロフスキーもブンブン大きく首を振るがジャンガリアンは無言で骨を押し付けるだけだ。


 こんなやり取りを数度繰り返すと、骨が妾にまで戻ってきた。もう一度ハム助に手渡そうとするが、距離を取って近寄ってこない。


「なーにやってるのかな? 君たちは」


 そうこうしているうちに刺客? のお姉さんが立ち上がってしまった。なんとも呆れ果てた顔をしている。違う! 違うのじゃ! これは妾は悪うない!


 刺客のお姉さんは笠が飛んでいったせいで、笠に隠れていた角を露わにしていた。黄色くてゴツゴツとしており、鉱石を思わせる。


「あ、あれは!」


「美歯、知っとるのか?」


「恐らくですが、黄龍家の者でしょう。先程の青く光る太刀と良い、化物じみた姫様を上回る化物っぷりと良い間違いないかと」


「マジで知っとったのか美歯……」


 正直、期待してなかったから驚いたのじゃ。


「そこのネズミさんは物知りだねー。鼠族ってみんな勉強や稽古が嫌いだから、少し驚いた。いや、個体差があるのは重々承知なんだけどね?」


「似たような太刀を昔見たことがございましてな。さて、大凡貴方様の為さりたいことは見えてまいりましたぞ」


「さて、本当かな? 見事当てたなら――」


「大方、どこからか姫様が人に化けた鬼か妖魔だと聞いて斬りに来たのでしょう。別に構いませぬぞ」


 え? こやつなんかサラッと妾が斬られても良いとか言わなかった?


「それじゃ、お言葉に甘えて」


 スッと刺客のお姉さんが移動した。いや、ほんと一瞬でスッと刀の射程に入り込んできた。えっ? 何? 今どうやって近づいてきたの? 


 刃が蒼く煌めくのが見えた。あっ、これ妾死ぬやつだ。本日三回目の死の予感。


 刀を下から切り上げるようにして斬られる、と思ったが、ハム助が持っていた骨で刀を上から打ち据える。刺客のお姉さんが刀をすぐに手放して、ハム助の甲冑を掴み、振りかぶって遠くへと投げようとする。


 ハム助は咄嗟に刺客の裾を掴んだが、よほどの力で振りかぶったのだろう。裾が破け、そのまま投げ飛ばされてしまう。


 投げ飛ばしている間がチャンスと草刈り丸で斬りかかろうとするが、刺客のお姉さんが蹴飛ばしてきた刀を避ける事で姿勢を崩し、体勢を整えた時には先程蹴飛ばしたはずの刀を手に切りかかってくるお姉さんが見えた。


 否、斬られている。


 刀身が肩から、胸に、肺へ、肝臓へ、それらの臓物と幾百本もの血管を裂いて、皮膚から出た。


 だと言うのに、驚くほど衝撃がない。斬られたはずなのに、その感覚がない。


 えっ、名刀で斬られたら、斬られた後しばらく気づけないとかいうアレなのかえ? ついつい、自分の身体をポンポンと触って確かめる。うむ、切れて……ないの?


 刺客のお姉さんが太刀を鞘に収めて、悩ましそうに呟いた。


「あらら、本当に斬れない。……ハズレかー」


 当たりだったら妾斬られてたの?



――――



「いやー、人に化けた鬼って聞いたから、わざわざここまで来たんだけどねぇ」


「ほへー、とんでもない噂が流れとったんじゃなぁ」


 お姉さんが荷車を片手で引きながら「わりかし信頼できそうな筋だったから、間違いないって思っちゃってねー」とため息をついた。


「けど、それにしたって、なんでこんな所にまで妖魔を狩りに来たのじゃ? 領地でもあるまいし、管轄外じゃろ」


 普通はその土地を治める武士がその土地を守るものじゃし、下手に他所の領地に手を出したら面子が云々かんぬんで面倒だと聞いたことがある。まぁ、妾はこのスカンピン国から出れないから関係ないんじゃけど。


「姫様、先程見たあの蒼く光る太刀を思い出しなされ。あれこそ名高き神刀、虚空斬りでございますぞ」


「へー、お姉さん、なんかすごい刀持ってるんじゃのー? さっき妾が大丈夫だったのも、何か関係あるのかえ?」


「そうだよー、こいつは妖魔だけを斬って人は斬れないっていう優れものなのさ」


 お姉さんが虚空斬りの柄をポンッと手で叩いた。ううむ、なんか凄いって聞くと、凄そうに見えてきたのじゃ。


「美歯よ、牛頭家にも同じようなのないのかの?」


「姫様、妖魔のみを切れる刀は裏打ちも合わせて現在3振りしか存在せぬと言われております。牛頭家にあれば即座に売り払われておりまする」


「せつないのー」


「全て貧乏が悪いのでございます」


「しかし、そんな刀を持っているとは、お姉さんお金持ちなのじゃなぁ……あー、さっきの戦いで疲れたのぅ、何か身体が痛むかもしれんのー? 美味しい食べ物恵んでくれたら治るかものー?」


「おっほん! 姫様いやしゅうございますぞ!」


 お金持ちなら、噂に聞いたことがある砂糖菓子も持っているかもしれぬ。期待を込めてお姉さんを見つめる。


「まー、実際驚かせちゃったしねぇ。ようしわかった。今度、美味しいお菓子を持ってきてあげようじゃないか」


「本当か!? 約束! 約束じゃぞ!」


 ひゃっほう! 言ってみるものじゃ! さっき三回ほど死ぬかと思ったけど、お菓子が貰えるなら安いものじゃ!


「労災として拙者にも! 拙者にも!」

「ならばついでに我も!」

「後ろで見てただけだけどわれもー!」

「ギブミーお菓子! ギブミーお菓子!」


 家臣達もここぞとばかりにお姉さんにたかり始めた。甘いものとか滅多にというか、ほんっとうに食えぬからのぅ。仕方がない。


「んふふ、それじゃあみんなの期待に答えて、君たちにもお菓子を持ってきてあげようじゃないか」


「言ってみるもんでござる!」

「おねーさんマジ女神でござる!」

「いよっ! 八方美人!」


「但し、今から村まで競争して、先に着いた3人だけね。ゴールは井戸って事で」


 あっ、荷車に甲冑を放り込んで、皆一言も発せず走り出してもうた。


「牛頭姫ちゃんも3位以内に入ったら、豪華なお菓子もう一つあげるよ」


 無言で走る。くっ! あやつらあの短い足で何故あんなにも早いのじゃ!?



―――――


「お”え”え”え”!! ッッハァァァ! ゼェェェェ! ハァァァァーーー!!! つっかれたのじゃあああああ!」


 井戸に触った後、そのまま仰向けになって倒れる。


「姫様、お疲れ様です」


「んむ、ごくろう」


 上半身だけを起こし、ロボロフから水入りのお椀を受け取る。そう、こやつ小さいが早いのだ。納得の1位である。スタートを最速で切れなかった時点で妾の一位はないものだとはわかっておった。


「カヒュー……カヒュー……」


 しかし、二位は少しばかし意外であった。投げ飛ばされていたはずのハム助が甲冑を着たまま、まさかの二位でゴール。


 後ろからガシャガシャと異音をたてながら、凄い勢いで追い上げられたから吃驚したわ。


 遅れて他の家臣たちも到着する。皆、ちゅーちゅーと疲れた様子で座り込んだ。先に着いている妾達3人を見ると、がっかりした様子で髭を垂らしている。


「さーてと、みなよく頑張った。じゃが、少々頑張りすぎじゃ。ハム助以外に気分が悪いものはおらぬかー?」


「3位を姫様に取られて気分が悪いでござる」

「姫様、あまりにも欲が深いと自滅するでござるよ?」

「実はちゃんと話し聞いてなかったんだけど、なんでみんな走り出したの?」


 うむ、気分が悪いものはおらぬようじゃの。


「それじゃ、お姉さんが着くまで休憩じゃ。荷車が来たらー……まぁ、また美歯が指示出してくれるじゃろ」


「姫様、美歯様が今回の荷は少しばかり急ぐ必要があるって言ってました。帳簿が必要なんですけど……えっと、持ってきておきます?」


「うむー、よきにはからえ」


 そう言うと、ロボロフがぴゅーっと館まで走り去っていった。あれだけ走ったのにまだ走れるのか、あやつ。小さいから走るにも楽なのかの?


「自分は動かず、部下にだけ働かせるとは……おお、牛頭家マジブラックでござる……」


 よし、ハム助も無駄口を叩けるくらいは回復したようじゃの。


「さて、それとは関係ないのでございまするが、姫様、おひとつご忠言を」


「ん? なんじゃ?」


「先程の黄龍家の女性、余り信用なされますな。あの手の輩は私情と務めを鋼より硬い仕切りで区切っておりまする。」


「ハム助よ……」


 何かに例えてるのはわかるのじゃが、ちょっとその表現はわかりにくいのじゃ……。まぁ、すぐに人を信用しすぎるなと言っておるのじゃな?

 確かに、すぐに切りかかってきたヤバそうな人じゃしのー。


「わかっておる。お主は妾がお菓子に釣られてホイホイと騙されてしまうように見えるのじゃろ?」


「なるほど、微妙に伝わっていないことがわかり申した」


「えぇ……」


 違う意味じゃったのぉ?


 そうこうしている間に、館の方から人影が2つ、こちらに向かってくるのが見えた。一人はロボロフ。そしてもう一人が……これまた久方ぶりに見る、神族の男かの?


 神族と思わしき男は、妾を見つけると気さくそうに声をかけてきた。


「お嬢ちゃん。ここらの子だよな? 一つ質問があるんだけど良いか?」


 あっ、なんかこのやり取りさっきもやった気がするのじゃ。


「うむ、牛頭家の姫を探しておるなら妾のことじゃよー」


「おっ、それじゃあお嬢ちゃんが噂の……そうとくりゃあ話しは早い! わりぃが捕らえられて俺の名声になりやがれ!」


 そういうや否や、腰の木刀を抜くと、右手で振りかぶり、殴りかかってきた。

だが、その木刀を抜く動作、振りかぶる動作、近寄る動作、どれもがこう……モタッとしていてキレがない。


 そもそも、なんでこやつわざわざ「今から捕まえますよ」と宣言してから殴りかかっとるのじゃ……バレバレではないか。


 打ち込んできた木刀を半歩ほど横、一歩前に歩いて避ける。


 左手で相手の伸び切った手首を抑え、男の顎に手を添える。お粗末な足元を右足で軽くひっかけ、手首をねじりつつ転倒させた。


 そうやってうつ伏せに倒した後は背中を左膝で抑え、手首を固めてしまう。少し力を込めると、男の手からぽろりと木刀が落ちた。


「ちょっ! 痛い痛い痛い! 俺身体固いの! そういう関節技キッツイ!」


 うわ……この男……弱すぎ? というか、ここまで綺麗に技が決まったのは初めてかもしれぬ。よほど実力差がないと狙ったように決まらぬし、家臣相手の訓練でも体格差がありすぎるからのぅ。


「姫様、そのまま少しばかし抑えておいてくださいませ」


 ハム助はそう言うと、近くの家からズタ袋を借りてきて、男の頭にかぶせてしまった。


「えっ、ちょっ、待って? そこのネズミィ! 俺は別に怪しいもんじゃねぇから! そんなの被せる必要ねぇから!」


 そんな言葉も無視して、ハム助はズタ袋をかぶせた後に男の両手を後ろに回し、持っていた短い紐で左手と右手の親指を括ってしまう。


「えっ、ちょっと、なにこれ。これマジ連行モードなってない? ……お嬢ちゃん! さっきは悪かった! いや、ほんの出来心でね!?」


「よくも害の無さそうな一般人の振りをして姫様に案内させましたね。館で全部吐かせてやります!」


 ロボロフがそう言いながらゲシゲシと男の足を蹴りながら前に歩かせる。


「ちょ、やめて! 痛い! 君、小さいのに地味に脚力強くない!? というか前見えないから転ける!」


 あっ、転けた。

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