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「ア”ア”ア”ア”ア”ァァァァッ!!」
全身に口が付いた、球型の妖魔を草刈り丸でザクザクと細かく切り刻む。慣れたもので、もう骨がないところは把握してしまったのじゃ。
この迷宮での妖魔狩り。最初の頃は新鮮で楽しいところもあったが、もう数十回くらいにもなると飽きてきたのー……。
「うむ、息の根を止めましたな。では姫様、次を探しに行きましょうぞ」
美歯のこの台詞も、今日だけで何度聞いたかわからぬほどであった。
「嗚呼、わかっておる。しかし、あれじゃのぉ……増えたの」
「ほっほっほ、わかりましたかの? 実は今年の冬毛がいい感じに生え初めましてな。例年より暖かく過ごせそうなのですよ」
あっ、ほんとじゃ。今年の美歯なんか地味にフワフワ気味になってきとる。
「いや、そっちではなくてのぅ……」
ちらりと目を見やると、そこには先程妾が狩ったばかりの妖魔を切り取っては外に運びだす、何十人もの村人達の姿があった。
ハム助はというと、村人たちが奇襲されないよう辺りをしきりに警戒し、山寝も……あやつ、もうすでにフワフワ感がすごいのぅ、じゃなかった。山寝も忙しそうに解体の指揮を取っている。
大きい獲物を寄ってたかって解体して、少しずつ運んでいくこの様、蟻を彷彿とさせるのぅ。
「なんか、すっごく人が増えてないかえ?」
「暇な者を集めたら、案外集まりましてな。この迷宮のすぐ外に簡単な作業場も作りましたぞ」
「あー、確かになんかそれっぽいのがあったのぉ……」
妾が横を通る時、余り見ない顔の鼠族達が一生懸命手を振ってくれて嬉しかったのー。なんか、普段から接してる村人達と違って畏敬の念って奴をひしひしと感じたのじゃ。
「順調に妖魔の解体を効率化してまいりましたが、最近では妖魔の死体自体が不足気味でしてなぁ。たまーに巨人妖魔が出れば、一時的には材料不足もなんとかなるのですが」
「こればっかりは妖魔の気分次第じゃしのー。というか、妾達が狩っていけばそりゃ妖魔も減るじゃろ」
いやいや、それがと美歯が言う。なんでも、この迷宮は妖魔が枯れる事はなく、常に生み出されるとの事だった。
なんじゃその、地獄が具現化したような空間は。
「つまり、材料不足を補うにはもっと奥に行くか、狩る者を増やす必要があるのでございまするが……荷運び達を余り奥には連れていけませぬし、ここの巨大な妖魔を容易に狩れる者はすくのぅございまする」
「そもそも、本来は村人たちは迷宮の中に入れる予定なかったしの。人手が足りぬから仕方がなく入れとるが……」
現状でも、ハム助率いる公巣家の者たちは荷運び達を護衛するのに手一杯と言った形である。これ以上奥に狩りにいくのは現実的ではないのー。
――――
迷宮での狩りを切り上げ、外に出ると、荷車で運ばれた妖魔の死骸がそこらかしこに転がっている。
ちゅーちゅーと領民達が忙しなくそれを作業場へと運び、切ったり干したり煮込んだりしていた。……む? 煮込む?
見てみれば、風呂釜と同じ物が数個並べられ、グツグツと妖魔の肉を煮込んでいる。一体なにやっとるのじゃ、こいつら。妖魔の肉なぞ食えたものではないぞ。
「美歯よ、あの者たちは一体何をしておるのじゃ? 妖魔の肉なぞ煮込んだ所で意味なぞあるまい」
「あれは脂を取っているのでございますよ。脂があれば蝋燭なぞも作れますからの」
妖魔で作った蝋燭……いや、まぁ、確かに草刈り丸で燃やした時にはいい感じに燃えとったがのぉ……。
「というか、水や燃料はどうしておるのじゃ。そちらの方で赤字にならぬのか?」
「水源は探させまして、案外近くにございました。燃料の方も、そこらに転がっておるではございませぬか」
そう言って、美歯が辺りを杖で指し示した。最近では下手に燃やさず、ただ草刈り丸で切り刻んでいる妖魔の死骸がそこにはあった。
こやつ、自分の身体で自分を煮られておるのか……。
「色々と活用法も見つかりましてな。この<油玉>……嗚呼、皆がそう呼び始めているのでございますが、こやつの肉は乾かせば燃料として非常に優秀である事がわかったのでございまする」
「これだけあれば肥料として使おうにも余るじゃろうしの。ちょっと勿体無い気もするが、燃やしてしまっても良いか」
「いえ、燃やせば燃やしたで燃えカスが良い肥料になるのでございますよ。最初に姫様が燃やした油玉も良い肥料になったでございましょう?」
芋を糞不味くする物を良い肥料とはいえぬ気がするが、そういえばそうじゃった。
「あー……なるほど、なーんで見ぬ顔の鼠族がいるかと思えば、薪代わりの物が欲しくてやってきとったのじゃな。なるほどなるほど」
「最近では、村人の親戚たちも来ましてな。噂が広まっているようでございます」
「うちの村だと、寒さを我慢出来なかったら草刈り丸でなんとかなるが、他所はなんともできんからのぅ。死活問題なんじゃなぁ」
一家に一本とはいかずとも、せめて一村に一本は欲しいのぅ。草刈り丸。
――――
解体作業を進める村人達より一足先に、家臣たちと荷車を引きながら村へと帰っていると、道(草と大きな石だけを取り除いた物)の向こう側から見慣れぬ姿をした者を見かけた。
少し色あせた笠、柿色に染められた服、腰に刺した2本の刀、この辺りでは裸足の者ばかりなため、なんとも珍しい草履。
極めつけは、妾よりも背丈があるという事。大人の神族を見たの、ほんっとうにひっさしぶりじゃのー。
相手も妾に気づいたらしく、妾を見ると、笑顔で近づいてきた。笠の後ろで一本に括った髪の毛が揺れている。ついでに胸も揺れている。妾も将来あれくらいになるのかの。
視線に気づいたハム助が「無理ですな」と思考を先読みしてきた。まだ何も言っとらんじゃろうが……。
「あー……そこの君。牛頭家のお嬢さんを知らない?」
「妾じゃけど」
少しばかり驚いた顔をしている。まぁ、結構汚れとるからそれっぽく見えんよなー。
「うちの姫様は服もボロボロなうえに素足でクッソ小汚くございますからな。わからぬのも致し方ないかと」
美歯よ、わかってるならちょっとくらい妾の服装にお金を……いや、やっぱり服に金をかけるなら、食を充実させて欲しいのじゃ。
「君が? 本当に? ……影武者というわけではなくて?」
「本当じゃよー。お姉さんはなんでまたこんなところにまで来たのかの? この先には迷宮があるだけじゃよ?」
「いやー、ちょっとお仕事で来たんだけどね。うーん、どうしようかなぁ。えっ、君。本当に牛頭家の鬼子なんだよね? 生まれる時にお腹食い破って出てきたっていう、ガオーって」
「なにそれ怖い」
「姫様すげー!」
「なんたるロックな生まれ方……やっぱり姫様は格が違った」
「実はそれ、草刈り丸の力では?」
「やはり草刈り丸が本体」
この家臣共、いつも通り畏敬の念ゼロである。
「よくわからぬけど、妾に用事なんじゃよな? 今、家に帰ってる途中じゃし、歩きながら話しても良いかの?」
「嗚呼、うん、大丈夫。迷宮とやらもちょっとだけ気になるけど、別に用事があるわけじゃないし……ところで、その荷物何なの?」
お姉さんが左手で妾の後ろにある妖魔の乾燥肥料を指差した。
妾が「嗚呼、これは」と後ろを向いて、肥料の方を向いた。
耳元で金属が弾ける、鈍い音が響いた。
振り向くと、太刀を振り抜いたお姉さんの姿が見えた。刀身が青白く、艶かしく光っている。視界の端では「労災を申告するでござるぅぅぅ!」と叫びながら吹き飛ぶハム助がいた。手には大きく欠けた妖魔の骨を握っている。
思わず一歩下がろうとして、後ろの荷物に背中が当たった。お姉さんが刀をまっすぐ構え直し、妾の胸を狙って突く。
妖魔の骨を欠けさせる刀だ。流石の妾でも刺されたら死ぬ。不味いとは思ったが急な出来事に対応できず、避けることができない。
(あっ、これ死んだのじゃ)
と、思ったが、お姉さんが妾に向けていた剣先を逸し、何かを弾いた。骨だ。飛ばされながらも骨を投擲したせいで、着地に失敗したハム助が「ぐえあ」と鈍い悲鳴を上げる声がどこからか聞こえた。
弾かれた骨が、綺麗に宙へ舞った。それを反射的に手に取る。
今度は横に薙ぎ払うように刀を振るってきた。妖魔の骨で受け止めるが、刃は骨の半ばまで食い込み、そこから少しずつ刀が進んでいる。
ちょっと、このお姉さんの刀、切れ味良すぎない!?
左手一本で骨を支え、右手で草刈り丸を大急ぎで出し、これまた大急ぎでお姉さんに向かって大きく伸ばした。
お姉さんはというと、少しだけ足を動かしただけでこれを避け、先程より強い力を刀に込めてきた。
大きく押され、慌てて骨を両手で支えるが、ずずずずずと刃が食い込んでくるのは変わらない。
不味い! 不味い不味い不味いのじゃ!? これっ、死ぬ! 数秒後に間違いなく死ぬっ!
先程から必死で気づいてなかったが、よくよく見たら、美歯や他の家臣は脇差しでいなされとるし、そのくせ太刀に込める力は一切緩めてないしなんじゃこの人!?
あ”あ”あ”あ”あ”!!! 死ぬっ! 死ーーーぬーーー!! なっ、なんか目覚めろ妾の力! 実はこっそり隠されてた的な力よ目覚めるのじゃーーーー!!
とか思っていると、妾の角から青白い光が溢れ出し、お姉さんが吹き飛んだ!
なんか目覚めたーーー!!