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結局、肉塊妖魔と巨人妖魔を倒しただけで解体と輸送がいっぱいいっぱいになり、そのまま帰ることになった。領民から貰ったお芋、美味しかったのぅ……。
持ち帰った肉の配分は美歯にぶん投げて、妾は適当に濡らした布で身体を拭くと、そのまま薄っぺらい布団に潜り込んだ。だって、皆に分ける細かい配分とか考えるの面倒じゃしー。
翌朝、目が覚めると布団の上に追加の布団が乗せられていた。誰か知らぬがありがたいのぅ。
最早、牧草くらいしか入っていない食料庫に入り、適当な量をお椀に入れると、噛みながら館から出る。館の前には妖魔の肉塊がまだまだ山積みになっていた。あー、もう遅かったし、後日振り分けることになったのかの。
「姫様、牧草をモシャモシャしているところ申し訳ございませんが、ご報告することがございます」
美歯が紙束を片手に、後ろから声をかけてきた。モシャモシャしながら頷く。
「先日狩ってきました巨人妖魔でございますが、こやつの皮膚、どうやら金属で出来ているようでございまして、肥料になりませんし、加工しようにも、この村では加工する技術がございませぬ」
モッシャモッシャしながら、これまた頷く。嗚呼、芋の味が恋しいのぅ。噛めばホロリ崩れて、甘みが口に広がるお芋。牧草みたいにゴワゴワしておらぬお芋さん。
「加えて、妖魔の肉で綿花を育てたものの、収穫、加工に思ったより手間がかかっておりまする。綿を加工した経験を持った者も少なく、いまいち捗りませぬ」
「精々が農閑期の手仕事かのー、まぁ、やっぱりそううまい話はないってことじゃな」
「と、いう訳で姫様。妖魔肉を乾燥させて肥料として売る事になりもうした。金属も銑鉄として売ってしまいまする。つきましては、解体と干場作りを致しますぞ」
「あれ? 妾が参加するの確定?」
「確定ですじゃ」
―――
妾の身長ほどもある、大きめの骨を数本地面に打ち込み、骨と骨の間に縄をかけ、洗濯物を乾かす要領で縄に妖魔肉をかけていく。うまくかからない肉は、穴を開け、そこに縄を突っ込んでいく。うへぇ、手が脂でぐちょぐちょじゃー。
「のー、これどれくらいで乾くのかのー」
「この辺りは乾燥しておりますからな、雨が降らなければ三日もすれば乾くかと」
「ふーん」
ぐちょぐちょの肉を適度に草刈丸で切りつつ相槌を打つ。脂で切れなくなってきたら少しだけ火力をあげて燃やすが、すぐにまた脂がついて切れにくくなる。
「姫様これもー」
「こっちもおねげーしますー」
「切るの疲れたからお願いー」
げっ歯類達が巨大な肉塊をどんどん目の前に積み上げていく。確かに、この作業は鼠族では辛そうじゃのー。
目の前に積み上げられた肉を干しやすいように薄く切りながら、ぼんやりと干場を一望する。これ、結構な広さを使っとるのぉ……。
「のー、美歯よ、この干し場なーんか随分と広くないかえ?」
「多めに作って、在庫不足を防ごうと思いましてな」
「そんなに売れるとは思えぬがなぁ」
「食用植物にこそ使えませぬが、それ以外の植物には使えますからの。妖魔の肉ということで忌避感を覚える者もおりましょうが、そうでない者もおりまするゆえ」
「うちの村人、みんな全ッ前気にしておらんしのー」
さっきから、血と脂に塗れながらも作業してるくらいじゃし。今も数匹が全身血まみれになっておる……って、む? あやつらわざと血に濡れておらぬか?
「我こそブラッディちゅー助……血が我を呼ぶぅ!」
「人呼んで鮮血のネズ造とは俺のことだ……血肉を見ると身体が疼くでチュゥ……ッ!」
「えーっと……血煙武士ハツカの助、切ったのではない、潰したのだっ!」
「何をやっとるのじゃ……」
「血に因んだ格好いいセリフ大会ちゅー。姫様もやりますか?」
「やらぬやらぬ。そーんなに血まみれになったら後で洗う時大変じゃぞー?」
「どうせもう血塗れだし、いっかなーって」
ねー、と他の者と共に頷きあう。嗚呼、血が乾いて毛皮に張り付き洗うのに苦労するこやつらの姿が目に見えるようじゃ……。
―――
肉を干し終わり、身体を洗うため比較的近くにある浅く狭い川に向かうと、そこには神族の大人が数人入れそうなほど大きな釜が一つ、鎮座していた。こんなもの、どこから持ってきたのじゃ。
「美歯よ、これは一体」
美歯が無言で草刈り丸を差し出してきた。村人たちはちゅーちゅー鳴きながら手桶リレーで釜に水を入れている。いつの間にやらハム助も来て、手桶リレーの指揮を取っている。
「久しぶりの風呂! 福利厚生充実大歓迎でござる!」
こいつ、ほんとぶれないのー。
「この釜って、こういう用途の物なのかえ?」
「いえ、別の用途の物でございますが、最近、将軍家の趣味が変わったらしく捨て値で手に入ったのでございます」
「しかし、捨て値とは言えよくこんな物を買ったのー」
「同じ量の鉄と同じ値段で売ってくれるとの事でしたので。牛頭家の隠し財産を捻出致し申した。今買わねば買えぬと思いましてな」
「隠し財産! そんなものがあったのかえ?」
「ええ、姫様の将来の為にと溜めていた持参金でございますが、どうせ結婚しなさそうだし良いやと奮発致しました」
「それ手をつけちゃダメな奴じゃろ」
思わず素で答える。持参金ないまま結婚とか、それ妾惨めすぎない?
「しかし、今後も妖魔を狩ることを考えると風呂が必要なのも事実でございます」
まぁ、確かにすっごい汚れるしのぉ……。妾も今、全身が脂でテッカテカじゃし。今着てる服も、買った時は青かった記憶があるけど、もう汚れすぎて真っ黒じゃしのー……。
「ううむ、そう言われると仕方がないのかのぉ……」
「それに、燃料代もタダでございますしな」
「あれ? 毎回妾が草刈り丸でお風呂沸かすの確定?」
「確定でございますじゃ」
「今日の朝といい、なんか色々と妾が知らない所で確定させすぎじゃないかえ?」
「自分の事を自分の都合だけで決めることができる者なぞ、極々少数でございますよ」
「まぁ、確かにそうじゃけどぉ……」
納得いかぬ。