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28

 ハム助が襲ってきた武士達を治療し終えたのを確認してか、闇の中から、一人の男が現れた。パチ、パチ、パチと人差し指と中指を使って小さな拍手をしている。


「いやはや、お見事。雑兵とはいえ、玄武の術具を持った相手をよく打ち破れるもんだ」


 薄い笑みを浮かべたその男の顔の上半分は白い仮面で覆われており、口元しか伺えない。しかし、その身のこなしから只者ではない事が伺えた。


「お主も拙者の命を狙いに?」


「それは俺の仕事じゃあない。俺はただのしがない飛脚さ。ま、たまにこうやって偵察みたいな事もするけどね」


「ならば、報告する時に、ただの貧相な鼠族なぞ放っておけと付け加えてはくれぬか。こう頻繁に襲われてはたまらぬ」


「んー、その心配はしなくてもいいんじゃねぇかな。ほら、兄さん出てきなよ」


 その言葉で、男の後ろからぬぅっと現れたのは、ハム助が見知った人物であった。


「岩鉄……お主、ダムの方で忙しいのでは?」


「忙しい。けど、よぉ……はぁー……あー、ダムの事を玄武の殿に報告したら、資金や物資運番用の土蜘蛛を援助してもらえる事になった」


「おお、吉報ではござらぬか」


「それに、技師も数人送ってくれるらしい。どうやらうちの殿は姫様にご執心らしくてな、足りないものがあればどんどん報告してくれとも言われた」


「おお……ありがたい。しかし、ここは白虎の地、玄武家がそんなに出張っては白虎家が黙っておらぬのでは?」


「それも、もう話しがついているらしくてなぁ。どうも、結構な前から玄武と白虎では連絡を取り合っていたらしい。んで、さぁ」


「うむ」


「玄武の殿から、お前を殺すように言われた」


「そうか。で、お主はどうするのだ」


 岩鉄が鬱陶しそうな目で隣にいる男を見た。仮面をかぶった男は、へらへらと笑う。


「俺の仕事はありのままを報告するだけだぜ? さささ、お好きなように」


「言い訳がましいが、殿には三度、お前の有益さを説いた手紙をこいつに送ってもらった」


「で、帰ってきた返事は変わらず、と」


「……わりぃな。ハム公」


 じゃらり、と岩鉄が背中の甲剣を抜いた。だが、剣を抜いただけでは鎖が擦れる、じゃらりとした音は鳴らぬ。その剣の他にも、岩鉄が片手に鎖を巻きつけるようにして握っている。


「今回は、殺しにかかる」


 岩鉄の全身に巻かれていた、鎖帷子と思っていた鎖が解け、ぶわりと、竜巻のように宙で渦巻いた。その鎖が空中で網目を形作り、ハム助を叩き潰さんと降りかかる! それはまるで、ハエたたきのようであったが、襲い来る速度、叩く事が出来る面積が桁違いのものである。


(んなっ! 点ではなく面で潰しに!)


 速度と範囲からして、避けることはできぬ、ならば剣で受け止めるなりして少しでも防がねばと、赤錆びたボロボロの刀を抜き放つ――見た目こそボロボロであるが、妖魔の骨すら砕ける刀だ。これならば鎖の重さに負けて折れることも曲がる事もない。


 鎖と刀がぶつかり合い、弾いた。だが、それは網のように広がった鎖の一部だけである。地面に叩きつけられた鎖が、今度はハム助を中心に丸まり始める!


(いかぬ! このままでは絡め取られてしまう!)


 抜けようとするが、ハム助は自らの体が鉛のように重くなるのを感じた。岩鉄の首元から、先程見たばかりの甲羅型の術具がぶら下げられている。


(先程の15人と同じか、それ以上の圧ではないか!)


 体の動きが十分に効かぬまま、ハム助は鎖に絡み取られた。無様に地面へと転がされ、ハム助は思わず乾いた笑いをこぼした。


「は、はは……ははは」


 初めて岩鉄と会った時、岩鉄は勝負になる形として甲剣を使い立ち会い、打ち合った。その時は互角の腕前であると錯覚した。


 だが、岩鉄が本気を出すと、どうだ。刀での打ち合いにすらならぬ。そんな事をせずとも、術具を使えば良いのである。五家に近い神族の武人が本気を出せば、結局のところ鼠族が敵うわけなぞないのだ。


「悪ぃな。ハム公。……姫には風礫に殺られたと伝えられるはずだ。そういう手はずに、白虎家が取り計らってくれるらしい。贖罪ってわけじゃねぇが、このスカンピン国を豊かにし、俺の出来うる限り姫の力になろう。許せ」


 腕を動かそうとするが、腕どころか指一本動かすことが出来ない。体が圧迫され、呼吸をするのが辛い。だが、そんな事よりも、ハム助には気になる事があった。


「岩鉄よ、なんだその顔は」


 岩鉄の顔が、苦渋に満ちている。まるで妖魔肥料で作った芋を生で丸かじりでもしたかのような顔だ。


「人生とは、ままならぬなぁ……お主ほどの実力者であっても、生まれと使命に縛られ、自由には生きられぬ……」


「すまねぇ」


「はは、は……謝るな。それでは、まるでっ……」


 声を出そうにも鎖で肺が圧迫され、声を出せない。少しずつ圧力が増していく鎖に、ハム助はとうとう死ぬのだなと今更ながら自覚した。


 ぎちり、ぎちりと音がした。ぴしり、と腹部のどこかで激痛が走った。骨が折れたようだった。一本折れれば、他の箇所に力が分散する。他の骨もぱきり、と折れていくのがわかった。


(嗚呼……ここが、鼠族の限界でござるか)


 ハム助の意識が途絶えた。




――――――



 幼いハム助が巨大なムカデから逃げ回っていた。ムカデの大アゴには、ハム助の父だった者の内蔵がぶらりと下がっている。


 どしどしと歩く触腕には、ハム助が村一番の力持ちと尊敬していたチューの助の肉片がこびりついたままだ。


(あっ、これが噂に聞く走馬灯でござるか)


 逃げるハム助の顔は絶望に塗れていた。頼りになる父も、村一番の力持ちも妖魔の前では平等に、何の抵抗も出来ず食われたのだ。まだ幼いハム助が絶望するのも無理はなかった。


 ハム助を助けようと立ち向かうものはいない。ムカデを見るなり、皆一目散に逃げ去った。


(まぁ、鼠族でござるしなぁ……)


 幼いハム助の前に大きな岩があった。思わずその岩に隠れるが、果たしてその行為に意味があったのかどうか。岩をぐるりと回り、ムカデが進退窮まったハム助を見据える。


 嗚呼、死んだとハム助が確信したその時、岩が砕けた。そして、目の前の巨大ムカデも一緒に緑色の体液を振りまきつつ、その肉片を飛び散らせた。


 何が起こったのか、さっぱりわからなかった。幼いハム助が後ろを見ると、そこには紅い刀を持った一人の神族がいた。まるで路傍の石でも見るかのような目で、ハム助を見ている。


「ああ、そこに餌があったのか」


 それだけ言って、紅い刀についた体液を振り払い、前へと歩みを進める。その時、ハム助は知ったのだ。


 鼠族の強弱なぞ、真の強者たる神族の前では何の意味もないのだと。そして、鼠族の存在なぞ、彼らにとって路傍の石以下であるのだと。


 その事実に気づいた時、幼いハム助の心に何か楔のようなものが撃ち込まれた。それが何であるのかは幼いハム助にはわからなかった。大人になった今でもわからぬ。


 だが、それをどうにか言葉で言い表すとすれば――。


(気に食わぬ)


―――――


 夜の闇に、幼子が足を引きずって歩いていた。その足にはクナイが刺さっている。疲れ果て、木の幹にもたれかかると、その幹にクナイが刺さった。


「ひっ!」


 幼子が焦りのあまり地面へと倒れ込む。倒れ込んだ顔の先に、またもやクナイが刺さり、痛む足をもつれさせながら、泣きながら前へと逃げようとする。だが、最早その足に力は入らないようだった。


「うぅぅ……ゔゔぅ~……」


「おいおい、初ちゃんよぉ。もう諦めちゃうのかぁい? 折角、お姉ちゃんが逃してくれたのにさぁ」


 闇からクナイを構えたままの男があらわれた。面長の顔に、枯れ木のような細い体の男だ。痩せこけているという表現がしっくり来るのに、目だけは異様にギラギラとしている。


「ほーら、頑張れ頑張れー」


 男が手を素早く振った。クナイが初の太ももに刺さり、皮膚が裂け、肉がえぐれた。。初があげた悲鳴を聞いて、男はケタケタと笑っている。


 その様子を見た若き頃のハム助は、襲われている相手が姫ではない事、男が手練である事を察すると、息を潜め、静かに後退し始める。


「まだまだ元気じゃぁぁぁん。ほうら、ダメだよー、あきらーめーなーいでー、きっと希望はあるさぁ」


「なんで……なんでなのよぉ、私達が何を……」


「なんでって、お前さんの親父さんがした事しらないのぉ? 幕府ご禁制の鬼術を研究していた挙げ句、逃亡生活に仲間の犯罪者に協力までしていたときた。うーん、極悪人だなぁ。娘のお前がウチに売り飛ばされるのも仕方がない事だな」


「お父さんは悪くないっ!」


「そうかそうかー。世間はそうは思ってくれないぞー」


 初の顔が草鞋で踏まれ、ぐりぐりと躙られた。髪と土が擦れ、ざりざりと音がなる。


「極悪人の娘は、然るべき道をたどるもんなんだなぁ。やっぱり悪いことはするもんじゃないねぇ」


 男が、腰の刀に手を握った。ところで、誰かが歩いていくる音に気づいた。それも、自分の存在を誇示するかのように大きく音を鳴らしてだ。


(この後、結局5人と戦うことになって骨が5本くらい折れたのでござったよなぁ……茶々の前ではイキッたが、正直かなりキツかったでござる……)


 若きハム助が、二人の前へと歩み出た。手には鍛錬用の太い木刀を握っている。


「……ん? だぁれ? お前」


 その問には答えず、ハム助は


「気に食わぬ」


 と、だけ返した。


―――――


 ハム助が武者修行をしてぶらりと旅をしていると、武器を帯びた男達に襲われている夫婦がいた。物陰に隠れ、事情を聞いていると駆け落ちしたのは良いものの、追手をかけられたらしかった。


 夫婦の、夫のほうが懸命に刀を振るうが、追手の一人に軽くいなされ、刀を手から弾かれてしまう。


「大人しく実家に帰って、寿屋に嫁ぎな。あんたのご両親も困ってるぜ」


「黙れ! 誰が、誰がサチを寿屋になぞやるものか! 両親が困ってる? 嫁ぎに行かせた長女が死んだからと、今度はそのかわりにサチをあてがいたいだけだろう!」


 夫が弾かれた刀を拾い直し、もう一度追手に斬りかかった。だが、その動きは素人のそれだ。容易く弾かれ、今度は柄で顔面を叩かれる。鼻が潰れ、どろりと血が溢れた。


 追手の一人が、刀を夫に突きつけた。動けば殺すと、その目が言っている。


「さて、サチさんよ。あんたの旦那さんは殺しても構わねぇと言われてる」


 妻なのであろう女が、少し、夫の方を見た。綺羅びやかな簪を外し、倒れたままの夫に握らせる。


「そういう、家なの。仕方がないわ」


「何を言っているんだ……サチ」


 女は何も答えない。つかつかと追手の男の方へと歩いていく。


「サチィィィィ!!」


 最後に、女が振り返り、言った。


「貴方……ごめんね」


 大方女の家の事情でこのような事になったのだろうとハム助は察した。どの家にも事情がある。おいそれと部外者が口を出す事ではない。


 例え、生まれた瞬間から他家との縁を繋ぐ為だけに使われるのだとしても、それが天命であった。さて、それはそれとして……。


 ごいん、という鈍い音がした。皆がその音がする方向に目を向けると、夫に突きつけられていたはずの刀が宙に浮いている。


 先程まで刀を握っていた男も、虚を突かれ、ぼんやりと宙にういた刀を見てしまっている。その上を向いて無防備な顎に、ハム助が振る刀の鞘が叩きつけられると、男はそのまま白目を向いて倒れた。


 男達が、刀を、槍を、棍を構えた。誰何するように、目の前にいる鼠族を見つめている。


「気に食わぬ」



―――――



 みすぼらしい鼠族が、勇猛な神族との戦いで何も出来ずに鎖に囚われ、鼠族の限界を感じながら、死を待っていた。


 どれだけ足掻こうが、埋めることの出来ぬ力の差があると、意識を手放し抗うことをやめようとしていた。


「……嫌な走馬灯でござるな。死ぬ間際くらい、いい夢を見て死にたいものでござる」


 鼠族が死んで、ぴくりとも動かなくなった。どこからか表れた風礫の者が鼠族の首を刈り取り、去った。そこからは風景が高速で流れ、春、夏、秋、冬を何巡かした。


 風景が急に早く流れるのをやめて、遅くなった。村がある方向から何かしらの集団が走ってきている。


 その先頭には、姫の姿があった、連れている神族、鼠族、牛族……ありとあらゆる臣下が薄汚れ、どこかに怪我を負っている。


 姫自信も片目を覆うように大きな包帯をしている。


 そのような怪我をしているというのに、皆が迷宮の中へ入った。暫くすると、武装した武者達が迷宮へと押し入った。その数はゆうに1000を超えていた。


 また、景色が早まる。春、夏、秋――雪が振っていた。迷宮の入り口から、数人の武芸者がぞろぞろと出てくる。その中の一人が、誇らしげに何かを掲げた。


 それは姫の首だった。


 姫の落ち窪んだ目から、その眼球がでろりと、垂れ落ちる。


 垂れ落ちた眼球がふわり、と浮いてハム助の眼前にまで迫る。


「これが結末だ。姫は幕府を打倒した後、不要となって殺される」


 眼の前の眼球から声がした、口も、発声器官もないであろうに、何故か声が聞こえた。


「……ただの火種でござるしなぁ、姫自信も野心があるわけでもなし、生かしておく理由もなし、か」


「所詮、幕府を潰すためだけに作られたコマよ。胎児の頃からこの天眼の欠片を埋め込まれ、生まれると同時に母の神気を吸い尽くし殺した時点で幸せな未来なぞ望めん」


「だが、善良ではある」


「そんな事なぞ、天の意思の前では何の意味も持たぬさ。そういった生まれであり、天命なのだ」


「そうか」


「そうだ」


「気に食わぬ」


「では、どうする? お前が言った通り、鼠族程度がどうにか出来るわけがあるまい」


「知るか、気に食わぬ。気に食わぬのだ。姫が巻き込まれる事も、姫が無駄に神気に溢れている事も、姫が利用される事も、それに己が何も出来ぬ事も、己が弱い事を鼠族だから仕方がないと言い訳している事も!!」


「で、あれば」 と目の前の眼球がふわりふわりと8の字を書くように浮いた。


「天命とやら毎、斬ってみるのはどうだ?」


―――――


 目を覚ますと、鎖が体を圧迫し骨がペキリペキリと折れていくのがわかった。内蔵が圧迫され、血反吐がせり上がるのを感じる。だが、そんな事なぞ知った事か。


 握ったままの紅いボロ刀を鎖に押し当てる。身動きが取れない中では力も入らぬが、知るか。刀の背に肩を当て、骨がきしむ中無理やり押し込む。太い鋼鉄で出来た鎖だ。当然斬れぬ。刀身がボロいのもあってなお斬れぬ。


 ならば、斬れるまで力を入れるだけである。


「がぁあああああああああ!!!」


 血反吐か声か、それとも両方かわからぬ物を吐きながら力を込める。びしりと鎖に凹みが入る。凹みから鎖が伸び、バギンと鎖が千切れ飛ぶ。


 憎々しい鎖から飛び出すと、即座に無事な部分を使って拘束しようとしてくるが、足の骨が逝っているため、避けれぬ。ので、折れた骨を地面に当て支えとし、無理やり鎖をぶった切る。激痛が走るが知るか。


 甲高い音と共に火花が散り、目の前がチカチカとする。だが鎖は確実に削れている事がわかる。どうも腕の骨も不味い気がするがボロ刀を振り切る。振り切れた。


 斬った鎖が勢いを殺しきれずに飛び、仕事小屋にぶつかり、何か崩れた音がしたが知ったことか。今は目の前の呆けた顔をした奴が問題である。


「岩鉄よ。謝る必要なぞないぞ。拙者が勝つ故、お主は負けた時の言い訳だけを考えておけば良い」


 

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