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人は、生まれるその瞬間から何を為せるかが決まっている。
それを決めるのは生まれの国だったり、親の地位、性別、財力、遺伝――泣こうが喚こうが、生まれる後からは変えることの出来ぬ要素。生まれから来るその不平等さを、皇国全体で俗にこう呼んだ。
天命、と。
卑しい身分の者が差別され、低い地位から這い上がれずとも、それは生まれ持った天命として片付けられる。逆に、血筋の良い者が無能であっても人脈の力で高い地位に付くのも天命だ。
それがこの世界の常識であり、その事を誰もが認めていたわけではないが、当たり前の事だとは思っていた。そのおかげで下賤の者は身の程を知った暮らしをし、大きな戦も起こらず、安定した治世を保っていた。
皇国を建国した帝を頂点とした、階層型の階級社会。それが皇国であった。上位の階層の者達は自らの血統こそが高い地位につける正当な理由だと信じ込んでいたし、貧しい者は自らの卑しい血統・種族を理由にそれを認めたままでいた。生まれついての賤民であろうとも、それはそういうものであり、実際に能力の差も激しいから仕方がないと。ついでに言うとこの書き出しを恐らくなろう系読者の5割は読み飛ばしているだろう。だが、作者も実際読み飛ばし気味だから仕方がない。セリフを示す括弧が出て、そこでようやく読み始めるのがなろう系読者である。
だからこそ、迷宮においてのトップが鼠族のハム助である事に、誰もが不満を抱いた。鼠族は自分たちが我慢しているのにという不公平感と、その地位にいる事ができる能力への嫉妬から。
神族である皇忠組の者たちは、生まれついての天命を、立場を理解しておらぬと腸が煮えくり返る思いであった。そもそもの価値観として、獣人達は神族の下につくべきだと思っているのである。有能か無能かなぞ関係ない。生まれが悪いのだ。
――――
昼に姫から視線によるテレパシーで「皇忠組へ灸を据えよ、じゃないとアケハ殿と茶々が勝手に皇忠組を殺しかねん……」と言われたハム助は何時も通り仕事小屋の中で考えあぐねていた。そんな事をしても、事態は何も進展しないからである。
皇忠組は逆上するだけだし、他の者達もそれが当然だと受け止める。鼠族風情が神族に罰を与えると言ったならば、言った鼠族は不敬として手打ちにされても仕方がないのが常識であった。実際、一度ハム助に叱責された彼らはハム助を殺そうとしている。
かと言って、何もしなければ茶々やアケハが手を出すだろうと姫から聞いたからには、何か行動せざるを得ない。だが、何をどうする?
大きなため息をつきながら、仕事小屋の外で飼っている蛇助の鱗を撫でる。つるつるしていて触り心地が良いのである。月明かりを反射して、キラキラと光るそれは見ているだけでも楽しい。
だが、蛇助と遊んでいても事態は何も進展しない。もう一度ため息をついていると、ハム助にとっては以外な客が訪れた。
「ふぅーむ。どうやらお困りのようですなぁ。ハム助殿」
顎を触りながら現れたのは小亀である。珍しく腰巾着も連れず、一人で現れた。
「何用でござるか、小亀殿」
「なぁに、少々親睦を深めようと雑談に……おや、疑っておられるな?」
小亀がちらりとハム助の仕事場である掘っ立て小屋を見た。ひと目でわかる、あばら家である。台風でもくれば容易になぎ倒されてしまうであろう。
「……仕事振りに対して、なんとも酷い待遇ですなぁ。どうです? もうちょっといい生活をしたいと思いませぬか」
「思うが、拙者のような芋侍が文句を言っても致し方がない。武士として雇って頂いているだけでも恩の字でござるよ」
ふぅーむ、とこれまた演技じみた動作で顎を撫でる。どうやら、ハム助に顎を砕かれてからそれが癖になっているようだった。
「なるほど、地位や権力さえあれば、多少生活が苦しくても良いというわけですかな?」
「いらぬいらぬ。地位や権力を無理やり与えられたところで、ただ面倒なだけというのは今の拙者を見れば一目瞭然でござろう」
ふぅぅぅーーむ、と唸りながら、胡散臭そうな顔で子亀が唸った。蛇助がそれを真似て同じようにキューと唸った。蛇のくせに妙に可愛らしい声で鳴くので、皆のペットとして可愛がられつつある蛇助である。
「実はと言いますとな。顎を砕かれて療養中、暇だったので色々と調べさせて貰ったのですよ。……ま、不遜な小鼠を痛い目にあわせてやれと思いましてな」
「ほう? 成果はどうでござった?」
ハム助が腰の脇差に手をかけた。小亀の喧嘩を売るような物言いから、未だ知覚はできぬが闇に何人か紛れているだろうと予測したからだ。
「貧乏なくせに私腹を肥やそうともしない。権力で私欲を満たすわけでもない。恋人どころか女の影もない。ならば家族と思ったら、そもそも幼い頃に家族が食い殺されていると来た。欲も無ければ果たすべき責任もない。わけがわからぬから駆け引きのしようもないと言ったところですな」
「そんななぞせずとも、こちらとしては真面目に働いてくれさえすれば良いのだがな」
「いやいや、奴らも十分真面目に働いているつもりではある。不遜な鼠族が上にいては害になると義憤に駆られていると言っても良い。……だから悪いことはいわぬ。殺される前にどこかへと去れ。そちらの方がこちらとしても楽だ」
これが本筋かと、ハム助は子亀の意図をようやく理解した。雑談と言いながら、この男は脅迫をしにきたのだ。殺されたくなければさっさと消えろと。
「拙者を殺せば、その咎で姫達から処刑されるとは思わぬのか?」
これは純粋な疑問であった。他の土地、国ならば確かに鼠族を一匹殺したところで何の咎もないだろうが、ここは少々事情が違う。
(皇忠組の者達も、それがわからぬほど愚かとは思えぬのだが……)
「何、風礫の者がやったと言えばそれで済むことよ」
「雑でござるな」
「だが、言い張れぬ事もない」
「で、いつ殺るつもりなのでござるか?」
「うむ、もう終わった」
「……は? 一体何を――
突如、ハム助の関節がまるで骨にでもなったかのように動かなくなった。術だ。何らかの術をかけられているのだと、ハム助は即座に理解した。
「カカカカ! 一歩も動けぬだろう! 神気がない鼠族風情には一生使えぬ拘束術『甲縛』よ!」
遠くから、複数人の男たちが歩いてくる音がした。その数、十六人。全員なにやら小さな甲羅を握っている。あの術具に神気を送ることで、自分の体が拘束されているのだろうかとハム助は推測した。
「哀れなものよ。多少強いとは言っても所詮は鼠族。高貴な神族であれば神気を持ってこの術に少しは抵抗できようが……お主にはできまい」
「ぐっ……先程の雑談はただの時間稼ぎであったか……。しかし、なんとも面妖なる術。それは玄武の武士であれば誰にでも使えるのでござるか?」
「ふふん、これは玄武家より借り受けた術具よ。これが終われば返さねばならぬが、今後、必要になる事もあるまい。神族に楯突いた事を悔やみながら、死ぬがよい」
子亀が腰から刀を抜いた。ぬらりと光るその刀身は見るからに良い造りであり、さぞかしよく斬れそうであった。その刀身を見てか、ハム助の危機を感じ取ったか、蛇助がハム助の前へと踊り出て小亀を追い払わんと、その大きな口で威嚇した。
「シャー!」
「や、やめるのだ蛇助! 生まれたてのお主が敵う相手ではない!」
「なんとも忠義深い蛇だが、頭は悪いと見える。死ねい!」
月明かりの下、子亀の刀が蛇助の頭へ振り落とされた。
のを、ハム助が懐に入れていた投擲用の小刀で弾いた。その衝撃で子亀がおもわずたたらを踏む。
「は?」
と、呆けた声を出した小亀だが、ハム助が舌打ちをした音でハッとした。このまま近づいていれば、こちらが斬り殺されていたのでは? と気付き、子亀の全身からどばりと汗が吹き出した。瞬間、叫ぶ。
「お、お前ら! 神気をもっとこめろぉ!」
ハム助は自らの体にかかる圧が強くなるのを感じた。関節が固くなるばかりではなく、ずしゃりとハム助が立っている地面も沈んだ。だが――。
それをものともせず、ハム助が一歩一歩前へと進む。それとは対照的に、子亀たち皇忠組は後ろへと下がる。術具を握る手がぶるぶると震えていた。
「何故、何故動ける! これだけの人数で術をかけておるのだぞ!? 鼠族なぞ一歩も動けぬはずだ!!」
ハム助は何も答えない。何か喋ろうにも、術による圧のせいで喋るのが億劫なのである。何も言わずに近づくハム助に対し、小亀が覚えたのは恐怖であった。
小亀が跳ねるように下がったかと思うと、術をかけている仲間の背中から何かを奪い、それをハム助に向けた。弩である。
「死ね!!」
弩から発射された矢はハム助の額に吸い寄せられるが如く近づくと、ハム助の手前でベシャリと地面に叩きつけられた。
「なっ!?」
弾くため、咄嗟に脇差を構えていたハム助もこれには驚いた。だが、すぐにその理由を悟った。――術のせいである。これはハム助だけではなく、その近くにも圧力をかけている。なれば、軽い矢が落ちるのも仕方がない。
(しっかし本当に……雑でござるなぁ)
準備する猶予はあっただろうに、これくらいの事も調べていなかったのかと、ハム助が呆れた。まぁ、そのお陰で助かったのであったが。
「クソがぁぁぁ!!」
小亀が破れかぶれに斬りかかってきた!
その子亀の小亀の顔面を、ハム助が刀の鞘でぶん殴る。みしり、という感触がハム助の手に伝わる。小亀が頭から後ろへと吹き飛び、数回跳ね、ピクピクと震え、動かなくなる。
(体めっちゃ動かしにくいから力加減出来てなかったでござる……流石にこれは殺してしまったやも)
少しばかり焦ったハム助であったが、ここで焦りを見せれば他の者が調子づく。余裕といった様子で、残りの者達を見回した。
「さて、お主ら、同じように跳ねるか、今後真面目に働くか……どちらを選びたい?」
言外に、ここで引けばこちらからもこの事を何も言わぬと言っているに等しい言葉であった。ここまで力を見せた後に温情を示せば、この者達もいい加減に従ってくれるだろうとの期待を込めての言葉である。
が、返ってきた反応はハム助の期待を裏切るものであった。
皆が、苦渋の決断と言った様子で斬りかかってきたのである。やぶれかぶれに斬りかかる者、ハム助からの反撃に備え体を強張らせ少しでも痛みを減らそうとする者。刀を明後日の方向に振った後、やられた振りをしてやり過ごそうとする者までいた。
「なっ、な、な……」
スパン、スパンと手加減しながら武士達を鞘で殴り飛ばすが、誰からもハム助を殺してやろうという気概を感じない。まるで、戦ったのだという事実さえあれば良いという振る舞いである。
(こやつら! 面目のために拙者に襲いかかってきたのでござるか!? だが面目のためとはいえ、ここまで――いや、この様子、やりたくないが命令だから嫌々やっているかのような雑さがある。それだけ上の人物から、何か言われたというのか?)
全員が倒れ伏し、辺りに苦悶の声が響く。勝ったというのに、ハム助には何の爽快感もなく、不快な違和感だけが残った。
仕事小屋から打撲用の軟膏を取り出し、倒れ伏した武士達に塗っていく。その途中、まだ怪我が浅い武士が小さな声で。
「すまぬ……」
そう、呟いた。謝るくらいなら最初からやるなよと強く思ったハム助であったが、それは口に出さない。文句を言うべきは、この武士のもっと上の誰かである。




