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「ハム助樣ー。お食事をお持ちいたしやしたー」


 夕暮れ時、掘っ立て小屋で仕事をしているハム助が露骨に嫌そうな顔をした。食事を持ってきた鼠族は不思議そうな顔でちゅ? と言っている。何も知らぬ者の顔だ。


「どうせ毒でも入っているのでござろう。その食事、どこか誰もいないところに捨てておけ。……新しく来た神族の誰かに頼まれたのでござろう?」


「いや、鼠族の人ー。なんか代わりに行ってって」


「初対面でござるか?」


「初対面の人ー、なんか3回くらい交代しないとダメって言われたみたいー」


 はぁ、とハム助が大きなため息をついた。ハム助がこちらに帰ってきてからというもの、玄武から来た神族――最近では皇忠組こうちゅうぐみ等と自称している者達からの嫌がらせは日に日に過激になってきていた。


 最初こそ、ハム助からの指示に対するサボタージュなどの可愛いものであったが、ハム助の指示に忠実に従う者への嫌がらせや、迷宮で使う物品の私的流用などをするようになり、口頭で二度とやるなと叱ると、ハム助の食事に毒を盛るなり草履に刃を仕込むなりしてくるようになった。


 それらの主導しているのは、恐らくあの小亀という神族の男であったが、ハム助が直談版しにいくと、顎を触って、さも私は被害者ですよと言いたげに


「そのような大それたことなぞ私にはできませんなぁ。あたた、今でも顎が痛むのです」


 と、関係ない風を装うのだ。


 同じ玄武の出身である岩鉄に相談を持ちかけもしたが、岩鉄もむぅと唸るだけでなんとも良い答えを出さない。どうも、現状、岩鉄と小亀で派閥ができているらしく、協力的な者は皆岩鉄と一緒にダムへ行き、土木作業なぞやりたくないという気位の高い者が小亀と一緒につるんでいるようであった。


 追い払おうにも、一応は神族の武士である。玄武の地にいる武家の部屋付き(家督は継承できないものの、予備のために住まわされている次男・三男)の者が多い為、後々の事を考えると下手な事は出来なかった。


 それに、実力の方も3人がかりであれば顔無を狩る事もでき、5人いれば蛸蝿も狩れるようであったから、それなりには実力があるのである。



 最近では、サンピン侍であるハム助が取り仕切っている事に不満を持つ鼠族の武士達も皇忠組と足並みを揃える事が多くなり、迷宮大将軍などという大層な位を貰ったにも関わらず、ハム助は針の筵に座らされているような心地であった。


(拙者が死んでいたあの夢。奇妙な事に姫が見た夢を見ている形でござった。ならば、拙者が死するは夢通りに腹をかっさばかれるのではなく、毒殺や殴殺という事もありえるか)


 食事を持ってきた鼠族を追い払い、再び書類へと手を伸ばした。経費が日に日に増えているのがわかる。――誠忠組が色々と要求してきているのだ。


 やれ食事が貧相だ。宿がボロいだの。服も上等な物をと備品を要求し、ハム助が頷かぬとなれば仕入れなどを行っている鼠族に直接脅しかけにいき、別の経費に計上し購入しているようだった。


 ハム助からすると頭が痛い話しだが、困った事に屋台を営む者や宿の店主といった商人からは非常にありたがられている。


 屋台の店主と労働者の間で皇忠組の話題が出ると、当然ではあるが店主は皇忠組をかばう。そのため、事情をよく知らぬ労働者達から皇忠組への評判は悪くないのだ。


(美歯樣に相談しても……それはお主の仕事じゃろうと言われて終わりだった。恐らく何か考えがあるのでござろうが、推し量れぬ。……まさか、美歯樣もあやつらの味方?)


 ハム助がぶんぶんと頭を振った。身内を疑っても何の意味もない。雑念を忘れ、再び目の前の作業に没頭し始めた。


 疲れのせいもあったのだろう。ハム助を観察する影に、彼がついぞ気づくことはなかった。



――――



「まっ、そういう感じであいつは随分と苦労してるようだね」


「ここでの立場はあやつのが上じゃろうに。なんでハム助はやられるがままにしとるのじゃ」


 戸惑い混じりにそう言ったのは、姫である。最近用意された姫の私室で女4人がお茶と簡素な茶請けを囲んで談義している。


 最近は迷宮に行くことが少なくなり、ハム助と話す事も少なくなってきた。だが、どうも危うげな雰囲気は感じ取っており、迷宮側がどうなっているのかを茶々に調べて貰っていたのであった。


「迷宮ではそうかもしれないけど、普通は違う。鼠族っていうのは……なんというか、民にすら数えられない種族だからね。もっと直接的に殺しに来てない分、むしろ穏健な方じゃないのかな」


「えぇ……」


 姫と月華が引いているが、外の事情にも詳しいアケハは何も言わずに頷いた。


「ちょっと物騒な町だと、辻斬りされるとくれば大体が鼠族だからな。普通の町民を切れば問題になるが、鼠族なら皆気にもしない」


「他所の国物騒すぎんかえ?」


「不幸がないとは言わないが、階級でガチガチに抑えつけられた社会だから安定はしているぞ。先程言ったように、たまーに権力がある奴に理不尽に殺されたりするだけだ」


「怖い! 私、一生スカンピン国で過ごす事にします!」


「妾もー!」


 月華と姫がひしりと抱き合った。お外の世界怖い同盟(会員数2名)の結成である。


「……で、どうする? 一人か二人、見せしめに殺すか? 多分、それが一番手っ取り早い。幸い、茶々が証拠も抑えているんだろう?」


「嗚呼、玄武から来た奴らが持ってたコレと、今回盛られた毒が同じだと初にも確認してもらった」


 茶々が腰に付けた袋から、包を一つ取り出した。紙で包まれたそれを服用すると体が動かなくなり、呼吸も出来なくなって、後に見つかるのは冷たくなった死体だけになるような代物である。


「毒が盛られた蕎麦も確保してある。これを理由に処刑してしまえば、奴らも多少は大人しくなるだろうね」


「不満を持った奴らが暴れるかもしれんが、ま、私と茶々がいればなんとかなるだろう。……暴れたら追加で一人か二人殺すか?」


「待て、待て待て待て。なーに物騒な話しを進めとるんじゃ!」


 慌てて止めたのは姫である。確かに皇忠組の行動はすぐにでも止めねばならない。だが、その手段は穏健な方法でなければならぬと姫は考えていた。


「そんな事をすれば、皆怖がるじゃろ。それに、後味すっごく悪くないかえ? ギースギスした状態で皆働くことになるぞー?」


「何、むしろ力関係がはっきりとしてキビキビと動くようになるだろう」


「一人殺せば、それを見ていた全員がお利口さんになるって奴だね。暗殺者が食いっぱぐれないわけだ」


 「で」 と、茶々が腰の帯からしゅるりとクナイを取り出して「誰を殺る?」と薄く笑った。彼女の頭の中では、すでにどこで仕留めるか、どうやって死体を処理するかまでの流れが出来上がっている。


 最近は妖魔相手ばかりで人の相手をあまりしていない。腕が錆びつかぬようにするにはちょうど良いとさえ思っていた。


 姫は知っているはずだが眼の前の二人の本質を理解していない。アケハと茶々は人を殺すのに躊躇いがない人種である。恐らく、元々は本能的に殺人に対する忌避感があったはずだが、本能を上塗りするだけの経験を重ねざるを得なかった人間である。


 思案をすれば最初からそれが選択肢に入ってしまうのだ。彼女らにとってのそれは、最終手段ではない。姫や月華がこの二人を止めようとも、善意から来る考えで二人は皇忠組の誰かを殺すだろう。


 二人の話しぶりから、姫でもそれくらいの事は予測できた。言葉で止まらぬのならば、無理やりにでも止めねばならぬが、この武人二人を止める自信なぞ姫にはない。


 姫と月華が見合わせた。


(これ、絶対殺る気じゃろ……月華よ、なんかいい案ないかえ?)


(姫様のこの術便利ですよねー。いやー、私としては最悪……殺られちゃってもいいんじゃないかなと。正直、私もあの人達あんまり好きじゃありませんし)


(えぇ……そんな好き嫌いで人殺したりとかダメじゃろぉ……)


(ハム助さんはそれで殺されそうになってるじゃないですか。自業自得ってやつです)


(いや、けど……ハム助じゃし、死なんじゃろ)


「はい?」


 テレパシーで会話していた月華が思わず声を出した。その様子と顔を見て、暗殺の段取りを話し合っていたアケハと茶々がそちらを向く。


「いや、じゃってぇ……のー、茶々よ。お主って、その風礫とやらでもかなり強い方じゃったんじゃろ?」


「自慢じゃないけど、確かにそうだね。一対一なら一番強かったんじゃないかな」


「なら、お主を殺さずにあしらったハム助からしたら、皇忠組の者たちなぞ子供にじゃれつかれてる程度のものじゃろ? 流石に、それで殺すのは可愛そうかのと」


 3人が真顔で姫を見た後、サササと横目でお互いの顔を見やった。


「……あー、私が小さい頃、とんでもなく大きいと思っていた大木があったんだがな。大きくなってから久しぶりにその木を見てみると、なんて事もないただの少し太いだけの木だった事がある。なんというか、切り倒した時は拍子抜けしたよ」


「私も、風礫に入れられたばかりの時は組織の幹部がとんでもなく強いと思っていたね。……首に入れられていた呪具を外したら、呪いとは関係なく殺されると思ってた。当然、今はそんなことはないよ」


「ロボロフだった頃、書類を運ぶの大変だったんですけど、この体になってからはこんなものかって思うようになったんですよね。やっぱり神族の体って便利なんだなーって思いました。」


 3人とも、口々にそう言うと姫をじっと見た。一人だけやや話すことがずれているが、伝えたいことは同じである。


 姫はハム助を過大評価しすぎている。


「そもそも、彼が心配だと言い出したのは姫じゃないのかい? その、じゃれつかれてる程度だというのなら心配はいらないだろう」


「いや、じゃから……物理的にはそうじゃけど、心労と疲労の方で心配しとるんじゃけど。んん? ハム助って確かに地味じゃけど、実力は凄いって3人ともわかっとるじゃろ?」


「確かにそうではあるが、鼠族だ。種族として限界がある。姫、そんな考えではあいつを早死させるぞ」


「いや、アケハ殿はまだハム助との付き合い浅いからそう思うんじゃって。あやつ、ほんっとうに死なぬから」


 ハム助との付き合いが姫と同じほどあるであろう月華を二人が見るが、月華は「んん~?」と(そんなタフだったエピソードあったかなぁ?)とかつての記憶を掘り起こそうと必死になっている。


「嗚呼もう、とりあえず! 今はそういう話ではないじゃろ? とりあえず、殺す殺さないはなしじゃ! ハム助に対して妾から直接、皇忠組に灸を据えいと言えばそれで終わるじゃろ。……それで良いな?」


 かえって事態が悪化するのではと3人とも思ったが、その場はそれで頷いた。実際に彼らがそれで止まらぬ事を見て、ハム助が窮する所を見れば考えが変わるであろうと思ったのである。



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