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大太刀――草刈り丸を鞘から抜き、軽く素振りをして感覚を確かめる。うむ、いつもどおり我が身の如くしっくりとくるのぅ。
「姫様、迷宮の中は暗く危のぅございます」
「わかっておる、だが妾は夜目が効くゆえ心配するな」
「いえ、そういうわけではなく、拙者達が危ないので家臣団は姫様が安全を確保してから進みまする」
こいつら本当に忠誠心ないのー!
「そこは、妾に危険がないよう先に行く所じゃないのかえ?」
「はははっ、ナイスジョークでござるな! 姫様!」
ムカついたのでハム助の頬袋を引っ張って空気を入れる。引っ張ってー、フッ! 引っ張ってーフッ!
「ぐわああああああ!! 姫さまご乱心なされたか!」
必死に頬袋から空気を出そうと顔をムニムニしているのを見て、どことなく満足。
「さて、それでは皆の者、配置につけい」
「「「了解ー」」」
美歯が合図をすると、家臣たちがちょこまかと忙しなく動き始めた。荷車を運ぶ者が2名、荷車の後ろを警戒する者が2名、美歯は荷車に乗って、視点を高くすることで指示を出しやすいようにしている。
ハム助はというと、槍を持ち荷車の前を警戒している。ハム助と同じ、公巣家の者4名も刀や槍を持ち辺りを警戒していた。
「む? 荷運び2名、後方警戒2名、公巣家の者が5名、後一人はどこに行ったのだ」
「山寝ならば、寝起きが悪いため、まだ荷車で寝ておりまする」
こいつら本当に自由じゃのー。
迷宮の中に入り、少しばかり歩くと頭上に生暖かい吐息を感じた。反射的に太刀を頭上に突き出すように構える。暗闇の中、太刀の先端に何かが突き刺さった感触を感じるが、それと同時にずっしりとした重みを太刀から感じる。
「待ち伏せじゃ!」
そう言い終わらぬうちに頭上から落ちてきた何かが全身に覆いかぶさった。それは一言で表すならば、肉の塊であった。蒼白く、全身に吸盤が付いた巨大な肉の塊。それが妾を押しつぶさんと落下してきたのだ。
「お”ぉ”おぉぉぉ”おおおあぁ”」
肉の塊に幾つか着いている口が、化物の表皮の上を蠢きながら移動し、妾を喰らおうとヨダレを垂らしながら移動してきた。気持ち悪い。こんな化物に噛まれたら乙女の柔肌に傷がついてしまう。
太刀の柄を地面に当て、化物の体を支えるようにする。
「伸びよ、草刈り丸」
そう命ずると、草刈り丸が妾の身長の倍ほど伸びた。ふむ、10尺と言ったところかの?
伸びた分だけ、刀身が化物の体にそのままズブリと突き刺さり、化物の体が浮き上がる。そのお陰で、肉塊と妾の間にしゃがめるほどの高さを作ることができた。太刀先の感触からすると、先端は骨に当たっているように思える。
「ふんっっがぁぁぁーーー!!」
足腰に力を入れ、草刈り丸で化物を持ち上げる。普通の刀ならば曲がる事間違いない重量であったが、雑に使っても大丈夫なのがコイツの取り柄じゃ。草刈り丸は曲がることもなくそのまま化物を持ち上げた。
妾を噛もうと近づいてきていた口達がガチガチと歯音を鳴らし、一部は太刀先に齧りついている。
「燃えよ、草刈り丸」
草刈り丸の刀身が燃える。否、正確には刀身から炎を吹き出しているのだ、夏は長めに伸ばすことで草刈りに使え、冬は暖を取るために使うことが出来る、なんとも便利な太刀なのだ。
そのうえ、こうやって妖魔退治にも使うことが出来る、一家に一本、草刈り丸。
「あ”あ”あ”あ”ぁ”ああああぁ””!!」
じゅうじゅうと肉が焼ける匂いがする。草刈り丸の刀身を中心に、肉が焼け、縮み、化物の体が小さくなっていくのが目に見えてわかる。
先程まで刀身に齧りついていた歯がぼとぼとと地面に落ち、燃えたままミミズのように蠢いている。
化物の雄叫びもなくなったところで、大きく太刀を振り、化物を投げ飛ばす。ぐちゃりと落ちた化物の遺体からは未だに火が上がっていた。手元と草刈り丸は溶けた脂でぬめっており、脂が多い化物であることがなんとなくわかった。
「まだまだ時間が掛かりそうですなぁ」
のんびりと見物をしていたのであろう美歯が木の棒で化物の遺骸をつつく、ぐにぐにとした感触を楽しんでいるようだ。あっ、棒に火が燃え移った。
ハム助はと言うと、先程焼け落ちた化物の口を拾い集め、荷車に入れている。
「これは石灰代わりに使えそうでござる」
山寝の上にぽいぽいと投げ入れているが、それでも山寝は起きない。どれだけ眠いのだこやつ。
「のー、不意打ちをくらったにも関わらず、見事に妖魔を退治した妾に対する賛辞はないのかのぅ?」
「姫様凄いです!」
「姫様ほんと化物でござる!」
「草刈り丸が凄いのでは?」
「伸びるし燃えるし草刈り丸すげー!」
「一家に一本草刈り丸!」
「拙者も草刈り丸さえあれば妖魔ぐらい余裕でござる!」
「神族でない者が使うと死ぬぞい?」
「「「こえー!」」」
この草刈り丸、一応は妖刀と呼ばれる類のもので、実はと言うと持ち主の神気? なるものを吸い取っているらしい。基本的に、神気溢れる神族以外が使うと衰弱して死ぬそうな。以上、美歯の受け売り終わり。
化物の体にあった脂も尽きたのだろう、遺骸は半分ほどが炭化した辺りで火が消えた。燃えたせいもあり、化物の体はある程度縮んではいたが、それでも大きい。
「おおきゅうございますなー……縦に10尺、横に20尺といったところですかな」
「急なことだったし、ちゃんと見ておらなんだが……これ、襲ってきた時どれくらいの大きさじゃった?」
「大凡でございまするが、倍くらいの大きさはございましたな。ぶよぶよとしているため、正確な大きさはわかりかねましたがの」
美歯はちらりと後ろを見ると「まぁ、この入り口より大きかったのは確かでございます」と呟いた。
「これ、このままじゃと荷車に乗らぬよなぁ」
「解体は公巣家におまかせあれ、そのかわり、姫様は他に妖魔が襲ってこないか見ておいてくださいませ」
言うやいなや、ハム助が自ら動き始めた。腰に挿していた脇差しで妖魔の解体に掛かりだす。テキパキと配下の者に指示を出す様はなんだかんだで公巣家の長なのだなと感じさせた。
少しずつ切り取っていくのを見て、ふと思った。ここで作業するのは危ないのではないかと。
「ハム助よ、何もここで細かく解体する必要はあるまい。入り口から出せる程度の大きさに切り、外に出してから解体すればよかろう」
草刈り丸を伸ばし、妖魔の体を真ん中から切り落とそうとする。だが、肉は切れるが途中にある骨が硬く、中々切り落とせない。
「ふんっ、ぬぐぅぅぅぅ!! かったいのぅ!!」
「次に来る時は、骨を砕くために槌も持ってきた方が良さそうでございますな」
「ううむ、仕方があるまい。妾は妖魔を警戒するゆえ、解体は頼んだぞ」
「はっ、おまかせを」
あっ、なんか今のこれすっごい主従っぽい。
半刻もした頃、ようやく解体が終わり、遺骸を荷車に乗せ始めた所で、また一つ問題が浮上した。遺骸が余りにも大きすぎるため、解体しても荷車に乗り切らなかったのである。
「いやー……これ、どうするのじゃ?」
「とりあえず、外に出しておいて、後日取りに来るしかありませんなぁ……」
「拙者は絶対に休日出勤しないでござるよ!」
「そもそも牛頭家には明確な休日とか存在せんぞ?」
「そういえばそうでござった!」
というわけで、持ち帰れる分だけ持ち帰り、残りは迷宮の外で、野ざらしの状態で置いておく事になった。だが、帰り道もこれまた一つの問題が出て来る。
「これ、誰が運ぶのじゃ……?」
荷車は妖魔の遺骸で山盛りになっている。見上げねば上が見えぬほどに山盛りだ。崩れ落ちぬよう、遺骸は麻縄で固定されていた。
「姫さまー、さっきまで寝てたから元気一杯ー」
山寝が真っ先に手を上げ、荷車の取手を持つが、いくら踏ん張っても前に進む気配がない。
これは、結局妾が運ぶしかないようじゃのぅ……。山寝を持ち上げ、うわっ、こやつ毛ぇフッワフワ!
……山寝を退かし、代わりに荷車の持ち手の中に入る。
「ふんっっがぁぁぁぁーー! 重いわぁあぁぁーーー!!」
道はそう悪くないはずなのに、とんでもなく前に進みにくい! なんじゃこれぇ!? おっもい! 動かないことはないが、結構きつい! これで館まで行くのは流石に辛い!
草刈り丸で持ち上げた時、妾よくこんなクッソ重いのを持ち上げられたのぅ!?
「ふむ、これは全員で後ろや横から押した方が良さそうですのぅ、拙者は上に乗って音頭を取りますゆえ、息を合わせて頼みまするぞ」
「拙者は先程と同じく、車輪がはまりそうな所を通らぬよう先導いたしまする」
美歯とハム助を除いた全員で荷車を押すことで、なんとか荷車が進みだした。……あれ、これもしかして残りの半分も妾がいないと運ぶの無理なのではないか?