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 それは一瞬の出来事であった。蛇の妖魔が何時も通り狩りを終え、自分の住処に帰る途中、泥の中から何かが這い出て、妖魔の体に刀を突き刺した。


 妖魔が体をよじり、突き刺してきた何かを振り払おうとするが、振り払った際に腹の中にある内蔵を掴まれ、ずるりと中身を引きずり出される。


 ――蛇の内蔵は細長い。小腸を引っ張られることで、連なるように他の臓器も体内にある膜ごと引きずり出された。蛇の横隔膜が破れ、外気が流入する事で肺が縮む。


 まともに呼吸できなくなった蛇がのたうち回り、逃げようとするが襲撃者はその内臓を手放さない。太い綱を手繰るように、内蔵をさらに大きく引きずり出した。


 妖魔が死ぬ、最後の瞬間。口から泥水を噴出しようとした。だが、肺は縮み、空気を圧縮していた臓器もずたずたとなっている。


 噴射口からは、ヤカンを傾けた程度に泥水が排出された。


 妖魔は泥に塗れた襲撃者が何だったのかもわからぬまま、死んだ。その死を確認した襲撃者は、妖魔の死を確認した後に妖魔の巣を見た。そこには大きな卵が一つ。


 ――放って置く道理なぞない。ハム助が刀を持ったまま、親の血で手で塗れた手を拭おうともせず、子の方へ歩みを進めた。



――――――



 「ただいま帰り申したー!」


 蛇の妖魔を狩りに行ったハム助が二週間ぶりに帰ってきた。気分は上々と言った様子である。迎えには姫・アケハ・月華の3人と、ハム助とは初めて会う武士達が10人ほどやってきている。


「うむ、よく無事に帰ったなハム助よ。で、色々と確認したいんじゃが、よいか?」


「なんなりと」


 うむうむ、と姫が頷いた。


「あー……まず、そいつなに?」


 姫が、ハム助の乗る蛇を指差した。大きさはハム助の三倍ほどであり、くるりと可愛いおめめをしていた。蛇が地面の上を湿らせながら、すいーっと姫に近づいた。


 アケハが刀を抜き、その進路を遮る。蛇が怯えたようにこれまたすいーっと後ろに下がった。ハム助が蛇からひょいっと降りると、姿勢を改めて言った。


「話しは長くなるのですが」


「構わぬ」


「拾っちゃいました」


「なるほど」


 姫以外の全員が(何いってんだこいつ)という目でハム助を見た。その視線は無機物のように冷たい。


「……なんで?」


「えっ、いや……なんでと言われましても。湿地にいた巨大な蛇の妖魔を狩ったのですが」


「ふむふむ」


「なんか、でっかい卵がありまして。孵化しまして、刷り込みかなんかで懐かれまして、親殺しちゃったし、なんか罪悪感が」


「なるほどなるほど」


 妖魔と言っても、その括りは大きい。卵を生み、数を増やす妖魔も当然の如く存在する。中にはそれで一大勢力を築き上げる妖魔もいた。


「……月華よ! パス!」


「うええぇ!?」


 突如として判断を委ねられた月華は当然の如く狼狽えた。もう全部姫樣に任せちゃえと静観しておく心構えであった為、これは予想外のキラーパスであった。


「んー……えっと、その子のご飯は大丈夫なんですか?」


「こやつ、妖魔肉でもガツガツ食うのでござるよ。ま、親も鼠族だけを食ってたわけじゃないようでござったし、他の妖魔を食ってたのでござろうな」


「あー……じゃあ、そこは大丈夫なんですねー……アケハさん! パス!」


「私にも乗らせろ」


「人選間違えた! ええっと、小亀こがめ樣! パス!」


 月華としては「どこかに捨ててきなさい」と言いたいが、下手に捨てれる生き物ではないし、かといって妖魔にしては本当に珍しく懐いているようだから殺せとも言えないし、餌も困る感じではない。牛頭家で飼えない理由が月華でも思いつかなかったのである。


 玄武の地から数日前に牛頭村に来たばかりの小亀からしても、目の前の鼠族が何者なのかもわからない状況である。


 しかし、この小亀。実はというとマウントを取る事にかけては一流であった。自らの実力はそこそこと言ったところだが、周りのパワーバランスを把握して弱い者をより下に、実力のある者も巧妙に欠点を暴き出し自らの地位を向上(しているように見せかける)させるプロであった。


 相手は鼠族。蛇の妖魔を狩ったとは言っていたが、その子である目の前の蛇は無害そうであるし、大した実力はないのだろうと判断した。帯刀こそしているが、なんとも小汚い。この辺りでも特に地位の低い者なのだろう。


 と、くれば地位で圧力をかけても良いし、暴力に訴えかけても良い。


(なんだ、簡単ではないか)


 この状況は、自らの存在を周囲に印象づけるチャンスであると彼は気がついた。


「貴様! 下級武士、それも鼠族が上士の神族である我らの前に跪かぬとは何事だ! 今すぐその蛇を追い払うか殺せ! 二度は言わんぞ!」


 彼がそういって高圧的な態度で前へと出ると、彼の腰巾着数人もずずいと前に出た。ここでの不幸は、牛頭家内での情報伝達不足であろう。


 忙しかったと言えばそれまでなのだが、岩鉄の仲間達が来るという情報がハム助には届いていなかったのだ。受け入れ準備にしても、これ以上ハム助に負担をかけてはならぬと他の者達がやっていた。


 そのうえ、先日見たあの夢である。どういう理由かはわからぬが自らが死んでいた夢。


(もしや! 拙者が死するはここか! どこぞよりやってきた姫を利用しようとする賊共に殺されたということでござるか!)


 と思ってしまうのも仕方がなかった。この自体に姫も慌てふためいているし、これは間違いないぞと彼は確信した。相手の実力もわからぬし、死を予感した彼の背に戦慄が走った。


 その様子を、子亀は怯えていると受け取った。


(よし、ここはもう一押ししてやるか。刀でも抜けばすぐさま平伏して命乞いするだろう)


「跪けと――」


 子亀が刀の濃口を切った。はばきが鞘から抜ける音がハム助の耳に届く。抜かせてはならぬと思った。踏み込んで、刀から鞘を抜かずにそのまま顎へとカチ当てる。


 ふわりと子亀が一尺ほど宙に浮いた。白目を向き、顎を叩かれた衝撃で歯の数本に罅が入った。顎の骨がどうなっているのかは、察するべきである。


 子亀の腰巾着達が呆然としている中、アケハだけがハム助の前に立ち入りニノ太刀を弾いた。子亀がどさりと地面に落ちる音が響く。


「やりすぎだ。……確かにとんでもなく無礼な馬鹿だが、いつもなら流すだろう。お前らしくもない」


「すまぬ、鯉口を切ったところでつい反応してしまったでござる……。ええっと、意識なさそうでござるな。やらかしたでござる……申し訳ない……まさかあれに何の反応もしないほど弱いとは思わず、結構強く打ってしまったでござる……あっ、すまぬ、そこの名も知らぬお二人、この方を館まで運んで貰っても? 場所わかる?」


 ハム助らしからぬ、ござるござる連呼の謝罪である。本人からしても予想外の弱さだったのだ。また、以前戦った神族が岩鉄であったのも災いした。


(岩鉄なら、あんなの余裕で受けるか逸らすか避けていたというのに……アケハ殿がニノ太刀を弾いてくださらねば不味いことになっていたやも)


 落ち込むハム助に、姫がいつもとは違う、戸惑いがちな様子で声をかけた。


「ハム助――


「ダメじゃないですかハム助さん! この方達は私達と違って弱いんですよ!」


 だが、それを月華が遮った。子亀はマウント取りのプロである。それゆえ、この牛頭家に来てからの数日の間にもマウントを取るべく様々な試みをしていた。


 当然、それは温厚かつ実務をこなす月華にも及んでおり「えっ? その案件そうするの? ……ふーん、ま、俺ならそうしないけどね」という様なクソうざい事を言われフラストレーションが溜まっていたのだ。


  それが今無様に担がれ館へと運ばれている。不謹慎ではあるがスッとしたのだ。


「私達の命令は素直に聞こうとしないし! やけに横柄だし! そのくせ弱いんですけど一応は仲間になってくれるって言っているんですから! やるなら怪我にならない程度にボコッちゃってください! 私も何度顔面を鷲掴みにして宙に浮かせてやろうと思ったか!」


 普段、怒るにしても静かに怒る月華がここまで怒りを顕にする事は少ない。それがここまで言うのにはハム助の自責の念を軽くしてやろうという考えが少なからずあったが、八割はここがチャンスとばかりに罵倒しているだけである。


 これを聞いた岩鉄の仲間達はなんとも苦々しい顔をしている。確かに、彼らは礼儀正しかったとは言えなかったし、実力の差は今の一瞬で見せつけられてしまった。


 だが、非礼を詫びるには、彼らの気位は高すぎた。むしろ、よくも恥をかかせてくれたな、と目の前にいる鼠族への恨みと怒りを覚えてすらいたのだった。



――――



 その日、ハム助は疲れもあるだろうと言うことで休まされた。翌日、美歯がハム助を館に呼び、その沙汰を告げた。


「お主、探索者格付け金剛級の、迷宮大将軍って肩書つくことになったから明日から宜しく」


 じゃ、それだけじゃから。と美歯がそそくさと執務室へと逃げ去ろうとする。


「お待ちを」


 所をハム助ががしりと肩を抑えた。


「わし、忙しいんじゃけど?」


「いやいやいや。昨日あったゴタゴタでなんらかの罰があるものかと思っておったのですが」


「うむ、それじゃがな。昨日お主が殴ったのと同じような輩が今は15人ほどおる。そしてまだ後45人ほど来る予定じゃ。で、そやつらが来る度に同じ様な揉め事を起こされてはかなわぬという事になっての」


「はぁ」


「先に権威でぶん殴る事にした。姫の傘下に集う武力を取り仕切る役職として、迷宮大将軍を作った。これは実質、姫が与えること最上位の位とも定義づけた。生まれだけで無条件に自分に価値があると思っとる輩はこういう権威に弱い。表立っては反抗しなくなるはずじゃ」


「それ、拙者めっちゃ恨みと妬み買わぬでござるか? そういうのやめてって、つい最近姫様に直接言った覚えあるのでござるが!?」


 美歯がほっほっほと笑いながら言った。


「不遇な英雄っぽいの、好きじゃろ?」


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