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「山吹殿からの紹介じゃし、迷宮商売を手伝ってくれるんじゃよな? 忙しいし、手伝ってくれる者は大歓迎じゃよー」


 体を硬くしている岩鉄とは対照的に、姫はふにゃりとお気楽そうに笑いながら言った。岩鉄は頭を下げながらも、その声色に友人と話しているかのような安心感を覚えた。


「ところで……じゃ。ここに来たばかりのお主に一つ聞きたい。頭もあげよ。ほれ、月華と美歯ももっと近くに来て。一緒に聞いて相談に乗って欲しいのじゃ」


 先程までのちょっぴり厳かな雰囲気が一瞬で崩れ、先程まで上座で座っていた姫が、座布団ごとふわふわと浮いて岩鉄に近寄る。


 浮くことも驚いたが、向こうから近づいてきたことに岩鉄はもっと驚いた。月華と美歯はいつもの事とばかりにはいはいと姫の元へと歩いていく。


「あー、忌憚なき意見を聞きたい。……油玉狩りと聞いて、何が思い浮かぶ?」


「油玉狩り? そうですねぇ、厨房でしつこい油汚れを掃除する下働きってところですかねぇ」


「……では、石級、銅級、鉄級はどうじゃ?」


「んん、何となくですが、石よりは銅の方が上のようだなとは伝わりはしますが……」


 やはりか、と姫がため息をついた。これで、岩鉄は自分が意に沿わぬ返事をしてしまったのだなと悟った。


「いやー……位を考えたのは良いものの、他の場所ではちーっとも凄さが伝わらんとわかってのー……。実はと言うと、この辺りに大きい道を作ろうと思うとるのじゃが、その道中に妖魔が住む場所がぼちぼちあっての。近隣の武家の要望もあって、退治しながら作ってしまおうかと思ったのじゃが……」


「ぶっちゃけ、誰がそれをやるかって話しになったんですよねー。最初はハム助さんの仕事を諸々他の人に無理やり引き継がせて、道路整備を頼もうと思ったんですけど、どうも現地の人がハム助さんに従ってくれなさそうで」


「こちらが位を新しく作っても、どれほど偉いのかイマイチピンと来ませぬからのぅ。一応、文では伝えてはおるのですが」


 これは当然の事と言えた。妖魔を狩ると言って、迷宮側が出すという人材が鼠族なのだ。矮小な鼠族で狩れる妖魔なぞたかが知れている。神族の家臣もいるというのに、出すのが鼠族という事実は相手からすれば、迷宮側は本気でこの計画を実行するつもりではないのだろうと判断するのが普通であった。


 三人の困ったような言い方に、岩鉄も事情をいくらか察した。つまり、このハム助の代わりにこの道路整備の仕事を俺にやってほしいと言っているのだとも思った。


「で、あれば。拙者が道の整備を任されましょうぞ。なぁに、妖魔なんぞ幾多も狩ってきた身、大船に乗ったつもりで託してくだされ」


「えっ、お主土木の知識あるのかえ?」


「ございませぬ」


「えぇ……」


 なんでそんなに自信満々なの? と姫が引いたのも無理はない。そもそもこの相談も、迷宮内での位が他の場所でもわかりやすく出来ないかというだけの相談なのである。


「ですが、様々な道を歩いてきたので、どんな道が良いのかは知っております。これでも武家出身でございますし、人を纏めることも出来まさぁ」


 ほぅ、と美歯が髭を撫でた。見定めるような目で岩鉄を見る。岩鉄もその目を真正面から見返した。自信がある者の目だと、美歯は判断した。


「姫樣。任せても宜しいかと」


「むぅ、美歯がそう言うのなら任せても良いのじゃろうな。じゃが……来たばっかりだというのに、流石に一人で行かせるのは酷じゃのぅ」


 そこへ、すすっと月華が書類を差し出した。そこには、村や武家と、人員の名前が書かれている。


「今、迷宮で手伝ってくださっている方々です。村の近くで工事するならば、そちらで行ってもらって、ついでに現地の方との折衝もやってもらおうかなと」


 ほぅ、と姫が感嘆した。


「これは月華が?」


「いえ、ハム助さんが作った物ですね。一体いつ寝てるんでしょうね、あの人」


 これには流石の3人も苦笑い。この3人の苦笑いを見て、岩鉄もハム助がどういった立ち位置の人物なのか薄々感づいてきていた。


「うむ、では岩鉄殿。来てくれたばかりで悪いのじゃが、この仕事、任せても良いかの?」


「お任せあれ!」



―――――



「やっぱ無理だわ!」


 一ヶ月後、岩鉄はそう叫ぶと未完成の道の上で仰向けになった。お供の鼠族達も、同じように仰向けになって、チュー! と叫んだ。特に意味はないが、真似したら楽しそうだと感じたのである。


 岩鉄が上半身だけを起き上がらせ、頭をぼりぼりとかきながら地面においてある地図を見やった。地図に書かれた道路予定地には、一つ。大きな湿地が描かれている。


 スカンピン国の隣国、山水国。文字通り山と水が多い国であり、春になるとところどころで雪融け水による洪水が起こる。

 山水国の者達は季節の風物詩とばかりに高い場所でのほほんと見ているだけだが、山水国からの支流が流れるこのスカンピン国では事情が違った。


 洪水によって溢れた水が平地に流れ込み、そのまま排水されずに湿地となり、冬の終わり頃にようやく踏みしめれる程度になったかと思うと春になり、また水が流れ込み湿地が出来てしまうのである。


 この湿地のせいで牛頭家が治める牛頭村から八丁町まで行くのに、酷く遠回りする必要があった。道を作る以上、これをどうにかしなければならぬと岩鉄が奮起したのも当然の事であった。


「おい、俺の頼れる部下達よぉ、なにか良い知恵はねぇか」


「あきらめよー!」

「お昼寝しよう」

「迷宮前と牛頭村の間の道の整備はしたんだし、もう十分頑張ったのでは?」

「明日からがんばろう」


「おめぇらに聞いた俺がバカだった。ああくそぅ! 美歯樣に相談すっかぁ」


――――

 

 と、なったのが先日の事である。館につくなり、美歯に事情を説明すると、美歯が人払いをしてからこう切り出した。


「岩鉄よ、お主、巨大堰に興味はないか?」


「巨大堰……ですか?」


「うむ、ついでじゃし堤も作ろうではないか。実はというとのう……」


 美歯が辺りを見回し、確実に誰もいない事を確認してから小声でこう言った。


「この体になってからというもの、何故か巨大堰ダムを作りたくて仕方がないのじゃよ……」


 美歯がカチカチと鋭い歯を鳴らした。樹皮すら容易に齧り取る強靭な歯である。世が世なら木を切り倒し水をせき止めていたであろう鋭さだ。


「ダムですかい」


 楽しそうな美歯と違い、岩鉄は冷静に言葉を反芻した。わりとどうでも良いと考えている人間特有の返事である。


「そうじゃ、ダムじゃ。道路はひとまず迂回路を雑に作っておく。そうやって流通路を作った後に、巨大なダムを作り、数万石ほどにもなるじゃろう農地を作る」


 流石にそれは無理だろうと岩鉄が思ったのも無理はない。岩鉄は素人ではあったが、それでも数万石もの農地を確保できるだけのダムを作る事が容易ではない事は想像できた。


「なぁに、最初は高めの場所から貯水池を順々に作り、水路を繋げ、少しずつ農地を広げる。作った後はそこに住む者達が整備できる様にも考えておる。時間はかかるじゃろうが出来んことはないはずじゃ」


「とは言っても、それだけの金があるんですかい?」


「労働力そのものを投資として捻出させ、ダムが完成した後の農地のいくらかを配当とする。ま、こっちも協同組合を作って、そこのトップを姫様に据えて、より姫に権力を集めておくかの」


「いやいやいや、ダムの底に沈む土地に住む者達はどうなります。その土地を治める武士も、そのうえも、納得するはずが……な……いとも言いきれねぇ感じですねぇ」


 初めて姫と面会した時の事を思い出し、岩鉄が腕を組んで頷いた。見るものが見れば、姫が只者ではないことはひと目でわかる。


 この辺りの土地は、痩せているくせに妖魔が多く、そのうえ結界がないから安全な場所というものがない。そのようなクソったれた土地ではあったが、それでも鼠族はここに住むしかないのだ。


 そこに開発の話しが降って湧いてきたとしよう。それも、本来ならばお目にかかることなぞ一生なさそうな高貴な方からのお声がけだ。少しでも生活が楽になるならばと、皆が縋り付くのは当然の話しであった。


「しかし、そのダムを作る監督は誰がやるんですかい? 玄武から来るだろう奴らの中には学が立つやつもいますが、それでも大掛かりな物を作るとなれば鼠族達の説得も含めて中々……」


「実のところ、これを任せる事ができそうな者がひとりおる」


「おぉ! 流石は玄白様。昔っからそのつもりで人材を集めてたってわけですね。で、その者の名はなんと?」


「うむ、その者の名は岩鉄。少々熱意が空回りするところがあるが、まぁ、なんやかんやで粘り強い奴じゃしなんとかなるじゃろ」


「それマジで言ってます?」


「60人。追加で来るんじゃろ?」


「来ますけども……」


「指揮統制、取れるじゃろ?」


「取れない事もないですけども……」



――――



 と、いう事を夕餉の前に美歯がそれとなく姫に伝えると。


「いや……無理じゃろ……」


 姫が困惑した表情で、そう言い切った。シン、と静まり返る居間とは真逆に、厨房では月華アケハ初茶々の4人が召使い達と騒々しく食事の準備をしている。迷宮の業務量が増えるにつれ、館の人員が増え、厨房は日に日に忙しくなっていた。


 とは言っても、アケハ関しては自分の酒の肴になりそうなものを漁っているだけであったが。


「しかし、姫様」


「美歯よ。お主、最近忙しいから文をしっかり読めておれぬと思うが……妾に直接送られて来た文を見たところ、あの湿地近くでは恐ろしく巨大な蛇の妖魔がおるらしくての。下手に水路を作って水はけを良くしたり、ダムを作って水が流れぬようにしてしまったら、他の村々を平らげながら新天地を探しにいってしまうぞ」


「じゃ、ここは俺の出番ってわけですかい?」


 姫がぶんぶんと、真顔で首を振った。


「噂を聞いた神族が腕試しにと狩りに来ても、襲ってくる事はなく泥やあしに隠れて出てこぬらしい。不用心な鼠族が近くに来た時だけ現れて丸呑みにするのだとか」


「実際私も行ってみたが、泥まみれになっただけで終わった」


 アケハが食堂から盗んできた青丸蜻蛉を齧りながら言った。自然には存在しない改良種であり、蜻蛉でありながら飛ぶことが出来ない蜻蛉だ。幼虫が食べるものも魚や昆虫ではなく、苔や藻と言った植物であり、その餌が青丸蜻蛉の風味に一役買う事となる。


 食味自体は、蜻蛉らしく胸部に弾力のある帆立のような見がついており、揚げるとジューシーな胸肉の後にさっぱり目のカリカリとした尻尾を味わうことができ、美味である。


「美味なのじゃ」


 姫がアケハの持ってきたお椀から当然の権利の如く蜻蛉を奪い、その苔由来の香ばしさを味わった。厨房からは「あれっ? ここに置いてた蜻蛉知りません?」と声が聞こえるが、ふたりとも気にせずポリポリと食べている。


 盗み食いももはや慣れたものである。


「私が考えるに、鼠族を囮を使って、襲ってくるところを待ち伏せすればどうにか狩れるとは思うんだが……」


「それは非道だ。承服できねぇ」


 だろうな、とアケハがポリポリと蜻蛉を齧った。蜻蛉がどこに行ったのか気づいた月華が厨房からじとりとした目でアケハを見た。


 居間と厨房はのれん一枚隔てただけの場所なのである。


「送られてきた文を読んでおるとじゃな。どうも一月に一人くらいは食われとる。当然、そこの鼠族の武家も退治しようとしたが皆食われて帰ってこんかったとか」


 湿地に生える葦は細工の良い素材になる。それを取りに来た鼠族をサッと飲み込んでいくのが、その妖魔の常套手段であった。


「思ったより多いなおいぃ。そこまで被害が出ているんだったら白虎家辺りが少しくらい動いてもいいんじゃねぇか?」


 スカンピン国は、名目としては白虎家の傘下となっている。30国ほどを纏めて白虎の地と呼び、それら全てが白虎家の傘下である。


「まぁ、被害にあっとるのが鼠族じゃし、神族が退治に行っても出てこぬからのぅ。この辺りではよくある話しじゃぞ。……しかし、だからこそ、ここで我らがそやつを退治すれば名が上がりそうではございますの」


「じゃが、どうやって? 妾達が狩りに行っても、神族がいけば出てこぬじゃろうし……」


 姫、美歯、アケハ、岩鉄が顔を見合わせ、押し黙った。


「なぁ、ハム助ってあいつ本当は鼠族じゃなくて別の何かだよなぁ? あの強さは鼠族じゃねぇだろ」


「へっ? あの姿が鼠族でなければなんじゃと――」


「そろそろ頃合いでございますしぶっちゃけますが、この美歯。今の姿は仮の物で実は神族でございまする」


「はへっ!?」


「月華も実は訳ありでございまして、鼠族ではございませぬぞ」


 厨房から「ちょっとぉぉーー!? 初耳なんですけどぉぉ!?」という叫び声が聞こえたが、居間の4人はスルーした。今は月華の事ではなく、蛇の妖魔について話し合わなければならない。


「月華の事はおいといて……ハム助は鼠族ですから蛇も安心して出てくるでしょうな」


 ん? とアケハが首を傾げ、岩鉄は顎に手を当て唸った。


「にわかには信じがたいな」


 岩鉄も同意するように頷いた。姫は「そうかのー?」と顎に人差し指を当てて斜め上を仰ぎ見ている。


「ま、とりあえず蛇の妖魔はハム助に狩らせるとしますかの」


「じゃの」


「だな」


「鼠族一匹に行かせるなんて非道な気もするが……まっ、あいつなら大丈夫か」



――――



「大丈夫なわけないでござろぅがぁぁぁーーーー!!!」


 飛び跳ねたハム助の毛を泥混じりの水柱が掠めた。水柱というよりも泥柱とも言えるそれとの摩擦で、自らの毛がヂリリと熱くなるのがハム助にはわかった。


 それを打ち出したのは、目の前の蛇だ。顔の両端に魚のエラのような器官がついている。そこから泥を吸い込み、口内から泥混じりの水鉄砲を打ち出してくる。


 単純だが、その威力は先程ハム助が味わった通りであった。


 ハム助は数日前に二つ返事で妖魔狩りを引き受けた己の愚かさを後悔しつつあった。蛇の妖魔がいるとは噂には聞いていた。だが、暫くの間、業務を他の者が肩代わりしてくれると聞き。


(たまには、ぶらりと気晴らしがてら妖魔でも狩りに行くのもオツでござるな! 一人で行くなら寄り道もしほうだいでござるし!)


 と思ってしまったのだ。その浅薄な考えがこの自体を招いてしまった。


 湿地ではあるが、今ハム助が踏みしめているのは泥濘んでいない地面である。というよりも、蛇の妖魔が現れるという噂の場所の中でも、戦いやすいところを探し、そこで張っていたのだから泥濘んでいないのは当然である。


 その地面が、突如ぐずりと泥濘んだ。ぬかるむ瞬間、咄嗟に後ろへと跳ねた事で事なきを得たが、先程までハム助が立っていた場所は足を踏み入れることが出来ぬ沼になっている。


(地面を泥沼にする術か! なんと微妙に嫌な術を!)


 泥鉄砲を避け、術も察知された。蛇の妖魔はしゅるりと舌を出すと、その二つの眼でハム助をじっと観察し始めた。――獲物とするには些か不都合かもしれぬと疑念を抱いたのだ。


 元々神族がいれば姿すら見せぬ警戒心の強い妖魔である。ハム助と自分の間の地面をどんどん沼地に変化させながら、じりりと後退している。


 遠くから攻撃する方法が投擲しかないハム助からすれば、こうされてしまうともう手の出し様がない。ハム助が攻めあぐねている間に、蛇の妖魔はその巨体を背の高い葦の中へと潜り込ませ逃げていってしまった。


(迷宮の奴らと違って、知恵のある妖魔は厄介でござるなぁ……)


 後には、泥に汚れただけの鼠がいるだけだ。


(姫ならば雷弾、アケハ殿は即座に近寄って真空刃、月華ならば刺剣を撃ち、茶々はあの体術に幻術。岩鉄も……何かしら手があるのかもしれぬ)


 泥に塗れた鼠が、ぼんやりと考えながら蛇が這いずった後を見る。あれだけの巨体だというのに、その体重で泥に沈む事もなく素早く逃げていった事から、水や泥に浮く術を自らにかけているか、見た目ほど重くはないか、全身を覆う褐色の鱗が特別なのかもしれなかった。


(光沢のある、美しい鱗でござったな。沼地に住んでおるというのに、それを感じさせぬ見目の良さがあった)


 価値のある宝石達は、泥に塗れたとしてもその輝きが褪せることはない。泥に塗れたら、その瞬間泥そのものと見分けがつかなくなる屑石とは違う。


(気に入らぬ)


 巨蛇が逃げた痕跡を、泥と見分けがつかぬような鼠が追いかけた。


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