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 人間、張り切っている時ほど周りの事が見えなくなり、とんでもない失敗をしでかすものである。今まさに、その事を実感している巨躯の男がいた。岩鉄である。


「ぜってぇ……怒ってるよなぁ」


 名の通り岩鉄のような男が、その体には似つかわしくない狭くボロい宿で、これまた似つかわしくないセリフを吐いた。岩鉄は守りを主体とした戦い方からも分かる通り、本来は冷静な判断力を持ち合わせる男である。


 それが羽目を外したのには理由がある。


 霊亀家の所領である玄武の地壁宿へきしゅく国からスカンピン国まで、船や蜘蛛車を乗り継ぎ、時には徒歩で山越えもした。道中、知人に会いに行ったのもあり、ここまで来るのにかかった日数なんと六十日。


 遠路はるばるやってきて、新しく生まれたという帝のおわす地にようやく着いた。出掛けに玄武家の次期当主からも激励を言葉を頂いたのだ。粉骨砕身の思いでお役に立たねば男がすたる。やぁってやるぜと息巻いたのは良いものの。


「いっやぁ……冷静になると、あれはねぇわ。うっへぇ、やっらかしたぁ! 迷宮を任されてるのなら一廉ひとかどの人物だよなそりゃあ!」


 気合が空回りしてしまったのだ。


 岩鉄が大きく唸った。その唸りと宿の安っぽい建材が共鳴し、小刻みにガタガタ揺れる。怒っていても落ち込んでいても迷惑な人物である。


「……悩んでいても仕方がねぇ! 謝りにいくかぁ!」


「それは不要でござる」


 パシンッといい音を立てて襖が開かれたかと思うと、そこにはハム助と縄に縛られた神族にアケハがいた。よくわからぬとりあわせに、さしもの岩鉄も困惑した。


「うおお!? ハム公に……おい、なんだそりゃ? その縛ってる奴」


 「嗚呼、これでござるか」とハム助が縄をクイッと引っ張った。


「風礫ってところから来た刺客でござる。昨日、拙者とお主で大暴れしたでござろう。皆疲れて熟睡し、拙者も熟睡しているはずと思ったようでな。襲いに来たのでひっ捕らえた」


「で、こいつを館にある牢屋に連れて行く事になった。そのついでで、私がお前の案内もしてやろうとなってな。感謝しろ」


 ハム助から縄の端を受け取り、アケハがずかずかと歩き始めた。縛られた刺客の青年は何も言わず、ただ死んだ魚のような目で虚空を見つめてように見える。


 ハム助は言わなかったが、刺客は3人で襲ってきた。そのうちの一人が鳴り子を鳴らしてしまい、ハム助が矢の如くオンボロ小屋から出た。手には緋緋色金の刀を持っていた。十秒持たずに3人の武器は砕かれ無力化され、彼は捕らえられ、その間に残りの二人は逃げ出したのであった。


(俺ら、ずっ友って言ってたじゃん……)


 友情を裏切られた傷は、深い。


 だが、ただの雑魚にすぎない彼の心情などはこの世において塵ほどの価値もない。彼に出来ることと言えば、アケハの後ろ姿を見つめ、良い形の尻だと尻ソムリエをする程度のことだ。虚空を見つめるよりは生産的であった。


 刺客の青年をずりずりと引きずりながら歩いていくアケハの後を、岩鉄が「相変わらず人の事を待たずに動きやがるなテメェは!」と慌ててついていった。



―――



 館に着き、男を牢屋に入れ、一息つくかと、二人は村に最近出来た茶屋に腰を落ち着けた。茶屋と言っても、蕎麦や甘辛く似た芋なども出す店だ。


「で、アケハよぉ。俺はいつになったら姫樣と会えるんだ?」


「まぁそう焦るな。準備に時間がかかっているんだろう。お前をどんな待遇で受け入れるかも含めてな」


 ずずず、とアケハが茶を啜りながら言った。その茶からは、何故か酒精が感じられたが、岩鉄はいつもの事だと言わんばかりに無視している。


「待遇ねぇ……。一応は、慎まやかに暮せば数年は暮らせる程度の金は握らせてもらったから、大した禄はいらねぇんだがな。時代の変革を担えるって事のが大事だ」


「夢想家なのは変わらんな。……山吹からはどう言われて来た」


 わざわざ茶屋に誘ってきたかと思えば、これが本題かと、岩鉄は気がついた。アケハにはそれほど事情を話さず送ったとは山吹から聞いていた。

 何故? と山吹に問うと「あいつは自分で決めないと動かないからなー。下手に言うより見てもらう方が早いと思うんだよね」と返ってきた。


「皇族を敬いたいという気持ちはあったが、結界の権益にしがみつく樣はどうも好きになれなくてなぁ。その事を話したら、ちょうどいい神輿があるって聞いたのさ」


「お前ほどの奴が来るってことは、どうせ上も動いているんだろう。何人ほど担いでくれそうだ?」


「60人。そのうえ、オレが信頼できるって言える奴は10人。後の50人は知らねぇ」」


「で、そいつらがこっちに来て、誰が権力を握るかで争いが始まるわけだな。実に楽しそうな話しだ」


 夢や正義を語る連中ほど、些細な事で言い争い、自分こそが正しいと譲らない事をアケハは経験的に知っていた。そんな奴らが60人も来るのかと、叩き潰し甲斐がありそうだなとアケハは初恋を知ったばかりの女学生のように胸をときめかせた。


 だが、そのアケハの皮肉じみた言葉に対し、岩鉄は首を静かに振った。


「美歯樣が纏めてくださるさ。少なくとも、玄武の地の奴らは従うだろう」


「……何故、そこで美歯の名前が出る?」


「何? お前、先に来ていたくせに知らんのか、美歯樣は――」


 と、二人を呼ぶ声が聞こえた。使いっ走りの鼠族である。


「アケハの姉さんとなんかでっかいひとー! 姫様が準備できたってー!」


 鼠族の小さい脳みそでは、来たばかりの人間の名前を覚える事はできない。でっかい人と適当に呼ぶのも仕方がなかった。


「おっ、これは待たせちゃいけねぇな。この話しはまた今度」


 そう、話しを切り立ち上がろうとする岩鉄の肩を


「いや、気になるから今話せ」


 と、アケハががしりと捕まえた。


「そういう変なヒキとかいらん。知ってて困ることではないだろうし教えろ」


「お、おう……。まぁ、お前になら話しても問題はないだろうし言うが……美歯樣は、俺の親戚筋にもあたる霊亀玄白れいきげんぱく樣が呪いか薬で变化した姿、らしい。玄武の地だと、玄白樣の書いた帝誕論ていたんろんから影響を受けてる奴も多いし、美歯樣が纏める事に異議を唱えるやつはいないだろう」


 アケハの処理能力が偏った脳みそでは(戦闘七割、酒二割、その他一割)では、この岩鉄の言っている事が理解できぬのも仕方がない。そもそも、霊亀玄白って誰だよと言ったところである。


 だから、とりあえず、と聞き覚えのない言葉の説明を求めた。


「その、ていたいろんとはなんだ。初めて聞いたぞ」


「そもそもが禁書だからな。知らないのも無理はねぇ。俺らも版木で作られたのじゃなくて、手作業でチマチマ書いた複書しか持ってねぇからなぁ。内容を簡単に言うとすれば……うん、そうだな」


 岩鉄が、空を指差し、言った。


「天の意志を行うのは皇族でも、将軍家でもない。生まれついての帝だけって内容だ。……これ以上詳しく話してたら本当に遅れちまう。わりぃがいくぜ」


 ずしゃりずしゃりと岩鉄が茶屋の代金をアケハに任せて走っていった。後に残されたアケハは岩鉄が言った言葉の意味を少し考え、それの意味する事を自分なりに解釈した。


「要するに反乱を正当化する為に、皇族と将軍家の正当性を批判する説という事か。そりゃ禁書になるだろうな。だが、確かに有用だ」


 祭り上げられる本人がそれを望むかどうかは知らないが、という言葉は口には出さず、アケハは数年後に起こるであろう戦争に思いを馳せていた。



――――



 (俺は夢を見ているのか)


 辺境の地にある、粗末な館の一室で、岩鉄は目の前の少女の姿に自らの目と頭を疑った。


 所々に朱が差し込んだ白金のような輝きを持つ髪は、光の当たり方によっては金色にも見え、まるで螺鈿らでんのように煌めいている。その髪だけで芸術品としての価値があるのではないかと、彼は感じた。


 その髪に、朱色のぎょくをあしらった金の髪飾りが飾られている。見るものが見ればわかる。その朱色の玉は朱雀の地でも煉獄れんごくと呼ばれる、終始溶岩が吹き荒れる山でのみ取る事が出来るという、恐ろしく貴重な鮮血玉だ。それも、彼が今まで見たこともない大きさであり、どれほどの価値がつくのか想像もつかなかった。


 衣は高貴な色とされる鮮やかな黄で纏められている。使われている生地は青龍の地下滝しもたきで織られ、染め上げられたものである。また、所々に華や草の刺繍がされているうえ、その刺繍に用いられている糸はこれまた貴重な月天糸である。この糸は、月明かりのように仄かに輝く。その作り方は白虎家で厳重に秘匿されており、この糸が送られるのは白虎家が特別に付き合いを持ちたいという家だけだ。金で買えるものではない。


 極めつけは、頭の黒角こっかくについた金輪だ。襖をあけたきり、口をあんぐりと開けて動かぬ岩鉄に疑問を覚えたのであろう。姫が少し、首を傾げた。すると、金輪の表面が水面のように波打った。その金輪には生物を思わせる艷やかさがある。


皇金こうきん!  つけてるだけで馬鹿みてぇに神気が食われるから、皇族でもつける奴は滅多にいねぇっていう、皇金かこれ!?)


「口を開けて固まっとるが大丈夫かえ?」


「あ、ああっと! し、失礼した!」


 岩鉄はそう謝罪すると、直ぐ様膝を着き、頭を垂れた。


「拙者、霊亀家の岩鉄と申します! 此度は姫の力になるべく馳せ参じました!」



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